帰リ道
夜の街は、週末らしくどこか浮かれた空気をまとっていた。
ネオンの明かりがアスファルトを淡く染め、
油とポテトの匂いが紙袋の口からこぼれ出す。
俺は片手にマクドの袋を提げ、
親友の悠斗と肩を並べて歩いていた。
「今日も混んでたな」
「なあ、チキンクリスプ二個は食いすぎやろ」
他愛ない会話。
家まであと五分――そのはずだった。
いつもの角を曲がった瞬間、
足もとが“コツッ”と音を立てて変わった。
固いアスファルトが、湿った土の感触に。
思わず立ち止まる。
街灯がない。
ついさっきまで聞こえていた車の走行音も消えていた。
振り返れば、さっき曲がったはずの角は闇に溶け、
ただの黒い壁のように立ちふさがっている。
「……え?」
悠斗が小さく息を呑んだ。
前方には、見覚えのない家が一軒。
板壁は湿り、窓は黒く口を閉ざしている。
風もないのに、どこからか“ぽちゃん”と水の滴る音がした。
俺たちはただ立ち尽くした。
前にあるのは、ひしゃげた木造の一軒家。
屋根の瓦は何枚も剥がれ、板壁は黒い雨染みでまだらに濡れている。
ガラス窓は曇りきって、内側から何かが覗いているような気さえした。
軒先から垂れる雨樋が、ぽた、ぽた、と音を立てている。
――ここ、どこや。
さっきまで笑って歩いていた街は、影一つない。
引き返そうと振り返った瞬間、
俺の背筋を氷の爪が撫でた。
道が、無い。
角を曲がったはずの場所は、
ただの黒い闇が沈む壁のように塞がっている。
街灯も、看板も、車の音もない。
ほんの数分前まで確かにあった世界が、
まるごと切り取られたみたいに消えていた。
「うそ……やろ」
悠斗の声が震える。
足音が響かない。風も吹かない。
ただ湿った土の匂いだけが濃く鼻を刺した。
スマホを取り出す。圏外。
何度スワイプしても画面は灰色のまま。
「どないする……」
悠斗が俺を見る。
その目の奥に、泣き出しそうな光。
俺も同じ顔をしているのがわかった。
家以外に道はない。
入るしか――ない。
俺たちは互いに息を詰めたまま、
古びた玄関へと、ゆっくり足を踏み出した。