恋心と悪魔
セルリアの初仕事としてはまずまずと言った所か。
怒涛の昼食からの片付けを終えてからは、女達の時間。昼食を食べてからお茶を淹れて、話は止まらずに盛り上がる。
婦人ならではの家庭談義や子供の話などには、未婚の娘たちは離脱する時もある。
セルリアは広いテーブルについたまま聞いていたが、席を外れてソファー側を借りて憩う娘たちグループも増える。
出入りの多い一階部分は、その程度の自由な使用は自然と許されている。
そんな中、ソファーに移った内の二人の女がセルリアへとチラチラと視線を送りながら話している事には気付いている。
それも、浮かない顔。多少の攻撃性すら感じる様子だ。
セルリアも席を立ち、ソファーへ向かった。
「何か、私に話が?」
気にして見ていた二人はセルリアが近付くにつれて慌てたようだが、セルリアは手前に立って平然と問う。
「いや、っ別に……!」
揃って、笑えていないような笑みを浮かべて笑う。
「視線を送って居ただろう?」
セルリアは目に見えた事を問う。
するときっかけの女二人と、周りの女達も視線を俯けて目が泳ぎ始めた。
「あの、さ。ラビスが優しいのは、わかってるけど。もっと、違う所にお世話になるとか、も……あるんじゃない?」
声をかけた二人ではなく、周りにいたはずだった女が言葉にする。
「そう、だよ。
ラビスは1人で頑張ってて、大変だし。」
「そうだよね。
1人増えるって、食事とか、洗濯とか、量増えて。負担になるだろうし……ね。」
一人を皮切りに、ぽつりぽつりと声が漏れて団結しているかのように、互いに顔を見合わせ始める。
「負担……。」
セルリアも反芻する。
だが記憶するラビスは、むしろ母の教えだと誇らしげにして授けながら、嬉しそうに笑っている。
「ラビスだって、男の子だし。もっと、家族が居る余裕あるお家とか……。ねぇ?」
うん。と別人が揃いながら、答えは自ずと一致するように頷いている。
「量が増えてる事は違いない。必要ないものは削ろう。」
セルリアはあっさりと答えにするものの、女達はむしろ塞ぎ込み視線が泳ぐ。
「……納得しないのか。」
「っ、そうじゃなくて!
ラビスだって、恋人とか作るんだし……っ男の人と一緒に暮らすなんて、おかしいよ。」
「こいびと?」
セルリアは首を傾げるが、気付かれていないだろう。
「美人なら、誰だっていいでしょ!」
大声ではないものの声が荒れ、表情もしかめがちの女達に対してセルリアには何もない。
セルリアと女達の間には大きな狭間でもあるように、空気が変わっていた。
「こんちわぁ!セルリア!居るー?」
そう通る声をかけながら主婦の集まる家へ訪ねて来たのは、ジャルだった。
「あら、ジャルくん。」
「ちわ。もう仕事終わってますか?」
「ええ。セルリアさんは、ソファーの方ね。」
「ども。お邪魔しまっす。
セルリア。婆さんが服作ったってから、家来なよ!ラビスにはもう会ったから。」
シンシアと会話して、空気の悪くなっているソファーの方へと何気なく歩み寄る。
どうやら引き受けていたセルリアの服が仕上がったことを伝えに来たようだ。
「お疲れ様っす。
もう手伝い終わってんなら行こうぜ。」
ジャルもソファーに座っている女達には会釈しながら。
セルリアには少しばかり強引に手首を握って引くように歩く。
「セルリアさん、お疲れ様!また明日ね。」
シンシアを始め婦人グループには笑顔で送られ、娘たちのグループでは睨みにすら見える視線を受けながら農家を後にする。
「家まで行ったのに居ないから、どこかと思えば。手伝いしてたんだ?」
ジャルはわざわざラビスの家まで山を登って行ったが誰も居らず。畑に居るだろうラビスを探し、現在地を聞いたのだろう。
「ウチに居りゃあラビスみたいにギリギリの生活じゃないし、わざわざ出なくてもいいよ。ウチに住めば?」
家までの道を手を引いて歩きながらも、昨日一度は断られた話をセルリアに持ちかける。確かに、ラビスのところに居るよりは裕福に暮らせることだろう。
「そんなに私が奴の家に居るのは変か?」
セルリアは再び首を傾げる。
「まぁ、変っちゃ変だよな。恋人でもないのに。」
「さっきも聞きそびれた。恋人とはなんだ?」
「え。」
ジャルが驚きで立ち止まり、セルリアも合わせて足を止める。
「恋人、ってのは……その……。好きな相手?」
ジャルもまた手を離して、頭を悩ませるようにして回答する。
「友達だとか、親とかじゃなくて。男としてとか、女として、とかの……一緒に居たい。って感じの。」
「なにか違うのか。」
「……記憶喪失って、マジなのな……。」
根本からわかっていないだろうセルリアに、ジャルも困惑する。
「いや、まぁ……恋とかは言葉の方が難しいっつぅか……。
セルリアにとっては、ラビスはまず知り合った奴だし、人の良い奴だけど。
それも別に、ラビスに限らなくてもって話だろ?」
「いや。必要ない。」
「え、なんで……」
セルリアの意志がラビスに傾いている事実に、ジャルは聞き返す。
「何故か……わからない。ただ、見ていて不思議と飽きない。」
「は?」
セルリアの答えは予想もしなかったことで、ジャルは呆気にとられる。
「奴は、毎日と戦うように生きる。余裕のなさに滑稽とさえ見える。
だが……気付けば見ていた。立ち向かうように生きるその様を……ずっと。」
そう口にするセルリアは、嘘を並べているようには聞こえない。
実際感じて思っていたことだからこそ、こんなにも淡々と語れたのではないかと思わせる。
しかし、ジャルはどうしても疑問が残った。
「見ていた?アイツを?ずっと……?」
セルリアと会ったのは一昨日だと聞いた話であり、ジャルには意味がわからない。
聞き返しながらも考えていたのは……考えられることは、ラビスが適当に取り繕っているのでは?ということくらいだった。
「最も、奴はそれを知るよしもないだろう。」
そう言うと、話は終わりだと言わんばかりにセルリアは再び足を進めてジャルの家を目指す。
「ラビスには知られずに、ラビスを見てた?それも、ずっと……?
どうやって。何のために……?」
まさかの事実にジャルの頭はいろいろと混乱して呟いていたが、セルリアの背を見失いそうにもなり慌てて後を追った。
「素敵だわ!セルリアさん。どう?キツいとかない?」
「問題ない。」
老婆ティスに招かれ、できて間もない服の袖に手を通して、姿見の前に立つ。
首元は広めに開き、体のラインに沿うようなワンピースは、鮮やかな藍色を主にワンポイントで花の刺繍も入っている。
「もっと明るい色でも似合うわよ?きっと。」
「……暗い方が落ち着く。」
「そう?」
着替えたセルリアとティスがリビングに戻ると、中年の女クレッサとジャルもそこで待っており、着こなす姿に見とれた。
「セルリア、ちょっと来てくれ。」
「え、ジャル?」
ジャルはさっきの疑問もそのままだからか、セルリアに声をかけて階段を上がっていく。
クレッサが背中に問い掛けても返事もされず首を傾げている間に、セルリアもジャルについていった。




