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境界世界のブリガンテ  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
15/36

――― 日常相思 ―――

「 リン、忘れ物よ」

 玄関先で学校へ向かおうとドアに手を掛けた凜へ、背後から清廉な呼び声が飛んできた。

 その声に疑問符を浮かべながら振り向く凜の視線に映ったのは、昨日から住み込みを始めた『死神』――――――セフィリア=ベェルフェール。

「えっ、忘れ物?」

「ほら、お弁当。せっかく作ったんだから持って行かなきゃ勿体ないでしょ」

 青と白のチェック柄の包み布に包まれた弁当を差し出し、呆れ半分苦笑半分と口元を綻ばせるセフィリア。

「あ、うん。ありがと、セフィリア」

「忘れ物って言うのは別に良いんだけど……自分で作ったお弁当忘れるなんてちょっと不思議ね」

「ははっ。僕が言うのもなんだけど時々忘れちゃったりする時があるんだよね」

 凜は少しだけ恥ずかしそうにはにかみ、

「あまりゆっくりしてると学校に遅れちゃうし、他に忘れてる物とか無い? あるなら取ってきてあげるけど」

「教科書は鞄に入れてあるから心配ないし、財布も携帯電話もちゃんと持ったよ」

「ハンカチとティッシュは?」

「大丈夫、ちゃんと持ったよ」

そう言って確認がてらブレザーの右ポケットをポンッ、って叩く。

 一通りの確認を終えるとセフィリアは満足げに頷き、

「なら大丈夫ね」

「うん、それじゃ行ってくるね」

「事故んないようにね」

「はーい」

間延びした返事を返しながら玄関のドアを開く凜。

 今のやりとりに母子みたいだな、と懐かしさに口元が緩み掛けた時、ある事を思い出し歩を止める。

 セフィリアの背後、リビングへと顔を逸らすように振り返る凜。

 何年も積み重ねてきたかけがえのないやりとりをいつも通り一つ積み重ねる。

「お祖母ちゃん、いってきまーすっ!!」

 それから一呼吸の間もなく「気をつけていくんじゃぞぉっ」と慣れ重ねた蘭の声が返ってきた。

「はーいっ!!」

 その声に先程よりも一段大きい声で返し、揚々とドアを開ける凜。

「もし、何かわからない事とか必要な物があればお祖母ちゃんに聞いてみて」

「了解」

「それじゃあ」

 無用とは思いつつも世話心からセフィリアへ言い残し、静かにドアが閉じ登校する凜。

 ドア向こうで離れ消える靴音に頭の後ろで両手を組みながら振り、

「……さてっと」

どこか後ろめたさを滲ませた笑みを溢し、リビングへと踵を返すセフィリア。

 リビングに戻るとテーブルを挟んで正面。蘭が食後のお茶をほっこりした顔で「食後の一杯は格別じゃのぅ」と仕事終わりのお父さんじみた一言を溢していた。

 それから自身に気まずげに視線を向けるセフィリアに気が付き、

「ふむ」

と、湯飲みを静かにテーブルに置き、会話を切り出す蘭。

「凜は学校に行ってしもうたし、エリスは昨日の夜から見回りに出ておる。お主もこの後は仕事に行くのじゃろ?」

「い、一応その予定ではあるんですけど……」

「ふむ、となると……儂は今日は何も予定がないからのぅ。一人で留守番か……」

 セフィリアから言葉を引き出そうと意味部下に視線を流し茶を啜る蘭。

 その様子に申し訳なさに眉を寄せつつ、意を決して口を開くセフィリア。

「その、ランさん。任務の事でランさんにお願いが…………」

「任務の手伝いかえ? 確か、今回の任務は町の魔力調整であろう? ならばそれほど難しくなかろうに」

 予期していたものと違ったのか、蘭は拍子抜けというように首を傾げ。

「いえ、そちらとは別の任務でお願いしたい事があるんです」

「はて、別とな?」

 言葉尻に僅かに滲んだ不穏に姿勢を正し、セフィリアへと向きを変える。

 その様子にセフィリアは一拍の間をおき、

「別件、というよりは前の任務……ジュマ=フーリスの件についてなんです」

「ほぅ」

今は亡き旧敵の名に蘭の目が鋭さを帯びる。

 幼子の様な小さな老体から放たれる冷たい怒気。

 その様セフィリアは緊張に顔を強張らせ、蛇もとい【戦神】に睨まれた蛙の様に硬直した。

 自分に向けられたものではないとはいえ、孫である凜を殺そうとしていた相手へ向ける感情が生易しいものであるはずがなく、蘭の顔色が変わるのも致し方がない。

 それからセフィリアの硬直ぶりにバツが悪そうにコホンッ、と咳払いを一つ。気持ちを引き締めるように両腕を組み、

「それで儂に頼みというのはどういったことかのぅ?」

セフィリアも体の弛緩に合わせ、背を正す。

 そして蘭に気圧されていた幼気な少女の面影は――――――理を統べる天上の存在『死神』としての威風へと姿を変える。







「――――――私と一緒に【神界】へ来てください」




 ††††††††††††††††††††††††††




 教室の窓際。その最後方の隻で窓枠の奥に広がる晴天を見上げ、物思いにふける凜。

「…………」

 現在、転校してきた設定四日目。登校してから二時限目と三時限目の休み時間。

 周囲は次の授業の準備やそれぞれの話題で楽しそうに話を咲かせ、凜が存在していた依然の日常と変わらないクラス風景が広がっていた。

 凜はというと別段意味があるわけではなく、ただただ黙って空を見上げていた。。

 転校設定と言っても転校生特有のクラスメイトの好奇心からくる質問攻めも、親切心から世話を焼いてくれるクラスメイトも出来る事はなく……ただ、いつも自分の席で一人ぽつん、と座ってるだけ。

「………………」

 凜が有していた十六年の生活では普通であれば転校生ぶ何人かのクラスメイトが好奇心から話しかけ、そこから少しずつ互いに打ち解けあい、クラスに打ち解けていく……そういうものだった。

 が、今回の凜の場合は普通・・の転校生に当てはまらなかったようだ。

「次の授業ってなんだったっけ?」

 誰に質問するわけでもなく、呟く凜。

 別に自己紹介で変な事を口走ったわけでも、転校初日からクラスメイトとケンカをしたわけでもなし、勿論それ以外の目立つ様な問題を起こしたわけでもない。

 だが、こうなる事は予感していた。

 クラスメイトが自分に興味を引かなかった……いや、避けている理由。

 それは髪と瞳の色が原因だ。

 自分の髪と瞳は澄んだ紫色。髪の毛であれば黒髪や茶髪、白髪……他にあったとしても金髪。瞳で言えば碧から黒に茶色。あとはこれは自分同様に珍しい部類だが、色素欠乏症の人間に表れる紅い瞳。しかし、そちらの方が世間的には知られているだろう。

 何度か髪を黒く染めてみた事はあるが、風呂に入ってシャンプーをするとまるで泥が落ちる様に元の紫へと戻る。

 幼少期はよく髪や瞳の色の事でいじめられてたりしたけど……まぁ、その高校生版が「触らぬ神に祟りなし」の状態なのだろう。今までは十六年という時間が『慣れ』というものを与えてくれていたが、存在定義を消失してしまった現在にそのアドバンテージはない。

「えっと、時間割は……」

 凜は細々と視線を空から教室内に戻し、時間割を確認しようと教室前方の出入り口に移しかけた時だった。

「おーい、萩月」

「へ?」

 向きかけていた方向、右側からよく通る声が耳に届き、

「次、体育だからはやく準備して。校庭でやるから急いで欲しいんだけど」

そちらに顔を向けると自分を見下ろす一人の少女がいた。

 日の光のせいなのか背中まで伸びた長い黒髪は赤みがかって見え、少しだけつり上がった瞳が活発的なイメージを感じさせる。

 自分は目の前にいる女子の顔に微かに見覚えがあった。




 ――――――――――おい、萩月!!




 幽霊だった夏先輩を生き返らせる為にセフィリアから『事象回帰』の事を聞いた日。教室で話しかけてきたクラスメイトだ。

 凜は突然の事に目を見開き、

「え、と……」

「ん、どうしたの? そんなに驚いた顔して」

「いや、その……初めて話し掛けられたからビックリして」

驚いた事を誤魔化すために愛想笑いしながら答えた。

「初めてって……あぁ」

 女子生徒は凜の言葉に首を傾げて、少しだけ間をおいて何か納得したような顔で頷く。

「確かに、あんたに話掛けたのは私が初めてかもね。皆、あんたに話し掛けて良いものか迷ってたみたいだし」

「はは、やっぱりそうなんだ」

「やっぱりって?」

 特に深く考えないで出た言葉に、女子生徒は不思議そうに眉を上げる。

「いや、ほら。僕って変わった色の髪と瞳してるでしょ? 紫色の髪と瞳って気味悪いんだろうなって……」

「あぁ、違う違う」

 女子生徒は苦笑混じりに自虐を遮り、

「え? 違うっていうのは……」

「確かに萩月って珍しい髪の色とかしてて目立つし、そう言うのを気にしてる子もいるけど……皆が話し掛けるの迷ってたのは髪の色とか関係ないよ」

凜の顔を指差す。

「あんた、自分の事だから気がついてないかもしんないけどさぁ。転校してきてからずっと物凄いしかめっ面してて、話し掛けても良いのかわかんない雰囲気だったからさ」

「し、しかめっ面って」

「なんかスゴい悩み事してるみたいな感じで、下手に話し掛けない方が良さげだったから……とりあえず、あんたの様子が落ち着くまで話し掛けられなかっただけよ」

 女子生徒はその時の凜を真似しているのか、腕を組み眉間に物凄い皺を寄せて仁王立ちした。

「そ、そうだったんだ……」

 凜はクラスメイトのモノマネを見ながら、顔に出ていたのかと反省した。

 クラスの皆や今まで面識のあった人達へ初対面という対応をしなければとあまり目立たないように目していたが、それは逆効果だった様だ。

 …………まぁ、考え事をしていたのは本当だし、顔に出た原因もきっとこちらだろう。

「ご、ごめんね? なんか皆に気を遣わせちゃったみたいで……」

 とりあえず、気を遣わせてしまった事を謝ろうとして。

「えっと……その…………」

 クラスメイトの名前が出てこず、凜があたふたししていると。

箕島みしまよ」

「え?」

 女子生徒は気がついたように名乗る。

箕島香夜みしまかよ。このクラスの学級委員長をしてるわ、何か困った事があれば何でも聞いて」

 箕島と名乗ったクラスメイトはにかみながら手を差し出し、

「これから二年間、よろしくね。萩月」

「こちらこそ。よろしく、箕島さん」

その手を握り替えし、笑みを返す凜。

 それからどちらとも無く手を放し、

「さて、挨拶も済んだし……早速で悪いんだけどさ、萩月」

「なに?」

箕島は造形美溢れるニッコリ笑顔で告げる。

「教室から出てって欲しいんだけど」

「…………へ?」

 突然の言葉に間の抜けた声を出す凜。

「えっと……何で?」

 告げられた言葉の内容に戸惑いながらも聞き返し、

「何でって……」

箕島はジトッとした目つきで睨み、首を小さく後ろに降った。

「次は体育の授業で、女子が教室で着替えるから移動して欲しいんだけど?」

「き、着替えっ!?」

 箕島の言葉に思わず叫んで、凜は慌てて周りを見回す。

「っ!?」

 周りを見回すと自分以外の男子の姿はなく、全員が女子。

 それもほとんどの女子がブレザーを脱ぎ、中にはネクタイどころかシャツのボタンを外している者もいた。

 一人の女子生徒が凜達の脇を通り抜け覗き防止の為にカーテンを引き、それを合図にの凜を締め上げる様に視線が一斉にぶつけられる。

 その正当な重圧を有する視線に体育の授業で着替えをする際は覗きを防ぐ為に、男子は体育館の更衣室で着替えをする事になっているのを思い出した。

 この状況を認識するのと同時に体中から汗がドッと吹き出し、心臓が一瞬で破裂寸前まで脈を拍つ。

「ほらほら、早くしないと転校してすぐに変態のレッテル貼られちゃうわよぉ~」

「ごっ!! ごめんなさいっ!!」

 箕島の弄り声が耳に入ると同時、凜は脱兎のの如く教室を飛び出した。

「だ、誰か声掛けてよぉっ!!」

 半分泣きそうな凜の背後からは女子の笑い声が聞こえ、羞恥と申し訳なさに全力で廊下を疾走する。。

 そしてバタンッ!! と教室のドアが閉まった時。

「あぁっ!!」

 凜はある事に気が付き急停止。慌てて後ろを振り返った時にはもう手遅れ。

「着替えのジャージ、教室に置いてきちゃった…………」

 堅く閉じられた教室のドアを渋い顔で見やり、

「今、取りに戻れるわけないしなぁ……」

自分の間抜けさに呆然と呻く。

 女子の皆が着替え終わるのを待っていたら次の授業に絶対に間に合わないし、かといってこのままで授業に出るわけにも行かない。

「誰かジャージを二着なんて持ってきてるわけもないし…………あ」

 病弱設定からの仮病で乗り切るかと後ろめたい覚悟を決めかけ、ふと都合良く思い出した。

「保健室に行けば、予備の備品でジャージ貸して貰えたっけ」

 自分の記憶違いでなければ保健室で忘れてきた生徒の為に何着か予備で貸し出してたはず。当然だが使った後は洗濯して返却しなければならが……この際、仕方ない。

 現在、凜がいるのは二階の北側。保健室は一階西側。歩いていけば五分程掛かる距離だ。

 なんてことのない距離ではあるが、残りの休み時間と着替えの時間を考えれば致命的なタイムロス。

「走れば何とか間に合うかな?」

 凜は襟元に指を差し込んで、ネクタイを緩ませながら走り出す。

「…………」

 今のようにちょっとしたドジを踏んで廊下を急いで走ったり、他のクラスの人達が教室や廊下で話してる光景は。

「僕の方はなんかバタバタしてるけど」

 やっぱり、これが日常なんだと実感する。

 そして、それと同時にある人物が頭に浮かび、思わず声に出る。






「夏先輩はどうしてるかな?」




   §§§§§§§§§§§§




「ねぇねぇ、夏子!!」

「んー? なーに、あかり」

 正面から聞こえてきた少し興奮気味の声に、夏子は気のない返事を返し右手に握っていたシャーペンを走らせる。

 前から二列目。窓際の席でいそいそと勉強に励む夏子に、

「ちょっち勉強はやめてガールズトークといきませんかね?」

揚々とした声を掛け椅子を跨ぎ座るあかり。

 その提案に夏子の手が止まり、に小さくため息を付きながら顔を上げる。

「あかり、今自習時間なんだけど……」

「そんな事わかってるわよ、だから話しかけてんじゃん」

 まるで野暮な事を言うな、という様に拗ねたように唇を尖らせているあかり。

 小さい子供みたいに拗ねる幼馴染みに、夏子はもう一度ため息をつき、視線を黒板へと向ける。

 小学校時代の学友とも言える黒板には少し大きめな字で『自習』と書かれていた。

 本来であれば今の時間は国語の授業が行われているはずだったのだが、教科担当の教師が体調不良で自習になった。

 現在は授業三時限目が始まった頃。自分は今日教えて貰うはずだった範囲の予習をしていたところだった。

 が、

「他のみんなだって私と似たようなもんじゃん。真面目に自習してるのなんて夏子ぐらいよ」

どこか開き直ったように椅子の背にもたれ、横目でクラスの様子確認を促すあかり。

 そのあかりに夏子は周囲の様子を伺うと。瞳に映った光景はあかりの言葉通り。さすがに声の音量は下げていたけど、仲の良い友達同士が集まって雑談に華を咲かせていた。

 夏子はどこか諦めたようにノートにシャーペンを置き、ため息混じりに頬杖した。

「何、さっきからため息付いてるのよ?」

「別に、何でもない」

 襟元で束ねた茶色がかった黒髪の小さなポニーテールが揺れて、

「もぅ、夏子はほんとに真面目ちゃんだねぇ……こういう時は友達と実りある無駄話をするもんですよ?」

「無駄話って……自分で実りなんかないって言ってるような気がするけど?」

「まぁまぁっ、今日は実りある話だと思うよ。主に私が」

「じゃあ、自習に戻っていい?」

「ちぇっ!! 夏子のノリがすこぶる悪い!!」

「えっ、私が悪いの!?」

 逆ギレした幼馴染みに夏子は眉を寄せ、あかりはそんな夏子の事なんてお構いなしに机に体を乗せて。

「まっ、夏子のノリが悪いもの仕方ないかぁ。今は別の事に夢中だもんねぇー」

 何故か、突然茶化すようにニヤニヤし始めた。

 夏子は身に覚えのない話題に首を傾げ、

「夢中になってる事って……別に今、夢中になってる事なんてないわよ? 強いて言うなら受験勉強くらいで……」

「あらあらまぁまぁ、また嘘付いちゃって」

右手を反して口の横に添えて、横目で夏子を見るあかり。

 その姿がひそひそ話する近所のお母さん達のように見えて、何故か嫌な予感がした。

「嘘なんて付いてないよ」

「嘘おっしゃい!!」

 あかりは何故か勝ち誇ったような笑顔で私を見て、口元に添えていた右手を握って。

「今、夏子が夢中なのはあの子でしょ?」

 ビンッ!! と力強く突き立てた親指を窓の外へ向けるあかり。

「あの子って?」

 夏子はあかりの指さす方向へ顔を向け、窓の外から聞こえる声に椅子を窓際に寄せて下を見下ろした。

 するとそこには、学校指定の青いジャージに着替えて校庭をランニングしている生徒達の姿が見えた。

 大体一周五〇〇メートルの程のトラックをペースの差なのか、散り散りに走る生徒達。

 そんな生徒達の中で不自然なまでに目立つ髪色の男子が目に止まり、

「紫苑高校二年三組に転校してきた転校生、名前は萩月凜。歳は一六、身長は一三五センチと小学生並みの低身長。体重は殴ってやりたくなるくらいに軽くて、外見は紫色の髪と左眼が特徴的で母性本能くすぐり系男子」

まるで夏子の心を読むようにプロフィール説明をするあかり。

「家族構成はわからんし、趣味もわからん。が、しかしっ!!」

 途中、説明が酷く雑になり、それを押し切るようにあかりはニヤリと八重歯をのぞかせて笑う。

「転校初日から幼馴染みの私を差し置いて昼休みは夏子と昼食、登下校も一緒という何いきなり出てきて私のポジションとってんじゃああああっ!! という只今夏子さんのラブ度最上位少年ですよ、ハイ」

 後半はもはや妬みみたいなものが混ざっていたが、最後に付け加えられた言葉に夏子の顔が一瞬で沸点を超えた。

「ラ、ラブ度って何よっ!?」

 素っ頓狂な叫びを上げながら立ち上がる夏子。

 学校のアイドルの突然の奇行に教室中の音が消え、てクラスメイト全員の視線が一斉に集まる。

 予期せぬ反応だったのか、あかりは慌てて夏子の手を引き座らせた。

「ちょ、夏子ってば……少し取り乱しすぎだって」

 夏子達の様子に好奇心に惹かれたのか、数人の男女が立ち上がって。

「あぁ、何でもないから!!」

 それをあしらうようにてを払い、。あかりの手払い信号に立ち上がったクラスメイト達が渋々といった風に腰を降ろし直す。

 二人だけの密な話を邪魔されずホッと胸を撫で下ろすあかり。

 それから半分呆れ顔で苦笑し、

「もう、少しは考えてよ」

「どっちが!!」

口調は勢い良く、音量は小声な夏子が納得いかないと言葉を続ける。。

「いきなりあかりが変な事言うから悪いんでしょ!!」

「いや、そうかもしれないけどさぁ……驚くのにも限度ってものがあるでしょうに」

 一応、あかりも悪い事をしたと思っているのか、夏子同様に声量を抑え――――――確信に満ちた笑顔を浮かべる。

「でも、的は射てるでしょ?」

「ちがっ…………」

 夏子は否定したが、あかりの笑顔と余裕綽々な態度に思わず言葉が詰まる。

「はは、夏子って昔っからわかりやすいよねぇ」

「くぅっ!!」

 あかりの得意げな微笑みに渋い表情で睨み返す夏子。

「しっかし、夏子の好みがああいうタイプだったとはねぇ」

 不満と悔しさまみれの夏子の視線から逃げるように、あかりは窓枠の上で腕を組み、その上に顎を乗せ――――――走っている凜を眺めて意外そうに呟いた。

「べ、別に私が誰を好きになったって良いじゃない」

 夏子もあかりと同じように窓枠に体を預け、拗ね気味に呟いた。

「まぁ、夏子が好きになった子なら絶対良い子だって思うし、夏子の事凄く大事にしてくれると思うよ」

「な、何よ? それ……なんか結婚式目前のお父さんみたいな口調は」

「はは、それで? あの凜って子とはどこであったの?」

「えっ? どこって――――――」

 ――――――前にも話したじゃない、と言葉が出てきそうになり慌てて息ごと呑み込んだ。

「っ…………」

「ん? どうしたの?」

 すぐに答えが返ってこなかったのが不安になったのか、あかりの表情が僅かに曇り。

「ううんっ!! 何でもないよ!!」

 それを晴らすように首を横に振った。

 それから夏子はあかりに愛想笑いを浮かべながら、

「えっとね、凜と初めてあったのは……」

心の中で自分が帰ってきた日常は以前とは違うのだと再認識させられた。


 ――――――凜って子とはどこであったの?


 あかりの言葉がそれを突きつけるように、夏子の中で大きく膨らんでいく。

「初めて会ったのはお父さんが働いている病院でね」

 夏子はあかりから視線を凜へ移し、差し支えない変わりの記憶をあかりと共有していく。

「へぇ、病院でねぇ……なんか運命的な感じだね」

 夏子の恋話に嬉しそうに笑いながら相槌を打つあかり。

 自身の持つ記憶とは異なる出来事の話をする傍ら、夏子は変わってしまった日常に想いを馳せる。

 今、あかりと話している事は一年前。凜に初めて出会った頃の事をなぞっているだけ。

 事実、あかりが凜の事を憶えていたならば先日、自分が凜への告白を失敗した悔しさを反省と不満一杯で話していた筈だ。


 ――――――だが、これは自分の責任だ。


 何故なら本来であれば日常から忘れ去られていたのは凜ではなく自分だった筈なのだから。

 ランニングを終えたのか、後続を待つ間に他の男子生徒と楽しげに笑っている凜が視界に入り――――――その笑顔がどうしようもなく寂しかった。

 今、凜はどんな想いで日常を過ごしているのだろう? 何を感じながら平穏の中に身を置いているのだろう? 何故、自分が消えてしまった・・・・・・・世界で当たり前のように笑みをみせる事が出来るのだろう?


 昨日の帰り道の途中。


 自分が「悩み事があるなら相談に乗る」と口にした時、凜は笑って言った。



 ――――――何でもないですよ。



 だが、それは嘘だと明確に感じてしまった。

 泣きたいのを必死で堪え、辛い事も苦しい事も全て思いっきりやせ我慢してる――――――そんな痛々しい笑顔だったから。

 今も自分の瞳に映る凜の姿は、触れれば簡単に砕けてしまいそうで。

 そんな脆い壊れ物の様な姿に、夏子は自分の情けなさに心の中で自身の無力さを噛み締める事しかできなかった。




 ――――――私は凜の力になってあげられないのかな?




 胸の奥で形になった無力感が波紋の様に響き、言い様のない焦燥が心をざわつかせた。

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