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君がいる街  作者: 文記佐輝
決断
22/26

四十五日目『再来』

僕らは行ってみたかったところを旅し、今日は岡山県へ出向いていた。

この日も、僕らは二人の思い出を作るために、様々な名所を観光した。

そしてその日の夜。それは突然やって来た。

「……。」

異様な静けさ。他の生物の気配を感じず、風すら無い。

無機質で、少し不気味な空間。

琉海

「……ここって…。」

この場所はあの日、スクランブル交差点で行ったあの空間のことを思い出させた。

僕は少しでも冷静でいるため、雫と買ったおそろいのキーホルダーを握りしめて、部屋から廊下へと出る。

やはりと言うべきか、異様な静けさの中には、人の気配も虫の気配すらも感じさせなかった。

僕は眠る雫を起こさないように静かに扉を閉めると、スマホからミラさんに電話をかけようとした。

琉海

「…あれ?なんで…!?」

しかし以前とは違い、今回の空間には電波すらもなかった。

僕は焦ったが、すぐに冷静に戻ろうとした。

だがそれすらもそれは許してくれなかった。

嫌な空気が廊下の先から漂ってきたため、僕は咄嗟に扉に張り付き、出来るだけ息を殺した。

「……っっっ…」

それは、ゆっくりと廊下に姿を現した。

琉海

(……なんでここに…?!)

僕は音を立てないように、ゆっくりとドアノブをひねり、それが目を逸らしたのを見計らい素早く部屋へ戻った。

琉海

「っはぁっ!!はぁ!!」

部屋に入り、鍵を閉めた僕は、ずっと止めていた呼吸を再開させた。

僕はクローゼットに入れていた荷物を手に取ると、雫の眠るベッドへ駆け寄った。

琉海

「雫!雫、起きろ!雫!」

彼女はなぜか目を覚まさなかった。

それどころか、彼女の身体は熱く、よく見ると大量の汗を流していることに気がついた。

琉海

「雫…?しっかりしろ、雫…!」

「……ッ……!」

彼女は苦しそうな呼吸を始めてしまった。

初めての異常で、僕は焦りが限界突破しそうになっていた。

そこへ、救いの音が聞こえた。

ピロロロッ!ピロロロッ!

それは雫のスマホだった。

僕はすぐにそれを手に取り、それを確認した。

琉海

「ミラさん!!」

着信はミラさんからだった。

僕は喜び、それに応答した。

琉海

「ミラさん!助けてください!」

ミラ

『落ち着け、お前ならどうすべきか分かるはずだ。』

電話に出るとすぐにそう言われた。

ミラさんはいつも通り落ち着いた声であった。しかし、その声にはどこか違和感があった。

僕はその違和感を感じつつも、言われた通り一旦落ち着いた。

ミラ

『まずは動きやすい服に着替えろ、その次は最低限の荷物を手に、そのホテルを脱出しろ。』

僕はそれに従い、寝間着から外着に着替えた。

そして財布とスマホ、祐介兄さんから借りた車のキーをショルダー鞄に詰め込み、雫を抱えた。

ミラ

『奴とは以前もやりあったな。あの時の要領で逃げてもいいが、今回は出来るだけバレずに行動しろ。』

琉海

「待ってください。なんで僕たちの状況が分かって…?」

ミラ

『その話は後だ。まずは隠れてやり過ごせ。見つかるな。』

ミラさんは淡々とそう言う。

僕は不気味さを覚えながらも、言われた通り隠れた。

少しして、それは部屋に入ってきた。

「……っ……」

それはさっき見た時よりも小さく、人のような形に見えた。

部屋の奥まで入っていったそれは、部屋の隅々を見渡していた。

ベッドの方へと近づいていったのを確認した僕は、暗闇からゆっくりと移動し、部屋の外へとそっと出た。

琉海

「……ふぅ…。」

ミラ

『まだ安心するな。奴はまだ探しているぞ。

見つかれば以前のようには逃がしてくれない。早く一階へ行き、ホテルを出るんだ。』

琉海

「……分かってます。」

ただそれを、淡々と言うミラさんに僕は軽く恐怖を感じつつ、一階を目指して歩き始めた。

廊下の突き当たりに来た時、僕はエレベーターを見た。

琉海

「…これは使えるかな…。」

エレベーターのボタンを押してみたが、反応はなかった。

どうやらこの世界では、使えないようだった。

仕方なく、僕は階段の方へ目を向けた。

琉海

「……大丈夫、僕なら大丈夫だ…。」

僕は雫を抱え直し、階段へ向かおうと一歩踏み出した瞬間。

「っ!!!!!」

耳をつんざくような咆哮が、廊下の奥から聞こえた。

そちらに目を向け直すと、それは姿を異形なものへと変形させ、僕を睨みつけた。

背筋を冷や汗が伝った僕は、すぐに駆け出した。

階段の扉を開けた僕は、突然掴みかかれた。

琉海

「っ!?一体だけじゃないのか!?」

僕は襲いかかってきたそれを、なんとか剥がす。

階段へ向き直ると、すでに塞がれてしまっていることに気がついた。

ミラ

『気をつけろ。奴は自身の複製体を、ホテルに大量に配置している。』

琉海

「もう知ってます!どうしたら良い?!」

ミラ

『非常階段が反対側にある。奴をどうにかしろ。』

琉海

「ど、どうにかしろ!?」

ミラ

『………。』

いきなりとんでもないことを言い出したミラさんに、僕は思わず怒鳴ってしまった。

しかし、それには一切の反応を示さなかった。

僕は仕方なく、言われた通りにしようとした。

???

『バカ野郎!ただ突っ込んでも死ぬだけだぞ!』

それを阻止した声は、よく知っている声と同じだった。

琉海

「…み、ミラさん…!?」

僕は音のした物を、鞄から取り出した。

それは僕のスマホだった。

先ほどまでは何の反応も示していなかったスマホは、まばゆい光を放ち、一瞬にしてホテルの外へと投げ出されていた。

一瞬のことで、僕の頭は追いつかなかった。

ミラ

「この世界はお前の作り出した世界なんだぞ!

お前ならこの意味、分かるな!?」

混乱していた僕に、ミラさんはそう言った。

しばし考え、その言葉の意味を理解したとき、僕は何事もなかったかのように地面に立っていた。

琉海

「…いったい、どうなってるんですか…」

ミラ

「まだ奴は追いかけてくる。気を抜くなよ、琉海。」

琉海は「はい!」と返答し、すぐにその場をあとにした。


駐車場へ行き、雫を後部座席に寝かせる。

僕はエンジンを起動し、ミラさんからの位置情報を頼りに車を発進させた。

ミラ

『…なるほどな、おそらく奴がお前を惑わすために、あたしの声を利用したんだろ。』

走行中、先ほどの事を全て話した。

結果、やはり雫のスマホから聞こえていたミラさんは偽物だったようだ。

琉海

「それなら安心しました…。ミラさん、僕たちはどうやったらここから出れますか?」

僕は以前脱出したように、どこか出口があるのではないかと考え、ミラさんに尋ねてみた。

ミラさんはしばらく沈黙すると、ゆっくりと話し始めた。

ミラ

『……落ち着いて聞いてほしい。

まずは言っておかないといけないことがある。

部外者であるあたしや、サクラ、智恵理の三人はもう手を貸すことができなくなった。』

琉海

「…え、どういうことですか?」

ミラ

『その世界はいわば、お前が死に際に見ているだけの偽りだ。

…そんな偽りの世界は今、終わりを迎えようとしている。』

琉海

「…つまり、現実世界の僕が、本格的に死にかけてるってこと…?」

ミラ

『そういうことだな。まぁおそらく、あたしらがこれ以上干渉してしまうと、死が早まる恐れがあるんだ。

…もし願いを叶える前に死んでしまえば、雫が死んだという未来は変わらない。

もう決断の時なんだと思う。』

琉海

「……決断…。」

ミラ

『…あたしはお前に生きてほしいが、決めるのはお前だ。

もし覚悟が決まったら、例のカフェへ行け。そこに行けば過去にも未来にも行ける。』

ミラさんは咳払いをし、苦しそうにしていた。

それを尋ねようかとも思ったが、この時間も今の僕には惜しいと思い、僕は最後の決断を下した。

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