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境界世界のブリガンテ  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
23/36

――― 染マル舞台 ―――




 ――――――体を引き裂く暴力的な殺意。


 それは黒と紅の螺旋を描く境界世界を蹂躙するように満たしていく。

「ッ!?」

 その殺意にセフィリアの心が迎え撃つ……いや、逃げ出すように身体が魔力を最大まで一気に引き上げる。

 体を締め上げる冷徹な殺意を押しのけるように右手を正面に突き出し、

「来なさいっ!! 『処刑人ディミオス』!!」

セフィリアの声に従い白銀の閃光渦巻き、瞬いた。

 渦巻く白銀から突き上げるように現れる一振りの黒の大鎌。

 その光景に女は紅い唇を柔らかくつり上げ、

「フフッ、ジュマの坊やと戦った時とは比べものにならない魔力ね。さすが次期ベルフェール家当主といったところかしら」

感心するような言葉とは裏腹に無関心と殺意が込められた声を奏でる。

 ねっとりと絡みつく声を切り払うように『処刑人ディミオス』を振り払い、

「誉めて貰って嬉しいけど、何も出ないわよ」

鼻で笑って見せ、『処刑人ディミオス』を後ろに引き下段に構える。

「私と同じ【死神】みたいだけど、一連の【死神】殺しの目的は何? いったい何が目的でこんな馬鹿な事をしたの?」

 話の主導権を握ろうとわざと声を荒げてみせるセフィリア。だが。

「聞かれて答えてあげる程優しくないのよねぇ、私」

 神経をすり減らしながら話すセフィリアへ赤ん坊をあやすが如く笑みを浮かべ、

「セフィリア。こやつと話をしようと思っても無駄じゃぞ。目的が成就するまでは手足をもがれても口にはせん女じゃからな」

ウンザリした様子で蘭が女に向かって歩き出した。

「それに目的が何であれ、今ここで儂がこやつの首を撥ねてしまえば良いだけの話じゃて」

 幼子のような小さな体躯から溢れ出す殺気を両足に込め、迷い無く進む蘭。

 その足音のに合わせ溢れ出した殺気が紫電に姿を変え、火花と紫光を散らす。

 凜や自分達に向ける穏やかなものとは違う、冷徹な眼差しで女を見やり。

「…………お主の命、ここで絶たせてもらう」

 言葉の刃を振り下ろして、暴虐的な魔力が紫電の濁流となって吹き荒れる。

 瞬間、蘭は紫電の軌跡を宙に刻み、一足で女へとの間合いを跳び詰める。

 女は一切の遅れなく蘭と同等の力を練りあげ、右手に炎を纏わせる。

「【殲滅】、貴方と戦うのは【討滅】の坊やを殺し損ねた時以来かしらね」

 薄ら笑いと共に紫電と業炎――――二つの強大な力がぶつかり合う。

 二つの爆散する力の余波をセフィリアは『処刑人ディミオス』で切り払い、上空でぶつかり合う二つの魔力に身震いする。

「あの女……ランさんと互角だなんて」

 互いに手刀を主体に相手の急所へ必殺の一撃を放つ接近戦。

 頭、首、心臓、その他あらゆる急所全てへの攻撃の応酬。だが、そのどれもが互いに躱て、いなし、一切の淀みなく捌ききる両者。

 目で追うのがやっとの超越的な攻防に、セフィリアが思わず息を呑んだ時。紫電と業炎が空気を切り震わせ、弾き合うように浮遊大陸に着地する二人。


 セフィリアを背にする様に着地した蘭。体を空中で一回転させてふわりと着地する女。

「やはりこの程度では仕留められん、か」

「最後に戦ってから三十年くらい経つのに衰えていないなんて化物ね」

 互いに相手の力量を感心するように呟き、敵意を研ぎ澄ます。

「【殲滅斬手せんめつざんしゅ】の二つ名は伊達じゃないわね。様子見でコレなんて……このまま戦えば少し不利かしら?」

 女は楽しげにケタケタと笑い、

「はっ、何を心にもない事を言っておる? お主とてまだまだ本気ではなかろう」

不愉快そうに視線を研ぐ蘭。

「い、今ので小手調べなんですか?」

 そんな二人の会話に驚愕で萎んだ声で思わず問いを投げるセフィリア。

「まぁ、の。今の攻防は儂もあやつも三分といったところか」

「さ、三分っ!?」

「まぁ、大体そんな感じかしらね。まだ『法具』も使ってないし」

 蘭の言葉に当然と、得意げに同意する女――――――その言葉にセフィリアは愕然とした。

 女が口にした『法具』――――――それは自分達【死神】が産まれた時。一定以上の魔力を有している【死神】の赤ん坊が体に内包仕切れなかった魔力を武具でとして顕現、封じた物で自分の『処刑人ディミオス』も同じだ。


 ジュマも含めた『第一級クラス・ファースト』の『死神』でも『法具』を顕現させる事が出来るのはごく少数で、その力は魔力と同じように個人差はあるが共通して魔力の増大と身体能力強化。それ以外は固有能力を有している場合、その力は法術と同等。、もしくはそれ以上の力を振るう事が出来る破格の代物。

「……『法具』もなしでランさんと互角ってどんだけよ」

 同じ『死神』だというのにここまでの圧倒的な力量さがあると、いかに『死神』として自分が未熟な存在かと悔しさに唇を噛み締める。

 そんな悔恨を噛み殺すセフィリアの様子に女は今までの冷たい笑顔が虚像が如く、まるで自分の子供にする様に女が優しく笑う。

「あらら、拗ねる必要なんて無いわよ。貴方だって『法具』の主だし、まだ若いんだからこれからもっと強くなるわよ。私の見立てなら遅くても成人するまでには私や【殲滅】と同じ領域まで強くなれるわよ」

 そしてその言葉が本心から贈られたモノだと理解し、

「まぁ、ここで殺すから意味無いんだけどね」

背筋なんてものじゃない。全身に怖気が絡みつく。

「そんな事、この儂がさせるわけなかろう」

 鋭くて、それでいて優しさに満ちた蘭の声音がセフィリアに絡みつく怖気を一閃する。

「これ以上お主と言葉を交わすのは若い者には毒、これで終いにするぞ」

 女へ仕掛ける為に紫電を右手に収束させ、飛び込もうと蘭が一歩足を踏み出した瞬間――――――それは唐突に起きた。


「なっ!?」


 驚愕に揺れる蘭の声に右手に収束させていた紫電が弾け飛び、瞬く間もなく宙に消えた。

「な、何が起こったの!?」

 目の前で起きた現象に状況も忘れて、疑問の声を上げるセフィリア

 あの女の攻撃を受けたわけでも、法術を使ったわけでもなければ蘭が魔力制御をミスしたわけでもない。

 目に映った出来事は断言は出来ないが、あれは……紫電が、魔力が何かに喰われたような感覚だった。

 当の蘭本人も突然の出来事に目を見開き、

「これは…………」

右手をジッと見つめ呟き、何かを確信したように右手を堅く握り込む。


「この空間法術……【煉獄境界プルガトリオ・ライン】といったか」

「えぇ」

「随分と手の込んだ術を組んだものじゃな」

「貴方にそういって貰えると鼻が高いわねぇ」

 女は蘭の心を見透かすように薄ら笑いを浮かべ、

「この【煉獄境界プルガトリオ・ライン』は死者……殺した『死神』の魂を楔にし【漆黒境界ノワール・ライン】と【紅境界クリムゾン・ライン】を強制的に交わらせて、擬似的に天国と地獄の境界――――――【煉獄】を生み出す組み立てたばかりの法術でね、その特性は」

「――――――魔力の搾取、といったところかの」

「ご名答」

そういって笑みを満足げに深める女、

 蘭は小さく舌打ちし、苦渋の表情で睨み付けた。

「【煉獄】は肉体を持たない魂の拠り所にして牢獄。それを擬似的とはいえ再現した【煉獄境界プルガトリオ・ライン】の中では【神】に属する存在ならまだしも、生身の人間が踏み入れればただで済むはずがないわ。まぁ、効果は人間限定だけどそこそこあるみたいだし、多少なりとも戦いは楽になるかしらね」

「…………お主」

「あらら? そんなに怖い顔しないで、【殲滅】。貴方とあの子を相手にするんだもの、これくらいは当然じゃない」

 けだるげな声で愚痴る様に零す女の言葉に、蘭の表情が怒りとは違う感情に軋んだ。

「…………あの子・・・、じゃと」

 そう呟き、一瞬の沈黙後。どこか焦りを滲ませた声がセフィリアへ飛んだ。

「セフィリアッ!! ここは儂に任せて、お主は先に現世に戻るんじゃっ!!」

「な、何をいきなりいってるんですか!?」

 突然すぎる指示の意図が解らず、思わず声を荒げるセフィリア。

「詳しい話は後じゃっ!! 今は急いで現世へ、凜達が危険じゃ!!」

「り、凜達が!?」

「あぁ、儂もあやつとの用事を済ませたらすぐに行く。今、この空間術の一部を打ち破ってやるのでな、その穴から現世へ行くんじゃ」

「わ、わかりました」

 指示のたたみ掛けに圧され、頷くセフィリア。

 だが、正直な所それが正しかった。

 ここにいてもあの女相手では蘭のサポートどころかただの足手まとい。自分狙いの女を蘭が相手をするならこの場にいてもハンデ、もしくは不安要素にしかならない。

 そして凜達に危険が迫っている状況ならば『死神』として凜を護る任務を帯びている以上、それを果たすのが最善の選択だと思う。

 蘭とセフィリアは視線を交わし心中を汲む様に頷き合い、

「別に現世に行かなくても大丈夫よ、ベェルフェール」

それを冷たい親切心から口元を綻ばせる女。

 二人は一斉に女へと視線を戻し、警戒と疑念に鋭くなった視線をぶつける。

「今の言葉、どういう意味よ?」

 と、セフィリアが女の殺意に圧し負けまいと声を上げた時だった。




 ―――――――――――――――――ドクンッ!!




 心臓の脈動の様な重音が不意に響いた。

「なっ!?」

「これは!?」

 瞬間、不気味な脈動と共に螺旋を描いていた黒と赤の螺旋の世界は波紋を刻み、魔力感知の際に奔る痺れにも似た独特な感覚と知っている魔力の気配にセフィリア達は驚きに目を見張った。

 それから弾かれた様に二人は背後を振り返り、

「そんな……なんで? なんで【境界門ライン・ゲート】の中に、それも今は【煉獄境界プルガトリオ・ライン】で遮断されてるはずの空間で凜達の魔力を感じるのよ!?」

「くっ、遅かったか」

 かなりの距離ではあったが明確に感じる凜達の魔力に、セフィリアと蘭は驚きと後悔ににそれぞれ言葉を吐き出し、

「ねっ、私が言った通り現世に行かなくても大丈夫だったでしょ」

後ろから満足気に弾む女の声が聞こえた。

 その声に二人はすぐ様振り返り、、

「セフィリア、お主は凜達の所へ!!」

女を睨み付けて構えを取る蘭の怒号に半分振り返ったところで動きが止まった。

「凜達と合流したら儂が行くまでその場で待機しておるんじゃぞ!!」

「は、はいっ!!」

 その返事と同時にセフィリアは凜達の所へ向かおうと体を反転させ、

「あらあら? 駄目よ、貴方はここで死んで貰わないといけないんだから」

どこまでも無機質な冷たい声音と共に指を弾く音が響く。

「っ!?」

 その音を起点にセフィリア達を取り囲むように黒い光が渦巻き、三つの大きな魔力の気配が出現。渦は飛び散り、その中に現れた魔力の主達が姿を現した。

「なっ…………」

 渦の中から現れた三つの人影にセフィリアは絶句した。

 生気を感じられない真っ白な肌に、青ざめた唇。肌と同じように煤けた白髪と意志の光を感じさせないどす黒く濁った深紅の瞳。その禍々しさを引き立てるように纏った馴染みのある黒を貴重とした制服。

「あ…………ぁっ」

 外見こそ死者特有の冷たさはあったが、見間違いようもない姿。

「お主は……どこまでも外道じゃな」

 蘭も無慈悲な嗜虐に苦々しく呻き、

「な、なんで…………なんで貴方達が?」

セフィリアはただ現れた三人の姿にそう呟く事しかできなかった。

 呆然とするセフィリアに女はどこまでも残忍な笑みを張り付け、

「驚いてくれて何より。さて、【殲滅】も言ってたけど…………そろそろ終わりにしちゃいましょうか」

しなやかな動きで右手を胸の辺りまで掲げ、静かに前に突き出す女。

 その瞬間。全身を貫く殺気と魔力の波動が放たれ、

「旋律を刻め――――――――『指揮者ディリゲント』」

女の右手の平から光の粒子を撒き散らしながら突き出る純白の指揮棒。

 女の『法具』の顕現を引き金に殺意と暴虐的な魔力が、黒と紅が螺旋を描く無限に近い広大な世界に刻まれる。

「――――『楽譜スコア』」

 旋律の始まりを告げる冷徹な声が響き、

「――――『描き込み(チェック)』」

殺意と暴力にまみれた狂想曲が始まった。


   §§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§§


「うわぁっ!?」

 両手足を縛られていた感覚が消えて、紅一色だった視界は黒と紅の光が螺旋を描く景色に意識がハッキリする。

 すると体全身に浮遊感を感じ「へ?」と、声を出す間もなく背中に固い何かに叩きつけられる痛みと衝撃が襲った。

「ゴホッ!?」

 その痛みと衝撃は背中に続いて後頭部にも立て続けに襲い、ハッキリした意識が一瞬飛びかけ、凜は頭を抱え込みながら体を丸めて悶絶する。

「ヅッ…………ゥァッ」

 後頭部と背中に残るえげつない痛みに涙目になりながら起き上がり、夏子とエリスを探そうと辺りを見渡した時だった。

「キャッ!?」

 背後から悲鳴のような声が聞こえ、反射的に振り返った凜。

 そして声の主を瞳に捉えるより速く、顔全体を至高とさえいえる柔らかく温かい感触が包み込んで、

「フガガッ!?」

その感触に押し潰されるように倒れ、また後頭部と背中に鈍痛と衝撃が突き抜ける。

「フガッ!?」

 突き抜けた痛みを癒すが如く顔面を包み込む気持ち良い感触が圧力を強めのしかかって、

「いったぁっ…………」

 頭の上で聞こえる聞き慣れた声と共に顔を包み込んでいた感触が消え、凜は自分にまたがって四つん這いになっている人物の姿に目を丸くした。

「な、夏先輩っ!?」

「へっ?」

 叫び声とも取れる呼び声に夏子の瞳が凜の姿を映し、

「りっ!? 凜っ!?」

バッ!! と、勢い良く飛び上がるように立ち退いて叫んだ。

「な、なななっ何で私の下にいるの!?」

 首筋まで真っ赤にして叫ぶ夏子に、

「えと、その……夏先輩が僕にぶつかってきたというか、突進してきたというか…………ははっ」

嘘偽りなく刺激させない様に恐る恐る苦笑いで答えた。

 凜の言葉に状況を理解したのか、プシューッと蒸気が抜けるように夏子の顔色が元に戻り、

「そ、そうなんだ。ごめんね、ぶつかっちゃって……ケガとかしなかった?」

「え、えぇ……少しビックリしたくらいで。怪我はしてないです」

濡れ衣を免れた事にホッと胸を撫で下ろす凜。

「そ、そうっ!! それは良かったわ!!」

 どこかぎこちない声で硬い笑顔を浮かべる夏子は、話を逸らすように周囲を見渡し。

「っと…………」

 引き攣った表情で動きを止めた。

「その、なんか……かなりおかしな場所にきちゃったみたいね、私達」

「そう、みたいですね」

 凜は小さく頷き、周りの景色に嫌な汗が額に滲むのがわかった。

 黒と紅の光が螺旋を描く景色。それも不気味な螺旋の世界で無数に浮かぶ大きな島々は血で染められたように赤く、とても現実とは思えない情景。だが、後頭部と背中を劈く痛みが紛れもない現実だと証明してくれている。

「私達、さっきまで屋上にいた……ハズよね?」

「はい、それは間違いです」

 そう、つい先程まで二人は学校の屋上にいた。

 そこにエリスが現れ、ここ数日の間に起きていた事件との関連を話していた時、突然現れた黒い鎖に両手足を縛られ、紅い閃光の中に引きずり込まれた。

 他に何か目立つものがないかと辺りを見渡しても宙に浮かぶ大きな島以外は何もなく。

「ここ……なんだかセフィリア達の法術で作った世界に似てる気がするんだけど…………」

 唖然としながらも夏子は鮮明に刻まれた記憶をなぞり、

「僕も似てるなって思ってたんですけど……確かジュマが使った法術で【紅境界クリムゾン・ライン】っていうのに似て」

「見てくれは似ている部分もあるが、全くの別物だぞ」

凜の同意を遮る静かな声が響き、その声に二人はバッと後ろを振り返った。

 すると、振り返った先では紅い閃光が渦巻き、その中からエリスが姿を現しトッと軽やかに着地した。

「エリス!!」

「良かった、無事だったのね」

「二人も無事で何よりだ……」

 エリスは二人の姿を確認すると安堵の笑みを浮かべ、

「すまない、私が付いていながら結局巻き込んでしまった……どうやら何かしろの空間術に取り込まれてしまったみたいだな」

周囲を一瞥し、後悔を滲ませながらも状況を冷静に把握していく。

「…………この空間軸。まさか【境界門ライン・ゲート】の中か?」

「えっ? 【境界門ライン・ゲート】っの中って」

 凜はエリスと初めてあった時に現れた蒼い光を放つ大きな扉の事を思い出し、

「だが、何故こんなにも景観が……空間軸を固定化された此処で別の空間術を展開できるなんて聞いた事がないぞ」

エリスは凜の声が聞こえないのか、口元に右手を添えながらぶつぶつと独り言のように言葉を紡いでいく。

「ましてそんな術があったとしても、私達『死神』の法術を上書き出来る者などそうそういないはずだが…………」

「エ、エリス?」

 エリスの様子に不安になったのか、恐る恐る声を掛ける夏子。だが、

「………ッ!?」

ソレを弾き飛ばす様に驚きと動揺に目を見開いて、背後を振り返るエリス。

「これは……姉様と蘭様の魔力!? 何故ここで二人が!?」

 戸惑いと驚きに冷淡だった声が感情に荒れ、

「ちょっ、セフィリアとお祖母ちゃんの気配って……二人ともこの世界にいるの!?」

「あぁ、それも何者かと交戦中のようだっているようだが…………相手は『死神』、なのか?」

「な、なんでお祖母ちゃん達がこんな所に? それに戦ってるってどういう事!?」

「いや、『死神』は一人……か。コレは蘭様と同格、とは……残りは『第一級クラス・ファースト』級の魔力が三つ。こいつらは私達に近い気配を感じるが……いや、近いというより混ざっているのか?」

凜達をを置き去りに一人状況を把握していくエリス。

「姉様や蘭様といえ、少しばかり不利か」

「ねぇ、エリス」

「空間法術は……使えないか。となると直接向かうしかないな」

「エリスってば」

 余程切迫した状況なのか、エリスは凜の呼びかけに応えることなく思考を加速させ、

「貴方達は此処にいてくれ」

と、押しつけるように言葉を奔らせ、右手を凜達へと向けるエリス。

「念のため【空絶】を張っておく。私が姉様達と戻ってくるまで貴様達はここで待」

「待ってよ、エリス!!」

法術を発動しようとするエリスを止めるように突き出された右手を掴む凜。

「一人でどんどん話を進めてるけど、ちゃんと今の状況の事説明して欲しいんだけど」

「説明も何も、今はそんな場合では……」

「今はそんな場合だよっ!!」

 話をはぐらかそうとするエリスを引き寄せ、困惑に眉を顰める美貌を覗き込むように睨み付ける凜。

「エリス、ここに引き摺り込まれてからずっと冷静だよね。こういう状況も予想してたんでしょ?」

 痛いところを突かれたように戸惑うエリスに、凜は反論させまいとたたみ掛ける。

「だったらちゃんと教えて欲しいんだ。今、この状況が起こった原因も、皆が攫われた理由も……お願いだよ、エリス!!」

「っ…………」


 エリスは屋上で見せた弱々しい表情を浮かべ、数秒間の沈黙の後、観念した様に打ち明ける。

「…………貴方達の友人達を含めた行方不明者は皆、私達同様この世界に引きずり込まれているはずだ」

「やっぱり……そう、なんだ」

「そんな…………」

 諦め混じりに顔をうつむかせながら話し出すエリスの様子に凜はそっと手を放し、夏子はあかり達が自分の様に異質な出来事に巻き込まれてしまった事実にショックで言葉を失った。

 凜は心を落ち着かせようと大きく息を吐き、

「なんで皆が攫われたの?」

真っ正面からエリスを見つめた。

 エリスも厳しい表情で凜へ視線を合わせ、ゆっくりとした口調で話を続ける。

「理由も目的もわからない。貴方の様に魔力が高いなら話が早いのだが、先に取り込まれた人間達は皆ごくわずかな魔力しか持っていなかった、はずだ」

「そんな…………」

「それにここ数日、貴様が『霊現体ゲシュペンスト』がえないと言っていたが…………それも同じくこちら側に取り込まれての事だ」

「そう、だったんだ……だから」

「情けない話だが、事を仕組んだ者の目星もついていないのが現状だ」

 まるで自分の無力さを責める様に唇を噛むエリス。

「目星って……さっき、お祖母ちゃん達が戦ってるってって言ってたけど……その相手が犯人なんじゃないの?」

「現段階では何ともいえないが……おそらく無関係ではないはずだ。ただの悪霊の仕業というには無理のある高難度の空間法術の使用。その法術による人間と『霊現体ゲシュペンスト』の拉致、そして今現在姉様達が戦っている者達と姉様に下った任務の内容を考えれば、何かしろの繋がりが…………」

 自分の中の焦りを沈めようと状況を整理しようとするエリスの言葉に、

「えっ? セフィリアに下った任務って…………エリスの指導係じゃなかったの?」

「っ!?」

と、凜の問いに動揺で目を見開くエリス。

「指導係の任務がなんで今戦ってる相手と関係あるのさ?」

「くっ…………」

「エリス、セフィリアの本当の任務って何?」

「…………っ」

 屋上から失言続きにエリスは右手で顔を覆い、自分を叱咤する様に唇を噛む。

 そんなエリスの煮え切らない様子に凜は不安が胸の奥からはいずり上がってくる感覚に思わず声を張り上げ。

「どうして黙るのさ!? エリス、答え…………ッ!?」




 ――――――――――――――――――ビキッ!!




 不意に右眼に槍を突き立てられた様な激痛が襲い、

「ぐぅっ!?」

喉の奥からこみ上げてくる悲鳴を必死で噛み殺す凜。

 魔力に反応して痛みを感じない様に蘭が術式を施していたはずの右眼。それが今までとは比べものにならない痛みを刻み、体中からドッと汗が噴き出る。

 突然の凜の異変に夏子が隣へとしゃがみ込み、

「凜、どうしたの!? 右眼が痛むの!?」

「がっ、あっあぁ……ぐ、っぁ」

「どうしたんだ!? 萩月………っ!?」

エリスも驚きつつも慌てて凜の状態を確かめようと手を伸ばした時だった。

 エリスは凜達を背に回し、前方――――――その上空を睨み付ける。

「…………来る」

 緊張感に張り詰めたエリスの声。

 その声を引き金にエリスの視線の先に黒い光が渦巻いた。

 黒い光の渦は二つ。その光の渦は人間大まで大きくなった所で砕け散り、

「な、なに……が?」

凜は右眼の痛みに霞む視界でエリスが睨み付けているモノ・・にピントを合わせた。

「あ、れ…………は」

 凜の左眼に映ったのは血の気を感じさせない青ざめた肌と青紫色の唇。肌と同じで真っ白な髪にどす黒い濁った感情で染まった深紅の瞳。そして黒を基調とした見慣れた制服。

 二つの人影の内、一人は肩まで伸びる柔らかい癖毛の女で、もう一人は黒縁眼鏡のほっそりした長身の男。

 その黒い渦から現れた二人にエリスの顔色は驚愕と悲痛に真っ白に青ざめ、

「何故、貴方方が…………」

怯えと疑問に震える声で弱々しく言葉を零す。 

「エ、エリス……あの人達の事知ってるの?」

 凜を抱き支えながら立ち上がる夏子が怖々と問い掛け、

「…………あ、あぁ」

「な、なら大丈夫……ってことよね?」

「いや、その逆で大問題だ」

安心に息をつこうとした夏子に不安を突き立てるエリス。

 その言葉に夏子は綻びかけた口元が引き攣って、

「え? な、なんで大問題、なの?」

心の奥で渦巻いていた怯えに声が震えていた。

「あの方達はな……神村夏子、貴女が殺された日に同じく殺された『第二級クラス・セカンド』ジュリア=ノーマンと『第一級クラス・ファースト』ロレンス=シュトリンガー…………私達ベェルフェール家の分家の出で元・先輩方だ」

「なっ!?」

 凜の肩を抱き支えている夏子の手が震え出し、その震えに凜の表情も痛みとは違う感情に表情が強張る。

「何故、ですか?」

 焦りと緊張に上擦る声で殺された筈の同胞達に叫ぶエリス。

「何故死んだはずの貴女方がここにいるのですか!?」

「…………………………」

「…………………………」

 が、その叫びに上空で浮かぶ二人の『死神』は答える事はなく。

「…………っ!?」

 代わりに凜とジュリアと呼ばれた女の『死神』と視線が重なった時、ジュリアの口元が嬉しそうに綻び、唇の両端がつり上がった。

「っ!?」

 その笑顔を見た瞬間、痛みで擦れていた視界が一気に鮮明になった。

 右眼の痛みを飲み込む様に全身に強烈な悪寒が奔り、

「………………」

血の気のない無邪気な笑顔が、凜の意志に関係なく視線を釘付けにする。

 嫌悪、憎悪、醜悪。それらを含めた様々な負の感情に視線を逸らしたくなる。だが、視線を逸らす事が出来ない理由が嫌でもわかってしまう。


 凜がジュリアから視線を逸らせない理由―――――――――それは罪悪感。


「くっ…………」

 そして罪悪感ソレを認識したと同時。耳元で嘲り笑う様に自らの手で命を奪った『死神』――――――ジュマ=フーリスの声が響いた。




 ―――――――――逃げられないよ。




 その声はどこまでも無邪気で、どこまでも冷たかった。

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