四十六日目:前編『まだ終わりじゃない』
三時間ほど車を走らせ、僕らは広島市に戻ってきた。
琉海
「雫、僕たちの故郷に着いたよ。」
雫
「……」
返答は返ってこず、雫にも時間がさほど残っていないことを実感した。
ミラさんとの通信も、広島に入ってから一切つかなくなってしまったし、今僕にできることは、カフェに行くことしか残っていなかった。
僕は休憩のするために、道中にあったスーパーで車を止めた。
カフェがある場所は、本通りの少し外れたところにあり、ここから行けば約二十分で到着する距離だが、僕にはまだ覚悟が出来ていなかった。
琉海
「……ふぅ…。」
分かっているつもりではある。しかし、やはり僕はこの世界での数日間がとても恋しく思ってしまったのだ。
生きたいという気持ちと、ここでずっと皆と一緒にいたいという気持ち。
その二つが、ここまで来て拮抗し始めていた。
琉海
「…僕は駄目な奴だな…。」
真っ暗な空を眺めながら、僕はポツリと弱音をこぼした。
???
「駄目なんかじゃないよ。」
その言葉に、一つの言葉が返された。
僕はその正体を見るため、目線を落とした。
琉海
「…な、なんでいるんだ…?」
そこに立っていたのは、僕の大切な可愛い妹だった。
未怜
「お兄ちゃん、優柔不断だからさ。手伝いに来たんだよ。」
未怜は僕に近づくと、優しく抱きしめてくれた。
彼女はとても温かく、ずっと悩んでいた僕の気持ちをほぐしてくれるような感覚を受けた。
未怜
「私は知ってるよ。お兄ちゃんが、雫が亡くなってからも必死に生きてきたこと。」
優しく背中を擦ってくれた手は、記憶していた未怜の手よりも大きく感じた。
未怜
「お兄ちゃんは、もう自由になるべきなんだよ。
ずっと、ずっと頑張ってきたんだから、これ以上は苦しまないでほしい。
苦しむお兄ちゃんなんて、私は見たくないから…。」
琉海
「……未怜、僕は…。」
彼女の震える声を聞いて、僕はどうしたらいいかを考える。
琉海
「…僕は、頑張らないといけないんだと思うんだ。」
そして、少し悩みはしたが、なんとか言葉を出すことができた。
彼女を見上げる。
記憶に残っていた彼女は、今よりも小さかった。
僕が気づかないうちに、彼女は大きくなっていて、僕なんかよりも良い成長をしている。
僕はそんな彼女を誇らしく思った。
未怜
「…これ以上頑張っても、お兄ちゃんが苦しくなるだけだよ…。」
泣きそうな未怜の頭に、僕はそっと手を乗せる。
琉海
「…決めたよ。」
僕は彼女のことを撫でながら、彼女の事を力強く抱きしめた。
琉海
「僕は、まだ生きるよ。生きて、未怜の花嫁姿を絶対に見届ける。
それまでは、僕に、お兄ちゃんに頑張らせてくれないか?」
未怜
「……お兄ちゃんは、ズルいよね…。」
彼女は少し笑うと、「うん」と小さく答えてくれた。
僕は「ありがとう」と返し、しっかりと抱きしめた。
未怜
「……じゃあ、優柔不断なお兄ちゃんが決めたって言う道、私はあっちで信じて待ってるからね。」
未怜はニコッと笑い、手を振りながら姿を消そうとした。
その時だった。
グサッ!!と目の前で未怜は、大きな手に貫かれた。
未怜
「……お兄、ちゃん…、逃げて…!」
消えかけていた姿は元の状態に戻り、そのまま投げ捨てられた。
琉海
「…未怜……?」
投げ捨てられた未怜は、すでに息絶えているように見えた。
僕は困惑と怒りが混合し、血が勢いよく全身を駆け巡り始めた。
鼓動は速くなり、心臓は大きく音を立てた。
琉海
「……お前ッ…!!!」
理性が飛びかけた僕の腕を、誰かが引いた。
それはじっと僕を睨み続け、襲ってこなかった。
車に乗せられた僕は、腕を引いた人物を見た。
琉海
「……雫…」
先ほどまで意識すらなかった雫が、運転席にいた。
雫
「行こう…!この世界を終わらせないと!」
見るからに体調が悪そうな彼女は、アクセル全開でスーパーを出た。
スーパーを出る時、僕は血だらけで横たわる未怜を見た。
琉海
「…雫、未怜が…、アイツに…」
沸々と湧き上がる怒りをなんとか抑えながら、僕は雫に話した。
雫は反応を示さなかったが、今の僕にはその方がありがたかった。
僕は、ただ口に出して言い、僕自身に理解させたかっただけだからだ。
ーーー
あっという間に目的地に着こうとしていたところ、いきなりエンジンが止まってしまった。
雫
「…こっからは、徒歩かな…。」
雫はそう言うと、ドアを開け歩き始めた。
僕もそれに続き、車から降りて歩き始めた。
歩く僕らの間に、一切の会話はなかった。
しばらく歩いたところで、僕のスマホが震え始めた。
僕はスマホを取り、電話に出た。
ミラ
『琉海、ここからが本番だ。気を引き締めろ。』
琉海
「…ミラさん、未怜が…。」
僕は震える声で伝えようとしたが、その必要はなくなった。
未怜
『お兄ちゃん、心配かけてごめんなさい…。でも、私はギリギリ生きてるよ!』
その声を聞いた途端、僕の身体は一気に軽くなった。
琉海
「美怜!?死んだのかと思ってたよ!」
美怜
『さっきも言ったでしょ?
…私は、お兄ちゃんのことを信じて、こっちで待つって!
だからお兄ちゃん、絶対に帰ってきて!』
琉海
「…うん!絶対に帰るよ!待ってて!」
元気を取り戻した僕を見ていた雫は、優しく微笑んでくれていた。
ミラ
『話は済んだな。もう時間がないから、手短に話すぞ。』
琉海
「はい!お願いします!」
ミラ
『カフェに着いたら、二つの選択が求められる。
一つ目は未来だ。これは、ただ単に琉海、お前が現世に戻るためのものだ。
二つ目は過去だ。これは、お前の本来の目的である、東雲雫の死を変えることのできるものだ。
もちろん、雫以外に変えたい過去がありゃそれでもいいが、過去を変えるっていうチートみてぇな事をするんだ。それなりのリスクが伴う。
過去を変えれば、それだけの影響が現世で起こる。
運が良けりゃ、ほとんど変わらないこともあるが、何らかの変化は起きることだけは覚悟しておけ。
そんで、こっからが重要だぞ。
過去を変える行動は、一分の間にしないといけない。
もし過去を変える行動をその一分でできなければ、結果は変わらず、強制的に元の真実に戻る。
過去を変えようが変えまいが、一分を過ぎれば強制的にその過去からは追い出され、カフェに戻されるはずだ。
そっからも大変でな、カフェからとある駅まで行ってもらわなきゃならん。
この広島の場合は、広島駅だ。
広島駅まで行けば、改札の向こう側が現世へと繋がっている。』
琉海
「……な、なるほど…。」
僕は歩きながら、ミラさんの伝えてくれる情報を簡単にメモに取る。
ミラ
『…いいか?』
メモを取っていることを気にかけてくれたようで、メモを取り終えるまで少し待ってくれた。
メモを取り終えたことを伝えると、再び説明が始まった。
ミラ
『こっからも大切だぞ。
過去から戻ってからのことだが、その世界は今お前がいる世界とは違い、すべての魂が集う、「ヨミガエリノミチ」というところに強制的に転移される。
そこではお前以外の生き返りを望む者たちが、お前と同じように駅へ向かうはずだ。
だがそこで注意すべきはそいつらじゃない。
今日も出会っただろうが、「ソウルイーター」どもがうじゃうじゃといる。
ソウルイーターはどこに行けばたくさんの魂を喰えるかよく学習してやがんだ。
しかもそれだけでなく、「ヨミガエリノミチ」では各魂に、一時間のタイムリミットが設けられている。
もしそのタイムリミットを過ぎてしまえば、もう生きることはできなくなり、後は魂の消失を待つしかなくなってしまう。
あたしらはお前の選択の場所までしか手伝えないから、後はお前に生死がかかってるってわけだ。』
ようやく説明を終えたミラさんは、大きく息を吐くと、少し笑った。
ミラ
『だが、お前なら何とかしてくれるよな。』
僕のことを信頼してくれるその言葉は、僕を奮い立たせた。
雫も「いけるよ」と言ってくれた。
琉海
「…当たり前ですよ。僕は、まだやりたいことも、やり残したこともたくさんあるんです。
こんなところで死んだりしません!」
僕は自信満々でそう返した。
電話の先で、大きく笑う声が聞こえた。
ミラ
『よし、じゃあ、待ってるぜ、琉海。』
そして、電話は切れた。




