表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

現在(4)


 広間に入るとき、廊下に出るとき、庭に降りるとき、いつもその姿を探すようになっていた。そこにいないことを確認するために。

 姿が見つからなければ、安堵はする。それでも、何か、あるべきものが欠けているように思えてしまう。



「へろぱっ」

「最近おとなしいね」

「お嬢様がですか?」

「いや、カロルがだよ。アウィスが帰って来た頃からかな」

「・・・一介の使用人にまでお気づかいいただいて、恐縮です」

「お気づかい、ねえ。博愛主義は楽だけど、つまらないな」


 ウエストにまきついた腕がほどかれて、領主様がゆっくりと私の正面にまわりこんだ。


「もう、やめてしまおうか。博愛主義も、立派な領主様も」


 ほんの一瞬、挑戦的と形容できるような色が領主様の眼の上を通り過ぎて、すぐにそれは霧散した。不自然なほどのすばやさで。


「大切なものはね。大切なものは、手が届くうちに掴まえておかないと、いけないよ」

「・・・。領主様には、そういうご経験が・・・」


 多分、この方はそういう経験をくぐりぬけて来たのだろう。手が届くうちに何物かを掴まえておくことができなかったような経験を。

 それも含めた過去の色々なことが、この方を霞のように覆う優しさのもとになっているのだと、なんとなく腑に落ちるものがあった。


 でも、今の私にとって、大切なものってなんだろう。

 大切なもの。そんなものは、みんな昔においてきてしまった。


「ああ、そういえば、仕立て屋が来ているよ。カロルと話したいそうだ。リーリはこれから家庭教師にやっつけられる予定だから、一人で応対しておいてくれるかな」

「かしこまりました」

「あれ、髪にほこりがついてる」


 ほこりを取ってくださるつもりか、領主様が私の髪に手を伸ばした。それから私の肩越しに視線を投げると、ふっと唇の端を持ち上げた。


 つられてそちらを見やると、くるりとこちらに背を向ける人の姿があった。

 高い背丈、少し前かがみの背中、優しい色の髪。

 気持ちを持っていかれそうになる、その後ろ姿に。


 どんなに頭から追い出そうと思っていても、目の端に入り込むだけでその存在に気付いていしまう。

 いつだって、そこにだけ光があたっているように、彼だけがまわりの風景から浮き立つように見えてしまう。


 廊下を横に入ったアウィス様の姿が見えなくなるまで目で追って、ふと気が付くと、領主様も姿を消していた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ