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境界世界のブリガンテ  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
24/36

――― タワムレ ―――

「…………………」

「……………くっ」

 天と地。上空で佇む死んだはずの二人の同胞と苦悶の表情で相対するエリス。

 言葉無き全身を刺す明確な殺意と、舐め回す様に這う悪寒にエリスは堪らず左手を眼前に突き出し叫ぶ。


「――――――顕現しろ!! 『虹の陽炎アルクス・カリマ』!!」


 その呼び声に合わせ、左手に収束する膨大な魔力。その魔力が空間を歪め、揺らめきを突き破るように柄の頭から鞘の子尻まで純白で築かれた一振りの太刀が出現。

 純白を典雅に飾る金の鍔。その鍔元を握りしめ、右手で柄を抜き放つ。


 エリスの『法具』――――『虹の陽炎アルクス・カリマ』。


 名を示すように揺らめく波紋が冷厳な光を放つ『虹の陽炎アルクス・カリマ』を下段に、鞘は左の腰元に寄せる。

 死者となったはずの先達二人の突然の出現。そんな異常としか言い様のない状況でエリスは困惑を押し殺し、凜達を背に油断なく構える。

 その姿にジュリアと呼ばれた女は関心に唇を開き、

「へぇ、それが『虹の陽炎アルクス・カリマ』……記憶通り、太刀型の『法具』なのね」

「記憶通り、だと?」

女の言葉と品定めしているような視線。それに加え「記憶通り」という妙な言い回しにピクリと眉が跳ね上がるエリス。

「えぇ、私が依り代にしたこの『死神』の記憶の事よ」

 ジュリアの姿をした女は肩に掛かった髪を後ろに払い、

「遅ればせながら簡単に自己紹介、といっても名前はないんだけど…………私は【煉獄支柱れんごくしちゅう』が一柱。名前は……そうねぇ、ジュ」

「その名は貴様の名ではない!!」

 異質さに歪んだ見覚えのある女の笑みに、エリスは先達の誇りを護る様に怒声で言葉を断った。

「あらら、意外とケチねぇ。じゃあ、なんて名前にしようかしら」

「【煉獄支柱れんごくしちゅう】などと得体の知れない者に名など必要ない。貴様には女で充分だ」

「それ名前じゃなくて呼称じゃない」

「充分だと言っている」

 子供の癇癪……いや、戯れのような掛け合い。だが、【煉獄支柱れんごくしちゅう】と名乗った女は勿論、その隣にいたロレンス=シュトリンガー……いや、同じく【煉獄支柱れんごくしちゅう】であろう男からは絶え間なく殺意が溢れ出ていた。

 見聞きした事のない法術で形成された世界。見計らったよう現れた男女。それも殺された『死神』の姿で現れ――――――依り代にしたと明言したのだから間違いなく敵だ。

 だが、そう頭で理解していても心の中で躊躇いが疼いている。

「…………フゥッ」

 エリスは胸の中でまとわりつく迷いを吐き出す様に息を付き、戦意に瞳を研ぐ。

 少なからず戦闘もあるものと考えていたが……『死神』クラス二体相手、それも依り代にしたと言っていたが、魔力の気配から察するに力量的には二方を一段上回っている。

 後ろにいる二人を護りながらでは分が悪いだろうが、私一人ならば立ち回り次第で押し切る事も可能…………ならば、先程まで予定していた手筈通り【空絶】を張り奴等を二人から引き離す。

 エリスは【空絶】を張ろうと『虹の陽炎アルクス・カリマ』を逆手に持ち替え――――――ドッ!! と不意に地面に何かが落ちる音が背後から響いた。

「り、凜!?」

 それに連なって夏子の悲鳴のような声が耳に突き刺さり、

「今度はなんだっ!?」

注意は【煉獄支柱れんごくしちゅう】に向けつつエリスは顔を振り向かせ、目に飛び込んできたのは――――――地面に両手をつき苦しげに呻く凜の姿。

「萩月!?」

「ぐっ…………な、なんで? 体の力がっ、抜けて………くっ」

「り、凜!! しっかり!!」

 夏子は四つん這いになっている凜の隣へ座り、その小さな抱き寄せ叫ぶ。

「エリス!! 一体、凜に何が起きてるの!?」

「これは………」

 夏子の問いに応える様に瞳を研ぎ、

「魔力を吸い出されているのか!?」

凜の身体から漏れ出す魔力の流れに目を見開いた。

「ご明察。さすがに『死神』、なかなかの魔力感知能力ねぇ」

 驚愕に声を張り上げるエリスにクスリッと小さく笑って答える女。

「この世界は天国と地獄……その境界にある魂の拠り所にして牢獄【煉獄】を擬似的に作り上げたものよ……あの女はこの法術を【煉獄境界プルガトリオ・ライン】って言っていたわね」

「【煉獄境界プルガトリオ・ライン】、だと?」

「えぇ、人にしろ神にしろ魂でしか存在できない場所に『死神』の貴女ならまだしも人間ごときが生身で立ち入れば堪えられるものではないわ」

「くっ、なんて面倒な法術…………ん?」

 余裕綽々・得意げに話す女へ悪辣を吐きかけて、

「神村夏子、貴女は大丈夫なのか?」

「えっ? う、うん。私は何ともない、みたい……」

女の話とは違う自身の状態に不安げに首を傾げる夏子。

 だが、言葉通り見た限りでは顔色も正常、凜を抱き支えるだけの力もあり至って健康そのもの。

 人間では堪えられない筈ではなかったのか? と疑心に顔を正面に戻そうとして、

「ん、これは……」

凜と夏子、二人の魔力の独特な流れに気が付き、ふとある事を思い出した。

 先のジュマの一件で二人は魂の『核』を共有した際に、凜の膨大な魔力を楔していると姉が提出した報告書で見た記憶がある。

 女の言葉通り、凜は魔力搾取を受けている。が、それは自分一人ではなく夏子の分も含めた二人分だ。

「魔力の搾取って言ってたけど、凜の具合が悪いのって…………」

「あぁ、そうだ。貴女にもわかりやすいように言えば体力を奪われているようなものだな」

「体力って……私は何ともないけど?」

 夏子は自分の体の状態を確かめるように視線を降ろし、

「貴女に通っている魔力は萩月の物だ。だから、貴女に影響が出るのは後だろう」

「後って……というか、このままじゃ凜が」

「あぁ、まずい事になる」

 二人の肉体を繋ぐように循環する魔力は凜個人の物。それ故か、吸い出し口は凜一人でも搾取量は二人分。いくら膨大な魔力を有しているとはいえ、搾取される量が多すぎれば急激に疲弊するのは当たり前だ。

「だが、法術の影響ならばっ!!」

「あら?」

 魔力搾取を断ち切ろうと逆手に持った『虹の陽炎アルクス・カリマ』を地面に突き立て、

「姿成せっ!!」

その命に従い、二人を包む様に半円球状の蒼の光が顕現。その光のは幾重にも重なり、強固な壁となって守護する。

「エ、エリス!? こ、これって………」

「法術による守護結界だ。その中にいればある程度は安全だ、貴女達は中でじっとしていろ」

「う、うん………わかったわ」

 夏子は初めて見る【空絶】に驚きながらもエリスの言葉に頷いた。

 その頷きに合わせエリスは『虹の陽炎アルクス・カリマ』を引き抜き、逆手から持ち替え再び構える。

「これで萩月の魔力搾取も――――――」

 ――――――止むだろう、と一旦安堵しかけて。

「ぐっ…………」

 凜の苦悶の声音と共に、感知していた魔力の流れに目を見開いた。

 凜の体から吸い出されていた魔力は【空絶】で隔離、遮断したはずの空間を難なくすり抜け、染み渡るように世界へと溶け込んでいく。

「なっ!? 【空絶】を展開したというのに搾取を遮れないだとっ!?」

「えぇ、貴女……というよりはその程度の空間法術じゃ【煉獄境界プルガトリオ・ライン】の力は防げないわよ」

「なんだとっ!?」

「結構な速度で搾取してるけど………全部搾り取るまであと一時間くらいって所かしら」

 焦りを募らせるエリス達を嘲笑うように唇を持ち上げ、人差し指を添える女。

「そ、そんな…………」

 夏子はその言葉に、自分の腕の中で急激に疲弊していく凜を呆然と見やる。

 そんな二人の様子にエリスは苦渋に唇を噛み、視線を上空へと戻した。

「く、ただでさえ得体の知れない相手だというのに………」

 制限時間まで付け足された状況に焦りが募り、エリスが仕掛けようと重心を前に移行して。

「まっ、て………」

 明らかに生気のない凜の声に足が止まった。

「……どうした? 萩月」

「人間、が堪え……られないって………言ってた、けど」

 視界も薄れているのか、丸く大きな瞳を苦しげに細め女に焦点を合わせる。

「ここに、っ……先に、取り込んだ人達、は……どうしたの?」

「ッ!?」

「むっ!?」

 状況の異様さに飲まれていたエリスと夏子は、凜の一言で先日取り込まれていた人間達の事を思い出した。

 人では踏み入れる事すら許されない世界に取り込まれた二百人前後の町の住人達。その全員が大した魔力もなく、世界に抗う術も持たない一般人。

 凜の様に膨大な魔力を持つ者でもこの有様で、それがこの世界に数日前から捕らわれているとなれば―――――――――導き出される答えの冷たさに背筋が凍る。

「ま、まさ……か」

 凜が紫と銀の瞳に僅かばかり敵意を塗りつけて、

「安心なさい、先に取り込んだ人間達は全員無事よ」

その言葉と共に嘲り笑いを浮かべていた女からは表情が消え、突き刺すような殺意が更に色濃く世界を満たしていく。

「全員、無事………だと?」

 突き刺す殺意とは対極たる予想外の言葉に、エリスは柄を握る右手が一瞬緩み。

「取り込んでおきながら全員無事だと? 随分と見え透いたでまかせを」

「でまかせじゃないわよ? ほら、これが証拠よ」

 女は射殺すような殺意を凜に向けたまま右手の親指と中指を合わせ――――――パチンッ!! と弾いた。

 瞬間。女の背後に黒の閃光が渦巻き、巨大な血だまりの様な塊が出現。半透明な塊はその姿を歪に変え、それに合わせて塊の奥から黒い影が次々と浮かび上がった。

「なっ…………!?」

「むっ!?」

「い、いやっ………」

 その浮かび上がった影へ、三者三様に言葉を漏らした。

 鮮血よりも紅く、深淵よりも暗いソレ・・は成した姿の通り、在り方を示すように――――――ドクンッ、と重く静かに脈動した。

「ヒッ!?」

 夏子の短い悲鳴と共に脈動する――――――巨大な心臓。

「あ、あれ………は」

「…………悪趣味だな」

 そしてその中に浮かぶのは、力なく漂う町の住人達。

「あ、あかりっ!! それに、皆も…………ッ!!」

 その中に大切な幼馴染みの姿を捉え、思わず叫ぶ夏子。

 その声に応える様にあかりの口元からは気泡がゴポッと吐き出され、生きている事だけは確認できた。

 女は心臓を模した檻に飛び寄り、スッと手を添えた。

「無事なのは何もこの人間達だけじゃないわよ」

「何?」

「この人間達が住んでいた町の『霊現体ゲシュペンスト』も一体残らず全員無事……貴女達と入れ替わりで現世に戻しておいたわ。どう? 少しは安心できたかしら?」

 先程までとはうって変わった冷淡な口調に安心どころか欺瞞心が沸いてくる。

「よくもぬけぬけと……貴様の言葉で何故安心できる!? そもそも私達と入れ替わりに現世に戻した? はっ、誰がそんな事を信じるというのだ!?」

「まぁ、別に信じてもらわなくても結構よ? 信じてもらえるとは思っていないし…………元々この人間達も『霊現体ゲシュペンスト』達も巻き込む予定ではなかったのよ? だから用事が済んだら現世に返すつもりだったのに」

「用事、だと?」

「えぇ、この人間達を取り込んだのは魂に残留していた【器】の魔力を回収する為。それが済めば普段通りの生活に戻す手筈だったの」

「【器】の残留魔力の回収? それが貴様等の目的か?」

「えぇ、半分はね」

「半分、か……この際だ。残り半分も教えてくれるとありがたいんだが?」

「そこで無様に呻いてる【器】の回収よ」

 侮蔑を込め吐き捨てた女の言葉に私は首を傾げ、

「その【器】とは何の事だ? 貴様達【煉獄支柱】の依り代にするモノという事ならば私の事を言って」

「貴女では無く、気色悪い髪の色の人間よ」

苛立ちに言葉が跳ね、眉間には憎悪の深さを示すように深々とシワが刻まれる。

 自分の後方に向けられた侮蔑と憎悪で染め上げられた深紅の瞳に――――――【器】が何を指しているのか、エリスは真っ白な布地に血が滲むように理解した。

「【器】とは……萩月凜のことか」

「えぇ、そこに転がっている【器】が今回の発端……いえ、全ての元凶よ」

「僕、が……元凶?」

 女の有り余る殺意に押し潰されるように、苦悶を浮かべ声を漏らす凜。

「そうよ、貴方が全ての元凶」

 女は体の中で荒ぶる感情を押さえ込む様に身体を抱き、

「予定では魔力を奪いきってから殺すはずだったけど……少しくらい嬲るくらい良いわよね?」

「っ!?」

爆発的な魔力の上昇と共に女の隣で具現化していた心臓は溶け込むように消え、同時にこちらへ一直線に突進する。

 エリスは『虹の陽炎アルクス・カリマ』を構え直し、

「神村夏子!!」

「な、なにっ!?」

「萩月をしっかり抱いて、その中から絶対に出るな!!」

そう言い捨てる同時。答えを待つ間もなく自らも跳躍し女との間合いを詰める。

「邪魔しないでくれる?」

「悪いが却下だっ!!」

 互いに短く言葉を紡ぎ、エリスは太刀の間合いに女を捉え、殺意事切り捨てるように『虹の陽炎アルクス・カリマ』を右薙ぎ。斬撃は一切の手加減無く、首へと鋭い軌跡を描く。

「まぁ、今回は人間に手を出す必要はないから邪魔してもらって結構だけど」

 が、そんな軽口と共に女は難なく後方へ回避。

 そこから凜に向けていた殺意をエリスへ合わせ、

「邪魔をするなら貴女から殺すわよ?」

と、右手を勢い良く横に払い、払った腕を追うように魔力が収束。六つの氷の塊が出現。

 氷の塊はそれぞれ女の殺意に磨かれるように一本の槍とかし、冷気を撒き散らしながらエリスへ撃ち出される。

「やれるものならやってみろ!!」

 振り抜いた『虹の陽炎アルクス・カリマ』を鞘に納刀。それに合わせ『虹の陽炎アルクス・カリマ』へ魔力を一気に練り込み、氷の槍へ躊躇無く飛ぶ。

「神威『第参位』解放!!」

 魔力収束の限界点到達と同時に『虹の陽炎アルクス・カリマ』は純白から蒼へと装いを変え、

「『斬閃・蒼破』!!」

裂帛の叫びと共に抜刀。刃の軌跡を蒼の閃光が奔った。

 その刹那、蒼の斬撃による一閃で氷の槍を一つ残らず切り捨て、納刀。装いは蒼から純白へと戻り、再び魔力収束を開始。

 一連の動きを切ることなく一気に女との間合いを詰め殺傷範囲に女を捉え、エリスは右足を深く踏み込む。

「っ!?」

「神威『第弐位』解放!!」

 女の驚愕を余所に『虹の陽炎アルクス・カリマ』はエリスの意志に連なり白から紅へ姿を変え、抜刀と共に紅の閃光が煌めく。

「『斬閃・紅破』!!」

「くっ!?」

 女は咄嗟に躱そうと身をを引くが、深い踏み込みと迷いのない抜刀が女の首筋を完璧に捉え、

「なっ!?」

女の首筋に触れる直前、黒の閃光と肉を裂く感触に刃を押し留められた。

「……………………」

 エリスと女の間に割って入るのはもう一人の【煉獄支柱】。

 男の姿を認識すると同時に肉の焦げる臭いが鼻を刺し、エリスは反射的に後方に飛び退き、地面に着地。

「エ、エリス!! 大丈夫!?」

 着地から数瞬の間を開け、動揺と恐怖に濡れた夏子の声が届く。

「あぁ」

 エリスは振り返ることなく短く返し、『虹の陽炎アルクス・カリマ』を払い、構えを取る。

「さすがに………そう簡単には決められないか」

 今の攻防で攻めきれなかった事を悔いつつ、エリスは上空にいる二人を睨み付けた。

 女は今の攻防で高ぶった感情を落ち着かせているのか、こちらを見下ろしながら大きく息を吐き、男は肘先まで焼けこげた左手をぶら下げたまま無表情でエリス達を見下ろしていた。

 いくら魔力障壁で防御したといっても手の平を裂き、肘元まで炭化させたのだ。痛みにのたうち回ってもおかしくない損傷だというのに…………。

「…………あの男、痛みを感じていないのか?」

 言葉無く不気味に唇を結ぶ男に額には嫌な汗が滲み、

「記憶では『第二級クラス・セカンド』ってあるけど……実際の所は『第一級クラス・ファースト』級の実力なのね。思っていたより動きが速くてビックリしたわ」

殺意こそ治まっていなかったが幾分冷静さを取り戻し、エリスを品定めするように見下ろす女。


「それにさっきの神威……記憶の中では三年前は『第参位』までしか使えなかったはずだけど、位を一つ解放出来るようになっていたみたいだし、この『死神』の記憶もあまり信用できたものではないわね」

「残念だったな。ジュリアさんとは三年前に任務で組んで以来、顔合わせもしていない。ロレンスさんもジュリアさん同様に長い事任務で組んでいないからな、あまり参考にならんだろう」

「依り代にした『死神』達の記憶は丸々利用できると思っていたんだけど、あまり当てには…………」

 女はジュリアさんの記憶を覗いているのか片目を閉じ、右手の人差し指でこめかみを軽く小突く。

「あら?」

 と、何か意外なものを見つけたとばかりに両眼を見開いた。

「フフッ、意外ねぇ」

 歪な歓喜に口元を吊り上げ、エリスへ哀れむような視線を向ける女。

 その不気味な笑みと視線にエリスは妙な胸騒ぎを憶え、柄を握る手に力が入る。

「…………何だ? 私の弱点でも見つけたか?」

「弱点、って言う程のものではないわね…………弱点と言うよりは失敗談、って言う方が正しいとと思うわ」

「失敗談……だと?」

「えぇ、私達相手に引けを取らない力を持っている今の・・貴女からは想像できないけど…………フフッ、面白い事もあるものだわ。【神】も人も案外わからないものね」

「さっきから小馬鹿にするようなせせら笑いを……ジュリアさんの記憶から何を見つけたのか知らないが、そこまで面白いというのなら言ってみろ。面白くなくても笑ってやるぞ?」

 エリスは女の不快な笑みへ皮肉を叩き付け、

「じゃあ、ご本人のご厚意も頂いたし…………お言葉に甘えて」

その皮肉を待っていたとばかりに女の深いな笑みは愉悦で満たされる。

「貴女――――――五年前に一人、『霊現体ゲシュペンスト』を見殺しにしたのね」

「な、ぁっ!?」

 その言葉が耳に抉り込まれた瞬間。エリスは体中の血が沸き上がる感覚に襲われ、

「何故、貴様が」

知っているっ!? とあまりにも間抜けな事を言いかけて、出掛けた言葉を噛み殺した。

「っ…………………」

 そうだ。この女はジュリアさんの記憶を有している。それも三年前までジュリアさんと組んで任務にあたっていた時の記憶まで…………ならば自分が『第二級クラス・セカンド』になった五年前。あの時の事も当然記憶として保有している。

「へぇ、記念すべき初任務だったのねぇ…………フフッ、その時の貴方はとても初々しいかったみたいね」

 動揺を押し殺す様に思考を巡らすエリスへ追い打ちを掛けるようにわざと声に嘲笑を含ませる女。

「こ、のっ!!」

 その声に動揺が怒りに変わりーーーーーー今すぐ斬り殺す、そんな単純な思考に理性が染まった時だった。

「エ、リスッ……!!」

 苦痛に歪みながらも必死に張り上げられた凜の声にハッと我に返り、その瞬間。自分の未熟さと迂闊さを後悔する間もなく、

「…………………」

「しまっ!?」

一瞬の隙を突いて背後に回った男に両腕を後ろから開くように押さえ込まれてしまうエリス。

「このっ!!」

 すぐ様力づくで抜け出そうとするが、

「動かないでね」

男と入れ代わるようにスルリと正面に回り込んできた女が額へそっと人差し指を添える。

「少しでも動けば頭を吹き飛ばすわ」

 その言葉通り、額に添えられた指先に高密度の魔力が収束され、エリスは自分の迂闊さに唇を噛んだ。

「エリス!?」

「今、助けっ………にっ!!」

 その様子に夏子は叫び、凜はフラつく体に鞭を打ち、立ち上がった――――だが。

「ぐっ!?」

 疲弊に縛られた体は凜の意志に反し、再び地面へと倒れ込む。

「り、凜!?」

 夏子もすぐに凜を抱き起こし、護るように強く抱きしめる。

「いい様ね」

 女は疲弊し身動きがとれない凜を鼻で笑い、

「本当はすぐにでも殺してやりたいところだけど、下手に魔力を残したまま魂の状態にしたら【略奪者ブリガンテ】で手痛い反撃を受けるの目にみえているし……貴方の魔力を奪い尽くすまで残り大体四十分程度。この子にちょっとしたお仕置きをするわ」

「なっ!?」

エリスの額に触れていた指先が淡い光を放ち、それに伴って意識がぼやけるエリス。

「やめて!! エリスに何をするつもりなのっ!?」

 恐怖に震えながらも懸命に叫ぶ夏子。

「この子に昔の記憶を見せるだけよ。昔、自分が見殺しにした『霊現体ゲシュペンスト』との記憶をね」

「昔の、記憶って……」

「貴女達ににも見せてあげるわね。この子が昔、犯してしまった罪の記憶を」

 女はこれから自分がする事に酔っているのか、粗暴で恍惚とした笑みで夏子、凜の順に視線を流し。

「や、め…………ろぉっ!!」

「【器】、貴方はそこで自分の無力を噛みしめながら眺めると良いわ!!」

 怒りに震える凜の制止の声を優越感で叩き落とし、エリスの頭を鷲づかみする。

「っぁ……やめ、ろっ…………やめて、くれ」

 急速に暗転する意識に、無駄だと解っていてもそんな言葉を口にしてしまうエリス。

 悲哀で染め上げられたエリスの懇願を女はどこまでも残酷で、どこまでも無邪気な笑顔で踏み躙る。

「だ~めぇっ!!」

 恍惚に濡れた声を引き金に視界は目映い紅の光に包まれ、

「あ、あぁっ…………ぁっ」

エリスの意識は罪悪という深い闇に引き摺り込まれていった。

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