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境界世界のブリガンテ  作者: りくつきあまね
エリス=ベェルフェール
13/36

――― 遷ろう日々 ―――




「す、好きです!!」




 青空に響く綺麗で純粋な声音。

 紫の瞳に映るのは二つの人影。

「えっと…………その」

 戸惑いが滲む声が弱々しく揺れ、

「わっ、私と付き合ってください!!」

青春真っ盛りの女子生徒の甘酸っぱい想いが高らかに響く。

「ご、ごめんなさい」

 が、一瞬の間の無く打ち落とす相手。

「……まぁ、そうなるよね」

 甘酸っぱくもほろ苦い青春。なんてことはない日常の一ページが広がる光景。

 今は昼休み、そして場所は屋上。この光景を屋上のさらに一段上、出入り口の梯子を登り隠れ見る小さな人影が一つ。

 青春の舞台とかした屋上。ここ紫苑高校に在籍する一人の少年――――萩月凜はぎづきりんは、事の一部始終に気まずげな苦笑いを浮かべる。

 別に自分は覗き見している訳ではない。昼食を終えたところで、この告白イベントが始まったのだから、自分に非はない。

 突如、屋上で告白イベントを開始した二人。想いが砕け散り項垂れている女子生徒は橙色のネクタイをしており、一学年と認識する。

 ここ、紫苑高校ではネクタイを学年別に一年は橙色、二年は赤、三年は青で色分けしてる。

 そして想いが届かなかった事に打ち拉がれている女子生徒を申し訳なさそうな顔で様子を伺っているもう一人の生徒。その生徒のネクタイは青で、自分もよく知っている先輩だ。

「夏先輩、男だけじゃなくて女の子にもモテるんだぁ…………」

 一年女子から三年女子への愛の告白。

 凜は一風変わったその光景に人差し指でほっぺたを掻き、感心しながら呟いた。

 腰まで伸びる美しい流麗な黒髪。澄んだ光を宿す黒の瞳に雪のように白い肌。触れただけではじけてしまいそうな瑞々しい唇に一分の隙もなく整った顔立ち。トドメは学校指定の制服では到底抑えることのできない眩しいプロポーション。

 容姿端麗、眉目秀麗、清楚可憐、天香国色――――様々な褒め言葉が存在するが、まるでそれら全てを詰め込まれ産まれてきたような人だ。それを裏付けるのに大袈裟と言う者もいるが、構内の噂では男子から告白された回数は三桁は有に超えてるらしい。

 が、事実。紫苑高校の男子生徒は全学年合わせ三百。内、凜を覗いた一桁台の男子を覗けば、そのほとんどが振られている。

 齢十七で学校の生きる伝説となった三年女子――――神村夏子かみむらなつこは苦い面持ちで唇を開く。

「ご、ごめんね……私、好きな人いるから」

 およそ、最もらしい理由でやんわりと告白を断る夏子。

「い、いえ……き、気持ちを伝えられただけで十分、ですから」

 夏子の答えに今にも泣き出してしまいそうな表情で無理矢理笑う女子生徒。

「きゅ、急に呼び出したりして、すみません……でした」

「いいよ、その……少しびっくりしただけだから」

「そ、その……あ、ありがとうございました」

 無理矢理作った笑顔に光る一粒の滴。

 その笑顔に痛みを共有するように夏子の表情が曇り、

「神村先輩の恋が、かっ叶うよう応援してます!! じ、じゃあっ!!」

 顔を見られたくないのか、女子生徒は右手で隠し背を向ける。

 それから女子生徒は一度も振り返らず、止まることなく屋上の出入口に駆け込み慌ただしく出て行った。

「………………」

 無情に散った青春のベージを閉ざすように、出入口のドアが重々しく閉じる。

「はぁっ…………」

 それから一呼吸後、夏子は胸に淀む苦く重い心情を溜息と共に吐き出した。

「……………………」

 告白を断ってしまった罪悪感からか、夏子は暫くの硬く閉じたドアを静かに見つめ、

「ん…………」

その様に凜はなんとも言えない心のざわめきに、声を掛けようと立ち上がって。

「え?」

 何かの気配に気がついたのか、夏子は顔を上げ、

「っと」

「……っ!?」

予定調和の如く凜と夏子の視線がピタリと重なる。

「こっこんにちわ、夏先輩」

「り、凜っ!?」

 凜はぎこちない笑顔で言葉を掛け、夏子は驚きに上擦った声で叫ぶ。

「りりりりっ凜!! いつからそこにいたのっ!?」

「いつからって……昼休み始まってからずっと」

「じ、じゃあ……今のみ、見てた?」

「はい、それはバッチリと……」

「あぁっ……」

「ははっ」

 気まずさと恥ずかしさにガックリと肩を落とす夏子。

 凜はそんな夏子へ苦笑いを浮かべ、下に降りよう梯子の前まで歩いた所で、

「わ、私が上に行くからっ!!」

「へっ? そ、そうですか」

夏子の制止に目を開きつつ、一歩後ろに下がる。

 夏子は梯子に駆け寄り「ほっ」と小さく声を漏らしながら、グングン梯子を登る。

 梯子を登り顔を覗かせた所で凜は夏子へ手を差し出し、

「足下、気をつけてくださいね」

「うん、ありがとう」

差し出された手を支えに梯子を登り切る夏子。

 ――――――お疲れ様でした。

 そう、声を掛けるつもりだった凜。だが、夏子の姿にふと言葉が浮かび、思わず口にする。

「その………やっぱり大きいですよね」

「え、大きいって…………」

 凜の一言と視線に夏子の視線が下がり、

「ちょっ!?」

 一瞬、言葉に詰まったがすぐに頬を紅く染め、バッと胸を隠すように体を抱きしめた。

「ん、どうしたんですか? 夏先輩」

「どうしたんですか? じゃないでしょっ!! 凜こそいきなり何を言ってるのっ!? 大きいってどこ見て言ってるのよ、もうっ!!」

 夏子の突然の啖呵に、凜は疑問符を浮かべつつも言葉を返す。

「どこ見てって、夏先輩を見てるんですよ」

「っ!?」

 声にならない驚嘆。その短音頬の紅みが増し、頭から湯気を立ち上らせる夏子。

「わ、私を見てるってっ……そのっ!! うっ、嬉しいけど少しは見るところを」

 怒りと喜び、それ等をかき混ぜる動揺に慌てふためく夏子を余所に、

「ほら、今向かい合って立ってるじゃないですか。こうやって並んでみると、改めて夏先輩って身長高いんだなぁ…………って」

切なさと悔しさが滲んだ苦笑を溢す凜。

「……………………え?」

 と、思いもしていなかった言葉に夏子は目を点にし、

「いや、その……僕も男ですから女の子より背が低いのってどうなのかなぁ……って。これでも結構気にしてるんですよ」

 そう告げると失意に顔を伏せ、

「あぁ、僕もせめて夏先輩くらい背が高かったらなぁ…………」

低身長男子あるあるを吐露する凜に夏子は口元を落胆に引き攣らせる。

「し、身長の話だったんだ…………」

「はい、そうですけど?」

 凜は視線を戻し、表情を強張らせている夏子に首を傾げて、

「もう、紛らわしいなぁ…………てっきり」

「紛らわしいって…………何の話をしてると思ったんですか? 夏先輩」

「っ!! ううん、身長よ、身長っ!! 私もその話だと思ってたから!!」

物凄い勢いで両手をブンブン振り、ガチガチの笑顔で誤魔化す夏子。

 どこかぎこちない様子に、凜はあまり深く聞いてはいけない気がし、

「わ、わかりました……一先ず座りましょうか」

と、どこか釈然としない様子ではあったが相槌を打つ。

 そう言って凜はスラックスのポケットからハンカチを取り出して、コンクリートの床に広げて敷く。

 その様子に夏子は話を納められたと安堵し、

「どうぞ、ないよりはましだと思いますから」

「あ、ありがとう」

凜に促され、布かれたハンカチの上に両足を横に流すように座る。

 凜も「よっ、と」と、夏子の隣に腰を下ろす。

「それにしても凄いですよね」

「ん? 何が?」

 凜は感心を会話の種に呟き、

「さっきの告白ですよ。男子からなら見慣れてますけど、女子からも告白されるなんて凄いとしか言いようがないです」

「わ、私だって驚いてるのよ? その、男の子からはされたことはあるけど……女の子からって言うのは初めてだったんだからね」

つい先程の苦い経験への驚きと戸惑いに眉を寄せる夏子。

 そんな夏子に童心が疼いたのか、凜はにやりと目を細めわざとらしく口元を隠し、

「この分だと男子だけじゃなく女子からも告白ラッシュですかね?」

「もう、あまりからかわないでよ。凜の意地悪っ!!」

透けて見える悪戯心にプイッってそっぽを向く。

 普段は大人びた夏子だが、こうして時折みせる子供っぽさに思わず笑みを溢す凜。

 からかった事については心から申し訳ないと思ったが、馴染みあるやりとりにやっと『日常』に戻ってこれた事を実感する。


 ――――――夏子が生き返ってから、今日で三日。


 約二週間前、夏子は不幸な事故で命を落とした。

 学校の帰りに幼馴染みの友人と買い出しの途中、夕飯の買い物を終えた矢先の出来事。身元不明の通り魔に心臓を一突き、即死だった。世間では薬物中毒者とか精神異常者とか色々ニュースや噂になっていた。

 その後、夏子は『未練』に縛られ幽霊――――『霊現体ゲシュペンスト』となり自分の目の前に現れ、ありふれた日常は歪な非日常へと豹変した。

 夏子が自分の元に姿を現したと同時。夏子を殺害した通り魔の【悪霊】に襲われ、死の際に『死神』の少女――――セフィリア=ベェルフェールに命を救われた。そして夏子を生き返らせる為にセフィリア、祖母である萩月蘭はぎづきらんと共に『未練』を果たす為に奔走。

 生き返らせる事ができると喜んだのもつかの間。今度は自分の魂を狙う『ウロ』という化物と、その親玉であるもう一人の『死神』――――ジュマ=フーリスと激闘を繰り広げる事となり大変だった。

 だが、なんとかジュマを退け、セフィリアと蘭の協力で夏子を生き返らせることができ――――そして今、こうしてたわいもないやりとりができる日常へと戻ってきた。

 あの二週間前の出来事は悲惨ではあったが、『特異な経験』として終わらせることができて本当に良かったと思う。

「……あ、そういえば」

 物思いにふけっていた凜はふとある事を思い出し、

「ん?」

その声に夏子は凜へと顔を向け、悪戯を警戒してからかジト目で様子を窺っていると。




「萩月凜っ!!」




 凜と夏子の上。つまり空から急降下で突き刺さる鋭い声が響いき、

「へっ?」

「えっ?」

二人は呆けた声を上げながら空を見上げ、声の主である人影が凜達目掛け急降下。二人の視線が目映い太陽に目を細めた時、屋上のコンクリート製の床が砕ける。

「っ!?」

「うわぁっ、床が」

 二人は床が砕けた衝撃で起きた風を防ぐように顔を覆い、

「むっ、加減を間違えたな」

凜達の足下より下。屋上の中央から僅かな驚きに弾む声が。

「あぁ……床が」

 凜が困り顔で砕け散った床の中央で佇む人影へ視線を向ける。

 太陽の光を浴びて煌めく背中まで伸びる長い金髪。それを引き立てるように栄える青空瞳として姿成す碧眼。顔立ちは当然とばかりに整っており、凜と比べると大人びているがどこか幼さが残っていて、可愛いと綺麗の中間という印象だ。

 そして未だ発展途上であろう華奢でありながら均整の取れた体躯とそれを包む黒の制服とコート姿にある少女の姿が思い浮かんだ。

 多分、あの子を中学生にしたら……というか、その年頃の時はこんな感じだったんだだろうなぁ…………。

「すまない。だが、周囲の人間に気づかれぬよう法術による空間隔離を行っているし、すぐに法術で修復する」

「まぁ、騒ぎにならないならいいんだけど……」

 一抹の焦りも見せない少女に、戸惑いから頬を掻く凜。

 凜の戸惑いを払拭するように少女は指を弾き――――瞬間、砕けた床が強烈な光を発し、砕け散る前の状態へ修復。

 これで一安心と小さく息を付く少女の名はエリス=ベェルフェール。セフィリア

の妹である。

「ん、何をジロジロ見ている? 私の顔に何かついているのか?」

 感嘆の視線を向ける凜達の視線に訝しげに顔を向けるエリス。

 その問いに夏子が小さく首を振り、

「ううん、そうじゃなくて……やっぱり姉妹だね。セフィリアにそっくりだと思って」

「まぁ、姉妹なのだから多少は容姿が似通っていてもおかしくはないだろう。それよりも萩月凜」

「何?」

「今しがた姉様から言伝を預かってきた」

と、告げながらエリスはヒョイッと凜達の脇へ跳び立ち、凜へ曇った表情を向ける。

「…………………」

「えっと……ど、どうしたの?」

 凜は立ち上がり、押し黙り居心地の悪い視線を向けるエリスに疑問符を浮かべる。

 それから一呼吸分の妙な間が空いた所で気持ちを切り替えるように息を付き、感情を抑えた表情で言葉を続ける。

「……いや、何でもない。手短に話す」

「そ、そう……?」

「…………………」

 なんとも釈然としない二人のやりとりを横で見つめる夏子。

(なんだろ? 初めて会った時も凜に対してこう……含みがあるというか、妙によそよそしい感じがするのよねぇ)

 と、エリスとの出会いが夏子の脳裏に浮かび上がる




 ――――――三日前、五月六日。天気は晴れで空が朱色に染まり、夏子が凜への想いを告げようとしたあの日。




「じゃあ、私の好きな人…………発表します!!」

「っ!?」

 意を決した夏子の声に、凜はピシッと姿勢を正す。

 互いに真摯さだけを込めた瞳で見つめ合う二人。

「……………………ゴクッ」

「私、神村夏子は――――――」

 凜は緊張からか唾を飲み込み、夏子は際限なく溢れる想いを紡ぎ出した時――――――


「――――――グッ!?」


 それを裂くように痛みに歪んだ声音が響き、険しい顔で右眼を抑える凜。

「っ!? り、凜!?」

 夏子は突然の出来事に慌てて凜へ添い、

「な、何か来ます!!」

凜は夏子を背に庇い、歯を食いしばり正面を睨み付ける。

 瞬間。距離にして五メートル程離れた空間を蒼の閃光が縦に裂き、そこから目映い光が溢れ出し――――巨大な紺碧の門が姿を成す。

「これはっ!?」

「なっ何よ、これっ!?」

 凜と夏子は突如起きた不可思議な現象に驚きつつも身構え、

「あぁ、もうっ!! 何でこのタイミングで来るのよっ!?」

「空気を読まんかっ!! 空気をっ!!」

と、苛立ちここに極まりといった荒声が跳び、黒の制服に身を包んだ金髪ツインテール少女と紫色の髪をした着物幼女が屋上出入口のドアを蹴り破り乱入する。

 よく見知った二人の人影に夏子は目を大きく見開き、

「セ、セフィリアッ!? そ、それに蘭さんまでっ!?」

――――――何故そこからっ!? と、眼前で起こる事態以上に驚愕に体が震える。

「っ!? 門がっ!!」

 帰った筈の二人の姿に驚いていた夏子とは逆に凜は緊迫に眉を寄せ、凜の声に引き摺られるように門が開く。

 そして開かれた門からは目映い光が屋上へと流れ――――ゆっくりと一人の少女が現れる。

 目映い蒼の光に照らされ、幻想的な煌めきを放つ金髪と切れ長の碧眼。どこか幼さが残る端正な顔立ちは理知的な冷たさを湛え、細身ながら均整の取れた体躯を黒の制服とコートに包み、腰元にはまるで純白の雪原を形にした一振りの太刀を下げていた。

 どこか見覚えのある少女の姿に凜と夏子は緊張に息を飲み、セフィリアは驚きに目を丸くし、蘭は「ふむ?」と首を傾げていた。

 そんな面々を余所に少女は状況を確認するように周囲へ目を配り――――澄み渡った碧眼に凜の姿を捉える。

 そして僅かだが驚きに瞳が揺れ、どこか苦い感情が蒼を染める。

「――――貴方が……萩月凜、か」

 名前を確かめる、というよりは己の認識と凜の姿を摺り合わせる感覚に近い声音。

 その声音に凜は驚きに言葉を奔らせ、

「な、何で僕の名前を?」

「多分、私の出した報告書を読んだんだと思う」

その問い答えたのは門からの来客者ではなく、戸惑いに頭を掻くセフィリア。

 セフィリアは状況を把握したと小さく笑みを溢しながら両者へ歩み寄り、

「知ってる人? それに報告書って……セフィリアと同じ制服着てるってことは」

「えぇ、その子も私と同じ『死神』で階級は『第二級クラス・セカンド』、名前はエリス=ベェルフェール――――私の妹よ」

エリスは紹介に合わせ小さく会釈する。

「い、妹っ!?」

「あぁ、そういえばセフィリア。前に妹がいるって言ってたね」

「って、夏先輩は知ってたんですかっ!?」

「う、うん。どんな子かは知らなかったけど……」

 と、思いがけない来客者の正体に興奮気味の二人を余所に、エリスは端麗な眉を寄せセフィリアへ告げる。

「姉様。任務完了早々で申し訳ないのですが、至急天界にお戻り下さい」

「ん、何か急な任務?」

「はい。正確には召集なのですが……【元老院げんろういん】直々のご命令です」

「【元老院げんろういん】からの?」

「はい、詳しくは私も聞いておりませんが緊急との事で」

 エリスの困惑した表情に言葉通りただ事ではないと瞳を研ぎ、脇で話を不安げに聞いていた凜達へ申し訳なさに萎れた笑顔を向けるセフィリア。

「リン、ナツコ……ごめん、少し行ってくる」

「う、うん」

「き、気をつけてね」

 エリスの来訪からコマ送りの様に過ぎる状況に困惑しつつも、恩人であり大切な友人へ言葉を返す凜と夏子。

 そして区切りが付いたと見越し、

「萩月凜に神村夏子、それに蘭様も慌ただしくろくな挨拶も出来ず申し訳ありません。後程、任務で現世に戻って参りますので改めてご挨拶に窺います」

と、凜達に視線を配り会釈するエリス。

 それから凜達の返答を待たず開かれた門へと踵を返し――――「では」と、出立を促すように光の奔流へと踏み出すエリス。

 それにセフィリアは小さく頷き、

「行ってきます」

突然の分かれに寂しさを滲ませた苦笑いで小さく手を振った。

「「い、いってらっしゃい」」

 それにつられるように苦笑いで小さく手を振る凜と夏子。

 二人の見送りを名残惜しそうに背に受けエリスと共に蒼の光の奔流に姿を消し、開かれた扉が静かに閉じられる。

 それを待ち焦がれていたかのように薫風が凪ぎ、門は夢幻の如く光の粒子となって消えた。

 ありふれた日常とは斯くも懸け離れた現状に二人は口元を引き攣らせ、

「い、今のも法術……よね?」

「はい、話から察するに空間とか世界を移動する法術だと……」

「やっぱり、神様って凄いね…………」

「はい…………」

存在レベルでの次元の違いに改めて【神】という者の偉大さを噛みしめる。

「じゃあ、ワシらも家にも戻るとするかのぅ」

と、事も無げに二人を日常へと引き戻す蘭。

 凜達はその声にハッと我に返り、

「あ、うん。そうだね、お祖母ちゃん」

「夏子さんの生き返ったパーティーはセフィリアが戻ってくるまで延期じゃの」

「生き返ったパーティーって……ははっ、楽しみにしてます」

突然の来訪で予定していたパーティーの先延ばしに肩を落とす蘭に、苦笑いで答える夏子。

 そして蘭は気分を切り替えるようにムンッ!! と平坦な胸を張り、

「まぁ、すぐに戻ってくるじゃろ」

齢八十とは思えぬ愛らしく人懐っこい笑みを浮かべ出入口へと歩き出した

 凜達も蘭に遅れる事数秒、屋上を後にしようと歩き出す。

「で、でもビックリしましたね……いきなりセフィリアの妹が現世に来るなんて」

「はは……こんな経験滅多に、というか普通はないからね」

 まるで嵐の如き不意の来訪と帰投。エリスとの慌ただしい邂逅を苦笑で流す二人。

「でも、セフィリアってやっぱり『死神』なんですね。仕事のオンオフの切り替わりがわかりやすいや」

「そうだね、神様だからそうなのかもしれないけど……あまり無茶とかしないといいけど」

「そうですね…………」

 僅かばかりのもの寂しさに二言三言言葉を交わし、




「――――――神村夏子っ!!」




現実だけを詰め込んだ声に、驚愕に肩が跳ねる。

「は、はいっ!?」

「神村夏子、私の話を聞いていたか? 一応、貴方にも伝えるようにと言付かっていたのだが…………」

「ご、ごめんね……全然聞いてなかった」

 不満げに眉を寄せるエリスを双眸に捉え、三日前への記憶旅行から帰ってきた夏子は素直に謝罪を口にする。

 その正直な対応にエリスは呆れ混じりのため息をつき、

「今日、セフィリアが帰ってくるらしいですよ」

エリスと夏子の間を取り持つように凜が言葉を滑りこませる。

「僕に話があるみたいなんですけど夏先輩も一緒に、って。僕の家に集まるみたいなんですけど…………」

 そこまで口にして、凜が気まずげにエリスを見上げる。

「肝心の話って何かな?」

「姉様がご自分で話すと言っていたからな、私も内容まで確認していない」

「そ、そう……」

 思わぬ大雑把な答えに「わかったよ」と一言だけ愛想笑いで返し、夏子へ視線を戻す凜。

「その、急で申し訳ないんですが……もし、今日何も予定がなければ僕の家に来て貰えると助かるんですが…………」

「だ、大丈夫よ、予定もなかったし…………」

 申し訳なさだけを込めた大きな瞳。そんな瞳で上目遣いをする凜がまるで子犬のように見え、思わず抱きしめたくなる衝動に駆られる夏子だったが、スカートの裾を握りしめギリギリの所で耐える夏子。

「がっ、学校が終わったらいつも通り一緒に帰ればいいんだし……ねっ」

 全身で暴れ回る欲求を必死で堪え、

「ありがとうございます」

凜の晴れ晴れした青空のような笑顔に心の中で――――これが生殺しってやつ? と、血の涙を流しておく。

「姉様からの言伝、確かに伝えたぞ。私は任務に戻る」

 メルトダウン寸前の夏子を冷ますように冷淡な声を挟み、

「あ、うん。任務、頑張ってね」

「……貴方に言われずとも」

驚愕にも似た感情に一瞬言葉に詰まるが、凜へつっけんどに返す。

「はは、そだね」

「…………では、夕方に」

 凜達へそう告げるとエリスは踵を返し、校門正面に佇む民家の屋根まで一っ飛び。その距離はゆうに五百メートルはあった。が、『死神』にとっては一歩と大差ないらしい。

 着地後、エリスは商店街方向へ跳び去り、

「………………」

「………………」

ただただ黙って見送る二人。

 それから凜がハッとなり、

「じ、じゃあ帰りのホームルームが終わったら校門で」

「うん、何かあったら連絡してね」

授業が終わった後の簡単な予定を決める二人。

 そしてキリが良いと言うように昼休みの終了の鐘が鳴り、

「あっ、昼休み終わっちゃいましたね」

「さて、午後の授業も頑張らないと……教室に戻りましょう。次の授業の準備もしないいけないし」

「はい」

互いに約三時間の学業という戦いに向かうべく立ち上がり「あっ」と、夏子を見やる凜。

「ん、どうしたの? 凜」

 夏子は凜の声に視線を合わせ、気まずげに自分を見る後輩に首を傾げる。

「あの、これはあくまで興味本位で……その、嫌だったら答えなくて良いんですけど」

「ん? 何か聞きたい事でもあるの?」

「は、はい。その、ほんと……夏先輩の気持ち次第で良いので」

「う、うん。良いけど……何?」

 もったいぶる、というか申し訳なさそうに眉を寄せる凜へ問い掛ける。

「その、あ、あの時も……聞けなかったんですけど」

 そういって凜は夏子へ寄り添うように一歩踏み出し、眼前へと迫る柔らかで愛らしい凜の顔に夏子が瞬時に茹で上がる。

「り、っ!?」

 吐息が届く距離へと迫った凜の唇に視線が固まり、

「いつか機会があれば教えてくださいね?」

迫っていた凜の顔がするりと脇に消え、耳元へ興味津々と言った声が小さく添えられた。

「夏先輩の好きな人」

 耳元で囁かれた言葉に茹で上がった夏子の熱は一気に冷め、無自覚に夏子を弄ぶ凜は無邪気な笑みを浮かべそっと離れる。

「三日前に教えてくれようとした時、エリスが来て結局聞けなかったんですよね。こういうのは恥ずかしいから何回も言いたくないと思うんですけど……どうしても気になっちゃって」

 好奇心一杯の無邪気な凜の笑顔に、心を抉り取られるような錯覚に襲われる。


 テヘペロ的な感じで言われた一言は夏子の心に深くのしかかり、心の中で青春の涙を垂れ流す。

「あ、うん……またその内、ね」

 そう、自分が生き返ったあの日。胸の中の眩しく愛しさに溢れた想いを伝えたあの日。

「約束ですよ」

「…………うん」

 自分の告白はエリスが現れた事により、未遂に終わってしまった。

 あの日、新しい日常が始まったのは確かだが……自分と凜の関係は変わらないまま。


 仲の良い先輩と後輩…………その関係から変わることはなかったのだ。


「あぁ、気になるなぁ…………」

 もどかしさにため息をつきながらニヤニヤしている凜の姿に思わず。

「………………ばか」

 聞こえるか聞こえないかぐらいの微妙な声で凜へ小言を溢す夏子。

「えっ?」

「何でもない」

「そ、そうですか?」

 凜はプイッとそっぽを向く夏子に「空耳、かな……?」と、首を傾げた。

 朴念仁代表も余裕である凜の隣で夏子は無言で空を見上げ、

「…………………ハァ」

自身の心とは真逆。雲一つない青空に暗雲を作るようにため息をついた。






 その青空は今まで生きてきた人生の中で最も晴れ晴れとしたものだったが、どこまでも重くて、どこまでも暗かった。




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