十六日目『ミラさん』
早朝、僕は目が覚めてしまった。
決して、今日の遊園地が楽しみだったからではない。
嫌な夢を見てしまったからだ。
ー琉海
「……はぁ…、これが本当にならなければいいけど…。」
最近見るようになった、不吉な夢。
僕はただ願うことしかできない。
ーーー東雲雫…
智恵理に、小さい頃に使っていた服を着せ、いつでも出れるように準備をする。
時計を見てみると、そろそろ八時半になろうとしていた。
ー雫
「智恵理、そろそろ行こうか。」
ー智恵理
「は〜い。」
そう返事を返すと、智恵理はトテトテと近づいてきた。
私は靴を履き替え、智恵理に新しい靴を履かせる。
智恵理は?その靴を不思議そうに見ていたが、すぐにぴょんぴょんと跳ねたり、タタっと走ったりして慣らしている。
それを見ながら、私はスマホでルカイに連絡を入れる。
シズク『そろそろ駅に行くね。』
ルカイ『了解』
彼からの返事はすぐに返ってきた。
ー雫
「よし…、智恵理、そろそろ行こうか!」
ー智恵理
「は〜い、早く行こー!」
智恵理はあまり表情を変えないが、この時だけは少し、顔が笑っているような気がした。
気分が良さそうな智恵理は、私よりも前に走っている。
定期的に「早く〜」と私のことを急かしてくる。
私はそんな彼女に癒されながら、彼女の後をゆっくりとついて行く。
家を出てから十分ほど歩き、村の駅に着いた。
どうやら私たちが一番乗りだったようで、誰も駅にはいなかった。
仕方なく、私は近くにあったベンチに座り、のんびりと待つことに決めた。
しかし、智恵理は待つのが苦手なのか、ずっとうろちょろしている。
ー智恵理
「…ん?あの人だれ?」
少しして、智恵理がそう呟いた。
私は少し気になり、軽く目を開ける。
ー雫
「……智恵理、こっちにおいで。」
遠くに見えた人影に、私は警戒心を募らせた。
智恵理は言われた通り、私のそばに来てくれた。
その人影との距離を見ながら、一旦普通にベンチに座る。
人影はどんどん近づいてくる。
ー雫
「……智恵理、もし何かあったら、すぐに逃げて。」
ー智恵理
「え?」
ー雫
「…いいね?」
智恵理はゆっくり頷く。
私は軽く震える智恵理の手を握り、恐怖を抑えようとする。
人影が、少しづつ実態を表しだす。
私と智恵理は、互いに握りしめる力を強める。
ー???
「……」
そしてついに、私とその人影との距離が近くなった。
人影は私たちの方に手を伸ばすような動作をした。
その時だった。
ー女性
「あたしの連れになんか用か?」
聞き覚えのある声だった。
私はそちらに目をやる。
そこに立っていたのは、長い黒髪をなびかせたミラさんだった。
ミラさんは私の前に立った男を睨みつけ、その男をたじろがせた。
ーミラ
「用がないんならよ…、そこから消えてくれないか?」
そう言われた男は、「チッ…」と舌打ちをしてその場を去った。
脅威が去ったと分かった瞬間、私は一気に疲れに襲われた。
智恵理はそんな私から離れ、すぐにミラさんの元へ駆け寄る。
ー智恵理
「ミラ、遅い。」
ーミラ
「はは、悪いな、少し手間取った。」
ミラは智恵理の頭を優しく撫で、軽く謝った。
ー雫
「…二人は知り合いなんですか?」
ーミラ
「まぁな、あたしが誘拐したから。」
ー雫
「誘拐…?」
ーミラ
「まぁ事情があんだぜ。…それに、これができたってことは、まだ可能性があるっつうことだからな。」
その言葉の意味は、正直まだ分からなかったが、それとなく分かったふりをした。
ミラは軽く笑い、「そういう反応でいいんだよ」と言ってくれた。
だが少しだけ恥ずかしくなった。
なんだか全て見透かされてるみたいだったから…。
そこへ、時間通り皆がやってきた。
私と智恵理は皆に手に振り、ミラさんの事を話そうとしたが、気づけばいなくなっていた。
ー雫
「…いったいどこに?」
ー智恵理
「ミラは自由奔放だから、今日も別のところへ行ってる。」
智恵理はそう言うと、ルカイの元へと走って行った。
ーーー
電車に揺られながら、皆が智恵理と仲良くしてくれている。
兄さんは相変わらずの扱いをされているが、それを見て智恵理も楽しんでくれている。
ー雫
「智恵理、よく笑うね。」
僕の隣でウトウトしながらも、しっかり智恵理の事を見ている雫が話しかけてきた。
僕は雫の手を握り、「そうだね」と答えた。
まだ遊園地にも着いていないのに、なぜそんなに疲れているのか僕には分からないが、間違いなく、智恵理のために疲れていることぐらいは分かっている。
ー琉海
「…ありがとう、雫。」
皆には聞こえないように、雫にだけそう伝えた。
ー雫
「…ホントだよ…、私はボディガードじゃないんだからさ…」
そう言いながら、カクンと意識を落とした。
僕は雫の体を支え、少しでも寝かせることにした。
寝息が聞こえ初め、僕は雫の膝に上着をかけ、スマホを取り出した。
そして、今朝届いたメールを見た。
先に言っておこう、このメールはミラさんからのものだ。
ーミラ
『よ、元気か?あたしは意外と元気だぜ。
そんな事はさておき、あたしは今現実世界にいるんだがな、お前の容体を見てみたんだ。
何も隠さずに伝えるがな、お前の身体は長くは持たねぇぞ。
だがそれは、現実世界の身体に、お前という魂がいないからそうなってるんだ。
魂のない身体は、自己の再生と破壊を繰り返していやがる。
正直、何が作用してそんな事を繰り返しているのか分からないし、これがどれだけお前に負担をかけるかも分からない…。
あたしはお前を救ってやりたいが、…正直あたしにはどうしよもうできない…。
後は、そっちでお前が決断するしかない。
…すまない…、お前を救ってやれなくて…。
お前を救えるのも、お前の家族を救えるのも、…お前だけだ。
幸運を祈るよ…。』
長文だったが、今回はなんとなく理解することができたように思う。
ー琉海
「…ミラさん、現実世界とこっちの世界で色々とやってたんだ…」
ミラさんについて少し知れて、僕は申し訳なさを感じた。
何もしていなかったと思っていた人に、僕は今救われていることを知った。
僕は心の中で感謝を伝え、そのメールを保存し、僕からメールを送ることにした。
ミラさんのメールアドレスに、僕からメールを送った。
そんな事をしていると、目的の駅に着き、智恵理たちは電車を降りる。
僕も寝ていた雫を起こし、手を取り一緒に電車を降りる。
そして、乗り換えるために駅構内を歩き、取っておいたチケットで
新幹線へ乗り換える。
ー智恵理
「おぉー!すごい長い!」
智恵理は目を輝かせながら、今から乗る新幹線を見る。
サクラさんはそんな智恵理の手を取り、新幹線へ乗り込む。
沙織さんと兄さんは仲良く話しながら乗っていく。
僕も乗ろうとした時、雫が立ち止まっていることに気づいた。
ー琉海
「どうしたの?」
ー雫
「……いや…、ちょっと…。」
雫は胸元に手を置き、ぎゅっと握りしめた。
ー雫
「……私が生きていたら…、こうして、ルカイと一緒に街を出るはずだったんだよね…。」
ー琉海
「…っ!」
悲しそうにそう言うと、雫は頭を振り、目から出かけていた涙を手ですくいこちらを見た。
ー雫
「…なんだか、夢が叶った気がするね!」
雫は満面の笑みを僕に向けた。
その笑顔を見て、僕は心苦しくなったが、それを表には出さずに、彼女の手を取って新幹線に乗り込んだ。
ー琉海
「……必ず、雫と一緒に現実世界へ戻るよ。」
ー雫
「え?」
雫にだけは黙っておこうと考えていたが、彼女にもそれを知る権利があると思い、僕はついに伝えた。
ー琉海
「僕は君を救うためにここにいるんだ。僕にとって、この世で一番大切な人だから。
君を救って、僕は僕を救ってみせる。
だから、ここでも、現実世界でも僕と一緒にいてくれ。
僕は、君といれるならそれが一番嬉しいから。」
僕は笑ってみせる。
彼女がどんな事を考えているのかは分からない。
だけど、「ありがとう…」と伝えてくれた。
それだけは確実に聞き取った。
そして僕らは、軽くキスを交わし、席へ向かうのだった。




