セルリアという女 3
老婆の家を後にすると、商店通りと言われる道を行く。肉や牛乳を売る店や、工芸品を売る店。
家ごとにジャンルを担っており、はしごして揃えていく形である。
「やだラビス、どうしたの!そんな美人を連れて。」
あちこちから声をかけられて、森で同じく不思議な体験をし、しばらく共にするセルリアを紹介する。
「まさかラビスの他にも出るとはな。ただの森だと思ってたが。」
「記憶喪失!?大変じゃないか。困ったら声かけなさい。」
小さな村だけに顔見知りばかりで、取り囲まれるように顔見せも果たしながら日用品を買い揃えた。
その足で次はラビスが職場として世話になっている畑の主の元を訪ねる。
ガタイが良くすっかり日に焼けている50代という所の男へもセルリアを紹介しながら、昨日に続いての休暇を感謝する。
「そうだったのか。お前が休みくれなんて、珍しいことがあるもんだって話してたんだ。しかし美人だな。」
何事かという心配は晴れたようで、畑の主は豪快に笑う。
年頃でもあるラビスが女を連れる事も目を留めるが、そうでなくてもセルリアの姿は目を惹いた。
「でも家に置くとなると来れるか?一人にしちまうだろ。」
今日も休みは承諾するとはいえ、今後を尋ねる。
畑の主にとっても、ベテランなラビスの手がなくなるのは痛手だった。
「そうですね……。」
改めて言われ、ラビスは考える。
「なら、一緒に家に来るか?セルリアさんにゃ、体調見て嫁の方手伝ってもらえりゃ助かる。手伝いの居る昼は大量の飯作るしよ。」
広大な畑の手伝いに入るのは、当然ラビス一人ではない。朝から働く人々には、賄いで昼御飯を用意しているのだ。
作り手に配り手、片付けなど、いろいろと手が必要にもなる。
それにここならばラビスも近くで、何かと便利かと提案する。
「いいんですか?彼女もお世話になってしまって……。」
「かまわねぇよ。お前が来ない方が困るさ!仕事が丁寧だし。詳しくもなってくれたおかげでどんだけ助かってるって!」
少年時代から続けてきた経験のおかげで、一任して休憩を取ることもしばしばある。ラビスに欠けられると難しくなるくらいには戦力である。
「ありがとうございます。
セルリアさん。僕明るいうちはここで畑のお手伝いをさせてもらっていて。
その間家だと一人になるし。無理ない程度に、こちらの家の方の仕事でも、手伝えそうかな?」
お言葉に甘えて、と言いたいところだがセルリアに関する事だ。ラビスが改めてどうしたいかを含めて聞く。
「ここなら少しはわかる。これは抜いて、下に付いている丸いものを傷がないか見て、籠に入れる。力もある。」
丁度畑の主が居た所にはじゃがいもを植えてある。基本といえば基本なことでその通りではあったが、突然に名乗りを上げたことでラビスとアギアスが静かな間を挟む。
「いや、まぁ、収穫は手伝ってもらうことがあるかもしれないが。力があるって……その細腕でか?」
晒されている腕は肉付きがいい所か細身。力があるというのがまず信じがたく、あると言っても自分の中ではのものか?と思えば。
セルリアはふと歩き出し、近くにあった籠半分以上のじゃがいもが入った籠に手をかける。
「え、ちょっ!体壊すっ、セルリアさん!」
詰めれば30kg越えて入る籠だが、現在の中身は半分強。セルリアが籠の底で体を丸めれば収まってしまいそうなサイズと、高さもある。
男達ですら、スタミナ軽減の為にも重みを分けて運んでいるものだ。
ラビスが慌てて止めようとするが、セルリアは赤子を抱き上げるかのように軽々とした動作で籠を持ち上げた。
「へ……。」
男2人が呆然としている間に、育った葉の隙間の通路を顔の表情一つ変えず平然と歩いてきて、目の前に下ろす。
「これは、力がないというのか?」
「い、いいえ……。」
まるで夢のようにも思いながら呆然としつつ、持って来られたじゃがいもの半分以上入った籠と、セルリアとを視線が往復してしまった。
「驚いた……。あんな軽々、僕でも無理だと思うよ?
それに、知ってるんだね、畑のこと。君の居た場所にあったのかな?」
思わぬ事実を知ることになったが、ラビスも尊敬を見せる。
しかし目立った外傷はないといえ、記憶を失っているであろう現状。
セルリアの持ち場は、ひとまず家の中の方向で検討されることとなった。
家路を辿りながらセルリアの記憶についても考える。
食事等の日常的動作すら知らないはずが、植物や収穫を知っている。
医学に詳しくないラビスは、不思議な記憶の残り方もあるものだ、と解決してしまうくらいだが。
「見ていた。ずっと。」
まっすぐ正面、遠くを見ているようにも見えるセルリアの横顔を、驚きながらもラビスが見る。
「え……。畑仕事を?」
「水をかけたり、土をやったり、手入れをしたり。時間をかけてそれを取るまでを。何度も……何度も。」
ずいぶんと具体的にも知っている。
本当にそれを見ていたことがあるからこその言葉のように思える。
「早く、戻れるといいね。」
そんなにも語れる程見ていたのだ。ラビスは心の底からそう思って言ったのだが、セルリアからの返事はなかった。
そんなラビスとセルリアが並び、家に向かって坂を上っていく背中を見つめる影。
「なんで、アイツなんだ……っ。」
その目は憎しみに似たものも写し、眉を引き上げて歯を噛み締める。
遠ざかるその姿を隠れるでもなく見ていたのは……ジャル。
「でもまだ、アイツが会ったのも昨日っつってたもんな。
セルリア……もらうぞ。」
ジャルはラビスに妬みを抱いたようだ。
だが付き合いの日が浅いのは同じで、実際に1日の差。
ジャルは2人の姿に心に決め、その場を去った。




