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境界世界のブリガンテ  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
26/36

――― ホコロビ ―――

「ジュリアさん。指示された四カ所の魔力のバランス調整、終了しました」

 心躍る青空の下、エリスは街の中央に位置するショッピングセンター、その屋上で待ち合わせていたジュリアに任務終了の報告をする。

「あら、もう今日のノルマ終わらせちゃったの?」

「はい。それと此処に来る途中で二カ所程、流れが乱れていた地点がありましたのでそちらも調整しておきました」

「あらら、そっちは明日にでもって思ってただったんだけど……フフッ、部下が優秀だと任務が楽で助かるわ」

「いえ、そんな…………」

 エリスを見下ろし、脱帽と言った様子で肩をすくめ微笑するジュリア。

 現世に降り立ってから今日で四日目。エリスは短い期間の中で命と向き合う緊張感と『死神』としての果たせなければならない任務に順応し始めていた。

 町の『霊現体ゲシュペンスト』の数とその配置、住宅街や商業の立地や地理の把握。初日から失敗もなく任務の達成速度も徐々に上がり、今ではジュリアとは別行動で任務を受け持つところまで出来るようになった。

「謙遜しなくても良いのよ? 普通は一ヶ月は付きっきりで指導するのが当たり前だし、仕事を分担する所までいっても『霊現体ゲシュペンスト』の魂管理と見回りくらいで…………この調子だと研修中に一人前になっちゃうペースよ」

「一人前だなんて、私はまだまだ未熟者です。現段階で任務を分担出来る段階まで至ったとはいえ、研修開始前にジュリアさんの任務報告書を拝見させて頂いたのですが…………今日の任務は勿論ですが昨日、一昨日と普段の半分程度しか任務をこなせていないじゃないですか」

「あら~、私の仕事ぶりまで目を通してるなんてさすがに驚いたわね」

「指導して頂く身としては失礼にならない様、上官の最低限の情報は必要だと思いまして」

「ほんとに名門の……ううん、エリスは真面目で良い子ね」

 ジュリアは自分の事を調べられたのが気恥ずかしいようで、それを誤魔化すようにエリスの頭を優しく撫で、その温かで心地良い感触にエリスが浸りかけた時。




 ―――――――――ゴーーンッ!!




 と、耳の奥にズシッと響く鐘の音が町中で鳴り響いた。

「っと、もうお昼の時間みたいね」

「そのようですね」

 現世でも昼時には鐘を鳴らす習慣があるようで、時計を身につけていないエリスにとってもありがたい習わしだ。

「一応、腕時計はしてるんだけどあまり見ないのよねぇ……それに任務におわれてると時間の感覚が曖昧になるから助かるわ」

「はい、任務に集中すると時間の確認が疎かになってしまいますから…………ですが、そうなると少し急がないと」

 ジュリアとの会話、そして鳴り終わる鐘の音にある少女の姿が浮かび、

「結菜ちゃんの事でしょ?」

エリスの気持ちを読んだかのように、得意げな笑みを溢すジュリア。

「はい」

「私はもう一カ所魔力の流れを整えてくるから、その間にお昼休みがてらいつもみたいにあの子と話でもして待ってて。後で私も合流するから、その後お昼にしましょ」

「はい、お待ちしてます」

 二人は示し合わせ頷き、ジュリアは早速とばかりにコートを翻し、町の北方へと跳んだ。

 家屋やビルの屋上を飛び渡っていく心優しい上司の後ろ姿を見送り、

「…………さて、と」

エリスも病院のある南方へ体を向ける。

「結菜さん、待ちくたびれていなければいいが」

 体の奥に押し込めた魔力を緩やかに解放。全身に魔力を流動させ、その力を高密度に収束。

「…………よし」

 魔力により身体強化。溢れ出る膂力を両脚に込め高々と跳躍して、住宅街を跳び渡り目的地の病院へと向かった。

 それから三分後。目的地の病院の屋上へタンッ!! と靴音を響かせて着地。

 それから移動でやや乱れたコートをサッと整え、

「…………結菜さん、まだ来ていないようですね」

屋上で待ちくたびれていると思われた結菜の姿は無く、疑問半分安堵半分に小さく息を付いた。

 それから結菜の居場所を探ろうと霊体から滲み出ている微かな魔力の気配を探り、丁度自分の正面、そのやや下方に感じる気配に――――――いつもの場所か、とちいさく笑みを溢すエリス。

 エリスはその気配に向かって歩き出し、屋上端に辿り着いて足下を覗き込むと階層で言えば四階。その一室を窓の外から覗いている彼女の姿が合った。

 一瞬たりとも見逃すまいと食い入るように中を見つめている結菜。

 そんな結菜の背後にエリスは法術で半透明の足場を造り、屋上から足場へとトッと飛び降りた。

 魔力を凝縮して作られた足場にタッと着地。すぐ背後で響いた着地音にすら反応せず、夢中で室内を見つめる結菜に、エリスはなるべく驚かせないようにと声量を抑え、静かに名を呼んだ。

「…………結菜さん」

「ひゃいっ!?」

 驚きに声を裏返し、肩を跳ね上げ慌てて振り返る結菜。

「な、なんだぁ……エリスちゃんかぁ」

「す、すみません。驚かせるつもりはなかったんですが………………」

 言葉通り驚かせるつもりはなかったが結菜は驚きを押さえ込むように胸に手を当て、その姿に少しばかり申し訳なくなり、。

「ぁっ…………」

その背後。病室の一室に広がる光景にそっと目を奪われた。

 清潔感溢れる白一色の部屋。部屋の中央にはセミダブルのベットが設置され、その上には結菜同様淡いピンクの入院服に身を包んだ三十代後半の黒髪の女性が座していた。

 その脇では同年代であろう黒縁眼鏡を掛けた短髪茶髪の男性が女性へ優しく微笑んで、女性の腹部へそっと手を添える。

 手を添えられた腹部は大きく膨らんでおり、男性女性共にそれを慈しむように手を重ね合わせ、笑顔で言葉を交わしている――――――幸福の一つを形にした風景。

「お父さんとお母さん、凄く嬉しそう」

 その様子にエリスの隣で満面の笑みを浮かべる結菜。

 エリスは視線を病室から結菜に移し、

「確か予定日は四日後でしたよね」

「うん、あともう少しで産まれるんだぁ」

「ふふっ、結菜さんもあと少しでお姉さんになるんですね。弟と妹、どっちが欲しいんですか?」

「無事に産まれてくれればそれで充分だけど…………出来れば妹が良いなぁ」

産まれてくる新しい家族の姿にほっこりした笑みを浮かべる。

「妹、ですか…………となると私と同じで姉妹になりますね」

「そういえばエリスちゃんってお姉ちゃんがいるんだよね?」

「えぇ、結菜さんと同い年の姉が」

「へぇ、私と同い年かぁ…………お姉ちゃんはどんな人?」

 結菜は『姉妹』とキーワードに興味を刺激されたのか、興奮しているのかやや声のトーンが上がる。

「妹の私が言うのもなんですが………とても気高く、とても優しい方です」

「そうなんだ……お姉ちゃんとはよく遊んだの?」

「はい。姉様は任務でどんなに多忙でも私の為に時間を作り、よく遊んでくれました」

「良いなぁ、そういうの。やっぱり、羨ましいなぁ」

 先程の笑顔と声の昂揚がスッと奥に顰め、

「羨ましい?」

物寂しげに呟く結菜へ「どうして?」と言いかけた時。

「あっ、今お腹蹴ったよ」

「あぁ、もう出たいって言ってるんだろうな」

 ご両親の弾んだ声に遮られた。

 その声にエリスと結菜の視線が同時に動き、

「もうすぐ、なのよね…………」

「あぁ、もうすぐだな」

先程まで形を成していた幸福は悲しみと後悔に曇り、ベットの脇の棚に飾られた写真立てに両親の視線が集まった。

 その写真立てに飾られ、両親の沈んだ瞳に映るのは――――――幸福に満たされ笑う愛娘の姿。

「結菜に…………この子を合わせてあげたかった」

「そう、だな」

 込み上げてくる悲しみに堪え、眩しい笑顔の愛娘へ後悔に沈んだ瞳を向ける。

「……………………」

「……………………」

 そんな両親の痛々しい姿を無言で見つめる結菜を横目で見やり、エリスの脳裏にジュリアから聞いていた話が過ぎった。

 結菜がこの世界から弾かれたのは今から丁度半年前。原因不明による心肺機能の低下、それが死因だった。『現世』の医療レベルでは手の施しようが無く、発症から僅か三日で他界。十二年という短い人生を終えた。

 ジュリアによれば結菜の死亡後に回収に訪れてみたものの、『未練』に縛られており『破壊』以外の回収を受け付けず、来世への導きが出来ない状態だったらしい。

 それは多々あることで別段珍しくなく『未練』を解決する為に保護し、『未練』を思い出させるところまでは順調だったのだが、肝心の『未練』が「産まれてくる赤ちゃんを見たい」というもので結菜が他界した当時は母親の中には五ヶ月目の赤ん坊がいて、予定日までの約半年間待機の状態だったらしい。

 本来『霊現体ゲシュペンスト』は『未練』を果たすことなく長い間『現世』に留まると【悪霊化】してしまうのだが、それを防ぐ為に一日に一度。『死神』の魔力を流し込み、霊体の変質化を抑えているのだ。

「赤ちゃん、早く産まれないかなぁ…………」

 心の底から願いポツリと溢し、悲しみに沈む両親から逃げるようにそっと窓から離れ、屋上へと跳び上がっていく結菜。

 エリスも屋上まで跳躍し、中央で空を見上げながら浮いていた結菜の隣へ着地した。

 眩しい青空を見つめながら請うように呟く結菜さん。

「それに赤ちゃん、触ってみたかったなぁ」

「結菜さん…………」

 未練と願望。どんなに願っても手に入れられない温もりを悲しみの笑顔で胸に刻む儚い少女。

 それでも自分の死を受け止め、真っ正面から向き合えるのは『未練』への想いが強いからなのかもしれない。

 だが、十二歳の子供である事に変わりはなく、その姿は今にも崩れてしまいそうな砂の人形のようで。

「あ、あの…………」

 そんな結菜の姿にエリスはそっと手を取り、

「ん、なぁに? エリスちゃん」

不意に手を握られた事に少し驚きながらも、悲しみを隠す様に優しく問う結菜。

 そして、その言葉に助けられるようにエリスが恐る恐る見やり、

「そ、その……少しの間だけですが、私を妹……と思って頂けたらと」

「エリスちゃんが? 妹?」

突然の提案に大きな瞳をより大きく見開く結菜。

「えぇ、私では産まれてくる赤ん坊に比べれば柔らかさとか愛らしさとか……色々と役不足だと思うのですが……私ならこうして触ったりできます、し」

 同情からではない、心からの言葉。そう伝わるように恥ずかしさに逸らしたくなる視線を無欠付け、結菜の言葉を待つ。

 それから数秒。実際にはその体感よりも短い沈黙に――――――やはり失礼だったか? と不安に押し潰されそうになった時だった。

「えへへ、ありがとね」

 嬉しさに弾む声と共に触れられる感触を感じ、温もりを確かめるようにエリスをぎゅっと抱きしめる結菜。

「っ!?」

「エリスちゃん、温かいねぇ」

 突然への唐突返し。

 結菜は触れる事の出来る温もりを手放したくないとばかりに抱きしめる力を強め、

「エリスちゃんが妹って嬉しいなぁ。エリスちゃんも私のことお姉ちゃんと思ってくれて良いからね」

「は、はい…………あ、ありがとうございます」

 少しばかりちぐはぐな会話だったが自分から言い出した事の結果にエリスは頬を染め、気恥ずかしさと心地良い感覚に身を委ねる。

 事実、結菜の提案が嫌なわけは無く、それに答えるようにエリスもそっと背中に手を回しかけ。

「あっ!! 忘れてました!!」

 不意に思い出した事に慌てて結菜を引きはがすエリス。

「結菜さんっ!! はやくお昼の魔力補充しないといけません!!」

「あぁ、そういえばそんな時間だね」

 失念してはいけない事だったのだがどちらも頭から抜けていた。思い出してほっとするエリスとさほど気にしてない様子の結菜は互いに苦笑し、

「エリスちゃんも大変だね、私よりも子供なのにお仕事だなんて」

「いえ、幼いといっても私も神の末席。未熟者なのでこれからもっと頑張らないと」

結菜の労いに嬉しいながらも、自ら軒を引き締めるように告げ。

「そうだね。でも」

 結菜はつい先程できた自分に厳しい妹の頭をそっと撫で、

「神様でもエリスちゃんも女の子だもの、あまり無理しちゃ駄目だよ?」

小さく、可愛い神様に温かで優しい笑みを向ける。

 その笑顔に大好きな姉の姿が思い浮かび、

「えっ、と……その、……はい」

赤らんだ頬の熱を感じながら、力なく答えを返した瞬間。


 温かく色づいた世界に血染めの紅が散りばめられ、瞬き程の一瞬と言える速度で世界が塗り替えられる。

 空、雲、木々、建築物、動物、人間と世界に存在する者全てが血色に染まった世界。

「な、何これ!?」

「こ、これは――――――」




 ―――――――――【紅境界クリムゾン・ライン】。




 それは【悪霊】とされる化物、もしくはそれらを使役する上位存在が魔力の高い魂を奪い、喰らう為に用いる空間結界術。

 だが、これを使用する際には他の法術と同じく魔力上昇の気配がある。だが、あるはずその気配が一切無く、

「な、何故これが!?」

突然の事に狼狽するエリスを嘲笑う様に、遠方で膨れあがる魔力の波動に体ごとその方向に向きを変えられる。

 体全体に奔る痺れにも似た感覚とよく見知った人物の気配。

「ジュリアさん!? クッ!?」

 そして、その叫びに答えるように頭上から放たれる複数の禍々しい魔力の波動に結菜を背に回し、慌てて身構えるエリス。

 そして二人の頭上、紅の空に現れたのは黒一色の巨体の化け物。動物や虫といったものを大まかに象った異形の存在―――――――――『ウロ

「ひっ!?」

 その姿に結菜は恐怖にエリスの肩を強く掴み、

「何故『ウロ』がいるっ!? 他者を喰らい、使役できる程の【悪霊】はいなかったはずなのにっ!?」

予想すらしていなかった状況にエリスは焦りを込み殺し、左手を正面に突き出す。

「顕現しろ!! 『虹の陽炎アルクス・カリマ』!!」

 主の呼び声に合わせ左手に膨大な魔力が収束。空間を歪め、その揺らめきを突き破るように柄の頭から鞘の子尻まで白を基調とした一振りの太刀が出現。

 それと同時に右手で柄を握り、一切躊躇することなく振り払い構える。

 それから鞘だけを空間に戻し、左手で結菜の腰に手を回して抱きしめる。

「結菜さん!! 私にしっかり掴まっててくださいっ、いいですね!?」

「う、うんっ!!」

 エリスは『ウロ』を睨み付けたまま結菜を抱きしめ、結菜もエリスの首に両腕を回し、必死にしがみつく。




【ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!】




 巨大な鷲をもした双頭の『ウロ』が甲高い耳障りな咆哮をあげ、開戦を告げた。

「来いっ!!」

 その咆哮を切り捨て様に叫び、『虹の陽炎アルクス・カリマ』を正眼に構え直すエリス。








 そして数秒後、轟音と共に紅の世界に蒼の閃光が瞬き――――――蹂躙への幕が上がった。

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