――― ユレルココロ ―――
慈愛に満ちた柔らかな陽光が広大な青空に浮かぶ数多くの島々を照らし、それら浮遊島を撫で流れる雲。
澄んだ青空を愛らしい小鳥の群れが心地良さそうに飛び遊び、
「………………」
「わぁ…………」
その下では瞳に映った光景に驚き絶句する凜と感嘆の吐息を漏らす夏子の姿があった。
荘厳なる崇高美。その言葉を体現するが如く、洗練された建築技巧によって築かれた至大な屋敷。
自分達を出迎える為に総勢百名ほどの見目麗しい執事とメイド達が玄関口から両脇に通路を築くように並び、その最奥で美しい金髪を項でまとめた一人の女性が、安堵に満ちた笑みを浮かべていた。
夏子よりも頭一つ分高いスラリとした長身を襟と袖元に施された繊細な銀糸の刺繍が目を引く純白のシャツと艶やかな気品を宿す黒のロングスカートで包み、只そこに佇むだけで見る者に感嘆の吐息を尽かせる程の優美さで場を満たす。
それこそ荘厳優美な屋敷が只の背景へと格落ちする程に。
その優美の権化とも思える女性は静かに凜達へ歩みを進め、エリスは凜達の前へ歩み出て、女性と相対し。
「――――――お帰りなさい、エリス」
その言葉にエリスは頬を緩ませ、気抜けした笑みで答える。
「ただいま戻りました、母様」
エリスの信頼と尊敬で紡がれた声音に、慈愛に故知元を綻ばせる女性――――――リーベ=ベェルフェール。エリス、そしてセフィリアの母である。
母の姿に緊張と疲労に張り詰めていた糸が切れ、エリスの膝がガクッと崩れ落ち。
「っぁ……………」
リーベは傷だらけの娘を包み込むように抱き留め、自分の胸で穏やかな吐息を溢すエリスの頭を優しく撫でる。
「本当にご苦労様でした……今はゆっくり休んでください」
そう言ってリーベはエリスを労るように抱きしめ、
「エリスを自室へ。あとの事はお願いね」
「かしこまりました、奥様」
と、いつの間にか脇へ控えていた黒髪短髪の長身メイドへエリスを任せ、凜達へ向き合う。
「初めまして、萩月凜君。それに神村夏子さん。私の名前はリーベ=ベェルフェール。セフィリアとエリスの母です。どうぞお見知りおきを」
聞く者全てを愛しみ、包み込むような優しい声音。
そのあまりにも慈愛感に聞き惚れていた二人はリーベの笑みにハッと我に返り、慌てて会釈する。
「は、初めましてっ!! 萩月凜です。セフィリアやエリスにはいつもお世話になってますっ!!」
「か、神村夏子ですっ!! 私も二人には大変お世話になっておりますっ!!」
「お久しぶりです、リーベ様。お元気そうで何よりです」
と、妙な緊張感にカチカチな二人と相反し、言葉遣いこそ敬語ではあるが気後れ無く自然体で挨拶を交わす蓮。
敵側とはいえ先程まで『死神』相手にも物怖じせず、容赦ない言葉を浴びせていた人間とは思えない蓮と、まるで長年親交を深めた友のように親しげに話すリーベに驚きつつ交互に見やる凜と夏子。
「ふふっ。久しぶりですね、蓮。貴方とこうして顔を合わせるのは何時以来でしょうか?」
「リーベ様達と最後にお会いしたのは、私と妻が大学卒業して式を挙げた時ですから、丁度二十年振りになります」
「二十年、ですか。こちらと『現世』では時間の流れが異なるとはいえ、随分と時が経ってしまったようですね」
リーベは蓮を見やり、どこか寂しげに言葉を溢した。
「あ、あの……お話の途中にすみません」
と、控えめに小さく右手が挙がり、
「どうした? 凜」
「どうかされましたか?」
「そ、その……一つ質問をしても良いでしょうか?
申し訳なさそうに蓮とリーベの会話に加わる凜。
「えぇ、構いませんよ。一つとは言わず気にかかる事があれば何でも聞いてください」
「あ、ありがとうございます。その、さっき『現世』と時間の流れが違うって言ってましたけど……時差みたいものがあるんですか?」
「えぇ、そうですよ。ただ時差と言っても『現世』のような同時間軸での時差ではなく、ここ『神界』での一時間は『現世』では六時間。『神界』で一日過ごせば『現世』では六日間経過しているという完全な別時間軸での時差です」
「いっ!?」
「そ、そんなに違うんですかっ!?」
「な、夏先輩っ!! ま、まずいですよ……この後、結婚式って言ってましたよね」
「あぁっ、そうだったぁっ!! っていうか、そもそも結婚式に行ってる場合じゃないけど、なんて言い訳しようぉっ!?」
人と『死神』。存在格差が故の一般常識の違いに目が飛び出そうになる凜と夏子。
「その様子だと娘達……というか、蓮や蘭も『神界』の事について何も話していなかったようですね」
あわあわと慌て夏子を見やる凜と今後の対処に頭を抱え悩む夏子の様子にリーベは眉をひそめ蓮を見やり、
「言われてみれば夏子ちゃんは当然として、凜にもちゃんと話をした記憶が…………あははっ」
と、苦笑いで濁す蓮。
リーベはため息と共に肩を落とし、安心させるように二人の肩に手をそっと置く。
「二人共、ご安心を。その時間軸に付いては貴方方と入れ替わりで私の従者である『死神』があちらに赴き、法術で戦闘で生じた被害の修復および時間停止を施していますので心配しなくとも大丈夫ですよ」
「そ、それって本当ですかっ!?」
「えぇ、勿論」
「よ、良かったぁ……………」
抜かりなしです、と微笑むリーベにほっと肩を落とす凜と夏子。
それから一呼吸の間をおき、申し訳なさにリーベの眼差しから郷愁が消え――――――代わりに宿ったのは言いようのない張り詰めた光。
その眼光に蓮は意を汲む様に問い
「…………息子への襲撃と『死神』の同族争い。それらを含めた今現在の状況と事の発端についてお話願いますか?」
「はい、勿論です。その為に皆さんに『神界』に来て頂いたのですから……」
リーベは静かに頷き、玄関へ凜達を誘う。
「少し長くなりますからね、場所を移しましょう」
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白を基調とし、慎ましくも優美な装飾を施された広さ二十畳ほどの来賓室。
その中央には長い歴史を感じさせる古くも丁寧に手入れされた木製の長テーブルが静かに佇む。
上座に家主のリーベ、その右側には蓮。左側に凜と夏子が二人で並び、テーブルを囲む様に黒革のソーファに腰をかけていた。
病院服から白のYシャツと黒のスラックスへ着替えた凜が申し訳なさ半分、感謝半分の凜が会釈をする。
「わざわざ着替えまで用意して頂いて……ありがとうございます」
「いえ、お気になさらずに。こちらとしても私たちの都合でお連れしたのですから、これくらいの配慮は当然ですから」
「は、はぁ…………」
凜はリーベの笑みに力なく言葉を返し、そっと胸元を撫でる。
来賓質に通される前。この部屋の隣にある更衣室へ案内され、用意されていた服に袖を通し――――――驚愕に体が震えた。
一見、『現世』にもある馴染みのある白Yシャツと黒のスラックス。だが、その肌触りは一線を画していた。
まるで肌を愛でるように包み込む感触は高級生地である綿や絹と比べるもなく滑らかで、ただ生地が肌をこするだけで心安らぐ程だ。
まず間違いなく『神界』特有の生地、または製法で織られているのだろう。他にも通気性や伸縮性といった点でも格別に優れており、できる事ならば頂きたい一品といったところだ。
凜は体を包む心地よい感覚に浸りそうになる心を律し、姿勢を正す。
その様子にリーベは満足そうに笑みを溢し、気を引き締めるように小さく息を吐き、真摯さに研がれたリーベの瞳が凜達を一瞥。
「…………場も整った事ですし、私が把握している範囲に限られますが、今回の一件についてお話しします」
凜達も応えるように頷き、リーベは静かに語り出す。
「事の発端は五日前、『現世』では約一ヶ月前に起きた凜君達の襲撃事件――――――【煉獄支柱】と名乗る一団の出現です」
凜と夏子はその名に身震いし、敵意と恐怖に表情を強張らせる。
蓮はその様子を視界の端に捉えながら話を進め、
「【煉獄支柱】、ですか。お袋……母からの手紙にもありましたが、正体不明の厄介な連中みたいですね」
「えぇ。お二人が襲撃に遭われた一件の後、すぐにセフィリアと蘭が調査を始めたのですが詳しい事は何もわからなかった……いえ、正確には調査できなかったというのが正しいでしょう」
その言い回しに眉を寄せた。
「…………調査できなかった?」
「はい。二人が調査を開始して間もなく、襲撃に遭ったようです」
「「襲撃っ!?」」
突如、緊迫した内容に凜と夏子は驚愕に声を上げ、蓮も眼光を鋭いものへと変える。
「それで二人の安否は?」
「セフィリアは今のところは無事です。蘭も襲撃から逃れたと報告がありましたが、その後の足取りは掴めていません」
蘭の行方知れずの報に言葉を忘れ、真っ青になる凜。その隣では夏子も驚きに両手で口元を覆い、顔を青白くさせていた。
が、蓮は二人とは真逆で至って平静。何か確信めいた表情で二人へ告げ、
「お袋の馬鹿げた強さは二人も知ってんだろ? 襲撃から逃げ延びたんなら、どっかに隠れて反撃のチャンスでも伺ってんだろうさ…………それにセフィリアちゃんの方が厄介な事になってるみたいだ――――――ですよね? リーベ様」
平静から張り詰めた声音でリーベに問う。
その問いに凜と夏子の悲痛は濃くなり、リーベも形の良い眉を心痛を示す様に歪めた。
「……はい。今、あの子は襲撃者達――――――【元老院】に捕らえられ幽閉されています」
「やはり、ですか」
予想はしていた――――と、落ち着き払った様子で答えを返す蓮。
そして凜はリーベが口にした【元老院】という名に初めてエリスに出会った時。そして襲撃の最中、蓮とイルガの会話がフラッシュバックし――――――
「――――――【元老院】ってなんなんですか?」
疑問、戸惑い、不安、怒り。様々な感情がグチャグチャに入り交り、その高ぶりを堪え問う。
「エリスと初めて会った時。その名前を口にしていたから『死神』を管理する組織かなって思ってたけど、実は【煉獄支柱】の仲間だった……なんて事はいですよね?」
「えぇ、貴方の推測通り【元老院】は我々『死神』を統べる組織です。そして【煉獄支柱】と結託しているという事は可能性すら無いと断言します」
「ッ!!」
リーベの言葉尻を押しのける様に荒々しく両手をテーブルに付き、前のめりに立ち上がる凜。
「だったら何で僕達やセフィリア達を襲うんですかっ!?」
焦りからリーベに詰め寄ろうとする凜の手を取り、問答無用でソファーへ引き戻す蓮。
「凜、少し落ち着け」
「っ!? で、でもっ!?」
「心配で焦るのはわかるが、リーベ様も俺達と同じ立場だろうが。そもそも最初から物騒な話になるのはわかってるんだ。今、ここで揉めても状況は悪くなっても良くなることはねぇ……今は黙って話を聞け」
「っ…………」
自身の焦りや不安を汲みつつも淡々と告げる蓮に、凜は感情を噛み殺すようにソファーへ座り直した。
それを見届けると蓮は話を仕切り直す。
「息子が失礼しました」
「いいのです、蓮。大切な家族や友人を傷つけられ、平静を保っている方がおかしいのですから…………話を戻しますね」
「はい、お願いします」
リーベは小さく咳払いし、
「まず始めに凜君、先程の貴方の問いについてお答え致します」
冷静でありながら、どこか影を落とした瞳で凜を見据える。
「貴方達……いえ、正確には貴方と娘を襲った理由。それは『世界救済儀典』という『神界』と『現世』を含めた全ての世界の崩壊を防ぐ儀式法術を行う為です」
「リン、カーネーション……?」
「…………世界の崩壊を防ぐ為?」
凜と夏子はその言葉に理解が追いつかず、そんな二人を横目に蓮は眉を寄せとただ黙していた。
生と死。それは何も命あるものに限った事ではない。
凜達、人間の世界にあるもので例えれば機械の類いが良い例だろう。
機械は生物と違い血が通っていないが、耐用年数と言った『寿命』がある。人間と同じようにどこかの部品が壊れてしまえば動作しなくなり、修理を施してもまた別の箇所が壊れ、その都度修理を重ねても最終的には破損し、破棄される。
「私も詳しい起源はわかりませんが……元々、世界は全ての創造主にして祖たる【神】が不滅の永久機関として創り上げたもの。ですが、何時の頃からか【神】が忽然と消え、永久機関だったはずの世界にも『寿命』という概念が産まれてしまったのです。人や『死神』、件の【煉獄支柱】すら含めた森羅万象、その全てを道連れに消滅する【滅】という形で」
「そ、そんな世界の一大事に……そもそも【滅】を止める為の儀式法術があるなら僕もセフィリアも協力したのに…………なんで襲撃なんて?」
疑問と不安に顔を歪ませながらも現実味の無い理不尽な話に違和感に声を絞り出す凜。
「すみません、これは正確に伝えなかった私の落ち度です。『世界救済儀典』について一つ訂正を致します」
「訂正、ですか?」
「はい。『世界救済儀典』は世界の崩壊そのものを止めるのでは無く、【滅】の刻を先延ばしにするだけの儀式法術なのです。そして…………」
と、リーベはそこで躊躇いに言葉が詰まり、何かを背負う覚悟を据えた瞳を凜に向け告げる。
「この『世界救済儀典』はいくつかの条件を満たした『死神』を供物――――――【贄】として代価に捧げなればなりません」
告げられた瞬間、凜と夏子は全身に怖気のようなものが奔り、胸の中で暗く思い感情が産声を上げ。
「条件を満たした『死神』が【贄】って…………」
「まさか…………」
「はい、私の娘――――――セフィリアが『世界救済儀典』の【贄】なのです」
「ッ――――」
「そん、ぁっ…………」
望まぬ肯定に絶句する二人。
その姿にリーベは眉間に苦悶を刻み、
「…………『世界救済儀典』では先延ばしが精々。ですが【滅】を止める手立てがもう一つだけ、あるのです」
胸元を押さえ、血反吐を吐く様に続ける。
「こちらは【滅】を完全に、根本から消し去ることができる方法です」
別の方法――――その提示に凜と夏子の瞳に希望の光が灯りかけ、自責と無力感に顔を歪める蓮。
「そのもう一つの方法。それは萩月凜君――――貴方が【略奪者】を解放し、【滅】の存在概念を取り込むことです」
リーベの苦渋の声音が場に弱々しく消え、凜は驚愕に、夏子は失意に希望の光をかき消される。
それから数秒感、熱の失せた沈黙が流れ――――――凜の唇が恐怖に弱々しく震え。
「――――――また凜から全部奪う気なんですか?」
恐れと怒り。濃密に混ざり合った感情の音が沈黙を破り、場の視線が夏子へと注がれる。
「夏、先輩…………?」
「凜が、その力を使うにはか、体を……代価にしなきゃいけない事はご存じですよね?」
弱々しくも凜然とした態度でリーベは問い掛ける夏子。
「えぇ、それは承知しています」
「…………私だって世界が終わってしまうのは怖いし、セフィリアだった助けたいと思っています。でも、だからって凜にだけ失う事を押しつけて良いはずないっ!!」
崇拝こそすれ、たかだか人間如きが意見を述べることも許されない上位存在。だが、そんな事など関係ないとただ怒り、悲しみ、理不尽を否定する。
「本当に他に方法は無いんですかっ!? 凜やセフィリア、それに沢山の人や神様達っ!! 皆が泣かずに世界を救う方法はっ!?」
黒みがかった瞳を飲み込む様に涙が溢れ、痛いほど感じる無力感に耐える様に拳を握る夏子。
もし、この場に他の大勢の人間や『死神』がいれば夏子の言葉を只の子供の我が儘だと一蹴し、侮蔑の視線を向けるだろう。
だが、リーベは夏子の無垢とも言える真摯さに唇を噛み――――――
「――――――他に方法はありません」
自身を侮蔑する様に現実を突きつける。
「――――――明日の昼、私は【元老院】の元へ赴き、この一件に反感を持つ多くの同志達と共に事を起こします」
後悔の念を持って、暴論を吐く。
一分の隙も無く言い切ったリーベに夏子はこみ上げてくる感情を必死で堪え、
「明日の朝まで時間をお作りします。できればこの場で皆さんに明日の作戦をお伝えしたいと思っていましたが…………先程の話に凜君が答えを出した後。助力頂ける場合だけにお伝えしますね」
リーベもまた喉を突き破り出ようとする謝罪を噛み殺した。
謝罪など凜達に対する最大の冒涜だ。
凜の人柄や在り方がどれほど危うく、どれほど温もりに満ちているのかは娘達から聞いていた。そして凜の父であり信頼を置ける今は亡き知己たる彼女と息子であるならば、彼がこの話を聞けばどのような選択をするのか……自分はわかっていてこの話をした。
およそ【神】の一端として、母として、女として誇れるものではない。それこそ、最低だと罵られ当然の所業。
――――――そう、これはただの卑怯者の我が儘なのだ。
「…………もし、息子が断れば?」
悠然とした有り様を崩すまいと感情を抑える蓮の問いに、
「その時は致し方ありません。世界全てを見殺しにした邪神にでもなりましょう」
「それでは結局、娘さんも助かりませんが?」
「はい。ですが、娘を犠牲にして有り続ける世界で生きるよりはマシでしょう?」
リーベは一切の迷い無く微笑み、自身の覚悟を示した。
その覚悟に凜は自分がジュマとの戦いで直面した選択が脳裏に浮かび、
「そんなの駄目ですっ!! そんな事しなくたって僕が力を――――――」
そんな選択はさせまいと二人の会話に割って入り――――――自分を嬲っていた恐怖が躊躇いとなって縛り上げる。
「っ、ぁ……………」
「り、凜?」
まるで死人の様に青ざめた顔で呆然とする凜の様子に、夏子は涙を袖で拭いながら訝しげに見やる。
そしてリーベはその様子に己が醜悪さを再認識し、三度の罪過として言葉を紡いだ。
「やはり頭の片隅とはいえ、貴方も不安と言う形で考えていましたか……」
「っ………………」
「……貴方が危惧しているのは神村夏子さんの消滅、ですね?」
「えっ?」
あまり唐突な自身の消滅、その言葉に夏子は凜からリーベへ顔を向け、振り絞る様に問い掛ける。
「私が、消えるって……どういうことですか?」
「…………貴女と彼は魂の『核』を共有している。それも彼の魔力を楔に現存している今の状態。魂の主導権は彼側に有ります。前例が無いので憶測にはなりますが【略奪者】の発動と同時に、貴方の魂は彼の力の一部として認識され、凜君の魂に取り込まれてしまう、と。だから彼は迷っているのでしょう……いえ、私が残酷な選択を迫ってしまった」
リーベの答えを引き金に夏子は再び凜を見つめ、
「っ!?」
動揺に揺れる夏子の瞳に映った凜は弱々しく、あまりにも痛々しかった。
夏子の知る限り、凜は自分の命すら危うい状況でも、怯むこと無く過酷な選択を選んできた。蘭とセフィリアを介してだが自らの命を犠牲にして町の皆、そして自分を救うために死を即決したとも聞いた。
その彼が迷いや後悔、怒りや無力感。計り知れない自責といくつもの感情に苛まれ、それでもなお最善の選択を問い続けている。
――――――セフィリアを犠牲に世界の延命をとるのか。
――――――世界と共に終わりを迎えるのか。
――――――身勝手な自己犠牲で夏子を道連れに全てを救うか。
「くっ………………っ」
己の無力さを疎い、責め、呪う――――自責に握られた小さな拳からは血が滴り、憤りに噛みしめる口元からは呪鎖の如き、音が忌まわしげに響く。
たった十六歳の少年が苦しみ喘ぐにはあまりにも無残な問い。
その凜の姿に動揺と不安、そして自身の消滅への恐怖。魂から手足の指先に至るまで容赦なく嬲っていた醜悪な感情が消え――――――夏子の体の奥から溢れてきたのはどうしようも無い程の熱。
その熱さを感じた時にはもう、自責に震える凜の小さな手を握っていた。
「ぁっ…………夏、先輩?」
不意に感じた温もりに凜は夏子へ視線を向け、様々な感情に苛まれていた思考が止まった。
凜の自責と無力感に沈んだ光無き瞳に映るのは目尻に涙を浮かべつつも、なんの恐れも迷いも無い――――――どこまでも温かで誠実な笑み。
凜は自分の全てを包み照らす様な笑みに目を瞠り、夏子もまたそうありたいと願う様に凜の手を強く握り――――――揺るぎなき微笑みで告げる。
「――――――凜、一緒に皆を助けよう」





