一日目『死んだはずの君』
僕は、東京の大学に通っている。
地元は広島で、今は上京している形になる。
そして今日、僕は一通りやることを終えたので、久しぶりに帰省することを決心した。
新幹線が来るのを待ちながら、僕はスマホでメールを見る。
ーサオリ
『広島駅で待つから、着く頃に連絡して!』
ールカイ
『分かりました、また連絡します。』
僕は沙織さんにそう返し、電源を切る。
ちょうどよく、新幹線の『のぞみ』がやって来て、僕はチケットを確認し、それに乗り込む。
座席へ座った僕は、地元へ思いを馳せた。
三年前、僕と同じ大学へ進学するはずだった、東雲雫の葬儀へ参列して以来、僕はすぐにこっちへ来てしまった。
そんなこともあり、僕は地元へ帰省するのが、少し怖く感じていた。
幸い、そんな僕のことを気遣って、沙織さんだけは年に十回ほど連絡を取ってくれていた。
もし彼女がいなかったら、今日も新幹線に乗ることはなく、アパートへ帰っていたと思う。
その原因と言うのは、あまりいいものではないが、強いて言うならば、やはり雫のだった。
そしてやはり、今回帰省しようと決心したのも、雫が要因の一つでもあった。
なぜ彼女が亡くなったのかというと、強盗と真っ向からやり合ったせいだ。
彼女はまさに、正義感に溢れた人だった。
しかし、それが原因で、彼女は強盗の持っていたナイフにより、刺殺されてしまったのだ。
正直、僕にはそんな勇気もないし、言っちゃ悪いがそんな無謀なこともしない。
結果としては、強盗はその場で現行犯逮捕され、他に被害は出なかった。
だが、彼女は亡くなった。
おかしな話だ、人のために行動した人ほど、早く死んでしまう。
そんな理不尽な世界。
ーーー
ー雫
「ルカイ!大学どこにするの!?」
ー琉海
「うるさいなぁ…、僕は東京の大学だよ」
ー雫
「東京のどこ?!」
ー琉海
「…青学」
ー雫
「青学!?じゃあ私も行く!!」
ー琉海
「そんな簡単なところじゃないぞ、お前みたいなバカは入れないって。」
ー雫
「私頑張るもん!
ルカイと一緒の大学に行きたいから、一生懸命頑張ってついていくもん!」プイッ
ー琉海
「そうか?
なら、僕が勉強でも教えてやろうか?
どうせお前、家に帰ったら仮面ライダーでも観るんだろうし。」
ー雫
「な、なぜそれを!?」
ー琉海
「僕の情報網なめんな。
…でも、僕的にも雫が一緒に来てくれるんなら嬉しいからさ。」
ー雫
「……ほほう…、案外やりますなぁ?」ニヤニヤ
ー琉海
「う、うるさいなぁ!
…とにかく、今日から毎日、仮面ライダーのリアタイは禁止だからな!」
ー雫
「ルカイを毎日見れるんなら、仮面ライダーは見ない!
その代わり、絶対に青学に私を入れてね!約束だよ!」
ーーー
涙が頬を伝い、僕は目を覚ました。
ー琉海
「……雫…、どうしてだよ…」
涙を手で拭い、スマホで時間を確認する。
そろそろ到着の時刻だった。
僕は沙織さんに連絡をし、窓から外を見た。
久しぶりに見た地元は、パッと見ても、以前と大木かわったところはなかった。
ー琉海
「…戻ったよ、雫。」
僕は雫から貰ったイルカのストラップを握りしめ、帰ったことを再確認する。
そして、広島駅へ着いた僕は、沙織さんの車を探して彷徨った。
そんな僕に、一つのメールがピコンと来た。
ーサオリ
『後ろだよ!』
僕はそれを確認した後、すぐに振り返った。
振り返った僕を見つけた女性は、車の窓を開け大きく手を振っていた。
ー沙織
「お~い!こっちだよぉ〜!!」
嬉しそうな笑顔で、大声で僕を呼ぶ。
僕も、それに軽く振り返し、車へ駆け寄った。
ー琉海
「迎えに来てくれて、ありがとうございます、沙織さおりさん。」
ー沙織
「いいよこれくらい!
むしろもっとこき使ってくれても良いのよ!」
笑顔でMっけのあるセリフを言う彼女は、僕の兄である、増田裕介の妻で、夏目沙織さんという。
沙織さんとは、高校の時に裕介兄さんが家族に紹介してから、ずっと仲良くさせてもらっている。
ー沙織
「大学はどう?順調にやって行けてる?」
ー琉海
「はい、就職先も決まりましたし、後は卒業するだけですよ。」
ー沙織
「そうなんだぁ〜!
…やっぱり琉海くんはしっかりしてるなぁ〜、裕介さんとは大違い!」
ー琉海
「また何かやらかしたんですか?兄さん…」
ー沙織
「裕介さんは良い夫であろうとはしてるんだけど、…どう考えても子供に悪影響なことしか口に出さないのよ〜…。
…うちの子まだ四歳なのに、変なこと覚えたらどうしようか、毎日ハラハラしちゃって…」
ー琉海
「……それは…、ご愁傷さまでございます。」
ー沙織
「琉海くんだけは私の味方で居てねぇ〜…!」
シクシクと言いながら、車を走らせる。
僕は窓から外を眺める。
以前と変わらない風景。
あの日も、僕はバスの中から同じような風景を見ながら、この地を去った。
ー沙織
「そう言えば、彼女はもう出来た?」
ー琉海
「い、いきなり何?」
突然の質問に動揺し、僕は聞き返す。
ー沙織
「いやさぁ、琉海くんは顔も整ってるし、性格もいいじゃない。
だから、彼女が出来ていてもおかしくないなぁと思ってね。」
ー琉海
「…残念なことに、女っ気ひとつもございませんよ。」
ー沙織
「えぇ?!こんな優良物件を、都会の子は放ったらかしてるの?!
あり得ないわ〜…、私だったら即食うのに…」
ー琉海
「沙織さん、そう言うのは聞こえない所で言うべきですよ…」
ー沙織
「そんな事言われてもぉ〜、もし裕介さんじゃなく、先に琉海くんに出会ってたら間違いなくアタックしてたよ〜?」
それは喜んで良いものなのかと思いながら、微笑する。
そんな他愛のないことを話しながら、気付けば生まれ育った小さな集落へたどり着いていた。
ー沙織
「そろそろ家だよぉ〜」
僕は三年ぶりのその故郷に、懐かしさを覚え、思いにふけっていた。
ー沙織
「…そう言えばさ、琉海くんは、どうして皆に敬語なの?」
突然そう聞かれ、僕は今までの言動を振り返った。
確かに、僕はどんな相手にも敬語を使っている気がする。
自分でも意識をしていなかったことで、これまで気にとめていなかった。
ー琉海
「…そう言われれば、確かにそうですね。」
ー沙織
「無自覚でやってたんだ?」
ー琉海
「はい、正直なんで敬語を使っているのかも、わかりません。」
「へぇあ~」と、沙織さんは気の抜けた声で会津した。
ー沙織
「じゃさ、私とは敬語なしで話していいよ!」
チラチラと、こちらに目配せする沙織さんは、期待に満ちた目をしていた。
僕はプイッと顔を背け、それを拒否した。
「あらら~…」と残念そうに言うと、沙織さんは再び運転に集中した。
僕はふと窓の外を見た。
その時、確かに見てしまった。
ー琉海
「…え?」
水色の髪をなびかせ、こちらを振り返った時のその瞳は、桜のように綺麗なピンク。
見間違うはずがなかった。
ー琉海
「沙織さん!車停めてもらって良いですか!?」
ー沙織
「えっ?!後ちょっとで家だよ?!」
ー琉海
「お願いします!」
押しに弱い沙織さんは、路肩に車を停車すると、急いで車を降りる僕を呼び止めようとした。
しかし、僕はその静止を聞かず、駆け出していた。
先ほど女の子を見かけた道へたどり着いたが、そこにはもう誰も居なかった。
僕は辺りをくまなく探したが、どこにも彼女の姿は見当たらず、結局最初の道へ戻ってきていた。
ー琉海
「……お前は…」
そこで、足元に何か落ちていることに気づいた。
ー琉海
(イルカのキーホルダー?)
どこかで見たような、ピンク色のイルカ。
さらに、それが落ちていたちょっと先に、別の物がキラッと光った。
僕はそれを拾うため、近づき、それの前にしゃがんだ。
そして、手を伸ばした時。
ほとんど同じタイミングで、手を伸ばしてきた何者かとぶつかった。
ー???
「アイタッ」
僕と頭をぶつけたその女の子は、頭を押さえながら、一歩後ろへ引いた。
僕も頭を押さえながら、片手でそのストラップを拾い、その女の子の方へ目をやる。
ー???
「ごめんなさい~、急いでたから…」
と顔を上げる女の子の顔を見た僕は、きっと泣きそうな顔をしていたのかもしれない。
僕の顔を見た途端、彼女は慌てて謝罪をした。
そして、小さなバッグから白亜のハンカチを取り出し、それで僕の目元を拭ってくれた。
ー???
「そんなに痛かったですか?!本当にごめんなさい!」
申し訳なさそうに、アワアワとする彼女を、僕は思はず抱きしめていた。
それに驚いた彼女は、一瞬動きを止め、フル回転で思考しているようだった。
ー???
「こ、こういうのは好きなヒトとか大切なヒトにするものですよ!」
そう言い、彼女は一気に距離を取る。
まるで、僕のことを知らない人かのように扱う彼女に、少し悲しくなったが、いざ冷静になると、おかしなことに気づいた。
ー琉海
「…ごめん、僕の知り合いによく似ていて…」
(…そうだ…、彼女はもう居ないんだ、バカだな…僕…)
ー???
「…そんなに似てるんだ?
その人って、私も知ってるかな?」
彼女は教えてほしそうにこちらを見てくる。
僕は少し躊躇したが、間違えてしまったことへの謝罪として、彼女に教えることにした。
ー琉海
「君と同じような髪色をした子でね、名前は東雲雫しののめしずくって言うんだ。」
その名前を告げた瞬間、彼女は「え…」と呟いた。
その顔は、困惑したような、少し恐怖しているようなそんな表情になっていた。
僕はどうしたのかと思い、彼女に近づこうとした。
ー???
「…東雲雫って、私、なんですけど…」
ー琉海
「……はっ?」
彼女は僕から逃げるように、背を向け走って去っていった。
取り残された僕は、何が起きているのかと、その場で立ちすくんでしまった。
思考が追いつかない。
死んだはずの東雲雫が、本当にさっきまで居た彼女なのか。
常識的に考えてありえない。
僕は確かに見たんだ。
彼女が、東雲雫が死ぬところを…
あの日、強盗に刺され、その場で命を落としたことを…
ー琉海
「…君は、死んだはずだ…、なのに、なんで…」
僕は握りしめていた、ピンクのイルカのキーホルダーを見つめながら、死んだはずの東雲雫に問いかけるのだった。
2025年7月26日
増田琉海、帰郷。
義姉の夏目沙織と、広島駅にて合流。
片道二時間弱かけ、生まれの地へ到着。
死んだはずの東雲雫と名乗る少女に出会う。