2050年から来た勘違い女は、2025年の俺をバカにする
「おい、2025年のそこのお前」
さっぱりしたマッシュルームヘアだった。一部だけミカンの色に染めあげた前髪。そいつは窓からこっちを覗いて、クスクスとジト目で俺を見やがった。
何だ。てか、ここ二階なんだけど。
ガラッ。
窓が開く。
(えっ、魔法? 鍵かけてたよな?)
そいつは、動物園のカバみたいにふてぶてしく部屋に踏み入りやがった。一歩ごとに、Gはあろう胸が弾んで、俺の視線を釘付けにする。
「わたしは2050年から来た女。サトミ、よろしく!」
♢ ♢ ♢
「で? お前の靴、どうなってんの? サトミ」
「〝サトミ様〟」
「──サトミ様」
俺が訊ねると、サトミは鼻に指を当ててきた。丁寧語を使え。無言の圧ってヤツらしい。何? 未来人のほうが偉いの?
こいつの靴は変だ。蒸気みたいな空気が出て、空が飛べるらしい。
「今流行ってるガジェットだよー。そっかあ、2025年にはせいぜいおバカなAI程度しかないもんねー。かっわいそう!」
再びクスクス笑い。
(ウザッ!)
「それに、この家、セキュリティー、ガバガバじゃん! わたしでも侵入できるし。鍵とか物理だし。そっかあー。量子暗号で施錠する技術もないのかあー。ご愁傷様あー!」
いちいちバカにしないと気が済まないの? なんなの? 2050年。
「そんなに自慢するってことはよ──」
俺は拳を振るわせた。
「2050年は相当住みやすいだろうな? あん? 答え次第じゃ、ぶん殴ってやるから」
「ほーら出た。2025年は暴力世代。お互いにいがみ合って、ののしり合わないと生きていけない世代。一人で生きる奴ばっかでクソキモ。さすがはアメ公の犬だわ」
世界情勢も相当変化したらしい……。しっかし日本を〝アメ公の犬〟って。
これ以上事を荒立てると、ろくな反撃を喰らいそうにない。俺は頭を掻いて、とにかくサトミを黙らせることにした。
♢ ♢ ♢
「お前、腹減ってんじゃね? ほら、飯でも食えよ」
不機嫌は、大抵空腹の証拠だ。
炊いてあったご飯を茶碗に盛る。
「こ、米を食えるのかっ!」
彼女はよだれを垂らして、キラキラした瞳で言ってきた。
「お前の時代にはねーの?」
「バカにするな! あるとかないとかの問題じゃない! 米は糖質が高くて病気になるから、日本人は健康的なパン食に切り替えただけだ! この時代が健康への危機意識が低すぎるだけだ! さすが2025年だな!」
「へ、へー……」
飯を食って学校に行く。
行きかう自動車。
「ホ、ホントにガソリン自動車が走ってる! 教科書に書いてあった通りだ!」
「うるさいなあー! お前の時代はどうせ電気ナントカが走ってるんだろ?」
「もちろん。日本は環境に優しいエコ先進国だから、どの国よりも済華の車をたくさん輸入してるんだ」
済華? 知らないが、アジアの国名らしい。
「あーキモい! ガソリン車キモイ! キモイぞおー!」
(叫ぶな。煩い)
それからというもの、サトミは俺の周囲のほとんど全てのものに文句をいいやがった。
財布を取り出せば、円みたいなクソ通貨を使っていてキモイ。
街を見れば、東京は人口が多すぎて窮屈。
通行人を見れば、外国人の割合が少なすぎて差別。
ニュースを見ると、隣国への悪口が多い。
アニメを見ると、ロリキモ動画を鑑賞する時代なんてクソ食らえ。
(一回殴っていい?)
♢ ♢ ♢
夜。
サトミは最後の夕食を、ばっちり完食してから俺に言う。
「げぷっ。マズイ米を食べ切ってやった。感謝しろ」
「あーはいはい。ありがとうございました」
彼女は髪をヒラリと舞わせてから、侵入してきた窓へと歩みを進めた。
その姿は、どこか寂し気。
躊躇するように窓枠に手を伸ばす。
こっちを振り返って、アッカンベーをして指を立て、「二度と来るか、こんな時代!」吐き捨てる。
俺は吐息してから、
「ほらよ」
包みを差し出した。
「は? なに、これ」
「米」
「はあ? 米え? なんでわたしがこの時代のクソ不味い米を土産にしなきゃなんねーの? バカなの?」
「いらないなら、捨てる」
「もらう」
彼女はすぐに手を伸ばして、大事そうに抱えるのだった。その顔には、とびきりの笑顔が浮いていた。
彼女は去り際に、
「おい、一日一日を大切にしろよ。すべてが変わる前に」
「おう。サトミも頑張れよ」
「〝サトミ様!〟」
「──サトミ様」
彼女は手をヒラヒラと振ると、ひょいと窓から飛んで、夜の闇に消えて行った。
了