――― 背負い、歩むものは ―――
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
悔恨と罪悪感に嬲り上げられたエリスの絶叫が世界を震わせ、それを合図に宙に映し出された悲惨な映像が幕引きとばかりに途切れた。
「アアァッ、アァアアァ…………アッ、ァァッ…………」
それと同時に押さえ込んでいた男は無言で解放し、そのまま崩れ落ちるように地面に座り込むエリス。
清廉な輝きを宿していた碧眼は絶望に光を飲まれ、抜け殻のような瞳からは冷たい涙が頬を伝い流れる。
短い嗚咽を繰り返しながら泣きじゃくるエリス。
それの姿は先程まで映し出されていた、罪過に嬲られた幼いエリスそのものだった。
「面白くなくても笑ってやる、だったかしら? できない事は口にするものじゃないわね」
と、皮肉以上に醜悪な愉悦で満たされた笑顔でエリスを見下ろす女。
女はしてやったりと声を弾ませながら自身の胸に手を当て、
「この『死神』の記憶認識だと見殺しにしたのは『霊現体』一体だけらしいけど、実際には町一つ丸々だったみたいねぇ。まぁ、ジュマって『死神』も中々手癖が悪かったみたいだし、当然といえば当然の結果なのかしら?」
「ジュマ、って……」
凜は忌まわしい記憶の住人の名に、苦悶の表情に嫌悪が入り交じる。
「貴方が最近殺したでしょ? あのボウヤ、五年前から【事象隷属経典】を造る為に実験してたみたいね」
「……アイツ、本当に……ろくなコトしないなぁ」
嫌悪と憤怒。その二つの感情を吐き捨てる凜を余所に女の口元が喜々として綻び、
「でも、関係ないわよね? 結局、結果は変わらないんだもの?」
自身の罪過に咽せ泣くエリスへ更に追い打ちをかける。
「ひ、酷い…………」
その醜悪な光景に夏子は胸の奥、心を嬲る醜い痛みに声を震わせ。
「酷い? 私が?」
女は夏子の言葉の意味がわからない、と首を傾げ視線をエリスから凜達へと移す。
「そう言われるのは心外ねぇ。私はちゃんと忠告もしたし、この子もそれを納得して私達の前に立ったのよ? それに売り言葉に買い言葉、些細な意地を張って結果なのだから当然の成り行きでしょう?」
まるで聞き分けのない駄々っ子に言い聞かせる様に穏やかで、自身の正当性を微塵も疑わぬ顔で話す女。
女はそのまま苦笑いを浮かべながら歩き出し、凜達の正面――――エリスの張った【空絶】の前で立ち止まる。
「それに今、貴方が苦しんでいるのも同じよ。【器】」
「同、じ?」
憎悪に研がれた視線を容赦なく凜へ突き立てる女。
「えぇ、貴方が今の状況におかれているのは罰。貴方が犯した永劫消える事の無い罪の所為…………そう、これは贖罪なのよ」
憎しみは殺意に変わり凜を射貫き、血を吐くように感情を世界に刻む。
「私達から全てを奪った罪を…………自分の犯した過ちを悔いながら地獄に堕ちなさい」
憎悪に焦がれ、ドス黒い憤怒を世界に刻む。だが、
「何、が……贖罪、だよ」
その感情に、声に、視線に、姿に……いや、女の全てに――――コイツは違うと絶対的な確信が凜の中で膨れ上がる。
凜は夏子の肩を支えに立ち上がり、今にも崩れてしまいそうな視界に女を捉え、問う。
「僕がお前達から何を奪ったかなんて解らないし、解りたくもないさ。それに僕を殺したいなら僕だけ狙えばいいだろ…………なのに、なんでエリスを傷つける必要があるんだ?」
「私達の復讐の邪魔をするからこういうことになるの」
女は下らないものを吐き捨てるように、苛立ちを募らせた声で言葉を並べていく。
「そもそも私達と同じく奪われる苦しみを知っているのなら解るはずよ? 今、自分がこうなってしまったのは仕方がない事だって。心のそこから復讐を望む…………成そうとする者の邪魔をすればこうなるって」
「エリスとお前達が…………同じ?」
「えぇ、そ……」
「同じなわけ、ないだろうがっ!!」
女の言葉に、身勝手で理不尽な勘違いに確信が怒りに爆ぜる。
「奪われる苦しみを知っているなら楽しめるわけない。奪われる事の苦しさを、悔しさを、悲しさを本当に知ってるならっ!! 苦しんでる誰かを見て笑えるはずがないんだよっ!!」
力一杯叫んだ所為か、視界が大きく揺れる。
それにつられて意識もぼやけたが、唇を噛み千切り、痛み頼りに気力で意識を繋ぎ止める凜。
「エリスッ!!」
凜は女からエリスへ顔を向け、悲鳴を上げる身体をねじ伏せ叫ぶ。
「ッ!?」
不意の叫びにエリスは怯えにも似た感情に肩を震わせ、恐る恐る顔を上げる。
エリスの大人びた綺麗な顔は涙でぐしゃぐしゃで、止めどなく流れる涙に、凜は十年前から心を蝕み嬲る痛みを受け止め叫ぶ。
「コイツらにあの子の――――結菜ちゃんの想いを踏みにじらせていいのっ!?」
「結、菜さんのっ……?」
「あの子はエリスに笑って、幸せに生きて欲しかったんだっ!!」
エリスの記憶の中、そこで自分の死が決まった瞬間でさえ、結菜が願った最後の願い。
「大切な人を護れなかった苦しみも、悲しさも、悔しさもっ!! 君は全部背負って生きなきゃ駄目だっ!! それがどれだけ苦しくても、どんなに辛くても、それでも君は笑って生きなきゃ駄目なんだっ!!」
失い、悔やみ、今なお自身に責めを架す者へ投げつける言葉。その言葉がどれだけ残酷で無慈悲な事かは理解している。だが、だからこそ叫ばなければならないと思った。
「僕なんかにわかる筈無いけどあの子の最後の願いを叶えるって、あの子の想いを護る事って、きっとそういう事だって思うからっ!!」
その願いを護りたいと心から叫ぶ。
「だからっ!! こんな勘違いの八つ当たり馬鹿に好きにさせちゃいけないんだっ!!」
「ぁ…………」
凜のありったけの叫びにエリスの瞳が大きく開かれ、
「…………………」
呆然としていた女の瞳に冷たい感情が研ぎ直される。
それと同時に場の空気が張り詰め、体中を突き刺す鋭い感覚が襲う。
「っ!?」
全身を貫く感覚、それは――――――先程までの憎悪など生温い、明確な殺意。
体を、魂事握りつぶされそうな圧力が、
「――――――八つ当たり?」
女の声と共に【空絶】が鋭い音を発て砕け飛んだ。
「なっ!?」
砕け飛んだ【空絶】の欠片は粒子とって消え、それと同時に凜の喉を鋭い衝撃が襲う。
「ガ、ハッ!?」
女は氷以上に冷たい無表情で凜を眺め、喉を鷲掴みにしたまま腕を水平に持ち上げる。
それだけで凜の小さな身体は地面から離れ、
「グゥッ!?」
締め付ける痛みと苦しみに足をばたつかせる。
「凜っ!?」
「動けばまとめて殺すわよ?」
夏子へ掛けた問いは言葉尻が上がっていても、込められているのは冷たくて暗い感情。
「ぁっ……………」
凜を助けようと立ち上がり掛けた夏子だったが、女の殺意に足が竦み、その場にへたり込んだ。
女はそれを確認すると小さく息を付き、凜へ鋭い視線を向ける。
「全く、これだけ魔力を搾取してもまだ減らず口がたたけるなんて…………呆れを通り越して感心するわ。魔力を奪いきるまでもう時間はないけど、少し貴方にも躾が必要みたいね」
そう言って凜の顔を覗き込む女へ、
「ぐっ……お、断りだよっ!!」
なけなしの力で右膝を女の顎目掛け跳ね上げる凜。だが、
「あらあら、口だけじゃなく足でも抵抗できるのね」
と、軽口と共に易々と受け止め、一呼吸の間もなく凜を地面へと叩き付ける女。
「ガッ!?」
背中から体全身に広がるのは粉々に砕かれるような激痛。その痛みに意識をもぎ取られかけ、それを許さないとばかりに胸に突き抜ける重い衝撃。
「グバッ!?」
剥ぎ取られ掛けた意識が強制的に引き戻されて、肋骨が折れる音が耳に突き刺さる。
「グウゥ――――ッ!?」
「凜っ!!」
夏子の悲鳴と共に凜の視界に映るのは自分を足蹴にしている女。
「殺さないように加減はしてあげたんだけど…………やっぱり人間の体は脆いわね」
「アッ、ガッ…………ゴフッ!?」
痛みと一緒に胸の奥から突き上げてくるのは、鉄臭い血。
何度も咳き込んでは迫り上がってくる血を吐き出し、口元から胸の辺りまでが真っ赤に染まる。
「ァ…………」
魔力を吸われ、追い打ちを掛けるように大量の吐血。もう指一本動かせない状態の中で、凜はヒューッとか細い自分の呼吸音に少しだけ救われた気がした。
胸全体に痛みが広がって良くは解らなかったが、呼吸ができる所を考えれば二つある肺のどっちかは無事のようだ。だが、吐血と強い息苦しさがあるという事は片方は完全に使い物にならない事も理解できた。
「ッァ………………ァ」
「気を抜いたら踏み殺してしまいそうだわ」
もう放っておくだけでも死に行く凜を女は歪な薄ら笑いで見下ろし、
「ガァッ!?」
胸を踏みつける足に力が入り、また骨を折る不気味な音を響かせる。
「もうやめてっ!!」
怯えに強張った叫び声と一緒に、凜を踏みつけている足をどけようと夏子がなけなしの気力と力でしがみつく。が、
「なっ、ん………でっ!?」
如何せん、人と【神】という圧倒的な存在差が無駄な事だと告げていた。
女はそんな夏子を鬱陶しそうに見やり、冷たい声音で言い放つ。
「邪魔をすれば殺すって言ったはずよね?」
そして女は静かに右手を挙げ、
「死になさい」
何の迷いもなく、夏子の脳天へと振り下ろした。
「ッ!?」
瞬間。凜の視界に紅い飛沫が飛び、
「なっ!?」
驚愕に顔を歪ませた女の姿が映った。
紅の飛沫を飛び散らせていたのは女の右手で、
「ッ!?」
驚きと痛みに顔を歪ませ飛び退き、肘より下が無くなった傷口を押さえ込みながら呻く。
「こ、の…………っ!!」
女の呻き声と入れ替わるように凜達を背に立つのは、純白の太刀『虹の陽炎』を握るエリス。
「全く、何の躊躇いもなく腕を切り落としてくれるなんて…………」
「…………………」
不快と動揺に揺れる女に、エリスは無言で構えをとる。
女はエリスを注意深く睨み付けながら残った左手で指を弾き、切り落とされた右手は元のあるべき場所へねちっこい音を発て戻る。
それから一瞬だけ黒い閃光が右手を包んで、拡散。切り落とされた右腕は元通りの場所へ収まった。
女は何度も手を開いたり握ったりと動きを確認し、 凜はその光景に思わず苛立ちを吐き出す。
「クッ、本当、にっ………法術は何でも、ありだなぁ」
「凜っ!!」
苦々しく呻く凜を夏子が抱え起こし、
「だ、大丈夫っ!?」
「えぇ……なん、とか」
目元に涙を溜めながら怪我の具合を確かめる夏子へなんとか笑顔で返す凜。
その答えに夏子は表情は強張らせていたが、どこかホッとしたように息をいて凜を優しく抱きしめ。
「エリス、ありがとう…………」
恐怖とは違う感情に震えた声で、エリスへ告げる。
だが、エリスは夏子へ答を返す事も振り返ることもなく、ただ女を睨み付ける。
「最近の『死神』は立ち直りが早いのねぇ…………それとも薄情なのかしら?」
右手を切り落とされた事への皮肉なのか、せせら笑いを浮かべなが吐き捨てる女。
「自分が犯した罪を自覚させてあげたって言うのに…………そんな簡単に割り切られたらあの子も」
「黙れ」
侮蔑に弾んだ声を切り捨て、『虹の陽炎』を右脇へ垂れ下げるようにぶらりと構えるエリス。
「あら? 随分と」
「黙れと言った」
尚も侮蔑混じりの挑発を紡ごうとする女だったが、エリスの言い様のない圧力に思わず唇を固く結んだ。
エリスは女へ注意を向けたまま顔だけを振り返らせ、
「感謝、する」
「え?」
思いも寄らなかった言葉に、喉の奥から気の抜けた声を溢す凜。
「弱く、脆く、未熟な私の代わりに…………結菜さんの想いを護ってくれて感謝する」
「エリ、ス…………」
エリスは凜へそう告げると再び正面へ視線を戻し、その後ろ姿はさっきまで咎に飲み込まれた弱々しい少女の姿は消え、【神】の末席に連なる『死神』として頼もしいさが見て取れた。
そんなエリスの堂々とした姿を見てか、女は苦渋に表情を歪ませ、もう一人いた男は女の隣に歩み寄り静かに構えをとった。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
エリス、女、男の無言の鍔迫り合いが場の空気を一気に張り詰めさせ、
「っ…………」
「んっ…………」
その緊張感に凜と夏子が息を呑み。
「萩月凜、そして神村夏子」
まるでそんな二人を安心させるように、包み込むように、今まで聞いた声の中で一番慈愛に満ちた声音で告げるエリス。
「な……に?」
「ど、どうしたのっ!?」
驚きと戸惑いに二人はエリスへ問い掛けて、
「安心してくれ――――お前達は私が絶対に護ってみせるから」
言葉以上の強烈で気迫に充ち満ちた声音を響かせるエリス。
優しさと温もりに満ちた宣言に二人の体を縛りつけていた空気は消え、安心に心が和ぐのわかった。
好転とは言いがたい状況だったが、エリスの揺るぐ事のない決意に凜達は信頼に満ちた笑顔で答える。
「う、んっ……」
「負けるな、エリス!!」
「あぁっ!!」
気力と覇気に満ちた声音を世界に響かせ、エリスは『虹の陽炎』を真上へと投げ放つ。
「なっ!?」
思わぬ行動に女が驚きの声をあげ、それを切り裂くように――――――まるで主の想いに応えるように『虹の陽炎』が強烈な閃光を放ち、エリスの元へと舞い降りる。
そして胸の位置ででエリスは右手で『虹の陽炎』を横凪ぎし、ガラス細工のように粉々に砕き――――――
「――――――神威『第一位』解放っ!!」
砕け散った欠片は一つ残らず、幻のように淡く消える。
「――――――『斬閃・乱れ陽炎』!!」
黒と紅の世界を切り裂き、不動の覚悟と共に何重もの閃光が乱れ煌めいた。
††††††††††††††††††††††††††
――――――――同時刻、もう一つの戦場。
黒と紅に染め上げられた世界を殴り、切り裂き、貫き、蹂躙する雷と炎の霰弾。
雷撃と炎撃がぶつかり合う度に大気が慟哭を上げ、その様は世界の死を見せつけられているような感覚に襲われる。
そして世界の死に様を飾るが如く、浮かぶ島々に突き刺さる幾つもの巨大な氷柱。
「くっ!!」
入り乱れるように突き刺さった氷柱の間でセフィリアは『処刑人』を腰だめに構え、
「神威『第二位』解放っ!!」
白銀の刃が形成されると同時、自身を取り囲むように突き刺さった巨大な氷柱を全力で薙ぎ払う。
白銀の閃光に切断された氷柱は切断面から魔力の粒子と代わり、粉々に砕け散るように柱に消え、『処刑人』を右脇に構え開けた視界に三人の敵を見据えるセフィリア。
「はやくエリスの所に行かなきゃいけないっていうのに……アンタ達、邪魔なのよ!!」
救援を阻まれる苛立ちと姿だけとはいえ元同僚との命がけの戦闘という理不尽かつ非情な緊迫感に嫌な汗が額に滲み、
――――――ドォンッ!!
と、上空から降り注ぐ轟音に緊張感に拍車が掛かる。
セフィリアは三人の敵に注意を向けつつ上空を見上げ、
「ランさんっ!!」
苦悶の表情で紫電を纏う蘭と爆炎を奏で振るう同族の女を瞳に捉える。
互いに一撃必殺と言える馬鹿げた攻撃をいなし、かわし、即座に反撃。一瞬の油断も躊躇いも許さない刹那に刻まれる数十の攻防。
見る者を悲観させる桁違いの攻防は正に死闘。自分の戦いが子供のごっこ遊びかと苦笑すら漏れない。
その凄絶な戦いにセフィリアが己の未熟さを噛みしめていると、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
蘭の咆哮じみた叫びが槍のように世界に突き刺さり――――刹那、紫電と爆炎が大気を薙ぎ払う。
「っ!?」
その余波は凄まじく、灼熱感を帯びた衝撃波が浮遊大地を揺らし、体全身を焼かれているような錯覚に襲われ――――ドッ!! と、荒い着地音がすぐ脇で響いた。
セフィリアは音のした左隣へ顔を向け、そこに立っていた蘭の様子に目を見張った。
愛らしい幼女のような顔立ちは額から首元まで汗塗れ、、着物も煤まみれで右袖と左足の布は高熱で溶けており、そこから見える真っ白な細腕と脚には僅かだが火傷を負っていた。
「ランさん、大丈夫ですかっ!?」
「さすがに、魔力を吸われとる状態では……あ奴の相手はしんどいのぅ」
その言葉通り、疲労から呼吸は荒くて額から頬に掛けて流れる汗は尋常ではない。
「すみません、私が援護できれば…………」
「なに、謝らんでえぇ。同レベルの相手を三人も抱えさせておるんじゃ、こっちが謝らんといかんて………っ」
「魔力を吸われて私の何倍も辛い状況で戦ってるんですからそんなこと言わないでください」
「全く、あと二十年わかければどうと言う事もなかったんじゃがなぁ…………」
蘭は苦笑い混じりに大きく息を付き、背後から感じる魔力の変動に眉を寄せる。
「凜の魔力がだいぶ減ってきておる。あまり時間を掛けたくないところじゃが…………」
「はい。エリスほ魔力もかなりぶれてるし……これ以上は時間を掛けたくないところですね」
老体に鞭を打つ蘭の言葉に頷き、焦りに『処刑人』を強く握るセフィリア。
「【煉獄境界】の影響下でこれだけ戦えるなんて…………ほんと化け物じみてるわね、【殲滅】」
と、そんな二人をを嘲笑うように弾んだ声が上空から響いた。
「それにベェルフェールも同格の相手三人に良く立ち回る……ほんと感服するわぁ」
「ハッ!! アンタに褒められても嬉しくないわよ!!」
「あらあら? 敵からとはいえ、賛辞は素直に受け取っておくものよ?」
優しげな面持ちと声音。しかし、そこから滲み出るのは体を嬲るように突き刺さる強烈な殺意。
そしてその殺意を喰らうように女の魔力が爆発的に跳ね上がり、
「来るぞ、セフィリア!!」
「はいっ!!」
女達を迎え撃とうと身構えた時だった。
――――――――――背後から殺意に満ちた世界を切り裂く魔力の刃が煌めき発った。
「あら?」
その鮮烈な魔力の煌めきに想定外と声を出す女。
そして二人も弾かれるようにそちらを振り返り、
「何じゃ、この魔力は!?」
「エリスッ!!」
驚愕に目を見開く蘭へ、肌を裂く見知った魔力の気配に叫ぶセフィリア。
「この魔力、エリスのものじゃとっ!?」
「はい。この魔力の上昇率は…………『虹の陽炎』の神威『第一位』を解放したみたいです」
「な、なんと…………『第一位』解放をあの歳で成すとは」
驚きと呆然。その二つに気の抜けた声を出す蘭。
だが。蘭が驚くのも無理はない。
事、『法具』を持たない『死神』は言うに及ばず、『法具』を持った『死神』と言うだけでもその価値は破格。
『法具』固有の力である『神威』は七段階の解放域を持ち、『法具』所持者の多くは良くて『第三位』。そこから更に血反吐を吐くような修練と人生の半分以上を掛けて『第二位』に到達する。
そして神威『第一位』は人生全部を掛けても到達できるかわからない極地、至上の到達点とも言われる領域。
セフィリアの知る限り、『神界』の長い歴史の中でも『第一位』に到達できた『死神』は百人もいない。その上、現在『神界』にいる『死神』の数は階級関係なく合わせ約五千万人。その中で神威『第一位』に到達している者は両手の指分――――――その内の一人がエリスだ。
「でも、解放はできてもまだ完全に制御できるわけじゃなくて……本当の奥の手でしか使えないはず」
「ならば、あちらは儂等が思っている以上に切迫しているという事か」
感嘆から苦渋。煌めき発つ魔力の刃に顔を顰める蘭。
「へぇ、貴方の妹さん。『第一位』まで解放できるのね」
そこへ何故か弾んだ女の声が響き、
『っ!?』
首に鋭い衝撃が奔るのと同時。視界を爆炎が焼き尽くし、轟音が耳を劈いた。
「がっ!?」
そのまま首を締め付けられ、足下から地面の感触が消える。
「くっ!? セフィリア!!」
足下から聞こえる蘭の声に、セフィリアは今、自分が上空にいるのだと認識。
「今、助けに……ぐっ!?」
跳び上がろうとする蘭を爆炎が遮り、三つの魔力が蘭を取り囲む。
「くっ!! 主等は邪魔じゃっ!!」
セフィリアの足元から上がる苛立ちの声と共に、三体の【煉獄支柱】あの三人が攻撃を仕掛ける。
そして、セフィリアの注意を引き戻すように喉を締め付ける力が強まり、
「姉妹ありきで判断するのは馬鹿らしいのだけれど……妹が『第一位』を解放できるって事は、姉である貴女も解放できるのかしら?」
値踏みするようにセフィリアの顔を覗き込む女。
「だっ、たら……何だって、いうのよっ!!」
セフィリアは女の問い掛けに答えると同時、首を鷲掴みにしている女の手を『処刑人』で切り落とそうと右手に力を込め――――瞬間、右肩に小規模に収束された高密度の魔力を感知。それと同時に皮膚が内側から爆発した。
「あがっ!? あぁっ、あああああああああああああっ!?」
内側から弾け飛ぶ感触とそれを焼き尽くすように襲う灼熱感。その二重の激痛に思考がグチャグチャにかき乱され、握っていた『処刑人』を手放してしまう。
「あまり無駄な事はしない方が懸命ね」
呆れ混じりの女の声に従う様に足下からドッ!! と『処刑人』が地面に落ちる音が響いた。
「ぐっ……………」
激痛に喉から突き上げる悲鳴を堪えるセフィリア。女はまるで予想外の幸運に出会ったように目を輝かせながら見つめていた。
「『法具』持ち、それも『第一位』に到達。解放できる『死神』って凄く貴重なのよねぇ。色々と使い道が増えて嬉しい限りだわ」
「使い、道?」
「えぇ、私達側からすれば貴女と妹さんは貴重な素材。それもベェルフェールの血統だなんて破格ね」
芝居がかった口調でわざとらしく唇を舐める女。
「ぐっ!?」
「殺すつもりだったけど予定変更。生かしたまま連れて行くわ」
そういうと女は左手に持っていた『法具』――――――『指揮者』をセフィリアの胸、心臓へ何の躊躇いもなく深く差し込んだ。
「カッ!? ハッ……ッ!?」
差し込まれた筈の心臓に広がるのは強く握られているような圧迫感。そして心臓からはもっと深い何かを掴み取られる様な不快感が全身に広がり、
「な、に…………ッ?」
「…………なっ!?」
女が絶句したとばかりに目を大きく見開いた。
そして首を掴んでいる手は小刻みに震え、
「――――貴女、【贄】だったのね」
「ッ!?」
唐突に芝居がかった口調は酷く穏やかなモノへとなり、セフィリアの表情が不快感から来る者とは違う苦悶に歪む。
そして、そのセフィリアの様子に女は呆然と見つめ――――――一筋の涙が流れ落ちる。
瞬間。セフィリアは身を蝕む不快感を消し去る程の悪寒が奔り、
「あぁ、奇蹟は本当にあったのね…………」
こぼれた涙を拭い、興奮に頬を上気させ、あまりにも満ち足りた微笑みを浮かべる。
「まだ顕現しないと思っていたけど……【器】と【贄】、二つとも揃うなんて僥倖ね。これなら予定を前倒しで進められる」
歓喜と恍惚。その二つに浸かり陶酔すかの如く、喜々として言葉を奔らせる女。
「貴女が【贄】ならこれ以上痛め付ける訳にもいかないし、少しの間眠って貰うわね」
その一言と一緒に心臓の中で女の魔力が膨れ上がって、
「おやすみなさい、ベェルフェール。最後に穏やかで良い夢が見れますように」
体の奥から揺さぶられるような感覚に意識を引きずり込まれ掛けた時。
「――――――させんっ!!」
蘭の咆哮と同時に目映い雷光が瞬き、女の腕を両断する様に雷の柱が突き上がる。
「っと」
女は両腕を切断される寸前でセフィリアを放し、
「あと少しだったのに…………邪魔しないでくれるかしら?」
「ほざくでないっ!!」
冷淡と激情。熱量の異なる怒気が交叉し、背中に細くも力強い温かい感覚を覚え、セフィリアは引きずり込まれ掛けていた意識を引っ張り上げ、すぐ脇にあった蘭の顔を瞳に映す。
「ラン、さん…………」
「寸でのところで間に合ったのぅ…………セフィリア、大丈夫か?」
「な、なんとか…………」
「そうか…………」
と、安堵に表情を緩め小さく息を吐く蘭。
そして蘭の安堵を裂く様に女の声が上空から降り、
「もう殺すつもりはないんだから、それほど必死に護らなくたって良いのに」
「ふざけた事を言いおってからに……お主の目的が何かわからんが、ろくな事にないのは明白。それがわかっていて護らん馬鹿がどこにおるっ!!」
「まぁ、邪魔されるのは当然と思ってるから別に構わないけど…………【殲滅】、貴女はここで殺すわよ」
余裕に笑みを浮かべ、悠然とタクトを構える女。
そこへダメ押しというように蘭に蹴散らされた三体の【煉獄支柱】が蘭達を取り囲み、魔力を収束させていく。
「くっ…………」
倒れている場合じゃない、とセフィリアは揺れる意識の中で立ち上がろうとして。
「よい」
落ち着き払ったと共に蘭に肩を押さえられ、その場に腰を付かせられる
「ラ、ランさん?」
「あとは儂がやる。お主はここでじっとしておれ」
戸惑うセフィリアを見下ろしながら立ち上がる蘭。それから僅かに離れるように正面へと歩み、着物の左袖から三枚の札――――式符を取り出し投げた。
投げられた式符はセフィリアを中心に三方向に広がり飛び、バチッ!! と紫電が瞬いた。
その瞬間、セフィリアを周囲と切り離すように円状の淡い青い光の結界が張られ、
「少しばかり大事になるでな……その中にいれば安心じゃぞ」
顔だけ振り向かせ、安心させるように優しい笑顔で告げる蘭。
だが、その笑顔は疲労と汗に塗れ、誰が見ても力強いとは言えなかった。
「一人で戦うなんて無茶ですっ!!」
セフィリアはフラつきながらも立ち上がり張られた結界を両手で殴りつけ、
「出して、下さいっ!! 私も戦いますからっ!!」
「まぁ、の。じゃが、お主は立つのがやっとの状態。そんなお主を庇いながら戦うには少し難儀な相手、それに凜達も危うい状況じゃしの…………悪手ではあるが今はコレが最善じゃろうな」
穏やかに、それでいて明確な拒否と共に正面へ顔を向ける蘭。
「体にかなりの負担がかかってしまうが、四の五の言ってられん…………本気でいく」
両手をだらりと下げ、自然体のまま女を見上げた。
その整然とした姿に女は何かを感じ取ったのか『指揮者』へ魔力を収束。
「あら? 今までも結構本気だったと思うけど……」
「あぁ、全力で殺すつもりじゃったぞ」
「全力だったというのなら、それは本気だったって事じゃ……」
「全力と本気は別物じゃぞ」
女の言葉を切り捨て、蘭の声音から熱が消え――――――瞬間、全身を駆け巡る怖気に脚から力が抜け地面に座り込むセフィリア。
「な、に…………?」
蘭から感じる初めて味わう得体の知れない不安……いや、恐怖にセフィリアの声が押し潰され、今までずっと殺意まみれの笑顔を浮かべていた女も初めて表情が緊張に強張った。
「今までは殺すつもりじゃったが、今度は――――」
熱の消失に伴い、酷く冷淡な声音が波となって世界に響く。
「――――――滅ぼすつもりでいく」
黒と紅の世界を嬲り上げるように、銀の雷光が瞬いた。
††††††††††††††††††††††††††
「神威……『第一位』解放、ですって?」
死を強いる世界に吹き荒れる強大な魔力の奔流に【煉獄支柱】の女が愕然と声を漏らす。
「その歳で解放できるだなんてとんだ化物がいたものね……」
女はエリスが握る『虹の陽炎』を忌々しげに睨み付け、呻くように問う。
「でも、力の制御ができてないのかしら? 太刀としての形を保っていないわよ?」
「力の制御ができていないのは認めよう……だが、これが『虹の陽炎』本来の姿だ」
皮肉ぶった問いかけを切り捨て、エリスは柄を握る右手に力を込める。
本来の姿だと言ったものの、自分でも直に柄を握っていなければただ幻と疑ってしまうほどだ。
神威『第一位』を解放した『虹の陽炎』――――それは端から見れば柄の頭から刃の切っ先まで、名の通り陽炎の様に揺らめく淡い光の塊のようにしか見えない。
だが、右手から伝わる柄の感触と刀の重さ。そして『虹の陽炎』から流れ込んでくる強大な魔力の奔流に、圧倒的な存在感を感じる。
神威『第一位』を解放した事で魔力の容量は単純に姉の倍以上。その恩恵で膂力と法術の力も数段上がっている。
だが、解放状態を制御できていない今の自分では姉と同等、もしくはやや上回っている程度。
しかし、それでも女から下卑た笑みを浮かべる余裕は奪う事ができたようで、妬むような視線をぶつけてくる。
「こちらは二人といっても今の貴女の貴女を相手するには役不足……素直にあっちと合流するのが最善、か」
「させると思うか?」
「いいえ。それに私は撤退する気なんてさらさら無いわ」
女はエリスから視線を奥にいた凜へと移し、
「そこにいる生ゴミを処分するのが私の目的であり、意義なんだから」
刺すような殺意を絡め、一気に魔力を練り上げる。
エリスは『虹の陽炎』を正眼に構え、
「そんな意義は私が切り捨てるっ!!」
裂帛の意志と共に跳ぶ。
その気概に呼応し、清廉な輝きを放つ六本の光の太刀が顕現。
―――――――――神威『第二位・紅破』
―――――――――神威『第三位・蒼破』
―――――――――神威『第四位・紫電』
―――――――――神威『第五位・橙光』
―――――――――神威『第六位・翠輝』
―――――――――神威『第七位・黄瞬』
神威『第一位』を除いた神威『六位』全てを顕現させた太刀がエリスを中心に左右後方と展開、追従する。
「くっ!?」
女はエリスを迎撃しようと魔力収束を開始する。が、エリスは一足で間合いを詰め『虹の陽炎』を右薙ぎする。
刃が女の体を捉える直前。蒼い障壁が斬撃を受け止めるが構わず振り払い、女を障壁事弾き飛ばす。
女の体は粉塵を巻き上げながら地上を吹き飛び、追撃しようと両足に力を込めた瞬間。右側頭部から巻き上がった粉塵を貫き現れる右拳。
それをエリスは一歩後方に体を引き回避。そして粉塵を裂いて現れた男はすかさず二撃目と、踏み込んだ左足を軸に右回し蹴りを放つ。
が、その蹴りをしゃがみ込みながら躱し、軸足の左足を切断。そのまま体をコマの様に回転させ、左手で追従していた六本の刀から『黄瞬』を掴み、頭上を通過した右足を斬り飛ばす。
「邪魔だっ!!」
左手に握る『黄瞬』を『虹の陽炎』に重ね、それに合わせるように残り五本の神威が収束。瞬間、それらに身を委ねるように白光が瞬き、七色の閃光は混ざり――――揺らめき消える。
姿も感触も重さも消え、ただ強烈な魔力の気配だけが残った『虹の陽炎』を切り払い、
「――――――『斬閃・乱れ陽炎』
男の体を斬った感覚も、肉を裂く感触も、骨を断つ手応えもなく――――太刀を払い、起こった風の音だけが響く。
そして七つの剣閃が太刀筋をなぞり瞬き、広大な大地を両断。
両断されたおよそ直径一キロはあろうかという巨大な陸地は七色の剣閃に斬り砕かれ、女と男共々塵へと消える。
太刀型法具『虹の陽炎』神威『第一位』の力はエリスの魔力の全解放と身体能力の強化。
そして最たる特性は『第二位』から『第七位』までを光の刀として顕現させ、魔力の許す限り収束なしで常時開放。一つ一つ刀として振るう事は勿論、弾丸として扱う事もでき、全ての神威を収束させる事で莫大な威力の斬撃を繰り出す事もできる。
エリスは塵の音だけが響く静寂の中、敵の魔力が消えたのを確認し、内から荒ぶる魔力を押さえ込む。
「神威『封位』」
敵を塵へと帰した七つの閃光は役目を終えたと揺らめき消え、エリスの右手には存在を主張するように白一色の『虹の陽炎』が顕現。重みを示しながら収まっていた。
エリスが一段落と息を付くと体中からドッと汗が噴き出し、全身の筋肉が疲労に悲鳴を上げる。
法術で空間から鞘を取り出し、プルプルと震える左手で掴む。
そして右手に握る『虹の陽炎』を静かに納め、
「くっ……………やはり『第一位』は負担が大きいな」
自分の力でありながら制御仕切れない己の未熟さを身に感じながら後ろを振り返った。
振り返った先では凜と夏子が事の次第に目を大きく見開いており、
「さすが、だね………………」
「す、すっごい………………」
各々驚きを呟いた。
エリスがそんな二人へ嬉しいような気恥ずかしいような笑みを浮かべた時――――――――黒と紅の世界を嬲り上げるように、銀の雷光が瞬いた。
「これはっ!?」
「な、何っ!?」
エリスと夏子は雷光の瞬いた方向へ同時に顔を向け、
「お祖母、ちゃん………………?」
凜が言い様のない面持ちで呟いた。
そして雷光の瞬きが黒と紅の世界を蹂躙し【煉獄境界】に亀裂が入り、身に降りかかる暴力に堪えきれないと砕け散った。
「むっ!?」
そして砕け散った世界の奥から顔を見せるのは青と白の螺旋を描く鮮やかな世界。
エリスは自分の見知った世界に安堵の息を付き、夏子は目を丸くし、凜が唖然と呟いた。
「こ、これは…………?」
「【境界門(ライン・ゲート】だ」
「ライン、ゲート……?」
「あぁ、これは私達『死神』が様々な世界を往き来する為に使う空間法術でな。門だけなら貴方達二人も見た事があるぞ」
と、エリスは凜達へ体を向けようとして――――――ドッ!! と腹部を貫く重い衝撃に視界が歪む。
「がっ!?」
その衝撃に吹き飛ばされ、二人から十メートル程離れたところで着地。
腹部に残る痛みと衝撃を噛み殺しながら顔を上げると、視線の先にあったのは――――宙を漂う人の左足。いや、それは人ではなく――――エリスが斬り飛ばした男の左足だった。
「な、に……っ!?」
エリスがそれを認識すると同時に凜達の背後の空間がねじ曲がり、ドス黒い光と共に伸びてきたのは血だらけの女。
咄嗟に二人へ声を張り上げようとするが既に遅く、
「きゃっ!?」
女は夏子の首を掴みあげ、軽々とエリスへ投げ飛ばした。
「くっ!?」
小石のように飄々と投げ飛ばされた夏子をエリスは咄嗟に抱き留め、
「大丈夫かっ!?」
「…………う、うん。少し首が痛い、だけ……コホコホッ」
と、苦しげに咳き込む夏子を地面に降ろすエリス。
「ギリギリ、だったわ…………」
「ぐ、がぁっ………ぁ、ぁあがっ」
苦痛に歪む女と凜の声に顔をあげ、
「萩月っ!!」
首を鷲掴みにされる凜の姿に疲労に震える体を奮い立たせ、魔力を収束。白から蒼へと染まる『虹の陽炎』を手に女へ跳ぶ。が、
「くっ!?」
それを阻むように男の左足が飛来。女は凜を空間へ引きずり込みながら消え、
「凜っ!!」
「邪魔するなっ!!」
夏子の悲鳴じみた呼び声が上がると同時。『虹の陽炎』を引き抜き、『斬閃・蒼破』で男の足を斬り消す。
「届けっ!!」
そして凜を飲み込むように消える空間の捻れをこじ開けようと柄から右手を放し、空間の捻れへ突き出すものの、その手が空間をこじ開ける事はなく無情にも通過する。
エリスは粉塵を巻き上げながら着地し、空間の捻れなど跡形もなく消えた先を睨み付け、即座に魔力探知を開始する。
だが、
「…………くそっ!!」
先程の【煉獄境界】同様に何かの法術の影響か、女はおろか凜の魔力の欠片も捉えきれない。
為す術無く苦渋に唇を噛むエリスの姿に、夏子は届くことがないと理解していたが叫ばずにはいられなかった。
「りーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
その夏子の悲鳴じみた絶叫に、エリスはただ無力さに拳を握る事しかできなかった。





