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 私のすぐ横に座ったアウィス様が――ウィルが、乱れて喉元に張りついた髪をするりと肩の方へはらってくれた。

 髪をはらう指が一瞬、鎖骨のあたりに触れて、吐息のような悲鳴のような、あいまいな声音が自分の喉からもれるのが聞こえた。

 思わず唇をぎゅっと閉ざしたが、赤く染まっていく顔はとぼしい月明かりの中でも見えてしまったのだろう、ウィルが目を瞠るようにしたのが分かった。


 何とかごまかそうと俯いたとき、長い指が頬をくるんで、そのまま彼の顔が近づいてきた。

 固く閉じあわせていた上下の唇をわって、何かが中に押し入ってくる。後ろへ逃れようとすると、大きな手のひらにうなじの辺りをしっかりと支えられて、ただ頭の芯が痺れるような感覚に押し流されていく。

 いつの間にか寝台に横たえられて、解放された唇は空気を求めて大きくあえいだ。

 彼の手は部屋着の襟のあたりを這い、それから前をとめていたリボンをほどいて、片方の肩が袖から抜かれる。


 残りの衣服が取り去られる間に、彼の指が、唇が、触れた一点から火照りが広がり、止まった思考を飛び越して、血がさざめくように全身に熱を伝えた。


 寝台と裸の背中の間に差し込まれた手が、背骨のくぼみをつ、と撫で上げた。

 たまらず背をのけ反らすと、つき出した膨らみの先端を濡れた舌にとらえられて、今度こそ自分の喉から細く跳ねる悲鳴のような声がもれた。


 顔をあげたウィルの眼差しの奥には、知らない焔がちりちりと潜み――ぞくりとさせられる。

 わななく腰に手がそえられて、爪先がきゅっと反り返った。


「・・・んっ、ぁ」


 擦りあげる指の形までが意識されて、もう、無理だと思うのに、私の口は縋るように、懐かしい名前を呼ぶ。

 そのたびに、無言のまま蕩けるような眼差しにむかえられて――そんな目で見られると、愛されているのかと思ってしまう――少し泣きそうになる。


 強い羞恥と、それを上回る鋭い刺激に、身体の奥が溶けだしそうな感覚は、やがて内側から砕けそうな痛みにかわり、そして、たわんでしなった意識が大きくはじけた。






 いくら私でも、こんなことのすぐ後で眠りこけるほど図太くはないだろうから、ほんの少しの間、意識をなくしていたのかもしれない。


 気がつくと、半身を起こしたウィルが私の髪をなぜていて、こちらを見ていた。

 慌てて自分も身を起こそうとしたが、信じられないほど身体が重かった。ようやく起き上がって、散らばった衣服の一枚を取り上げてはおると、ウィルが不安げな顔をする。


「カロル。大丈夫か? ・・・すまなかった」

「どうして? なんで謝る? ずっと謝りたかったのは、私の方なのに」


 そう言ってはみたものの、最後にお隣のウィルに会ったときの私の後悔など、きっと彼は知らないだろう。


「もう、帰るのか?」

「帰るって、どこへ?」

「それは・・・自分の部屋に」

「・・・」


 そんなことは頭になかったが、そう言われてみれば、そうだった。

 ウィルは私の表情から、自分の予測が外れたことが分かったのだろう、安堵の表情を浮かべて、私はそれを不思議な気持ちで眺めていた。


 私が思っていたこと。それは、


「ウィル。キスしても、いい? でしょうか?」


 自分のことばづかいが「お隣のウィル」に対するものになっていたことに気づいて、慌てて言い直してみたが、ウィルはそのどちらにも――私のくだけた話し方にも、丁寧なことばづかいに戻したことにも――気がついてはいないようだった。

 ただ、虚を突かれたような顔をしていた。それは・・・先ほどまで、もっと凄いことをしていた気がするから、今さらこんなことを言って驚くのも無理はないのかもしれない。


 でも私は、この機会を逃したら、もう一生できないだろうと思って、なおも食い下がった。


「あの。キスしても、よろしいでしょうか」


 ウィルが小さく吹きだした。


「ああ、カロル。やっぱり、こういうのが本物のカロルだ」


 ウィルが目を閉じてくれたので、私は彼の肩にそっと片手を置いた。それから、届かないと思って膝立ちになって、それだと位置が高すぎると思って正座した。

 顔を近づけてみて、やはり照れくさくて引っ込めて、静かに目を閉じたままのウィルの顔に見入った。

 もう一度、今度は鼻がぶつからないように、顔の傾け方を考えてみた。


 ・・・そうして、長い時間をかけてから、ようやく、触れるだけのキスをした。

  ――子どもの頃に思い描いて、でも諦めていた、恋人のキスを。




 窓の向こうには半分の月がかかって、月の光に運ばれたように、ミュケの花の淡い香りが漂っていた。




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