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恋心と悪魔 2


ジャルの家に招かれ、リビングの隅にある階段を細い手すりに捕まることもなく15段程度上がっていく。

上がりきれば通路になっており、両脇で計4つの扉が壁に取り付けられている。



「入って、」



そのうちの一つ。右奥の扉をジャルが開けてセルリアを招き、部屋に入る。

中は大型家具もあって少々狭い上に荒れており、通り道にならない場所には雑誌や工具も転がる。

机上には散らばった細かい部品の数々。そしてベッド。他にも何かと小物に収まる物が多い印象の室内だ。



「そこ、ベッドにでも座ってよ。」



ジャルの指差した先を追ってセルリアはベッドに座ると、ジャルは机の椅子に座って向きを変えた。



「さっきの、どうゆうこと?元々ラビスを知ってたのか?

不思議体験したってちょっとの有名ではあるけど。まさか、そんなん信じて会いに来てたとか?」



早速続きだとジャルは問い掛けを始める。

不思議体験というのはもちろん、崖から落ちても目が覚めたら無傷で、落差200mはある渓谷の川沿いで倒れていた。とラビスはいう18年前のこと。



「どうせ寝ぼけてたかなんかだよ。ある訳ねぇじゃん、そんなこと。

アイツは神様が、とか言ってるけど。どの口がいうんだよなぁ?次々と家族に死なれてよ。むしろ死神でもついてんじゃねぇか?」



ジャルはまるで信じてないどころか、むしろラビスを呆れるように語る。



「……死神か。

神を信じないわりに、死神は信じるのか?」



普段人々の目には映らない架空の存在。

ジャルは指摘され、苦虫を噛んだような顔をする。



「私は、何もない荒野、時間も刻まない……果てのない地に落ちた存在しか知らない。

神や死神の有無は知るところではないな。」



セルリアが続け、ジャルは目を丸くして呆気にとられる。



「地に落ちた?悪魔とか?

なんだ。そんなどっかの本にありそうな話は覚えてんだ?名前くらいしか覚えてないってのに、不思議だな。」



どこかで目や耳についただろう、神話のようなことを覚えているのに。生きる基本は覚えていないという。

ジャルもまた、ラビス同様に記憶を失った者の度合いなどわかるはずもなく、不思議の一言で終わる。



「悪魔……といわれるのか。」



存在を示す名を、セルリアは知らなかったようだ。

ジャルは懐疑に歪めた表情をする。



「そこは覚えてないのか……?


"善人は天に昇り、天に遣う天使となり。

悪人は地に堕ち、悪しき悪魔と化す"


……広まってはいるけど、お伽噺みたいなもんだろ。俺には、都合良く言ってるようにしか聞こえねぇよ。」



あまりこの類いの話は興味がないのか、根本的に否定しているのか。投げやりな様子でジャルが話す。



「……って。そんな話すんのに呼んだんじゃなくて。

ずっとラビス見てたって……アイツのことが好きなのか?だから離れないのかよ。」



脱線した話の軌道を戻し、ジャルは再びラビスとのことについて話題が移る。



「答えただろう?見ていて飽きないから居る。」



セルリアは先程とあまり変わらない質問に、同じ答えを返す。

それ以外はないというように。



「それは、ラビス限定……なのか…?」



「……どうゆう意味だ?」



少々不安げに戸惑いながらのジャルの質問は、セルリアには理解されず。

数秒の沈黙を挟んだのち、ジャルが腹を決めたように顔を上げる。



「だから……っ。

俺を見る気はないのかっ。」



顔を赤らめながら、精一杯といった様子で言葉にし。そしてまた戸惑う。



「ラビスに特別なモンがないんなら、これから。俺に、しないか?アンタを一目見た時から、俺は……。」



セルリアへと抱いた恋心を必死に口にする。

ジャルがうって変わって縮こまるようにして言葉を紡ぐ様子を、セルリアは変わらない無表情で見ていた。



「何をどう見るかは私が決める。話は済んだか?」



躊躇い続かないジャルの言葉に、セルリアは区切りをつけたのだろう。

淡々と返された返事にジャルは呆然としながら、みるみる表情を険しく変えて歯を噛み締める。



「……アンタは、悪魔だ……っ!」



次にジャルが顔を上げた時。

それはさっきまでの戸惑いは一切消え、憎しみを宿した鋭い目でセルリアを見る。



「……そのようだ。」



セルリアはそれを受けようとも表情を変えることもなく、話は終わったと思ったのか、腰を上げて部屋を出て行った。



「っあの女、俺の気持ちわかってて言いやがったってのか……!?」



しばし呆然と考える間をおいた後、ジャルの中で怒りが沸く。

セルリアによって閉められた扉をジャルは睨み、座っていた椅子を立ち、荒く蹴り飛ばした。



一方、部屋を出たセルリアはその音に反応する。

階段に向かおうと背にした扉を振り返りはしたが、階段の方へと戻す。



「言葉を借りるのなら、悪魔、という存在なのか。私は。」



妙に納得さえ見える様子で、階段を降りてリビングに戻る。



「あら、ジャルと一緒じゃなかったの?」



「上にいる。」



「そう。どうぞ、座って。紅茶持ってくるわね。」



セルリアを再びソファーへと招き、リビングはティスに任せてクレッサが紅茶を淹れに席を立つ。



「どうだい?ここでの生活、わかって来た?


ここは、大きな街と比べたらちょっと特殊でね。

私もクレッサもこの家に嫁いでから、しばらくは慣れなかったものよ。」



まだ数日ではあるが、ティスはセルリアにこの村の生活を聞く。

ティス自身もこの村の生まれではなく、嫁いで来た。生活が村単位では孤立している分独特で、金より物資の方が価値あるのが主なところ。


紅茶を入れる中年の女、クレッサもまた同じく他方から嫁ぎ、そしてジャルが誕生している。



「最もそれも最初だけ。他所から来てもここで過ごしているからね。

今となっては、働きに故郷を離れてる主人や息子より、慣れているだろうね。」



そう語る老婆ティスの旦那と息子は、この村を離れた街で仕事をしており、あまり頻繁にも帰らない。

金銭基準に誤差がある為に、村ではそこそこ羽振りが良く、村にない物もここにある。


セルリアは相変わらず表情を変えることなく、じっとティスの話を聞いていると軽快なベルの音が鳴る。



「はいはぁい!」



紅茶を淹れていた手を止めて、クレッサが大きく返事をしながら対応しに玄関に行き。

足音と共に微かに話し声がしたと思えば、じきにラビスがリビングへと顔を覗かせた。



「お邪魔します。ティスさん。」



「あら、いらっしゃい。

ごめんなさいね、ついセルリアさんを引き止めてしまってたわ。」



ラビスを見つけ、微笑みながら会話する。

身の上話までして引き止めてしまったことにクスクスと笑う。



「いえ。あ、お洋服できたんですね!ありがとうございます。大変じゃなかったですか?」



ラビスも真新しい服を着たセルリアを見て、ティスへ声をかける。



「いいえ。一から作るのは久しぶりで、張り切ってしまったわ。」



ティスもいい時間の使い方ができたというように嬉しそうに語り、ラビスも安心して微笑む。



「素敵ですよ、セルリアさん。よくお似合いです。着心地はいかがですか?」



「何も問題ない。」



セルリアも自分の身に合った服が動きやすいという意味かすんなりと告げる。



「一着じゃ大変だもの。型紙は取れてるから、また作るわね。」



「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます。」



ティスの申し出に、ラビスは微笑みながら一礼し。それを黙ってみていたセルリアもまた。



「ありがとうございます。」



ラビスを真似るように一礼しながら、どこか機械的な声色ではあるもののティスへと告げる。

老婆はシワを深め、また穏やかに微笑んだ。


少しの談笑を交え、ラビスとセルリアは家へと向かう。



「驚いたよ。畑から上がったていったら居なくて、シンシアさんに聞いて。

ジャルも僕にも言ってくれたら良かったのに。忘れたのかな?」



どうやらラビスにはセルリアの場所を聞いただけで、ジャルは何も言わずに家へと招いたようだ。


ラビスは共に居ると思ったシンシアの元にいき、ジャルが連れて行ったことを聞いて辿った。

だが怒る様子もなく、ラビスは笑って歩いている。



「奴に言われた。私は、悪魔というものらしい。」



「……え?」



唐突に、躊躇いもなくセルリアの口から出たのは、悪意ととれる単語。

ラビスは足が止まる。



「ジャルと何かあったの……?」



ラビスからは不穏な様子を感じる。



「ない。話をしていただけだ。」



「でも、悪魔なんて……。」



ラビスは真剣に考えながら、洗濯物を持って歩く。

セルリアも何を言う事も変わりもなく隣を歩いていた。


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