九日目『何があったのか』
ピピピッピピピッ!
ー琉海
「……なんだ…?」
僕はアラームを消し、ベッドから起き上がる。
ー琉海
「昨日の…ことは覚えてる。」
しっかりと記憶に残っている、昨日のカオスな世界。
カオスな世界だったのに、僕にとっては、あれは記憶にある本当の世界。
現実ではない世界だったが、現実に最も近い世界だった。
ー琉海
「ミラさんは、昨日のことを覚えているのかな…」
それが気になった僕は、服を着替えて、例のカフェへ向かうことにした。
家を出ようとしたとしたところで、沙織さんに呼び止められた。
ー沙織
「どこに行くの?もう動いて平気?」
心配そうに、沙織さんは聞いてくる。
僕はできるだけの笑顔を見せた。
ー琉海
「昨日はお騒がせしました。…でも、もう大丈夫です。」
それだけ伝え、僕は家を出た。
沙織は何か言おうとしていたが、言葉にできなかったようだった。
僕は心の中で謝罪をしつつ、駅へ向け歩いていた。
駅が見えてきた時、同時に、彼女が見えた。
ー琉海
「雫?…雫!」
僕は思わず駆け寄っていた。
それに気付いたのか、雫はこちらを見た。
ー琉海
「雫、どこへ行くんだ?というか、どうしてここに?」
ー雫
「…き、気分転換に…と。」
目を背けながら、彼女はそう応えた。
少し変な彼女に、僕は触れようとした。
しかし、彼女はそれを許さなかった。
ー雫
「触らないで!!」
ー琉海
「…え…?」
突然大声でそう言われ、僕の思考は停止する。
彼女に避けられた事が、僕は思いのほか精神的に辛くなった。
ー琉海
「な、なんでだよ…?」
ー雫
「……カフェに、行くんでしょ?」
ー琉海
「…そうだけど…」
ー雫
「じゃあ、カフェで話そ。…あそこなら、きっと誰にも聞かれないから…。」
そう言うと、彼女は駅へ入った。
僕は何も言わず、それに続く。
ホームでは、以前とは違い、少し離れた位置に雫がいる。
ー雫
「……」
ー琉海
「………」
気まずさが空気を重くする。
時間が経つのが異常なほどに遅く感じた。
…一時間半後
ようやく都心へ着いた僕らは、少し離れた状態でカフェへ向かった。
人は多く、暑い中皆日傘をさして歩いている。
そんな中、僕らは俯き歩いていた。
互いの間に話はない。
チリンチリンッ…
カフェに着き、僕らは店員に挨拶をして、以前座った位置に再び座った。
ー琉海
「…さて…、着いたけど…、どっちから話す?」
ー雫
「…どっちからかぁ…、私は別に、確認したいことがあっただけだから。」
ー琉海
「奇遇だね。僕も、今日は確認したいことがあってここへ来たんだ。」
そう言い、僕は新聞を読む女性の方へ目線を送った。
ー女性
「……あんまりジロジロ見てたら、隠れていてもすぐに分かるぜ。」
新聞を下ろし、ミラさんがサングラスを外しこちらを見た。
ーミラ
「まったく…、なんで二人で来るんだかな…。」
そう言いながら、ミラさんはアイスコーヒーを持ち、こちらへ近づいてきた。
ミラさんは僕へ、顎をくいっとして、奥へ行くように指示した。
僕は奥へ行くと、ミラさんは深く腰を下ろした。
ーミラ
「はぁ…、昨日はあの女のせいで疲れたぜ。お前のせいでもあるからな、自覚しろよ。」
ー琉海
「…はぁ…。」
アイスコーヒーを飲み、テーブルに置く。
ーミラ
「で、お前ら揃って何を聞きに来た?
…それとも、あたしに何か言いに来たか?」
僕らは顔を見合わせ、雫が先に口を開いた。
ー雫
「私は、死んだはずです。
なのになんで、私は生き返っているんですか?」
ーミラ
「そうだな、その答えとしては、嬢ちゃんは生き返ってねぇ。」
ー雫
「生き返ってない?」
ーミラ
「あぁ、そもそもこの世界は、この坊主の望んだ世界だ。
その世界で生きているお前は、生き返ったのではなく、ただ存在しているだけの死霊だ。」
ただ存在しているだけの死霊?
その説明は、あまりにも非現実的で、意味のわからないものだ。
ーミラ
「お前は何が聞きたい?」
そう聞かれ、僕は一度自身の質問に集中する。
ー琉海
「…昨日は、途中で僕の意識が途切れたので、聞きたいんです。
この世界は結局、なんなんですか?」
ーミラ
「そうか、そうだな…。」
ミラさんは少し悩むような素振りを見せ、僕の目をしっかりと見た。
ーミラ
「まず結論から言うぜ。
…この世界は、"生死の境"つって、お前が死を選ぶか、生を選ぶかの選択を決めるための世界だ。
あたしらはそういった場所のことを、"最後の選択"って呼んでる。」
ー琉海
「…ラスト、セレクト?」
ーミラ
「名前は横文字にしたほうがかっこいいと思ってそう呼んでる。」
ー雫
「別に聞いてないよ…。」
ーミラ
「あ?そうか?
…んまぁいいや。まぁなんだ、その"最後の選択"ってのは、生死の境を彷徨う魂が最も望む世界を作り出し、その彷徨う魂にそのまま死を選ぶか、現実世界に戻り再び生を選ぶかを委ねる場所なんだ。
そしてこの世界は、他でもないお前が望んだ世界だ。」
ー雫
「…つまり、今生死を彷徨っているのは、死んだ私ではなく、彼だって言うことなんですか?」
ーミラ
「そういうことだな。」
ー琉海
「いったい、現実世界で僕の身に何が起きているんですか?」
ーミラ
「…そうだな。
簡単に言えば、お前は事故に遭った。そして今、お前は集中治療を受け眠ったままでいる。」
事故に遭った。
そう言われた瞬間、ほんの一瞬だけ、僕の頭の中にその光景が流れ込んできた。
ー琉海
「……、新幹線が脱線したんだ…。」
ーミラ
「思い出したか?」
ー琉海
「今、頭に流れてきたんです。
…新幹線に乗って、広島へ帰ってきている途中で、いきなり車体が大きく揺れて、そのまま横になった。
僕はその時に意識を落として…、それからは…」
ーミラ
「そうだ。しかしあれは、ただの事故ではなかった。
正直この話はお前には関係のない話だから、言う必要はないが、あの事故は仕組まれたものだったんだ。
それに巻き込まれた乗客の中に、お前も居たってのが、事の顛末さ。」
信じがたい話。
けれど、それを経験していたという確かな記憶。
僕はあの日、広島へ着く前に、新幹線の脱線というかたちで命を落としかけている。
いや、命を落としたという方が、正しいのかもしれない。
大量の血。
現実世界で、僕が経験し、見た光景。
とてもおぞましく、思い出すだけで吐き気を催すようなそんな出来事。
ー雫
「…その、選択はいつ来るんですか?」
僕が俯いていると、雫はミラさんに質問をした。
ミラさんはアイスコーヒーを飲み終え、雫を見た。
ーミラ
「世界が否定された昨日から、すでに選択は始まっているぜ。」
ー雫
「え?」
ーミラ
「…選択は、この世界を望んだ者が、この世界について疑問に思い始めた時点で、選択が開始される仕組みになっているんだ。」
ー琉海
「だから、昨日までの三日間は、雫が居ない、最も現実世界に近い世界になっていたのか…?」
ーミラ
「…あれに関しては、お前も知っているやつが多少関係しているが、まぁあながち間違いではないぜ。」
そう返答し、ミラさんは時計を見た。
ーミラ
「もう昼になるな、特別な時間はおしまいだぜ。
…とにかく、あたしはお前が正しい選択をすることを祈ってるぜ。」
そんな気休めの言葉をかけ、ミラさんは席を立った。
ー雫
「…最後に良いですか?」
雫のその言葉に、ミラさんは立ち止まり、振り返った。
ー雫
「…条件はなんなんですか?」
ーミラ
「……それか、…確かに気になるよな。
…じゃあまた明日ここへ来い。
その時までに答えを見つけるもよし、その時が来るまで坊主をみはるのもよし。
とにかく、今日はもうおしまいだ。」
少し笑い、ミラさんは背を向け去った。
取り残された僕らは、何とも言えない空気の中、ゆっくりと店を出るのだった。
ーーー
僕らは家へ帰るため、電車に乗っていた。
ー雫
「…ルカイ…」
ー琉海
「なんだ…?」
ずっと黙り込んでいた雫が、対面に座る僕に話しかけてきた。
ー雫
「…あの人の話、分かった?」
ー琉海
「……まったく…、雫は分かったの?」
その返しに、雫は少しだけ笑い応えた。
ー雫
「私も…、なんだか私だけ置いてかれてるのかと思ってた。
でも、ルカイも分かってなかったんだね…。それ聞いて、少しだけ安心した…。」
いつもとは少し違う彼女だけど、確かに目の前にいる彼女は、東雲雫本人だった。
たとえこの世界が、僕が望んだ世界だったとしても、こうして僕と同じように悩んでいる姿は、あの頃の雫のまんまだった。
僕も、ずっと気を張っていた体から力が抜けるのを感じた。
ー雫
「はぁ〜あ…、なんでこんな世界があるんだろうな〜…。」
ー琉海
「…最後にチャンスを与えるためじゃないか?」
ー雫
「最後にチャンスを与える?」
ー琉海
「わかんないけどね。
だけど、なんとなくだけど、この世界は要するに、死にそうな人が一番望んでいた世界を元にしているんでしょ?
それってつまり、死にそうな人は試されてるってことなんじゃないかな。」
ー雫
「試されてるね…」
ー琉海
「望んだ世界を取るか、現実の世界に戻って、再び生きる事を取るかっていうね。」
ー雫
「…なるほどね〜。まぁ、とりあえずすごく大事な選択肢ってことだよね?」
ー琉海
「うんまぁ、そうだね。」
僕は苦笑いをしながら返答した。
すると、雫が笑い始めた。
ー雫
「なんだかこうして話してると、昔に戻ったみたいだね?」
嬉しそうにそう言い、いつもの眩しい笑顔を見せてくれた。
僕も思わず笑い、「そうだね」と返すのだった。
ーーー夜
無事に家へ帰ってきた僕は、就寝の時間になっても寝れずに居た。
何か、僕の中で引っかかったままのものがあったからだ。
それを確かめるため、適当に服を着替え、ある場所へ向かった。
そして、向かった場所は…
ー琉海
「…ここへ来るのは、スイカを持ってきた以来、か…。」
神社だった。
ここへ着たのも他ではない。
巫女さんに会いに、では無く、例の少女に会うためだった。
僕は本殿を横切り、森を少し進んだ。
進んだ先には、一つの祠があった。
僕はその祠の前で正座すると、家から適当に持ってきた食べ物を置いた。
そして、少女の名を呼んだ。
ー琉海
「…カイロさん。僕の前に姿を現してください。」