四十五日目『再来』
僕らは行ってみたかったところを旅し、今日は岡山県へ出向いていた。
この日も、僕らは二人の思い出を作るために、様々な名所を観光した。
そしてその日の夜。それは突然やって来た。
「……。」
異様な静けさ。他の生物の気配を感じず、風すら無い。
無機質で、少し不気味な空間。
琉海
「……ここって…。」
この場所はあの日、スクランブル交差点で行ったあの空間のことを思い出させた。
僕は少しでも冷静でいるため、雫と買ったおそろいのキーホルダーを握りしめて、部屋から廊下へと出る。
やはりと言うべきか、異様な静けさの中には、人の気配も虫の気配すらも感じさせなかった。
僕は眠る雫を起こさないように静かに扉を閉めると、スマホからミラさんに電話をかけようとした。
琉海
「…あれ?なんで…!?」
しかし以前とは違い、今回の空間には電波すらもなかった。
僕は焦ったが、すぐに冷静に戻ろうとした。
だがそれすらもそれは許してくれなかった。
嫌な空気が廊下の先から漂ってきたため、僕は咄嗟に扉に張り付き、出来るだけ息を殺した。
「……っっっ…」
それは、ゆっくりと廊下に姿を現した。
琉海
(……なんでここに…?!)
僕は音を立てないように、ゆっくりとドアノブをひねり、それが目を逸らしたのを見計らい素早く部屋へ戻った。
琉海
「っはぁっ!!はぁ!!」
部屋に入り、鍵を閉めた僕は、ずっと止めていた呼吸を再開させた。
僕はクローゼットに入れていた荷物を手に取ると、雫の眠るベッドへ駆け寄った。
琉海
「雫!雫、起きろ!雫!」
彼女はなぜか目を覚まさなかった。
それどころか、彼女の身体は熱く、よく見ると大量の汗を流していることに気がついた。
琉海
「雫…?しっかりしろ、雫…!」
雫
「……ッ……!」
彼女は苦しそうな呼吸を始めてしまった。
初めての異常で、僕は焦りが限界突破しそうになっていた。
そこへ、救いの音が聞こえた。
ピロロロッ!ピロロロッ!
それは雫のスマホだった。
僕はすぐにそれを手に取り、それを確認した。
琉海
「ミラさん!!」
着信はミラさんからだった。
僕は喜び、それに応答した。
琉海
「ミラさん!助けてください!」
ミラ
『落ち着け、お前ならどうすべきか分かるはずだ。』
電話に出るとすぐにそう言われた。
ミラさんはいつも通り落ち着いた声であった。しかし、その声にはどこか違和感があった。
僕はその違和感を感じつつも、言われた通り一旦落ち着いた。
ミラ
『まずは動きやすい服に着替えろ、その次は最低限の荷物を手に、そのホテルを脱出しろ。』
僕はそれに従い、寝間着から外着に着替えた。
そして財布とスマホ、祐介兄さんから借りた車のキーをショルダー鞄に詰め込み、雫を抱えた。
ミラ
『奴とは以前もやりあったな。あの時の要領で逃げてもいいが、今回は出来るだけバレずに行動しろ。』
琉海
「待ってください。なんで僕たちの状況が分かって…?」
ミラ
『その話は後だ。まずは隠れてやり過ごせ。見つかるな。』
ミラさんは淡々とそう言う。
僕は不気味さを覚えながらも、言われた通り隠れた。
少しして、それは部屋に入ってきた。
「……っ……」
それはさっき見た時よりも小さく、人のような形に見えた。
部屋の奥まで入っていったそれは、部屋の隅々を見渡していた。
ベッドの方へと近づいていったのを確認した僕は、暗闇からゆっくりと移動し、部屋の外へとそっと出た。
琉海
「……ふぅ…。」
ミラ
『まだ安心するな。奴はまだ探しているぞ。
見つかれば以前のようには逃がしてくれない。早く一階へ行き、ホテルを出るんだ。』
琉海
「……分かってます。」
ただそれを、淡々と言うミラさんに僕は軽く恐怖を感じつつ、一階を目指して歩き始めた。
廊下の突き当たりに来た時、僕はエレベーターを見た。
琉海
「…これは使えるかな…。」
エレベーターのボタンを押してみたが、反応はなかった。
どうやらこの世界では、使えないようだった。
仕方なく、僕は階段の方へ目を向けた。
琉海
「……大丈夫、僕なら大丈夫だ…。」
僕は雫を抱え直し、階段へ向かおうと一歩踏み出した瞬間。
「っ!!!!!」
耳をつんざくような咆哮が、廊下の奥から聞こえた。
そちらに目を向け直すと、それは姿を異形なものへと変形させ、僕を睨みつけた。
背筋を冷や汗が伝った僕は、すぐに駆け出した。
階段の扉を開けた僕は、突然掴みかかれた。
琉海
「っ!?一体だけじゃないのか!?」
僕は襲いかかってきたそれを、なんとか剥がす。
階段へ向き直ると、すでに塞がれてしまっていることに気がついた。
ミラ
『気をつけろ。奴は自身の複製体を、ホテルに大量に配置している。』
琉海
「もう知ってます!どうしたら良い?!」
ミラ
『非常階段が反対側にある。奴をどうにかしろ。』
琉海
「ど、どうにかしろ!?」
ミラ
『………。』
いきなりとんでもないことを言い出したミラさんに、僕は思わず怒鳴ってしまった。
しかし、それには一切の反応を示さなかった。
僕は仕方なく、言われた通りにしようとした。
???
『バカ野郎!ただ突っ込んでも死ぬだけだぞ!』
それを阻止した声は、よく知っている声と同じだった。
琉海
「…み、ミラさん…!?」
僕は音のした物を、鞄から取り出した。
それは僕のスマホだった。
先ほどまでは何の反応も示していなかったスマホは、まばゆい光を放ち、一瞬にしてホテルの外へと投げ出されていた。
一瞬のことで、僕の頭は追いつかなかった。
ミラ
「この世界はお前の作り出した世界なんだぞ!
お前ならこの意味、分かるな!?」
混乱していた僕に、ミラさんはそう言った。
しばし考え、その言葉の意味を理解したとき、僕は何事もなかったかのように地面に立っていた。
琉海
「…いったい、どうなってるんですか…」
ミラ
「まだ奴は追いかけてくる。気を抜くなよ、琉海。」
琉海は「はい!」と返答し、すぐにその場をあとにした。
駐車場へ行き、雫を後部座席に寝かせる。
僕はエンジンを起動し、ミラさんからの位置情報を頼りに車を発進させた。
ミラ
『…なるほどな、おそらく奴がお前を惑わすために、あたしの声を利用したんだろ。』
走行中、先ほどの事を全て話した。
結果、やはり雫のスマホから聞こえていたミラさんは偽物だったようだ。
琉海
「それなら安心しました…。ミラさん、僕たちはどうやったらここから出れますか?」
僕は以前脱出したように、どこか出口があるのではないかと考え、ミラさんに尋ねてみた。
ミラさんはしばらく沈黙すると、ゆっくりと話し始めた。
ミラ
『……落ち着いて聞いてほしい。
まずは言っておかないといけないことがある。
部外者であるあたしや、サクラ、智恵理の三人はもう手を貸すことができなくなった。』
琉海
「…え、どういうことですか?」
ミラ
『その世界はいわば、お前が死に際に見ているだけの偽りだ。
…そんな偽りの世界は今、終わりを迎えようとしている。』
琉海
「…つまり、現実世界の僕が、本格的に死にかけてるってこと…?」
ミラ
『そういうことだな。まぁおそらく、あたしらがこれ以上干渉してしまうと、死が早まる恐れがあるんだ。
…もし願いを叶える前に死んでしまえば、雫が死んだという未来は変わらない。
もう決断の時なんだと思う。』
琉海
「……決断…。」
ミラ
『…あたしはお前に生きてほしいが、決めるのはお前だ。
もし覚悟が決まったら、例のカフェへ行け。そこに行けば過去にも未来にも行ける。』
ミラさんは咳払いをし、苦しそうにしていた。
それを尋ねようかとも思ったが、この時間も今の僕には惜しいと思い、僕は最後の決断を下した。




