十五日目『まだ存在する』
ーミラ
「…まさかこっちにまで変化が起きてるとはな…」
久しぶりに現実世界で目を覚ましたあたしは、彼のいる病室へ向かっていた。
『503号室。増田琉海。』
あたしはその部屋をノックし、中へ入った。
ーミラ
「ひどいもんだな。…生きてるのも奇跡なのに、あっちでまだ頑張ってやがる。」
ズキッと、あたしの身体に痛みが走る。
ーミラ
(…あたしもまだ万全じゃねぇ、今無理しようものなら、確実に死んじまうだろうな…。)
あたしは事故で負った傷を撫で、その病室を出た。
偶然だった。
ー未怜
「……あ。」
彼の妹が見舞いに来ていたのだ。
あたしは軽くお辞儀をし、自身の病室へ戻ろうとした。
それを未怜に止められた。
ー未怜
「…あの、もしかして…。」
ーミラ
「……!」
あたしはまずいと思い、彼女の手を振り払い、謝罪だけして走ってその場を去った。
まだバレるわけにはいかない。
あたしは、まだやらないといけないことがあるから。
皆を巻き込まないために、あたしは…。
ーーー
少しだけ、昔の話をする。
あたしが高校生の時に、大切な存在を二人亡くしている。
一人は仲の良かった女の子。
もう一人は、その女の子のお兄さん。
お兄さんと初めて会ったのは、中学の時の授業参観。
お兄さんは、自身の妹を見るために、わざわざ学校まで休んでそれに参加していた。
友達は嫌だと言っていたが、顔は嬉しそうにしていた。
その時はまだ、ただの友達のお兄さんでしか無かった。
だけど、あの時、あそこで出会ったから、あたしはお兄さんのことが好きになった。
それ以降、あたしは出来るだけお兄さんと同じところにいるようになった。
けど、そんなあたしでも、彼の死を回避することができなかった。
原因は、とある新幹線事故だ。
新幹線が脱線したことによって起きた、不運な事故。
それによって、お兄さんは亡くなった。
あたしの友達は、涙が枯れるまで泣き、そして、後を追うように彼女も命を落とした。
当時あたしは、とある大会に出ていて、その事故の事をニュースでしか見ておらず、まさかお兄さんが死んでしまったとは夢にも思っていなかった。
その上、彼女まで…。
それを知った時、あたしも死のうかと考えてしまった。
だけどそれができずに、あたしはこうしてダラダラと生きてきてしまった。
ーミラ
「…あたしはあたしのためにも、アイツをサポートしなきゃな…」
再び決意を固めたあたしは、パソコンを開いた。
カタカタと音を立てながら、タイピングをする。
そして、メールを打ち終えたあたしは、それを彼女へ送るのだった。
ーーー
ピロンッ
メールの着信音がお茶の間から聞こえた。
それと同時に、背後から視線を感じ取った。
私は掃除をやめ、入り口のほうへ目を向けた。
ーサクラ
「…いらっしゃい、久しぶりね。」
私はそこにいる彼に、笑顔で応対した。
彼は軽く会釈をすると、私の方へ歩いてきた。
ー琉海
「どうも、お久しぶりです。」
丁寧に挨拶をすると、辺りを見渡した。
ーサクラ
「どうしたの?」
ー琉海
「あ、えと、ミラさんはここにいますか?」
彼は恐る恐る聞く。
私は少しだけ考える素振りをして、答える。
ーサクラ
「最近見てないなぁ…、ミラに何か用?」
ー琉海
「実は明日、雫と一緒に遊園地に行くんですけど、チケットが三枚ありまして。
チケット一枚で二人なんですよ。
でも残りの二枚分の人数を集めたいんです。」
少し困ったような顔で説明してくれた。
ーサクラ
「ここに来たってことは、ミラを誘おうとしてたってこと?」
ー琉海
「……はい。」
少しだけ目を背ける。
私はその動きに、違和感を感じた。
ーサクラ
「…琉海くーん、何を隠しているのかなぁ〜?」
ー琉海
「え、…いえ、べ、別に何も…?」
どうやら嘘を付くのが下手くそのようだ。
私は笑い、彼をつつく。
ーサクラ
「嘘はよくないぞぉ、嘘は必ずバレるものなんだぞ〜!」
ー琉海
「ちょ、くすぐらないでください!…分かりました!言います!言いますから!」
こちょこちょとくすぐると、意外にも早く口を割ってくれた。
ー琉海
「実は、とある少女が家にいまして…。」
とある少女…、おそらく増田智恵理のことだろう。
ミラが彼女を保護した日に、確かに言っていた。
ーミラ
『…やってもらいたいことはな、そんなに難しいもんじゃねえ。
いいか、お前にはとある男女に接触してもらうだけだ。』
あの時に言っていた男女は、つまり琉海君と雫ちゃんの二人のことだったのだと、今わかった。
ー琉海
「それで、もともと雫とは思い出を作っておきたいと思ってたんで、ついでにその子も一緒に連れて行こうって話になったんです。」
彼の顔をうかがいながら、彼が話を濁していることは分かった。
ーサクラ
「その子の名前はなんていうの?」
ー琉海
「そ、それはァ…」
とても言いにくそうだ。
それはそのはずだ。なんせその少女は、今やテレビの有名人なのだから、知らない人はいないのだ。
そのため万が一にも私が、彼を突き出すような正義感の塊なら、彼にとって最悪な事だろう。
ーサクラ
「…ま、私はもう分かってるんだけどね。」
ー琉海
「…え?」
彼の顔が少し強張ったが、すぐに元の冷静の顔に戻った。
ー琉海
「知ってるのなら、…呼ばないんですか?」
まだ警戒しているようなので、私は軽く笑った。
ーサクラ
「警察に突き出しても、この世界じゃほとんど意味のないことだからね。
そんなことよりも、私は君に楽しんでもらいたいわけ。」
私は自身の気持ちを素直に伝えた。
彼は少しだけ驚いていた。
ー琉海
「巫女さんは、この世界のことを知ってるんですか?」
ーサクラ
「知ってるよ、この世界のことぐらいなら、ミラよりは詳しいと思うけど。」
ー琉海
「少し意外です。…よく考えればそうですよね、ミラさんと一緒に住んでいる巫女さんが、何も知らないわけが無いですね。」
ーサクラ
「意外と冷静なのね。」
彼のことを侮っていたらしい。私は彼を見直した。
ー琉海
「…まあ知ってるなら言います。その子は智恵理です。」
ーサクラ
「そっか、それで今何人集まってるの?」
その問いに、琉海君は思い出しながら答えた。
ー琉海
「…今は、僕と雫、智恵理と沙織さんに裕介兄さん、の五人ですね。」
ーサクラ
「あれ、未怜ちゃんは?」
ー琉海
「…それが、昨日から様子が変で、外へ出ることを断ってくるんです。
前まではジョギングとかする奴だったんですけど…、今日はそれもしなかったですし…。」
彼は心配そうな声色でそう言うと、改めて私に向き直った。
ー琉海
「とはいえ、あと一人分が勿体ないなと思いまして。
ミラさんを呼ぼうと思ったんですけど…、いないんじゃ誘えないですね。」
困ったような顔でそう言うと、頭を傾け悩みだした。
私はその間に、お茶の間に置いておいたスマホを取り、メールを確認した。
ーサクラ
「……なるほどね。」
メールを確認する私の後ろで、賽銭箱にお金を入れ、鈴を鳴らし願い事をしている音が聞こえた。
私は少しだけ気分が良くなった。
メールを読み終えた私は、ボケーッと空を眺める琉海君に近づいた。
ーサクラ
「それさ、私が行っても良い?」
その言葉に、彼は目を輝かせて飛びついた。
ー琉海
「良いですよ!!大歓迎です!」
もはや誰でも良かったであろう彼は、私の手を取りブンブンと振っている。
少年、あまりそういう感情は前に出さない方がいいぞ…
それを胸の奥に押し込め、とりあえず私も参加することにした。
琉海君は、うれしそうにその場を去って行った。
私は彼の背中を見送り、私は改めてメールを確認した。
『現実世界、琉海、生存率低。雫、未だ不明。
増田家、沙織、病気により寝込み中。裕介、介護により一時休職。未怜、安定。
…こんなふうにしかまとめれなかったが、以前よりもマシだ。
今回最もヤバいのは、きっと沙織だ。
遅くても八月の後半、九月の頭までには琉海を現実世界へ引き戻さないといけない。
その世界が存在できてるのは、琉海だけの力では無い、おそらく沙織が無意識的に力を貸してくれているんだ。
だがそれも時間の問題だ。
あたしもそっちに戻れれば、明日にでも戻る。
だが戻れそうになければ…、後のことはお前に託す。
…頼むぞ、あたしにとってお前が希望だ。
…
…
…最後に、東雲舞菜には気をつけろ。
彼女は、何をしでかすかわからんぞ。』
現実世界へ戻ってしまった彼女は、まだこちらへ干渉することができるようで、私は少しだけ安心した。
しかしこのメールの最後にある東雲舞菜。
彼女はミラにとって、それほどまでに危険な存在なのだろうか…
まだ私には、彼女の怖さがわからない。
わからないからこそ、明日の遊園地では、私が彼らを守らなければいけないのだ。
ーサクラ
「後のことは私に任せて、彼は何がなんでも守ってみせるから。」
そして、私はついに動くことを決めた。




