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境界世界のブリガンテ  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
25/36

――― 無垢たる邂逅 ―――




 あれは五年前――――――エリスが九歳になり『第二級クラス・セカンド』に昇格。その研修として初めて現世に降りた日だった。




 眼前、そして頭上一杯に広がる清々しいまでの青空。

「ここが……現世」

 初めて訪れる人間達の世界。

 小高い丘から広がる景色に、エリスは言い様のない高揚感に胸を高鳴る。

 そこから見えるのは人間達が長い年月を掛け築き、各々の時を刻み息づいている町。そしてその営みを守るように青々とした木々が生い茂り、その脇ではのどかな田園風景が広がっていた。

「あの町が私の研修の場か…………」

 初めて訪れる世界、遠方に見える町並み、『死神』としての初めての任務の始まりにエリスは緊張を混ぜた息を付き、

「…………ん」

背後に感じた魔力の流動に静かに振り返った。

 その先では魔力の流れに合わせて空間が歪み、そこから黒一色の人影が姿を現した。

 女性ながらスッと高く細身の体躯を自分と同じ黒の制服に包み、肩まで伸びる柔らかい茶髪の癖毛と初見で穏やかさを感じさせる優しげな顔立ちが印象的な一人の女性。

 女性は空間の歪みからヒョイッと丘の芝生に軽やかに着地。それと同時にエリスを一瞥し、両足を寸分無く揃え敬礼をする。

「お待たせいたしました、ベェルフェール様」

「い、いえ」

「私の名前はジュリア=ノーマン。本日より一ヶ月間、ベェルフェール様の指導官として……」

「あ、あのっ!!」

 エリスは堅苦しく強張った表情で挨拶をするジュリアの言葉を遮り、

「っと…………ど、どうかなさいましたか?」

「そ、その………ベェルフェール『様』というのは止めて頂けませんか?」

「え?」

突然の発言にジュリアは目を丸くし、口をぽかーんっと開く。

 ――――――何故そんな事を? と、驚き顔で訴える上司に生意気だと思われないか不安になりながらも、ありのままの気持ちを素直に伝えるエリス。

「た、確かに私は貴族……本家の出ではありますが『死神』として『第二級クラス・セカンド』に昇格したばかりの新人です。上司であり指導官でもあるノーマン上官が、部下である私に様付けや敬語などおかしい話、だと……思う、のですが…………」

 最後の方は不安に押され尻すぼみになってしまったが、なんとか思っていた事は言い切る事ができた。

 自分が『第三級クラス・サード』の頃……いや、物心ついた時から周囲からは三大名家筆頭の令嬢というだけで必要以上に持ち上げる待遇が多々あり、まだ九歳の私が思うのもあれだが今よりももっと幼い頃からそれが大嫌いだった。

「………………」

 ジュリアはエリスの言葉に口を開けたまま見下ろし、

「あ、あの…………」

出過ぎた真似だったかとエリスが不安に表情を曇らせた時だった。

「…………ジュリアでいいわよ」

 まるで自分の子のにするように優しい笑みで、エリスの頭をそっと撫でるジュリア。

「へ?」

「ノーマン上官、なんて堅苦しいでしょ? だから私の事はジュリアって呼んで、ね? エリス」

 その血筋の引け目も、身分の贔屓もない純粋で暖かな笑みにエリスは頷き、

「ありがとうございます。ジュリアさん」

気恥ずかしかったが、ジュリアの微笑みに静かに口元を綻ばせた。

「それじゃ改めて。私の名前はジュリア。上司とはいったものの私も貴女と同じ『第二級クラス・セカンド』だから足りないところもあると思うけど……貴女の上司、先輩として手本になれるように頑張るわ。よろしくね」

「こちらこそ。『死神』として未熟な私ですが本日より一週間、ご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします」

 二人は和やかに握手を交わし、どちらともいわず手を放す。

「じゃあ、早速だけど一週間の予定を説明するわね」

「はい」

 親しい仲にも礼儀あり、と公私を瞬時に切り替えながら心の中で緊張の糸を一本張るエリス。

 その様子にジュリアも気を引き締める為に小さく咳払いし、今後の話を切り出した。

「主な研修の内容は『霊現体ゲシュペンスト』の魂の状態確認と回収、それと町の魔力流脈の把握に調整管理ね」

「はい」

「ここ最近は『霊現体ゲシュペンスト』の【悪霊化】は発生していないから戦闘になることはないと思うけど……現場ではいつ何が起こるかわからないから頭の隅で常に気を張っていてね」

「了解しました」

「一応、研修内容はこんな感じだけど……何か質問とかある?」

「いえ、特には」

「まぁ、何か気になる事があればその都度聞いてね」

「はい、ありがとうございます」

 研修内容の確認を終えるとジュリアは町へと体を向け、エリスも町へと意識を傾ける。

 二人揃って視線を正面に向け、体の奥へ抑えていた魔力を解放する。

 体の奥から血流に魔力を乗せ、体全体に行き渡らせながら力を研ぎ澄ませていく。

「じゃあ、準備運動がてら町まで競争ね」

「きょ、競争って?」

 落ち着きのある大人の女性の表情から悪戯っ子の様な無邪気な笑みを溢すジュリア。

「よーい、どんっ!!」

「ちょっ!?」

 ズルッ子上等とばかりに地を蹴り、空へ高々と跳躍する上司へ呆気にとられるエリス。

「ちょっ、ジュリアさん!?」

 突然の競争スタートに慌てて後を追い、黒のコートをはためかせながら空へと跳躍した。




 ―――――――――ジュリアとの追いかけっこから三時間後。




「さすがに午前中だけだと町全部は回りきれないかぁ」

「そうみたいですね。小さな町と思っても細かなところまで把握しなければいけませんし…………何より、実際の任務となると思ったようにいかないものですね」

 町の中で一番高い建造物――――――雑居ビルの屋上で、下の通りを行き交う人間達の喧噪を眺め言葉を交わす二人。

 丘から競争を引き分けで終え町に到着すると先に説明されていた通り、町の『霊現体ゲシュペンスト』達の見回りを開始。

 ジュリアが事前に確認していた『霊現体ゲシュペンスト』の数の照合、『浮遊霊』や『地縛霊』への変異の有無、それに加えて存在期限の迫った魂の回収など様々な任務をこなした。

 その際に地理の把握は勿論、流脈の流れが滞りやすい場所や魔力のバランスが崩れやすい地点など事細かに教えて貰いながらの何とも忙しい時間を過ごし、昼に差し掛かっての昼食時間を迎えようとしている現在。

「私がもう少し上手く動けていれば町の探索だけでも終えられたかもしれませんね」

「そう? まぁ、貴方の言う通りいつもよりは少し効率が落ちてるけど……私も初めての指導官で手探り指導だし、ちょっと要領が掴めてないのが原因かな。エリスは新人って思えないくらい任務をこなしてくれてるし、あまり気にしなくて良いと思うけど……」

 先程までの任務の手際に反省している優等生な部下に頬を掻きながら苦笑する。

「お褒めいただいて恐縮ですが……やはりまだまだです。姉様が私の年の頃にはもう『第一級クラス・ファースト』に昇格し、第一線で任務を勤めいていましたから」

「セフィリア様のことね」

 苦笑を少しばかり深め、エリスの姉――――――セフィリアの名を呟くジュリア。

 だが、それもその筈だ。。

 本来、エリスが昇格した『第二級クラス・セカンド』は平均的な『死神』の能力でいえば二十代前半で到達する領域。だが、セフィリアはそれを七歳という若さで至り、気が遠くなる程の長い『死神』の歴史の中で最年少で【神】の威を示す者になった。

 更にそれから二年後。優れた『死神』の中から更に並々ならぬ修練と実戦の積み重ねにより、鍛え抜かれた一握りの『死神』だけが到達できる『第一級クラス・ファースト』に昇格。

 こちらも当然とばかりに史上最年少という若さでいたり、それから二年後には『死神』の中でも指折りの実力者が揃う第十三隊に入隊し、その溢れんばかりの力と才能に誰もが次代を担う『死神』と期待して止まないのだ。

「三大貴族の中でもずば抜けて高い魔力を持っているベェルフェール家。その中でも歴代最高とまでいわれる魔力に、極めつけには『法具』の所有者。私も何度か一緒に任務をした事あるけど…………今の感じで行けば二十歳にはどこかの隊の隊長に昇格してるのは間違いないわね」

「おそらくは。ですので姉様の妹として恥ずかしくない『死神』になるのが私の目標です」


 エリスは自分の口にした目標をつかみ取るように視線を右手に合わせ、強く握りしめた。

「ふふっ、目標がある事は良い事ね。若い子達がこんなにも頼もしいと安心ね」

「若いって…………ジュリアさんだってその内の一人でしょう?」

「あら、嬉しい事いってくれるじゃない」

 そう言って嬉しさに顔を綻ばせ「良い子良い子っ!!」と優しくエリスの頭を撫でるジュリア。

「お世辞でもありがとうね」

「いえ、お世辞では…………」

 詳しい年齢は個人情報なので控えるが、歳は二十代前半で充分、若者世代だと思ったのが…………どうやらただの世辞と受け取ったらしい。

「さてっ、と。話は此処までにして一旦任務は中断。お昼ご飯にしましょう」

「そうですね、時間も丁度良い頃ですし」


 となると早速準備に取りかからねばならない。まぁ、準備といっても空間法術でそれぞれの隊員寮の私室と現世を繋ぎ、そこから食堂に行くだけ。それ以外の仮眠やシャワーも同じで、現世に赴きながらも衣食住は安定供給されているから法術様々といったところだ。

「あっ、その前に一カ所だけ行かなきゃいけないところがあったんだった」

「いかなければならない所、ですか?」

「えぇ、貴女に紹介しておかなきゃいけない子がいるんだけど……付いてきてもらって良い?」

「はい、同行いたします。ですが、紹介したい子というのは? この町に私達以外の『死神』が配属された話は聞いていませんでしたが?」

 エリスはジュリアの申し出に即答で答え、それと同時に沸き上がった疑問を問い掛けてみた。

 するとジュリアまた無邪気な笑顔でウインクし、

「まぁ、会ってからのお楽しみってね」

コートを翻し進路方向へと体を向けた。

「ここからでも見えるんだけど…………灰色の大きな建物が見える?」

 およそ一キロ先の灰色の建物を指差し、

「はい、見えます」

「あそこはこの町の病院なんだけど、とりあえずあそこへ向かいましょう」

「了解です」

目的を視認し合い、今度は二人同時に肉体へ魔力収束を行い、ビルを同時に蹴って目的地への病院へと向かった。




 ――――――五分後。




 白を基調とした大きな建物の屋上にトンッと降り立ち、

「着いたわ、ここよ」

二人はは屋上縁から建物を見下ろした。

 エリスは自分の足元、約十メートル程下に見えた看板を目で読み取り――――――『蓮田医院』と書かれていた。

「ここに私に会わせたい方がいるとの事でしたが…………一体どんな方なんですか?」

 ここに来る途中、エリスは魔力で気配を探ってみたが『死神』のものはなく、気を引くほど高い魔力の気配もなかった。

「う~ん、もう約束の時間になってるから来る頃だと思うんだけど」

 ジュリアはエリスの問い掛けに答えながら辺りを見回し、

「ジュ、ジュリアさ~んっ!!」

不意に、慌てている事が丸わかりの子供の声が屋上に響いた。

「ん? この声は…………」

「あぁ、来た来た」

 ジュリアは辺りを見渡すのを止め、自分の足下へと視線を落とす。

 そしてそれに合わせたように屋上の床からにゅっ!! と物凄い勢いで飛び出てくる人影が。

「なっ!?」

 エリスは突然飛び出してきた人影に思わず身構えて、

「ゲ、『霊現体ゲシュペンスト』!?」

「あぁ、大丈夫よ。エリス、この子は病院にいる『霊現体ゲシュペンスト』だから」

それを宥めるようにジュリアが苦笑で間に入った。

「こ、この病院の?」

 エリスはその言葉に構えを解き、ジュリアの後ろで浮いている『霊現体ゲシュペンスト』を観察した。

 肩まで伸びた艶やかな黒髪に、気の強そうな栗色の瞳。顔立ちは中々に整っており、背格好でいえば十二,三歳の『霊現体ゲシュペンスト』。

「そうだよ、私は柴賀結菜さいがゆいな。あなたは?」

 病院の入院服だろうか、淡いピンクのパジャマ姿の少女はふわふわと浮きながら自己紹介し、エリスも気をとり直し名を名乗る。

「私の名前はエリス=ベェルフェール。ジュリアさんと同じ『死神』です。今日から一週間程任務の為、この町に滞在予定です」

「エリスちゃんっていうんだ。私の事は結菜でいいからね、よろしく」

「こちらこそ、よろしく」

 簡潔に自己紹介した『死神』に結菜は臆することなく右手を差し出し懐っこい笑顔を浮かべ、エリスも笑顔につられる様に右手を差し出し握手をする。

「………………」

 握った結菜の手の感触に、エリスの瞳が微かに揺れる。

 握った手は自分よりも少し大きく、心地良い柔らかさに姉の温かな手を思い出し駆け、熱だけを感じない――――そんな無機質な感覚に目の前にいる結菜は人外。やはり『霊現体ゲシュペンスト』なのだと再認識した。

 これが『霊現体ゲシュペンスト』の少女――――――柴賀結菜さいがゆいなとの出会った日。

 そう、この出会いはエリスにとって『死神』としての始まりであり、これから何十年、何百年と続いていくであろう日々。心苦しくも出会いと別れを繰り返し、『死神』として任務に励む。

 そんな当たり前の毎日、その始まりだった。






 ――――――エリスが彼女を見殺しにしたあの日までは。





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