因果を灯す者の罪 〜私が灯した慈愛の光が、蹂躙の道標になるのだとしても〜
善意は、いつも正しい形で届くとは限らない。
それでも人は、良かれと思って手を動かす。
火を灯すこと。刃を研ぐこと。
誰かを傷つけるつもりはなくても、
その結果がどこへ辿り着くのかを、
私たちは本当に見ているのだろうか。
これは、
救わなかった罪ではなく、
「疑わなかった」罪についての物語です。
静かに読んでいただければ幸いです。
私は、火を灯す人間だ。
火は、温かくなければならない。
明るすぎれば目を痛め、弱すぎれば道を欺く。
だから毎日、同じ時刻に点検し、同じ量の油だけを使ってきた。
子どもたちが階段で転ばないように。
手すりの釘が浮いていれば、すぐに金槌で打ち直す。
雨の日は、灯りを少し落とした。雷に驚かせないためだ。
誰かを救うことはできない。
ただ、誰かが傷つかないようにすることなら、できる。
「いつもありがとう、リナ」
「この灯りがあると安心できるよ」
そう言われるたびに、私は火をより慎重に扱った。
同じ言葉が重なるほど、
私は灯りを低く、長く見つめるようになった。
村の老婆や旅人の感謝と賛辞。
人々はそう言い、私はその言葉を誇らしく思っていた。
パンの匂い。
スープの湯気。
それくらいの温もりが、この仕事には十分な報酬だと、そう思っていた。
その夜、灯りが揺れた。
風のせいだと思った。
私は迷ってから、油を少しだけ足した。ほんの少し。大丈夫な程度に。
火は安定した。
だから、安心してしまった。
――けれど、私が慎重に掲げたその光は、災厄になった。
救いを求める者ではなく、略奪者を呼び寄せてしまったのだ。
悲鳴が聞こえた。
灯台の下にあったのは、食事の並ぶ食卓ではなく、燃える家と血に濡れた地面だった。
彼らは、私の灯した火を道標にしてやってきた。
「……嘘」
階段を上る音がする。
逃げ場はなかった。
後ずさりした拍子に、足を滑らせて転ぶ。
扉が開き、影が私を覆った。
誰かが笑った。
言葉はあった。
けれど、意味は残らなかった。
息が詰まった。
身体が言うことをきかなかった。
声を出そうとしても、喉はもう固まっていた。
目を閉じた。
この光景が、すべて記憶になってしまいそうで、
最後まで、開けなかった。
それでも――
奇跡は、起こらなかった。
気がつくと、私は広場にいた。
石畳が冷たかった。
仰向けに倒れていて、
空が見えた。
呼吸は、まだあった。
身体は、動かなかった。
視界の端に、焼け落ちた家の輪郭が引っかかる。
黒く固まった壁。崩れた屋根。
煙はもう消えていて、匂いだけが残っていた。
灯台は、見えなかった。
それを認識するまでに、少し時間がかかった。
視線を動かしても、灯りはない。
だから、わかった。
もう、終わったのだと。
「……全部、終わったんだ」
身体は、生きていた。
腕も脚もあった。指先も、足先も、感じられた。
けれど、それだけだった。
息を吸っても、胸が満たされない。
声を出そうとしても、口が開かなかった。
何かが、欠けていた。
それが何なのかは、思い出せない。
代わりに、内側で何かが壊れ続ける音だけがしていた。
とても小さく。
止まることなく。
そのとき。
空気を裂く音とともに、銀色が広場を走った。
「――落ち着け」
その声は、切迫していなかった。
誰かを救おうとする者の声ではなかった。
剣を持った女は、私を見なかった。
地面に落ちていた武器を拾い上げる。
柄の擦り減った部分を、親指で押し。
刃を月明かりにかざす。
しばらく考えるような顔をしてから、
低く、言った。
「これ」
一拍置いて、
「私が手を入れたやつだな」
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語では、
誰かを明確な「悪」として裁くことはしていません。
善意と結果の間に生まれるズレ、
その静かな重さを描けていれば幸いです。
もし、
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読者の反応は、次の物語を書く力になります。
感想も、短い一言だけでも大歓迎です。
それもまた、この物語の続きを考えるための
大切な「灯り」になると思っています。
最後まで、ありがとうございました。




