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境界世界のブリガンテ  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
22/36

――― 招カレ飲マレ ―――

「…………フゥッ」

 雲一つない青空の下。凜は重い溜息と共に、右手に持った箸を半分程食べ進めた弁当の上に置いた。

「…………ハァッ」

 その隣では夏子が唇に箸先を寄せ、凜の溜息に続く様に暗い溜息を溢す。

 現在の時刻は午後十二時三十五分――――――昼休みだ。

 二人はいつも通り屋上へと訪れ更に出入口横の梯子を登り、昼食を摂り始めたのだが思う様に箸が進まない。

「……皆、事件の事で相当落ち込んでましたね」

「……だね」

 大食い女王と謳われる夏子も親友であるあかりの誘拐、それに付け加え警察から事情聴取により気が滅入っている為か凜同様、箸を置いた。

 それから二人はため息を重ねつき、居心地の悪い沈黙が流れる。

 凜は胡座を掻いた脚の上の弁当をジッと眺め、


 ――――――やっぱり、僕も普通の人間なんだな。


 と、この事態に何も出来ない自分の無力さを改めて思い知る凜。

 他の人間よりも高い魔力を持っていても祖母の様に様々な術が扱えるわけでもなく、馬鹿げた特異能力を有していても使えるわけでもない。結局の所、自分は幽霊がえるだけのただの人間――――――

「――――――ぁっ」

と、ふとある事に気がついた。

 凜は徐に右眼のコンタクトを外し、感覚を調整する様に何度か瞬きをする。

 朝、夏子が口にした『神隠し』という言葉を鵜呑みにしたわけではないが、エリスに直接話を聞く前に自分なりにあちら側・・・・の存在が関係しているかどうか右眼で確かめられるかもしれない。

 それから凜は弁当を脇に置き、そっと立ち上がる。

「凜?」

 唐突な行動に凜を見上げる夏子。

 凜は夏子に答える事なく右眼で捉えられる範囲の景色をやり、

「…………っ」

幼い頃からどこでも当たり前の様にてきた彼等・・がいない。

「…………………」

 昨日、登校した時には家から学校は勿論。教室でも彼等を視認できていた。ソレが今現在、糸屑程の姿もえない。

 それこそ物心ついた時から今日の今まで、コンタクトをしている時以外は常にえていた。

 ――――――やっぱり、また町で何か良くない事が起きてるのかも。

 凜は右眼をそっと覆い、心の奥でざわめいていた予感が這い上がってくるのがわかった。

 昼休みが終わったらすぐにでも早退しよう、と脳内で決める凜。

 不確定とはいえ普通の事件から危険度がぐっと上がった今、隣で自分を怪訝そうに見つめている夏子を巻き込むわけにはいかない。

 突然、平穏だった日々を自分の所為で失い、つい先日取り戻したのだ。少なくとも夏子にばれない様に行動しなければ。

 それにエリスとも話をしなければならない。今は任務中で家にはいないだろうが、魔力感知で自分の居場所は把握している様子だった。多分、この時間に街中でフラついていればあちらから不審に思って接触してくるはずだ。

 と、ざっと行動方針を定めた凜がコンタクトをはめ直そうとした時だった。

「――――――昼食中に失礼するぞ」

 と、どこか強張った声音と共に二人の背後でトッと軽い着地音が響いた。

「へっ?」

「えっ?」

 突然の声に凜と夏子はバッと振り返り、黒のロングコートを纏った少女の姿に思わず叫んだ。

「エ、エリス!?」

「な、何で学校に!?」

「用事を思いだしてな。丁度近くにいたから寄らせて貰ったのだ、そう驚くな」

 いつもの如く跳んで来たのか、乱れて肩に掛かった煌めく金髪を後ろに払うエリス。

 それから何かに気が付いた様に顔を校門へ向け、目を細める。

 エリスの視線の先には何台ものパトカーと数人の制服警官がバリケードを作り、取材をに来ていたマスコミと先の見えない押し問答をしている光景が見えた。

「警官、だったか。何かトラブルでもあったのか?」

「えっ? あ、うん……えっと町中で大勢行方不明者が出てるんだけど、ウチの学校でも誘拐事件があってさ。それで警察とテレビ局の人達が来てるんだ」

「人さらい、か。」

 極めて平坦。感情の抑揚が無い声音で呟き、顔を凜へ向け直すエリス。

「聞いたからには手助けしてやろう……といいたい所だが、規則違反になるからな。悪いがそちらで起きた問題は自分達で何とかしてくれ」

「う、うん。それは勿論」

 と、凜はエリスの感情の希薄な言葉に頷き、夏子を横目でチラリと見やる――――――タイミングが悪いなぁ。

 この後、早退した後でならいくらでも事件の事や幽霊達がえない事を口に出せるが、今は夏子がいる。今ここで僅かでもこの後の行動を匂わせてはいけない。

 凜はタイミングの悪さに眉を寄せ、

「そ。そう言えば何か用事があるって言ってたよね。 用事って何かな?」

「あぁ、そうだったな。澄まない、話を脱線させてしまったな」

そういってエリスは目を伏せ、話を続ける。

「私がこの町の魔力のバランス調整をしているのは知っているだろう」

「うん、知ってるけど…………それが?」

「今、魔力の流れが一番不安定なのが商店街の辺りなのだが、その場所の魔力バランスを安定させるのに『霊現体ゲシュペンスト』達の微弱な魔力が作業の邪魔でな、法術で半径三キロ圏内で霊体除けの結界を張ってる」

「じゃあ今、僕の右眼で幽霊がえないのって……」

「あぁ、その影響だ」

 と、そこでエリスは凜の右眼を指差し、淡々と告げる。

「普段、貴方は彼等をる事を極力避けているようだったから問題ないだろうと説明していなかったんだが、いざた時に彼等がえなかったら余計な誤解をすると思って来たんだ」

 右眼のコンタクトが外れている様子に――――――やはりな、と凜の心根を汲んだ様に目を細めるエリス。

 そして凜もエリスの様子に頬を掻き苦笑いを浮かべた。

「それともう一つ。萩月凜、今日は放課後に予定はあるのか?」 

「へ?」

 いきなりの何の脈絡もない話に思わず気の抜けた声を漏らす凜。

「今日も魔力のバランス調整で家に戻るのが遅くなる。夕食の準備に間に合いそうにないし、姉様達もいつ帰ってくるかもわからんからな。なるべく早めに家に帰って欲しいのだが……」

「あぁ、それなら今のところ大丈夫だと思う。警察とか学校から何もなければすぐに帰れると思うし、何かあってもなるべく早く帰るようにするから」

 凜はエリスの伺い顔に小さく笑みで返し、エリスも小さく頷き返してくれた。

「そうか、すまない。助かる」

「別に気にしなくても大丈夫だよ。エリスは仕事してるんだし、それに元々僕ん家だしね」

 珍しく僕に丁寧な対応をしてくれるエリスに苦笑いして、

「居候の身ですまないな、貴方達も友人達が行方不明になって大変だと思うが頼んだぞ」

「うん、まかっ……」

 ――――――任せて、と答えようとして思わず言葉が詰まった凜。

「っ……………………」

 凜はある事・・・に気がつき、目を大きく見開いたまま硬直。

「ん? どうしたんだ?」

 エリスの怪訝そうな声と表情に凜はハッと我に返り、動揺を取り繕おうとして。

「…………なんで?」

 弱々しく刻まれた夏子の声に凜とエリス、二人の視線が同時に奔る。

 そして二人の瞳に映る夏子に張り付けられていたのは――――――明確な疑問。

「なんでエリスが行方不明になったの、私達の友達だって知ってるの?」

 その声に凜は唇を噛み、半瞬遅れて痛恨のミスに気が付いたエリスが瞳を見開いた。

 エリスは最初、屋上に現れた際に警官達の姿を見て――――――何かトラブルでもあったのか? と事件の事を知らない様子だった。

 そして凜はそんなエリスへ「ウチの学校で誘拐事件があってさ」と端的に答えただけ。誰が・・行方不明だなんて一言も喋ってない。

 それを――――――貴方達も友人達が行方不明になって大変だと思うが、と行方不明者を断定した言い方をした。

「エリス、何で……嘘を?」

 夏子は弁当を脇へ避け、胸の奥で膨れ上がった疑問に吊り上げられる様に立ち上がる。

 エリスは動揺を隠そうと瞳を研ぎ澄ませるが、研がれた瞳は自分への叱責に揺れていた。

「っ…………」

「いくら神様っていっても法術を使った様子もないし、あんな短い時間で行方不明者の見当を付けるなんて無理でしょ? エリス、最初から事件の事知ってたんでしょ? それも自分が――――『死神』が関わらなきゃいけない事で」

 疑問でありながらエリスの心中を的確に貫き射る夏子の問い。

 その問いの真意さを示す様にエリスは苦しげな表情で押し黙る。

 それから場の重苦しさに空気が張り詰め、

「…………私とした事が少々迂闊だったな」

自分への呆れと諦めが入り交じったため息をつくエリス。

 その一言で気持ちを切り替えたのか、先程まで動揺に染まっていた碧い瞳は強い義務感を灯していた。

「確かに、私は貴方達に嘘をついた。それは謝罪する……だが、ここまでだ。この件は私達『死神』の領域、何の力も持たない人間が遊び半分で関わって良い問題ではない」

 越えようのない一線を深く刻むように、冷たく厳しい視線で凜達を見据える。

 エリスの揺るぎない感情の圧に怯みそうになる凜だが心を振るわせ、

「そんな事ないよ!! 僕達は」

「遊びなんかじゃないわ」

覚悟を告げよう路する凜の言葉を継ぐ様に、夏子が穏やかでありながらハッキリとした声で告げた。

「な、夏先輩?」

「大切な友達が、大事な人が攫われてるのに軽い気持ちで関わったりなんかしないっ!!」

 叩きつけられていた無力さを、冷たい感情を振り払うように腕を振り、熱を持った感情をぶつける夏子。

 そんな夏子の姿に呆気にとられながらも、凜は小野あかりという少女がどれだけ大切な人間なのか再認識した。

 そしてエリスはも夏子の想いに気圧されたのか、自分の体を抱きしめ――――――弱々しい声音を溢す。

「…………何故だ?」

 冷淡から哀愁、普段の強気な態度とは違う――――とても優しくて、儚くて、悲しい表情。

「えっ?」

「っ……………」

 今まで一度も見た事のない弱々しいエリスの様子に夏子は呆気にとられ、凜はそれを自分のことの様に耐え見る。

「何故、貴方達は取り戻せた日常から外れようとするのだ?」

 エリスは凜達とは違う何かを虚ろな瞳に映し、まるで怯えた子供の様に言葉を続ける。

「先程もいったがこの件は我々『死神』の領域。それに貴方達でいえば警察といった組織の本分だ。それなのに何故、我々に任せず自らの身の危険に晒し、日常とはかけ離れた場所へ踏み入れようとする?」

 自分の意志とは関係なく震える声にエリスは唇を噛み、

「大切な人を助けたいから…………と、しかいえないかな」

戸惑いながらも嘘偽りなく本心を告げる夏子。

「ならば、尚のこと我々に任せるべきだ。貴方達が誘拐された人間達を大切に思っているのなら、その者達も貴方達の事を大切に思っているはずだ」

 エリスは顔をうつむかせ、小さく震える体を強く抱きしめながら言った。

「その者達が自分を助ける為に貴方達が危険な目に遭う事を良しと思うか?」

「そ、それは…………」

「思わんのだろう? だからこそ、貴方達は日常の中で待つべきだ。貴方達が過ごす温かな日常で、大切なものが無事に帰ってくるのを」

「エリス………………」

 心に刻み込まれた痛みを吐き出すようなエリスの声。

 そんな痛々しく弱々しい姿に夏子はそれ以上言葉を返す事が出来ず、

「貴方達の大切な友人等は私が必ず連れ戻すと約束する……だから、それまで取り戻した日常で待っていてくれ、頼む」

なりふり構っていられない、そんな焦りの様なものを感じさせるエリス。

 何かに追い詰められている……いや、凜と夏子には今のエリスは自分から追い詰めているように見えていた。

 まるで、自分の犯した罪を償うように、自分の罪を自ら罰するように。

「…………そう、だね」

 凜はエリスの言葉に小さく頷き、

「え? り、凜?」

その言葉に夏子が驚きと戸惑いに目を丸くした。

 エリスも驚いたように顔を上げ、凜をジッと見つめた。

「エリスの言う通り、僕達は日常の中で皆が無事に帰ってきてくれるのを待っていた方がいいのかもしれない」

「あ、あぁ……それが本来あるべき居場所であるならば尚更な」

 どこか安心したように笑顔を浮かべそうだったエリスへ、

「…………でも、僕には当てはまらないかな・・・・・・・・・

静かで、穏やかで――――――それでいて熱を感じない拒絶を告げる。

「……当てはまらない、というのはどういう事だ?」

 言葉の意味がわからないとエリスは僅かに震える声で問い、その問いに正しく答える凜。

「取り戻した日常は凄く温かくて、優しくて…………どうしようもなく眩しくて。とっても幸せなものだって思う。でも、それは夏先輩や他の皆の日常で――――――僕の日常じゃないんだ」

 凜がそうエリスに告げた瞬間。夏子が今に泣き崩れてしまいそうな表情になったが、この時の凜は気づかなかった。

 自らの言葉に、自分の中で渦巻いてるものから逃げないようにするのに精一杯で。

「貴方の日常じゃない、というのは……失った事象記録の事か? だが、それならば今からいくらでも作り直していけば」

「ううん、そういう事じゃないんだ」

 エリスの言葉を遮り、凜はずっと心の中で渦巻いてるものを形にしていく。

「僕は選んだんだ…………あの日、ジュマと戦ったあの時に」

 肉体を失い【事象隷属経典アポカリプス】に造り替えられ――――――提示された選択肢の中で。

「僕は、僕が過ごすはずだった日常を―――――――――」

 凜が自らの望みの為に選んだアノ選択を口にしようとした瞬間。

 それを肯定する様に凜の足元から鮮血の如き紅の閃光が吹き出した。

「グッ!?」

 そして右眼に抉るような激痛が奔り、よろける凜。

「なにっ!?」

「くっ!?」

 そして夏子とエリスの足元からも紅の閃光が吹き出し――――――その奥から数十本の黒い鎖が蛇の様に身体へとまとわりつく。

「鎖っ!?」

「これはっ!?」

「夏先輩!! エリス!!」

 凜の声を合図に黒の鎖が重苦しい音を発て、三人を閃光へと引き摺り込む。

 エリスは咄嗟に空間転移の法術を展開しようとするが、

「くっ!?」

半瞬遅かった――――――正に一瞬、僅かな隙を突かれた差だった。

 三人はそのまま飲み込まれる様に沈み、溢れ出した閃光は光の粒子となって散った。



 あとに残ったのは異常から切り離された穏やかな日常だけだった。

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