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三日目『君が生きているなら』

僕は未怜と一緒に、昨日と同じようにジョギングをしていた。

ー未怜

「…昨日よりも顔色がいいね、何かいいことでもあったの?」

ー琉海

「いいことがあったかは分からないけど、これからこの夏をもっと楽しもうと考えてるんだよ。」

ー未怜

「もっと楽しむ?」

ー琉海

「うん、せっかくの帰省だからね、楽しまなきゃ損だろ?」

少し不気味そうに見てくる未怜。

僕はそんな未怜の目をよそに、これからの計画を立てた。

そして、無事にジョギングを終えた僕らは帰宅すると、和室の方からチーンッと聞こえてきた。

僕と未怜は和室を確認する。

ー琉海

「兄さん!」

ー未怜

「帰ったんだ!」

仏壇の前に手を合わせていたのは、僕らの一番上の兄だった。

兄はこちらを向くと、優しく微笑んだ。

裕介ゆうすけ

「おはよう、元気だったかい?」

そう聞くと兄さんは、懐に置いていた包をこちらに差し出してくるのだった。


ーーー

ー母

「帰るんなら連絡してよぉー!」

ー裕介

「ごめんごめん、でもようやく休暇が取れたんだよ。」

珈琲を作りながら、疲れたように息をついた。

兄である増田裕介ますだゆうすけは、よく仕事で海外への出張に行くことが多い人なのだ。

ー沙織

「おかえりなさい、浮気はしてないよね?」

ー裕介

「久しぶりに聞いた単語が浮気とは…、いい加減信用しておくれよ。」

そんな風にいう兄には、前科がある。


あれは二年前のことだ。

沙織さんから突然電話をされた僕は、その事を聞いた。

ー沙織

「琉海くぅん〜!聞いてよぉ〜!!」

ー琉海

「ど、どうしたんです…?こんな夜遅くに…」

ー沙織

「…裕介さんが、裕介さんがぁー!!!」

ー琉海

(…また何かやったのか…)

ー沙織

「裕介さんが後輩ちゃんと浮気したんだァ!!!」

ー琉海

「う、わ、き?!」

ー沙織

「一緒にベッドで、寝たんだってさァ!!

おかしくない!?何で私がいるのに後輩ちゃんと寝るんだよォ!!!

私だって裕介さんと寝たの八ヶ月前なのにぃ!!!」

ー琉海

「……僕の方からも言っておきますよ、こんなに可愛いお嫁さんをほったらかすなんて…!」

ー沙織

「やだ、かっこいい!

そうよねぇ!私って可愛くて美人で完璧超人よね!?

やっぱり琉海くんやわぁ!」

ー琉海

「自己肯定感が高くて良かった…。」

ー沙織

「あぁでも、琉海くんの気持ちは嬉しいけど、裕介さんには何も言わなくていいからね。」

ー琉海

「え、いいんですか?

あのクズはしっかり言ってやらないとまたやりますよ?」

ー沙織

「わかってる。

だから、次帰ってきたときに痛い目にあってもらうから大丈夫よ。

今日はただ琉海くんエネルギーをもらいたかっただけだから!」

ー琉海

「そっか、まぁ、死なない程度にね?」

そしてその四日後、兄さんは包帯姿で出社したようだ。


ー沙織

「あの時のこと覚えてるからな?」

鬼の形相の沙織さんは、どんどん小さくなっていく兄さんに容赦なく詰め寄る。

兄さんに至っては「はい…ハイ…ハイ…」とどんどん弱くなっていく。

そんな兄さんは、少し、本当にミジンコ並みに可哀想に思った。

まぁ、自業自得だけど。

僕はその光景を見ながら、母が用意してくれた朝食を食べることにした。

ー未怜

「正直恥ずかしいわ、こんなのが兄なんてね…」

未怜は添え呟くと、それ聞いた兄は完全に崩れ落ちた。

ー裕介

「未怜に、嫌われた…?」

絶望する兄さんを置いて、未怜は食卓からテレビのニュースを観ている。

悪いことをするとみんなから嫌われる。

それは常識だろう。

僕は食事を終えると、時間を確認し、自室へ戻った。

服を着替えるとスマホを手に取った。

連絡先の中から彼女の名前を探す。

ずっと下の方へスワイプし、そしてようやく彼女の名前を見つけた。

僕は彼女のアイコンをタップし、電話をかけようとした。

ー琉海

「……」

少し緊張する。

この三年間、自分から電話をかけるなんてこと、ほとんどしてこなかったせいか、胸がドキドキする。

僕は気持ちを落ち着かせ、彼女に電話をかけた。

正直でてくれるかなんてわからなかった。

けれど、僕は謎に地震だけはあった。

ー雫

『もしもし、…琉海、くん…?』

スピーカーの向こうで、少し緊張しているような声で、彼女は尋ねてきた。

ー琉海

「…もしもし、東雲雫しののめしずくさんのお電話で、間違いないでしょうか…?」

僕は一応、本当に彼女なのかを確認する。

ー雫

『あ、はい…!私は東雲雫です…!』

彼女はハッキリと、そう応えてくれた。

僕は目頭が熱くなったのを感じた。

もう一生、彼女の声を電話越しで聞くことはないと思っていたから。

彼女とはもう、会えないと思っていたから。

ようやく僕は、彼女が生き返っているのだと実感した。

ー雫

『る、琉海くん?』

しばらく黙り込んでいたからか、彼女は心配そうな声で聞いてきた。

僕は泣いていることを悟られないように、明るく話しかけた。

ー琉海

「…雫、いきなりで悪いんだけど、今日一緒に遊ばないか?」

ー雫

『……』

ー琉海

「嫌なら良いんだ!

ただ、久しぶりに会ったから、お前ともっと話したくてさ…。」

ー雫

『嫌なわけないよ!私も、もっと琉海くんと話したい!

…この三年間の事とか、色々と聞きたいし!』

ー琉海

「大して面白い出来事はなかったけど…、それでいいなら。」

ー雫

『それが、いいな。やっぱり、ルカイとはしょうもない話がしたいから…』

ー琉海

「…そっか、なら駅で集合、ってことでいいかな?」

ー雫

『う、うん…!じゃあ、九時頃に集合がいいかな?』

ー琉海

「そ、そうだな。ならそれで…」

ー雫

『うん、じゃあ…、またあとで、ね?』

ー琉海

「あぁ、また後で…」

少しの沈黙の後、僕は先に電話を切った。

ー琉海

「………ッ」

電話を終えた僕は、とても顔が熱くなるのを感じた。


ーーー

僕は待ち合わせた駅に、一時間前に着いていた。

ドキドキが止まらなかった僕は、先に駅で待って、気持ちを落ち着かせようと考えたのだ。

しかし、それは僕だけでなく、どうやら雫も同じ考えだったらしく、僕らは駅前で出くわしたのだった。

ー雫

「は、早いね、ルカイ…。」

ー琉海

「雫こそ、まだ一時間前だぞ…。」

僕らは互いの顔を見合わせ、笑った。

ー琉海

「家じゃ落ち着かなくてさ。だから早く来たんだ。」

ー雫

「私も!久しぶりに遊びに行くってなったから、嬉しくって…。」

少し恥ずかしそうに、彼女は頬をかいた。

僕はそんな彼女の行動を愛おしく思いながら、笑いかけた。

ー雫

「どうする?今行っても、空いてるお店は少ないかもだけど。」

ー琉海

「と言っても、このまま駅の前で一時間も待つのはな…」

ー雫

「じゃさ、この時間でも空いてるカフェに行って、話さない?」

ー琉海

「いいね、じゃあ街に行くか。」

こうして、僕らは街へ向かうのだった。

…一時間半後

僕らは街に着いた。

まだ九時半頃だと言うのに、人は意外に多く、暑い中皆日傘をさして歩いていた。

ー琉海

「やっぱり街は暑いな…」

ー雫

「まぁ建物とかいっぱいだし、何よりコンクリートの熱気がすごいよね…」

雫は持っていた日傘をさした。

僕は帽子をかぶり直し、できるだけ日を避けて歩いた。

時刻はそろそろ十時になろうというところで、ようやくカフェへ着いた。

ーチリンチリンッ…

入店すると、外とは違い、まるで天国のような涼しさが待っていた。

ー雫

「生き返るねぇ~…!」

ー店員

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

ー琉海

「はい、二人です。」

ー店員

「かしこまりました。ではお好きな席でおくつろぎください。」

店員へ見事な営業スマイルで接客をすると、僕らを見送った。

意外なことに、このカフェにはまだ僕ら二人と、新聞を読む一人の女性しか居なかった。

とりあえず入り口より少し遠いところの席を選び、座った。

ー雫

「噂程度にしか聞いたこと無かったけど、…綺麗な場所だね〜。」

ー琉海

「そうだな、何でこんなに人が少ないんだろ…?」

ー女性

「それはここが、"特別"だからだよ。」

突然話に割り込んできた女性は、雫を見ながら言った。

ー琉海

「特別?」

ー女性

「あぁ、ここは限られた人々にしか知られない秘境ということさ。」

ー雫

「つまり私達も、その限られた人々の一人ってこと?!」

なぜか雫は、目を輝かせていた。

僕は、女性の言葉の意味を理解出来なかった。

…"特別"って、どういう意味だ?

ー女性

「そういうことだぜ。

とは言え、特別なやつだけで店は回らせねぇからな、十二時からは普通に開店するぜ。」

ー雫

「お姉さん詳しいんですね!」

ー女性

「ほ〜う、嬢ちゃんはあたしの事をお姉さんと呼ぶんだな。

気に入ったぜ。」

女性は雫の頭を撫でると、僕の方を見た。

ー女性

「しっかしまぁ、こんなに若いのに可哀想にな…。」

ー琉海

「…え?それって…」

ー女性

「まぁ昼までは人もほとんど来ない、ゆっくりしていくといいぜ。」

僕の言葉を遮るようにそう言うと、さっきまで居た席に戻っていった。

ー琉海

「なんだか変わった人だったな…」

ー雫

「そう?優しい人だったよ。」

ー琉海

「優しいは優しいけど…、う〜ん…」

ー雫

「とりあえず何か注文しよ!話はそれからだよ!」

ウキウキしながら、雫はメニュー表を上から見始めた。

僕は何か引っかかっているが、これ以上雫に気を使わせたくなかった僕は、彼女と同じようにメニューを確認するのだった。


ーーー

十二時前に、僕らは別のところへ移動することにした。

店員に会計を頼み、レジまで行く途中、僕はあの女性が気になり女性のいた席に目をやった。

しかし、その席はいつの間にか空席になっており、女性の姿はどこにもなかった。

ー琉海

(もう帰ったのかな?)

とりあえず会計を済ませた僕らは、店の扉を開け出た。

その時、チリンチリンッと鈴の音がした。

どうやら扉が開かれると、取り付けられている鈴が鳴るようになっているらしい。

…違和感。

ー雫

「うわぁ…、外あっついね…。」

ー琉海

「…あぁ、今すぐにでもどっかに入りたいね。」

一瞬感じた違和感は、その会話によりすぐに消え去った。

雫は僕の手を取ると、先導し始めた。

ー琉海

「どこへ行くの?」

ー雫

「遊ぶってなると、やっぱりゲーセンでしょ!」

ニコッと笑うと、「行こー行こー!」と言い走り出した。

手を繋いでいたため、僕は彼女に引っ張られるように走り出した。

暑いのによく走れるものだと、僕は内心そう思った。

走ったおかげか、ゲーセンにはすぐに着いた。

ー雫

「あっつー!!」

ー琉海

「そりゃ…、…走ったら暑いでしょうよ…」

ー雫

「暑いけど!楽しかった!」

ー琉海

「走るのが楽しいって…、てっきりアスリートぐらいかと思ってたよ。」

雫は笑いながら、僕の手を繋ぎ直し、クレーンゲームを見て回った。

ー雫

「あ!ぴーちゃんだ!」

ー琉海

「ぴーちゃん?」

ー雫

「うん、小学生の時やってたアニメ!

『サバ焼きサンドはいかが?』って言うアニメなんだけど…!」

ー琉海

「なんだよそのアニメ。名前からじゃ全く内容が分からないじゃん。」

ー雫

「とにかくゆるふわで面白かったの〜!

…はぁ〜、可愛いなぁ。」

ぴーちゃんの人形が置かれた台の前で、目を輝かせて眺めている彼女の姿は、とても可愛らしく思えた。

僕は財布から百円玉を取り出すと、躊躇いなく投入した。

雫は驚いたような顔をした。

ー琉海

「欲しいなら、僕が取ってあげるよ。」

そうカッコつけた。

しかし、やはりクレーンゲームというものは難しく、一回、二回とまったくうまくいく気配がなかった。

ー雫

「る、ルカイ?そろそろ止めといたほうが…」

ー琉海

「いいや!あともう一回やれば取れるよ!」

そして気付けば、三千円ほどを使っていた。

雫は心配そうにしながら、もう一つ上の階へ行こうと誘ってくれたが、ここまで来たら意地でも取りたくなってきた。

僕は雫に、もう少し待つように頼んだ。

雫は何度も止めようとしてくれたが、僕の身体は勝手に動き、どんどんお金を消費していく。

ついには、持ってきていた一万円札に手を出しかけた。

ー雫

「もういいよ!このままだとお金がなくなっちゃうよ!」

ー琉海

「うぐっ…。でも、そろそろなんだ…!」

ー雫

「そろそろじゃないよ!まだ初期位置の辺りからほとんど動いてないじゃん!」

ー琉海

「ガハッ!!」

僕がずっと避けていた現実を、雫は突きつけてきた。

最初の五回はよかった。

だがそこからが沼だった。

まったく動かなくなったのだ。

というより、持ち上げる際のアームの力が、どうも弱いように感じていたのだ。

正直店員さんに話して、初期位置に戻してもらうことも考えたのだが、なぜか僕はプライドに負けてしまったのだ。

ー琉海

「ごめん…雫…、僕が弱いばかりに…」

ー雫

「いいよー!気持ちはうれしかったし…!」

僕は雫の眩しい笑顔に、救われた気がした。

しかし、やはりどうしても取りたいと思ってしまうのは、なぜだろう。

雫は僕の手を握り、上の階のアーケードゲームをしようと歩き始めた。

ー女性

「クレーンゲームもろくに出来ないんじゃ、彼氏失格だな。」

三階へ上がろうとした時、カフェで会った女性が先ほどの台の前に立ってそう言った。

僕らは突然現れたような女性に驚いた。

ー女性

「よく見てろ。こういうのはちょっとしたテクニックが必要なんだよ。」

百円玉を台に投入し、静かにプレーを始めた。

言われた通り、僕と雫は女性のプレーを見た。

そして、アームはぬいぐるみを捕らえたように見えた。

ー琉海

「えっ?!」

ー雫

「た、タグにアームを通したの?!」

ー女性

「………」

女性は当たり前だと言わんばかりに、無言でタグを引っ掛けたアームを見ていた。

僕が三千円もかけた状態から、いとも簡単にそのぬいぐるみを取ってみせた女性は、それを雫に手渡した。

ー雫

「良いんですか!?」

ー女性

「あぁ、お前はあたしのお気に入りだからな。やるよ。」

ー雫

「ありがとうございます!!ヤッター!嬉しい〜!」

雫はぴーちゃんを抱きしめ、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねていた。

ー琉海

「ありがとうございます。雫のために。」

ー女性

「さっきも言ったが、あの子はあたしのお気にだ、気にすんなよ。」

それだけ言うと、その場を去った。

僕はさらに、あの女性に興味がわいた。

ぬいぐるみを大事に抱えた雫と、それからも普通に遊んで回った。

そして、時刻が午後四時を少し回った頃に、僕らは帰るために駅へ向かっていた。

ー雫

「楽しかった〜!」

ー琉海

「そうだな。僕も楽しかったよ。」

ー雫

「ルカイ!今日は誘ってくれて、ありがとね♪」

ウインクを見事に決め、雫は少し前を歩く。

そんな彼女と今日一日ずっと、手をつないでいたのだった。

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