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境界世界のブリガンテ  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
21/36

――― 計リ崩ス者 ―――




「――――――小野先輩も行方不明なんですかっ!?」




 朝の通勤ラッシュでごった返しの商店街を抜け、毎日通う通学路で凜は驚きに声を上げ、

隣を歩く夏子は不安に病む表情で頷いた。

「…………うん。昨日、夜の九時くらいにあかりのお母さんがあかりは来てないか、って来て……その時に私も事情を聞いて一緒にあかりの行きそうな所を探したんだけど見つからなくて…………」

「そう、なんですね……」

 遅くまで探し回ったのだろう、疲労が見てとれる夏子の様子に凜は気落ちした声で返し、今朝、登校間際に見たニュース番組の女子アナの言葉が脳裏に浮かんだ。

『速報です。○○県△△群××町で昨夜から約二〇〇名が行方不明となっており、現在も行方不明者数が増加。警察は行方不明者の捜索に――――――』

 自分がエリスを見送っていた同時刻、自分の住む町で常軌を逸した事件が起こっていた。

 今しがた夏子から聞いたあかりの話も背筋に冷たいものが奔った。

 夏子の話ではあかりが行方不明になったのは部活動終了後かららしい。

 部活事態は七時で一旦終了し、三年生部員のあかりと他の同級生三人は最後の大会に向けて自主練。部活終了から一時間長く練習し、八時に終了。

 その後は朝練の為にネットや道具はそのままに、顧問の教師が体育館の戸締まりを。あかり達は荷物を取り教室へ。

 その際、顧問教師が「帰る時は一度職員室へ顔を出すように」とあかり達へ言付け、体育館の戸締まりを終えて職員室で待っていた。が、いつまで経ってもあかり達はこなかった。

 教師が心配になってあかり達の教室に足を運んでみたが教室は暗く、入れ違いになったかと思ったが、荷物は全員分残ったまま。すぐさま教師はあかり達を探しつつ慌てて職員室に戻り校内放送で先輩達を呼び出した――――――だが、結局あかり達が職員室に来ることはなく。

「皆からの連絡もなくてお手上げ状態、って感じなの……無事でいてくれたら良いんだけど」

 見上げる夏子から感じる重苦しい不安感に、本当にあかりの事を大切に想っているのが伝わってきた。

「ほんとに、無事だと良いですね………」

 凜は月並みな言葉とわかりつつもそれ以外の言葉が出てこず、自分の級友である香夜と担任である佐枝も無事でいてほしい――――そう思った時だった。

「…………似てる」

「え?」

 あまりにも似通った状況に思わず凜は呟き、夏子は唐突な言葉に首を傾げた。

「先生達の時と、似てる」

「凜、先生達の時と似てるってどういう事?」

 一瞬、話せば余計に夏子に心労を募らせてしまうのではないかと不安が過ぎったが、既に自分達だけの問題ではない状況に意を決して話す凜。

「一昨日、僕のクラスからも担任の先生とクラスの子が一人行方不明になってるんです」

「っ!? 凜のクラスの子も!? それに担任の先生までって……」

 告げられた話に夏子は切れ長の瞳を驚愕に広げ、凜は夏子の様子を伺いつつ自分が知る限りの事を話していく。

「先生達の時も小野先輩達の時と似てて、夜遅くまで学校に残ってて突然消えたらしんです。先生の車は駐車場、クラスの子の荷物は教師のに置きっぱなしで外に出た形跡が一切無いって話でした。刑事さんは誘拐か拉致の可能性が高いって」

「そんな……何でウチの学校でそんなこと」

「……わかりません。警察も昨日の時点で先生達が外に出た形跡も、外から誰かが侵入した形跡も見つけられないみたいで――――――神隠し、ってわけじゃないですけど、お手上げ状態みたいです。現に昨日はアリバイ確認だけでしたし」

 この一件に関して何も出来ない自分に辟易する様に凜は俯き、

「…………神隠し」

何か引っかかりを感じたのか、夏子は凜の言葉を掬う様にボツリと呟いた。

「神隠しがどうかしました?」

「あ、うん。その、少し気になったっていうだけで………」

「えっと……神隠し、がですか?」

 今度は凜が首を傾げ、夏子が頬をポリポリと掻きながら自嘲気味に話す。

「その……凜の家に神様って二人いるじゃない。今は一人だけだけど、少し気になったというか……」

「……確かに『死神』とはいえ神様はいますけど、もしそっち・・・関係の事件ならエリスが気付いてすぐに対処してくれるはずですよ? それこそ一人も行方不明者が出ないうちに淡々と」

「だ、だよね」

「そうですよ」

 凜と夏子は横目で視線を合わせ、人外案件ならば最凶メンバーと言える面々の顔を思い浮かべながら励まし合う様に笑みを交わす。

 今の状況では不謹慎な笑顔だったが少しだけ夏子の表情に明るさが戻り、あとでエリスにこの一件の確認しようと心中で決めーーーーーー正面に見えてしまったものに頭を横殴りされた。

「り、凜?」

 夏子は風に強張った凜の表情に視線を正面へ移しーーーーーーさっきまで浮かべていた笑顔を容赦なく現実に押し潰された。

 二人の視線の先にあるのは、自分達の学舎である紫苑高校とその校門。

 校門前にはマイク片手の男女が数人と撮影用の大型カメラや集音マイク、照明と言った撮影器具を持つ数十人の人だかり。

 そしてその奥には校門から先にその人だかりが入り込まないようにと威嚇するように立ち並ぶ数人の警察官。それに遠目だったが駐車場に見えるのは何台もの殺伐とした現状を突き付けるパトカー。

「あっ………………」

「っ」

 現状の異常さと不穏さに引き戻す様に待ち構えていた光景に、二人の心は一気に逆戻り。

 そして自分達を含めた登校していた生徒達の姿に気が付いたマスコミの人間達は目に無邪気で残酷な好奇心をぎらつかせ、

「すみません、テレビ××のものなんですが」

表情だけの冷たい笑顔で駆け寄ってくる。

 凜と夏子は深いため息を付いき、一瞬のアイコンタクトと同時に校門へと駆け出した。

 駆け寄ってくる好奇心だけの部外者を躱し、ノンストップで校門へ。校門を越えて校舎の敷地に入った二人後ろではマスコミ勢を抑え、登校する生徒達を誘導しつつ壁となり奮戦する警察官達。

 屈折した倫理から逃げ延びた凜達はドッと押し寄せた疲労感を吐き出し、生徒玄関へ重い足取りで歩き出した時――――――いつかのセフィリアとのやりとりが冷徹に脳裏に浮かび上がった。


「アンタが死んだのはこっちだって予定外だったのよ。ったく、どこの誰だか知らないけどこっちの仕事の邪魔しないで欲しいわ」

「仕事って?」

「さっき言った魂の刈り取りを含めた魂の管理よ、もっとわかりやすく言えばあんた達の寿命、死の運命を決めてるのよ」


「――――――っ」

 その情景に凜の足が止まり、

「ん、どうしたの? 凜」

「い、いえ…………なんでも」

「そう? なら良いんだけど……」

ぎこちない笑みではあったが、夏子の問いに答え、歩き出す。

「……………………」

「……………………

 それから二人の会話は途切れ、二分とかからずに生徒玄関に到着。

 互いに靴を履き替え、

「じゃあ、凜。昼休みに屋上でね」

「はい、また屋上で」

昼食の約束を交わし、それぞれの教室へ。

「……………………」

 凜は階段を駆け上がっていく夏子の後ろ姿を眺め、

「………………この事件も仕事・・の内、なのかな?」

自分の言葉に右眼が痛みとは違う虚ろな感覚に疼き、そっと右手で覆った。

「……………………」

 凜は自分の取り越し苦労であって欲しいと願いかけ――――――その願望をに願えば良いのかわからなかった。




††††††††††††††††††††††††††




 青と白。二つの光が螺旋を描き、【神界】と現世を繋ぐ長い長い円柱状の境界トンネル。

 世界の境界を繋ぐトンネルの中は広大な空間が形成されて、その中に浮かぶ無数の小さな浮遊大地が転々としていた。

 その浮遊大地を二つの影が走り抜け、次の浮遊大地へ飛び移るの繰り返し。

「ランさん。今、時間軸の確認してみたんですけど、現世に到着するのは結構遅くなりそうです」

 金糸の如く美しい髪をツインテールで束ねた少女――――セフィリアが隣でひょいひょいと飛ぶ大先輩へ声を掛けた。

 澄んだ紫色の髪が風に靡き、高くて甘い声が返ってくる。

「少しばかり出るのが遅くなってしまったからのぅ、時間はどれくらい遅くなりそうなんじゃ? セフィリア」

「えっと、そうですねぇ…………」

 セフィリアは【神界】での滞在時間と出発してから経過した時間。その二つと境界トンネルの魔力の流れから逆算し、

「このままのペースでいくと二日くらいずれてる感じですね」

「ほっ、かなりずれてしまったようじゃの」

意外そうに驚きつつも、許容範囲内といったように目を丸くする蘭。

「まぁ、数日家を空けるかもしれんと書き置きは残しておいたから大丈夫じゃと思うが」

「スミマセン、ランさん。お師匠様がご迷惑を…………」

「何、あやつもあやつで色々と忙しいからのぅ。多少の事は大目に見てやらんとな」

「うぅ、そう言っていただけるとありがたいです」

 理解ある年長者としての蘭の言葉が優しくじんわりと心に染み、【神界】で打ち明けた任務の内容に、蘭の優しさが抉り込むようにグサグサ心に突き刺さる。

 セフィリアは良心の呵責に耐える様に胸に手を当て、

「二日もずれておるとなると、少し凜のことが気がかりじゃな。エリスめ、あまり人間が嫌いなようじゃからな。喧嘩していなければよいが…………」

凜を心配する蘭の横顔に「さすがお祖母ちゃん」と胸中で感心し、蘭の不安を解く為に言葉を繋げる。

「それに関しては大丈夫ですよ、ランさん」

 無愛想な妹の顔を思い浮かべながら苦笑いで告げるセフィリア。

「あの子――――――人間大好きでしたから」

「なんと、エリスがか?」

「えぇ、まぁ」

 自身の見立てと真逆の言葉に蘭は目をパチパチさせ、

「じゃが、セフィリア。でしたから・・・・・というのは……妙な言い方をするのぅ」

僅かな引っ掛かりに首を傾げ、セフィリアの顔色を伺う。

 セフィリアが蘭の瞳に僅かながら躊躇いつつも、妹の心傷に触れない様に言葉を紡いでいく。

「…………別に人間に何かされたわけでも、嫌気が差したわけでもないんです。ただ、自分を戒めているんだと思います――――――また同じ過ちをしないように、って」

「過ち、か…………」

 柔らかな響きと共に紡がれた枷の音に蘭は愛らしい眉を寄せ、顎先に右手を添える。

「私も詳しい話を聞いたわけじゃないので何とも言えませんけど、少なくともあの子の口から話が出るまでは」

「わかっておる。人であろうが、『死神』であろうが誰にも知られたくない事の一つや二つはあるもんじゃからな」

「ありがとうございます」

「なに、気にせんでよい」

 それは師弟や家族の繋がりとは違う、互いの存在を尊重し合う絆。

 蘭とセフィリアは互いに重い荷を分け背負う様に笑みを交わし、

「となると、別の気がかりな事を心配せんとな」

「別の?」

先程とは違う重苦しい不安に表情を強張らせる蘭。

 その様子にセフィリアも自然と口元が引き締まり、

「さっき、オルクスの奴が言っていたじゃろ。凜をついでで囮にしているとかなんとか」

ギロリと研がれた蘭の冷たい視線が備えていた気構えを悠々と貫き、心すらも貫通した。

「うぐっ…………ほ、ほんとにスミマセンでした」

 気構え関係なく大穴を開けられた良心で必死に堪え、うめき声で謝った。

 少しでも気を緩めるとしょっぱい水が目元から零れそう、と堪えるセフィリアに蘭は小さくため息を付き、話を切り出す。

「本命はお主との事じゃったが、一連の事件の犯人が儂等がいないのを狙って凜を襲撃せんか心配でな」

「ふぐっ!?」

 今度は孫の身を按じる祖母の心配顔が心に風穴をもう一つ増えた。

 セフィリアは申し訳なさに涙が溢れそうになるのを堪えて、

「エリスがいるといっても『第二級クラス・セカンド』が一人だけでは心許ないのぅ」

「あぁ、それなら全然問題ないと思います」

不安を溢す蘭へキッパリ、確信を持って言い切った。

「ん? 問題ないというのは…………他にも誰か儂に内緒で護衛に付いてる者がいるのか?」

「いえ、エリスだけです」

「?」

 蘭はセフィリアの言葉の意図が読めず首を傾げ、セフィリアはどこか気恥ずかしそうに頬を掻く。

「あの子――――エリスは階級は『第二級クラス・セカンド』なんですけど…………実際の力は『第一級クラス・ファースト』なんです」

「……………なんじゃと?」

「えっと……『第一級クラス・ファースト』の階級試験は三年前に合格してるんです。けど昇格はせずに『第二級クラス・セカンド』のまま任務に就いてるんです」

「なんとっ!! じゃが、何故『第一級クラス・ファースト』に昇格せず『第二級クラス・セカンド』のまま?」

「話が少し戻るんですが、それは多分……あの子の中での事を引き摺っているのかもしれません」

「…………先程の『過ち』という話が関係しているかの?」

「……まぁ、そんなところです」

 まるで痛みを共有するかの様な蘭の瞳に、セフィリアは曖昧な笑顔で答える。

「…………全く、凜もじゃが最近の若い者は色々と背負いすぎじゃな」

「そう、ですね……出来るなら私も少しは背負って」

 凜を想う蘭に倣い、セフィリアも大切な妹の姿を脳裏に浮かべ、

「何を言っておる? お主もじゃよ」

「えっ?」

と、思いがけない蘭の言葉に目を大きく見開くセフィリア。

 蘭は驚きに目を丸くするセフィリアを寂しげな笑顔で見つめ、比較的大きめな浮遊大地へ着地。セフィリアも蘭の隣へトッと並び立ち、驚愕の余韻に揺れる瞳で蘭を見やる。

「わ、私は別に……何も背負ってなんかいませんよ」

「話はリーベから聞いておるよ。セフィリア、お主――――――」

「ぁっ…………」

 蘭の愛らしい唇が紡ぎ告げた言葉。その瞬間、セフィリアの瞳が驚愕とは違う、冷たく救いのない感情に大きく揺れた。

 それから数瞬後、セフィリアは蘭から逃げる様に顔を逸らし、心の奥底に追いやっていたモノ・・が疼くのがわかった。

「……っ……ぁ、ぁ………………」

 あまりにも唐突に、あまりにも明確に、あまりにも無慈悲な秘め事の明示。

 セフィリアは激しい感情の揺れに言葉が出てこず、その様子が秘め事の重大性を示していた。

「…………………」

「…………………」

 蘭も自身がセフィリアへ突き付けた現実……いや、残酷さに唇を噛み締め、冷たい重圧が沈黙と共に場を支配する。

「……………………っ」

 必死で言葉を返そうとするセフィリアだったが、

「わ、私っ……は…………」

荒ぶる感情の波に震える声で呻く事しかできず、そんな痛々しいセフィリアへ蘭が手を伸ばした時だった。




「――――――――『楽譜スコア』」




 鼓膜へ直接響く冷徹な声。それと同時に周りの空間を薙ぎ払うように吹き荒れる魔力の気配と足下に浮かび上がる幾つもの白い線状の閃光。

「何っ!?」

「これはっ!!」

 閃光の輝きは魔力の爆発的な高まりと同調。

「セフィリア!!」

「ッ!?」

 焦りに染まった蘭の声が耳に突き刺さり、

「――――――『描き込みチェック』」

右手を掴まれる感触にセフィリアはようやく思考を正常化させ――――――瞬間。

 白の閃光は赤へと姿を変え、


「――――『激怒してアディラート』」


鼓膜を斬り裂く様な轟音と血のように赤い灼熱の業火が視界を焼き尽くす。

「ッ!?」

 肌を焼く灼熱感と共に足下からは大地の感触が消え、風を斬り裂きながら飛ぶ浮遊感が。

「――――――っと、ギリギリ間に合ったようじゃな」

 そう安堵に満ちた蘭の声と一緒に、足下には大地の感触が戻った。

「なっ!?」

 間一髪、蘭に連れられ他の浮遊大地へ飛び移り、セフィリアが目にしたのは自分達がついさっきまでいた直径一〇〇メートルはある浮遊大地が爆炎に包まれながら粉々に砕け散った光景。

「あと一瞬、気が付くのが遅ければ浮遊大地ごと吹き飛んでいたのぉ」

 爆炎で焼けたのか、微かにすすけた着物の右袖を左手で払う蘭。

「セフィリア、怪我はしておらんか?」

「あ、ありがとうございます。おかげでなんとか無傷で」

 セフィリアは急転する状況ながら礼を告げ、



「――――――さすがに挨拶程度じゃ駄目ね」



それを切り落とす、楽しげで冷たい声が二人の背後で弾けた。

 その声が弾んだと同時に背後で膨れあがる暴力的な魔力の気配。

「っ!?」

 セフィリアは弾かれたようにそちらを振り返り、

「なっ……………ぁ」

十メートル程離れた場所でに立っていた人影に絶句した。

 自分同様の金髪に、均整のとれた顔立ちと海を連想させるような鋭く尖った深い碧眼。白のYシャツと黒のスラックス、それに黒いロングコートに身を包み同性の自分でも艶めかしいと目を奪われる真紅あかいい唇に不気味な笑みを浮かべる女。

 ただ立っているだけなのに首元に刃を突き付けられているような圧迫感。その圧迫感にたじろぐセフィリアを護るように、蘭が静かに前に出る。

「不意討ちとは相変わらずじゃのぅ」

 熱を感じない無機質な瞳で相対者を睨む蘭。

「あら、今のは挨拶がわりよ? いつも不意討ち不意討ちって失礼しちゃうわね」

 女は艶めかしい唇の端を愉快と快楽で吊り上げ親しげな口ぶりで、蘭は忌々しいと鋭い声で言葉を交わす。

「死んでおらんとは思っておったが……やはり此度の『死神』殺しはお主じゃったか」

「ご名答。【討滅】のボウヤは元気にしてる? あの子には随分お世話になっちゃったからね」

「あぁ、元気にしておるよ。お主が表れたとなれば今すぐにでも自らの手で滅ぼしに来るであろうな」

 まるで長い付き合いの友人。そんな手慣れた会話に込められているのは淡々と研ぎ澄まされた殺意。

「あら、それは怖い怖い」

「何が怖い怖い、じゃ。見え透いた嘘を付きおって……僅かでもそう思っておれば儂の前に姿を見せはせんじゃろうに。お主――――――何が目的じゃ?」

 境界トンネルに満ちた冷虐な魔力を喰い潰すように、幼く華奢な身体から紫電の雷光を迸らせる蘭。

「あぁ、貴方に会えた嬉しさでうっかり忘れるところだったわ」

 明らかに蘭を小馬鹿にし、一触即発の状況の中で平然と嘘をつく女。

 そんな女を捉えていたセフィリアの視界の端で境界トンネルの流麗な青と白の螺旋が急速にねじ曲がり、

「貴方にも用があるんだけど、先に後ろの子の用事を済ませたいのよねぇ……良いかしら?」

その言葉を合図に境界トンネルに亀裂が入り、漆黒の閃光が溢れ出した。

「こ、これは【漆黒境界ノワール・ライン】!?」

「違うわよ、お嬢さん」

 女はセフィリアの驚愕を片手間の様にあしらい、


「――――――【煉獄境界プルガトリオ・ライン】よ」


漆黒の閃光に流血の如く紅の閃光が入り交じる。

 青と白の美しい螺旋は黒と紅の残忍なモノへと変わり、

「さて、と……じゃあ、そろそろ始めても良いかしら?」

「何を始めるつもりじゃ?」

油断なく女を見据える蘭。

 そしてそんな蘭の言葉に女はこれから始まる時間を楽しむように、

「あら? 言わなくてもわかるでしょう」

ねっとりとした熱い息を漏らし――――――告げる。






「―――――――――殺し合いよ」


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