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境界世界のブリガンテ  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
16/36

――― 蠢動審議 ―――

誤字脱字がありましたらご指摘いただければ幸いです。

 煌めく陽光に照らされ、いくつも小さな島々が泳ぐ青空。

 空に浮かぶ雲が浮遊島を撫でる様に過ぎ、小鳥達も浮遊島を渡り歩くように羽を広げる。

 そして多くの島々の中で一つ、色鮮やかな花々で満たされた浮遊島に聳え立つ純白の巨像があった。

 その像を中心に赤レンガが円を描くように乱れなく敷かれ、像を彩るように色鮮やかな花々が咲き誇っていた。

 空を見上げ、身の丈ほどある剣を地に刺し構えているコート姿の男性像と、その傍らで煌びやかな宝石等の装飾もフリルやリボンもない、ただ胸元までが露わになったドレスを纏い、台座に座り一冊の書物を読み解く女性像。

 高さは約十メートル程の飾り気のない、ただそれでいて言い様のない存在感を放つ男女――――――始まりの祖にして『永遠なる主神』の像。

「んっ!!」

 その足元では気だるさを追い出すように背伸びするセフィリアと、

「『神界』の空気はいつ来てもうまいのぅ」

ワインのテイスティングのように空気を嗜む蘭の姿が。

 現在、二人がいるのは『神界』。セフィリア達『死神』が暮らす神都『ルューゲ』から何千キロと離れ、自然に讃えられた聖域。その最北端に浮かぶ浮遊島の岬――――――『静寂の岬』だ。

 蘭はもう一度息を吸い、

「現世も儂が若い頃はこっちみたいに空気が澄んでおったんじゃがな」

「まぁ、こっちは現世と違って科学や機械技術に頼る必要がないですからね」

時代の移ろいを惜しみ、相槌を拍ちつつ苦笑いを浮かべるセフィリア。

「それに、ここは何年経ってもかわらんのぅ」

「神界の中でもここは一番の聖域、時間干渉系の法術で空間の時間固定してますからね」

「しかし、セフィリアよ。オルクスはまだ来ぬのか? 約束の時間はもう過ぎておるのじゃろ?」

 待ちくたびれたと眉間に皺を刻む蘭。

 その問いにセフィリアは申し訳なさに眉を寄せ、

「え、えぇ…………もう言われていた時間はとっくに過ぎてるんですけど」

制服の内ポケットから銀の懐中時計を取り出し時刻を確認する。

 約束していた時間はこちらの時間で午前八時半。だが、今の時間は九時で約束の時間はもう三十分も過ぎてる。

「あまり長居すると現世の日付が変わってしまうんじゃが…………」

 不満という程ではないが困り顔で懐中時計を覗き込む蘭。

 そんな蘭にセフィリアの胸にチクリッと罪悪感が突き刺さり、時間を守らない師への不満を込め、小さく息を付く。


 ――――――現世と『神界』では定められた時間軸が違う。


 時間軸が違うといっても一日いれば一年、という様な極端な時間差はもちろんない。だが、『神界』での一時間は、現世においては六時間分。

 今朝、凜が学校に向かったのはおよそ七時半。そこか蘭に話をし、簡単な身支度を済ませて八時には現世を出発。移動時間は一分にも満たずに到着。

 待ち合わせ場所である『静寂の岬』に到着してから一時間、現世では大体午後二時を過ぎた所だろう。

 懐中時計を覗き込むのをやめ、呆れ顔で小言を溢す蘭。

「まぁ、あ奴が時間を護らんのは今に始まった事ではないがのぅ」

「す、すみません」

「なに、お主が悪いわけではないんじゃから気にするでない。それに遅くなるかもしれんと思って、凜にはそのまま数日空けるかもしれんと書き置きを残しておいたしの。万が一何か起きた時でもエリスがおるし、心配なかろう」

「そう言っていただけると助かります」

「まぁ、あ奴が来るまでのんびりしておるよ…………じゃが」

 蘭は自らの言葉に小さくなるセフィリアに気が付き、苦笑を浮かべながら視線を再び巨像へと戻す。

「この二人が【神】の祖、か…………」

「どうしたんですか? 何か気になる事でも」

「いや、大したことではないんじゃが……少しばかり気になっての」

「何がです?」

 全くぶれる事のない瞳で見上げる蘭の表情に、自然と体に力が入る。

「それはな」

「それは?」

 巨像からセフィリアへと視線が移り、蘭が重苦しい面持ちをふにゃりと砕き、茶目っ気全開の緩んだ笑顔で行った。

「この二人が祖であるなら、よほど子作りには励んだのじゃろうと思ってのぅ。昼夜問わず励んだのじゃろうなぁ」

「な、っぁ!?」

 何の脈絡もなかった内容にセフィリアは頬を一瞬で赤らめ、

「いやぁ、この二人を見習って凜も夏子さんと曾孫作りに励んで欲しいものじゃ」

「いっ、いいいいいいいいっ」

年頃少女のデリケートな乙女心を弄ぶ様に言葉を並べ立てる蘭。

「最低でも二人、男の子と女の子が一人ずつ欲しいところじゃが…………おっ!!」

 と、何か気づいた――――――というか、わざとらしく口元を抑えながらセフィリアへねちっこい笑顔を向ける。

「セフィリアがどちらか一人産んでもらうと夏子さんの負担が」

「なななっ何言ってるんですかあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 もう頬が赤いとかのレベルではない。頭のてっぺんから足の指先まで煮えたぎった鍋に沈められてる様な灼熱色の肌。

 セフィリアは全く予期していなかった言葉の弾幕に動揺しながらも声を荒げ、

「ななな、なんで私がっ!! リンの子供を産まなきゃいけないんですか!?」

「いや、現世では一夫多妻は難しいがの。こっちであれば一夫多妻は認められておるし、凜がお主と結婚すれば夏子さんも嫁にもらえるじゃろ。まぁ、どちらが正妻なのかは三人で話して決めたらえぇ」

「いや、そうじゃなくて!! な・ん・でっ!! 私がリンの子供を産むんですか!?」

全くの自然体で結婚計画を満足気に話す蘭へ詰め寄った。

 茹で蛸よろしく、羞恥と怒りに煮たったセフィリアなんてなんのその。

「なんでって言われてものぅ……それを儂に言わせるつもりかぁ?」

 今更ながらに蘭は頬を赤らめ上目遣いで恥じらう素振りを見せるが、すぐに口元が緩み――――――小芝居どころか小馬鹿にしているのが見え見えだった。

「儂の口からは恥ずかしくて言えんのぅ」

「ぐっ、ぐぐぐぅっ!!」

 また小芝居で肩と腰を抱きながら。体をくねらせている蘭の姿に、怒気を通り越し殺意すら芽生えてしまいそうになった時だった。

「んっ」


 ――――――首筋に走る痺れにも似た魔力の気配。


「来たみたいじゃの」

 その気配に蘭の悪戯顔は営業フェイスへ潜め、二人は背後を振り返り――――――渦を巻きながら歪む空間を見据える。

「すまない、少し遅れた」

 見据えた渦の向こうから響くのは謝辞に沈みながらも、つい聞き惚れてしまいそうになる涼しげな声音。

 その声に続くように陽光を宿したツンツン金髪頭を筆頭に襟元や袖口を金の刺繍で飾られた白一色の制服姿の人影がトッと軽い音を発てて地面に着地。

 清廉な光を放つ切れ長の碧眼に真摯さを象った端正な鼻梁、可憐な花弁の如き薄紅色の唇が淀みなく流麗な輪郭へと添えられている。

 背丈は平均的ではあるが制服に包まれた体躯は妥協無く鍛え上げられているのがわかる。

 名はオルクス=バスティーア。一見成人したての好青年に見えるが蘭と同年齢であり、セフィリアが所属する第十三隊の隊長を務める『死神』。そしてセフィリアが入隊した頃からの師でもある。

 蘭は待ち人の来訪に呆れ半分の人懐っこい笑みで告げる。

「久しぶりじゃの、オルクス」

「あぁ、久しぶり」

 人と【神】。存在という垣根など無い信頼が込められた挨拶。

 それからオルクスはセフィリアの頭にポンッと手を乗せ、

「この前は手伝って貰って助かったよ。かなり迷惑をかけてしまったがセフィリアも無事だったし……ほんと感謝してる」

師というよりは親気分なのか、先日のジュマの一件に深々と頭を下げた。

「っと」

 師の謝意にセフィリアも慌てて頭を下げ、

「何、そんな事でいちいち頭なんぞ下げんでもえぇ。危なかったと言っても、ちゃーんと無事じゃったんじゃからな」

親しき仲にも、というオルクスに蘭はくすぐったそうに笑みを溢す。

 二人は蘭の言葉に頭を上げ、

「まぁ、それは良いとして……本題にはいって貰っても良いかの?」

来訪の目的でもあった案件を催促するように切り出す蘭。

「あぁ、そうだな。遅れた俺が言うのもなんだけど、こっちは現世と違って時間の流れも違うし、あまり長居させるとお前の孫が心配するだろうしな」

 オルクスはセフィリアの頭から手を降ろし、純白のコートの内ポケットから小石程の蒼い宝石を取り出した。

「とりあえず話の要点だけおさえて、三十分くらいで話を済ませる」

 遅れた分の時間を取り戻すように手早く応え、取り出した蒼い宝石を足下に落とす。

 そして落下した衝撃を合図に宝石が僅かに浮かび、三人の頭上へ希薄な閃光を放ち――――――七人の男女が横一列に映し出された。

「これは?」

「ここ二週間で殺された『死神』達だよ」

「殺された、じゃと?」

 話の切り出しとしてはあまりにも物々しい内容に朗らかな笑みは消え、不穏に眉をピクリと上げる蘭。

 オルクスも先程まで涼しげだった面影は失せ、冷厳な『死神』としての在り方を纏う。

「あぁ、セフィリアとお前が任務をこなしてる間に何人か殺されててな……っと。蘭、お前も一番右端の人には面識があるだろ?」

「右端とな?」

 蘭はオルクスに促されるように視線を一番右端移し、セフィリアも悲痛を滲ませた視線を向ける。

 三人の視線の先には一人の女性が映し出されていた。


 肩まで伸びる柔らかい茶色のクセッ毛が特徴的な女性の『死神』に、

「確か以前、儂の町の担当だった」

「あぁ、『第二級クラス・セカンド』のジュリア=ノーマンだ」

 オルクスは視線を別の『死神』に移し、脳裏に刻まれた凄絶な情景に耐えるように、項をさすりながら言葉を紡ぐ。

「ジュリアを含めて『第二級クラス・セカンド』は三人、『第一級クラス・ファースト』は四人。この全員は任務で現世に降りていた時に殺されてる。」

「任務中、それも現世で殺されているとなると只事ではないのぅ」

「あぁ、それも殺され方も惨いもんでな」

「殺され方?」

 蘭はオルクスの不快感を感じ取ったように顔を顰めて、

「かなりキツイが……直接見て貰った方が良いだろう」

オルクスは問いかけに答えながらトンッと地面軽く蹴り、その音が鳴ると同時に映像が切り替わる。

 映し出された映像は六人の死体。その死体の無惨な姿に、

「っ…………」

「これは……」

セフィリアは喉の奥からこみ上げてくるモノを堪え、蘭はその悲惨さに口元が強張っていた。

 六人の死体全てが両手足は根本から消え、胸の部分に至っては拳大の穴が開いていた。

 オルクスも痛みを共有しているのか表情を歪め、

「方法としては魔力での爆殺、という所だと思う」

欠損箇所を指さしながら説明していく。

「高密度に圧縮した魔力を体内に撃ち込んで、内部で爆発させたんだろう」

 その言葉通り、傷口は切り裂いた鋭さとも力任せに捻り切った雑さとも違う。内側から爆発した傷口は服の袖口を裏返し様に皮膚が捲り上がり、中身は爛れ、爆発の熱量を物語るように所々が炭化していた。

「この手口………………」

 蘭は微かに驚きに声を漏らし、吹き飛んだ傷口を射殺すよう睨む。

 その様子に気が付いたセフィリアは喉奥から込み上げてくるモノを抑え込み、

「ど、どうしたんですか?」

「いや、何でもない」

と、まるで自分の思い違いだと否定するように首を横に振る蘭。

「それと胸の穴は心臓をくり抜いた時に出来たものだろうな。それもご丁寧に魂も一緒に持って行かれてる」

「心臓と魂、とな?」

 悲惨に悲惨を重ねた所で不穏が顔を出し、蘭は眉を渋く寄せる。

「持ち去った理由を考えるとなると何かの儀式法術の対価、もしくは召喚法術の依り代にするつもりなのかもしれない」

「対価に依り代か……確かに魔力の高い『死神』の心臓と魂であればその可能性もあるのぅ」

「……蘭なら気付いていると思うが六人はジュマとは別の奴に襲われてるんだ」

「じゃろうな。今映し出しておる死体の中にはジュリア殿がおらんし、ジュマの奴は凜を狙っておったしの。あ奴の性格からすれば『死神』六人分の供物があったのなら、あんな回りくどい戦い方をせんかった筈じゃ」

「あぁ、そこは俺も同意見だ。それにジュリアは心臓を奪う為に胸部を切り裂いた傷の一撃だけであとはてんで無傷。死体に残ってた魔力の残滓もジュマのモノ、他六人のものとは違っていたしな」

 と、そこまで言い終えた所でオルクスはもう一度地面を蹴り、映し出された映像が消え、蒼の宝石が光の粒子となって消える。

「ふむ、残滓が残っていたのならばある程度、犯人達の数を絞れたのではないかの?」

「あぁ、他の六人の死体にも残滓が残っていたが――――――全て同一の魔力反応だった」

「同一、か……犯人の目星はついておるのか?」

「目星って言うほどじゃないが……死体を確認してみたて思ったのはあれだけの精密な魔力制御での爆破はちんけな悪霊や操り人形の『ウロ』には到底無理だ。犯人は十中八九、『死神』もしくは他の【神】達の可能生が高い」

 そう言ってオルクスは腕を組み、顔色を伺うように気まずげに告げる。

「あとはジュマとこの犯人が何らかの関わりがあるかもしれないっていう可能性だけで、恥ずかしい話だがそれ以外はこれと言ってめぼしい手掛かりがない」

「話があると聞いてきてみれば……」

 あからさまにがっかりしたと肩を落とし、呆れで重くなった視線をオルクスへ突き刺す蘭。

 そのあまりにもグサグサと心に突き刺さる視線にオルクスは慌てて言葉を繋ぎ、

「まぁ、待ってくれ。今のは現状報告で、ちゃんと手段は考えてある」

「ほぅ、犯人の手掛かりもなしに策を絞り出すとはの」

皮肉めいた声音で回答を待つ蘭。

「殺された六人全員には一つ、ある共通点があったんだが………」

 と、そこでオルクスの口元が強張り明らかに不安を募らせた瞳でセフィリアを見つめ、

「殺された六人全員がベェルフェールの血筋――――――分家だったんだ」

「殺された者全員がベェルフェールの血筋じゃとっ!?」

「あぁ、だからソレ・・を利用させて貰う」

滲み出る迷いを噛みつぶすように策を提示する。

「お主、まさかセフィリアとエリスを囮にするつもりかっ!?」

「正確にはベェルフェール家の『死神』数人だけどな。現状、これが一番手っ取り早い」

「囮とは……なんとベタな」

 蘭は呆れ顔で大きくため息を付き、異論満々といった面持ちでオルクスを見据える。

 蘭の視線に気圧されつつも、そこは【神】の一端。体にのし掛かる圧を追い出すように咳払いし、真正面から蘭へ視線を返す。

「リスクが高いのは承知の上さ。それにこの件は俺達第十三隊だけじゃなく残りの十二隊と連携しながら事を進めていく」

 その言葉に嘘偽りなど無く、リスクの高さを物語るようにオルクスの瞳が鋭く研がれる。

「作戦内容は至って単純だ。本家分家、階級に関わらずセフィリア達を含めたベェルフェール家の『死神』を六名選定。その六名を現世に散らばらせて配置。その際、各隊の隊長と最低三人の『第一級クラス・ファースト』の『死神』を囮役の護衛につける…………という事になっているんだが」

 隊長としての責務と師としての焦燥、その二つが交じり合った視線をセフィリアに向け、

「それにあったて、蘭。お前にはセフィリアとエリス、二人の護衛を頼みたいんだ」

「儂が二人の護衛じゃと?」

「あぁ。本当であれば俺がこの子達の護衛に付かなければいけないんだが、俺は『神界』から離れられない・・・・・・。俺の代わりが務まる『死神』なんてそうそういない。だが、その点で言えばお前は俺と同等かそれ以上の力を有しているから安心して任せられる」

 そう言ったオルクスの瞳の奥には自身への怒りが揺らめいており、その揺らぎに鬱憤に荒れていた蘭は冷静さを取り戻し、仕方ないと息を付く。

「まぁ、依頼という事であれば受けてやっても良いが……儂は凜のお守りもしなければならんし、常に側にいるとなると」

「そこは大丈夫だ。お前があの子を護りながらセフィリアの護衛をできるように二人には任務として凜君の護衛を言い渡してある。それを考慮してお前のところに預けたんだからな」

 先程とはうって変わってどこか得意げな表情で声を弾ませるオルクス。

「セフィリアはエリスの指導が任務と聞いていたが……凜の護衛とは初耳」

 と、そこまで口にして蘭の瞳が鋭利さを増す。

「オルクス、お主。犯人はジュマと繋がりがあるかもしれんと言っておったが……最初から凜も囮にするつもりじゃったな?」

 怒気なんて生温い。子供そのものと言える小さな体からは明確な殺気が滲み出ており、場の空気が一瞬で張り詰める。

「人聞き……いや、俺の場合は神聞きっていうのか? 最初からっていうのは心外だな。まぁ、結果としてはそんな形になってしまった以上、そう思われても仕方ないが」

「何が仕方ないじゃ。儂に一言の相談も無く凜を囮にしようなどと…………セフィリアもセフィリアじゃ」

 オルクスに向ける殺気を怒気へと変え、憤慨を示す様に仁王立ちする蘭。

「まぁ、お主の場合は上司の命令じゃから絶対服従なのかもしれんが……儂の家に居候すると話した時にでも、少しくらいは話を通しておくべきじゃろう?」

「お、おっしゃる通りです」

 セフィリアは全身にのし掛かる重圧に躊躇無く頭を下げ、

「………………」

「………………」

数秒の沈黙後もう何度目かわからない深い深い、それは深いため息を吐き出す蘭。

 それから諦めにもにた感情を諫め、

「全く…………儂がここで嫌じゃと駄々をこねても作戦が中止になるわけはなかろうし、既に他の隊の者達は任に就いておるのじゃろ?」

数え切れない死線をくぐり抜けた戦人として身構える。

「あぁ、全隊ではないがいくつかの隊は既に現世に赴いてる」

「納得はしておらんが、既に動いている者もおるのならば潔くお主の依頼を受けるとする。が、今回の依頼料は最低でも今までの百倍は覚悟しておくんじゃな」

 釘を刺す、といった生温いものではなく殺す気満々の視線をオルクスへ叩き付ける蘭。

 正に一撃必殺。オルクスはいかにも取り繕った感が漂う涼しげな顔で受け止め、

「お、憶えておくよ…………」

早速、メッキが剥がれて萎んだ声で返答――――――というか、それが精一杯だった。

 それから蘭はフンッ!! と、鼻息を荒くし、

「そうとなれば早く現世に戻るとしよう。エリスも囮ならば、儂がここにいるは問題じゃろうしな」

「あぁ、そこについては事前にエリスにも話を通してある。もし単独の場合に襲撃されたら防戦、もしくは離脱を最優先にしろと言ってあるしな」

「じゃが、囮薬としての危険度が下がるわけでもないじゃろ? それにこれ以上ここにいても依頼主をタコ殴りにして半殺し……で済ませる自信がないからの」

 と、サラッと物騒な事を口にしてオルクスに背を向ける。

「セフィリア、転移法術を頼む」

「は、はいっ!!」

 蘭の憤怒を抑えきれない声音に肩をビクッ!! と跳ね上げて、セフィリアは慌てて転位法術を発動する。

「姿成せ!!」

 淡い光の粒子は二人の正面へ収束し、巨大な門――――――『境界門ラインゲート

を形成。

 それからセフィリアはサッと後ろを振り返り、

「お師匠様、私達はこれで」

「あぁ」

口惜しげに見送りに立つオルクスへ小さく会釈する。

 自分を死地へと送り込む師へ律儀に礼を尽くす愛弟子へ、せめてと言葉を贈るオルクス。

「セフィリア、お前は俺の弟子で『第一級クラス・ファースト』の『死神』。それに蘭も護衛に付いてくれるから心配ないと思うが……現世ではなるべく一人にならないように気をつけるんだぞ?」

 それは弟子へと言葉というよりは愛娘へ向けるソレに近い感情。

 血の繋がりこそ無いが、それでも信頼という固い絆で結ばれたモノからの言葉は嬉しいモノで、セフィリアはオルクスの心配を吹き飛ばすように元気いっぱい笑って見せた。

 そのの様子にオルクスは少しだけ安心したように小さく息をつき、

「凜を囮にしておいて、師弟愛を見せつけるとはのぅ……儂も帰ったらセフィリアに家族愛というものを見せつけてやろうかの」

皮肉半分、羨ましさ半分といった感じで笑みを溢す蘭。

「お師匠様、行ってきます!!」

「おう、行ってこい!!」

 最後にもう一度挨拶を交わし、二人は『境界門ラインゲート』へ体を向けて、

「ランさん、今回の件は本当に申し訳ないと思っているんですが……その、よろしくお願いします」

「あぁ、お主は大船に乗ったつもりでドンと凜と子作りに専ねっ」

「っ!? い、行きます!!」

と、最後まで言わせまいと咄嗟に小さな手を掴み、半ば強制的に飛び込むセフィリア。

 二人の姿は『境界門ラインゲート』の奥へと消え、それを確認するように門も重い扉を閉め、同時に光の粒子となって消えた。

 そして、一人『静寂の岬』に』残されたオルクスは見送りの余韻に浸りながら、

「…………報酬百倍かぁ」

偉大な祖達の巨像の元。情けない声で呟いた。




「貯金、おろさなきゃな…………」




 





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