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この家、ランカー出没注意  作者: Kai


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ブラコンの彰

「いいか俊宇。あそこにはおかしな奴らが多いが、あまり気にするなよ」



彰が隣で、まるで初めての登校を見守る親のような顔で言った。


俺が連れてこられたのは、各国の『S級』が集う聖域――世界の覚醒者管理協会。


隣には、相変わらず優雅な歩調で歩くカイもいる。



「全員が揃うわけじゃない。聖人君子ばかりじゃないからね。……特に今回来る二人は、まあ、悪い奴らじゃないとは思うけど」



彰の言葉が終わる前に、会議室の重厚な扉が開いた。


そこにいたのは、視界を圧迫するほどの巨躯だった。



「ほう。それが例の新人か」



スレートグレーの髪をオールバックに流し、スチールブルーの瞳でこちらを見下ろす男。


ロシアの怪物、世界2位――ディミトリ・イワノフ。


190センチを超えるその体躯は、立っているだけで周囲の空気を歪ませるほどの魔力を放っている。



「ディマ、あまり脅してやるな。新人が逃げ出してしまうよ」



声をかけたのは、対照的に洗練された空気を纏う男だった。


プラチナブロンドの髪に、凍てつくようなアイスグリーンの瞳。軍事コンサルティング企業のCEOであり、世界10位のアルベルト・シュバルツだ。



「俊宇です。よろしくお願いします」



俺は努めて冷静に自己紹介をした。200年の修行を終えた今、彼らの放つプレッシャーさえ、どこか遠い嵐の音のようにしか聞こえない。


だが、返ってきたのは、完全な「無反応」だった。


ディミトリは興味を失ったように視線を外し、アルベルトは手元のタブレットに目を落としたまま。



「……フン。魔力量はそれなりだが、実戦経験が足りん顔だな」



「まあ、カイや彰の『お気に入り』というだけだろう」



露骨な軽視。だが、俺の隣でカイが肩をすくめた。



「気にするな。彼らは強さ以外に興味がないだけさ。君がどれほど『異常』か、まだ知らないだけなんだから」



俺は別にどうでもよかった。彼らがどう思おうと、俺の目的は家族を守ることだけだ。


……だが、俺の視界の中で、別の存在が黙っていなかった。



『メッセージ 北斗星が、血走った目で画面を連打しています!


「おい俊宇! なんだあのイケメン軍団は! ロシアの巨漢にドイツのCEO!? 色男だらけじゃないか! 俊宇、悪い虫がつかないようにパパは心配だよ! パパが許さないぞ!」』



「……誰がお前の息子だよ」



思わず小声で突っ込んでしまった。



『メッセージ 北斗星が泣き真似をしながら、俊宇の周囲をキラキラしたエフェクトで囲んでいます。


「あんな野獣みたいな男たちに、私の可愛い俊宇を近づけさせるわけにはいかん! 俊宇、今すぐ俺の背後に隠れろ!」』



「……パパ気取りかよ、本当に」



あきれ果てる俺をよそに、世界2位と10位の視線が、一瞬だけ鋭くなった。


俺の独り言に反応したのではない。


俺が「無意識」に放った、200年の研鑽から漏れ出たわずかな魔力の揺らぎを、彼らトップランカーの本能が感じ取ったのだ。



「……待て。貴様、今何を言った?」



ディミトリが、初めて獲物を定めるような目で、俺を正面から見据えた。



「俊宇、さっきから何をブツブツ言っているんだ?」



隣にいた彰が不思議そうに覗き込んでくる。無理もない。彼らには、俺の視界を埋め尽くしている「発狂した神の叫び」は見えていないのだ。



『メッセージ 北斗星が、血の涙を流しながら絶叫しています!


「認めん! 認めんぞ! なんだあのスレートグレーのオールバックは! あんな男臭いロシア野郎のどこがいいんだ! 私の方が何億倍もかっこいいし、髪の輝きだって銀河級だ!」』



北斗星はとにかく「色男」が嫌いだった。


自分が宇宙で一番美しいと自負していることもあるが、何より、その色男たちの視線が俊宇に注がれていることが耐えられないらしい。



『メッセージ 北斗星が、俊宇の顔を両手エフェクトで覆い隠そうとしています!


「俊宇! 見るな! 見られるな! あいつら、お前を珍しい生き物みたいにジロジロと……! 変な意味じゃないのは分かっている、だがその『品定め』するような目が気に入らん! 私の大事な俊宇に気安く視線を飛ばすなあああ!」』



「……。……。」



あまりのうるささに、俺の血管が一本ピクリと跳ねた。


ロシアの怪物ディミトリが放つ威圧感よりも、ドイツの冷徹なCEOアルベルトの鋭い視線よりも、この「神様」の通知音の方がよっぽど精神を削ってくる。


俺は無言のまま、視界の隅にある設定画面を操作した。



【通知設定:メッセージをオフにしますか?】


⇒ 【YES】



『メッセージ:北斗星が、裏切られたような顔で「待て、話せば分か――」』



パッと、視界を覆っていたうるさいウィンドウがすべて消えた。


静寂。素晴らしい。200年の修行中もこれくらい静かな時があれば良かったのに。



「……ふむ。急に雰囲気が変わったな」



それまで俺を「実戦経験の足りない新人」と侮っていたアルベルトが、眼鏡の奥の瞳を細めた。


通知を切って「集中」に入った俺の立ち姿から、余計な揺らぎが消えたのだ。


200年の孤独を生き抜いた、死神のような冷徹な静寂。


それが一瞬だけ室内に漏れ出し、世界2位のディミトリの眉が跳ね上がった。



「ほう…。面白い。ただの置物かと思ったが、その『目』……。幾千の死線を越えてきた獣の目をしているな」



190センチを超えるディミトリが、一歩、俺の方へ踏み出す。


床がみしりと鳴り、室内の空気が物理的な重圧となって俺を押し潰そうとした。



「カイ、彰。この新人を少し教育してやっても構わんか? 協会の連中が来るまで退屈


していたところだ」




ディミトリが獰猛な笑みを浮かべる。


カイは「やれやれ」と肩をすくめ、彰は「……怪我させても知らないぞ」と、なぜかディミトリの方を心配するような視線を向けた。


俺は、設定オフにしたはずなのに、なぜか画面の端でガタガタと震えながら『メッセージをオンにしろ!』と必死にアピールしている北斗星のアイコンを視界から追い出し、静かに腰を落とした。




「教育、ですか。……200年ぶりの実戦訓練には、ちょうどいいかもしれません」



「……終わりか? 軍事企業のCEO殿」



静寂が会議室を支配していた。


数秒前まで、アルベルト・シュバルツが放つ超高密度の魔力弾が嵐のように吹き荒れていたはずだった。だが、俊宇は一歩も引くことなく、まるで見えない道が見えているかのように、そのすべてを最小限の動きで回避してみせたのだ。


その時、俊宇の網膜に黄金の文字が浮かび上がる。



『条件を達成しました。固有スキル【全知の天秤】を解放します』




体中を駆け巡る、かつてないほど濃密な魔力の奔流。


200年の修行で磨き上げた魂が、ついにシステムによって「定義」された瞬間だった。




「な……馬鹿な。私の演算をすべて上回るというのか!?」



アルベルトが驚愕に目を見開く。彼は勝利を確信していた。だが、俊宇が軽く指を弾くだけで、アルベルトの展開した最強の障壁がガラス細工のように粉々に砕け散った。



「悪いが、俺の時間はあんたの計算式よりもずっと長く重いんだ」



俊宇がアルベルトの喉元に、実体化した魔力の刃を突きつける。


世界10位の敗北。


ディミトリが、そしてカイが、言葉を失ってその光景を凝視していた。


その、あまりにシリアスで、張り詰めた空気の中。


ピロリロリン♪ ピロリロリン♪


場違いなほど軽快な着信音が、静まり返った室内を切り裂いた。


音の主は、彰だ。




「……あ、悪い。ちょっと失礼」



彰は気まずそうにスマホを取り出したが、画面を見た瞬間、その表情が劇的に変化した。


眉間に寄っていたシワが消え、口角がだらしなく下がり、目はとろけるように細くなる。



「あ、海!?どうしたんだ、お兄ちゃんに会いたくなったのか? えへへ、いい子だなー。うん、うん、お土産? もちろん、海が欲しがってた限定のゲームソフト、もう手配してあるぞ。……え? 早く帰ってきて? ああ、もう今すぐ帰る! 翼が生えたら今すぐ飛んでいくぞ!」



「……。」



「……。」



俊宇に敗北して膝をついていたアルベルトも、獲物を見るような目で俊宇を見ていたディミトリも、そして何より俊宇自身も。


全員が、目の前の「世界ランク20位のデレデレな男」を、冷めた目で見つめていた。




『通知設定:メッセージを一時的にオンにします』



『メッセージ:北斗星が、白目を剥いて卒倒しています。


「……おい。今の、この感動的な勝利の余韻はどこへ行ったんだ? あの男、世界レベルの会議中に末っ子と電話して『えへへ』だと?


日本の教育はどうなっているんだ!」』



「……彰兄、電話切って。恥ずかしいから」



俊宇が呆れ果てて声をかけると、彰は「海がおやすみのチューをしたいって言ってるんだぞ!」と逆ギレしてきた。



「……ああ、海。お兄ちゃんも大好きだよ。帰ったら一緒に寝ような。うん、約束だ」



静まり返った会議室に、彰の蕩けきった声だけが虚しく響き渡る。


ついさっきまで世界ランク10位のアルベルトが膝をつき、俊宇が底知れない力『全知』を見せつけた、あの伝説の幕開けのような緊張感は、今や木っ端微塵に砕け散っていた。


あまりのデレデレぶりに、俊宇は思わず自分の顔を覆った。……気まずい。こっちが恥ずかしくて死にそうだ。



「……ねえ、俊宇」



カイが、ひきつった笑みを浮かべながら小声で話しかけてくる。



「聞きたいんだけど……彼らはどういう経緯で、あんな末期的なブラコンになったんだい? あのガキ……失礼、海くんが可愛いとは、私には到底思えないんだが」



無理もない。カイは昨日、海に「おじさん」呼ばわりされ、挙句の果てに「じいさん」とまで罵られたのだ。彼にとって海は、可愛げのない毒舌なガキでしかない。


その言葉に、敗北のショックからようやく立ち直り、乱れた衣服を整えていたアルベルトが冷徹に加勢した。



「同感だ。確かに外見だけを見れば、天使のように愛らしい少年と言えなくもないが……中身は救いようがないな。あれは人を食ったような性格をしている」



「二人とも、海の前でそれを言わない方がいい。……彰兄、電話長いよ。みんな見てるから」



俊宇がしびれを切らして割って入ると、彰はようやく「じゃあな海、愛してるぞ!」と盛大な投げキッス(音付き)をして通話を手放した。


スマホをポケットにしまった瞬間、彰の顔からデレデレとした締まりのない表情が消え、いつもの「日本のエース」としての鋭い眼光が戻る。その切り替えの速さが、余計に周囲の恐怖を煽った。



「……待たせたな。話の続きをしようか」



「……いや、もういい。すっかり調子が狂った」



ディミトリが大きなため息をつき、椅子に深く腰掛けた。世界2位の巨漢ですら、この家の「家族愛」という名の暴力には勝てなかったらしい。



『メッセージ 北斗星が、スマホの画面オフを突き破らんばかりに振動しています。


「俊宇! 聞いたか!? あのドイツ野郎、海を『中身がダメ』だと言ったぞ! 私の息子(仮)を侮辱するとは! 俊宇、今すぐ全知を使ってあいつの銀行口座のパスワードでも暴いてやれ!」』



「お前はまず黙ってろ」



俊宇は再び、こっそり通知設定を確認した。


世界最強たちが集うこの場所で、一番の「全知」の使い道が、家族への愚痴や神様の暴走をなだめることになりそうな予感に、俺は遠い目をするしかなかった。

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