セルリアという女 2
ラビスにセルリアも付いて行き、先日も世話になった老婆の家を訪ねた。
「あら!どうしたの?」
「こんにちは。実は……、」
まず対応に出てきたのは中年の女。クレッサが見慣れないセルリアに驚いている。
昨日の出来事、そして現在日常の動作すら知らずにいる事態を説明して、女性関連の知恵が欲しい旨を伝える。
「それは大変ね……!
あ、服はお母さんに作ってもらうといいわ。マメな人だから動いちゃうんでしょうし。楽しみも増えるでしょう。」
老婆も皆が家事や仕事を勤めている姿を見ては、じっとしていられなくなるのだろうとクレッサが笑う。
「え!でも、そんな手間をかけてもらう訳には……!」
「まずは上がって。お母さんに話してみましょう。」
ラビスは遠慮するが、頼もしい母親でもある女は笑顔で促し、リビングへと通される。
老婆はソファーで紅茶を飲んでいたようだが、その手が止まる。
「おやおや、どうしたんだい。見かけない子だね。美人さんだこと。」
「お母さん、ラビスの話聞いてあげてくださいますか?今お茶を入れて来ます。」
ソファーを促されて、老婆の向かいにセルリアとラビスも腰をかける。
ラビスの暮らす家とは似つかない、リビングだけで小柄な1Rとも言えるだろう。
絨毯や暖炉、そして部屋を飾る写真や装飾まであり、貴族という程の豪華さではないものの、一般より華やかな印象を受ける。
セルリアは物珍しいのか、部屋の中を見渡している間にラビスが現状を説明し、クレッサも新たな紅茶を持って混ざる。
「まずはお洋服よね。お母さん、作ってあげてくれない?」
「そうだね。私で良かったら作るよ。」
女が聞けば、老婆は快く引き受ける。
ラビスは教わる程度でお願いに来たのだが、それ以上の対応をしてもらうことに頭が上がらなかった。
紅茶を飲みながらの談笑を挟んでから、早速服を作るにあたって女3人が別室へ移っていき、ラビスが一人でそわそわとする。
「あ?ラビス?」
落ち着かない様子のラビスに声がかかり、そちらを向く。
階段の最後の一段からリビングへと足を降ろした男。
「あ、ジャル。お邪魔してるよ。」
中年の女の息子、ジャル。
ラビスと同じ歳くらいの青年だが、毛色は違うようだ。軽いパーマがかった短髪を無造作に遊ばせ、つり目気味の目は見下しているようにも見える。
一言で言えば、少々軽そうな男だ。
「また婆さんと母さんか。
お前見習えってうるせぇんだよ、どうにかしてくれ。」
面倒を前面に出して溜め息つきつつも軽口で、ラビスに歩み寄ってきて不満とばかりに漏らす。
「あはは。でもジャルと僕は、得意とするものも違うしね。
機械って複雑だから、僕にはなにがなんだか。整備なんてとてもできないよ。」
「俺は広い畑で一つ一つ収穫だ、とか思うだけでやんなるって。」
どうやら性格も対極に近いようで、お互いに思うことを言って顔を合わせて笑う。
「ほんとお前とは気が合わねぇよな!」
「そうだね。僕にはないものを君が持ってるみたいだ。」
気が合わないとは言うが、笑って話している二人は自然な仲の良さに見える。
「しかし上がるなんて珍しいな。今日は畑いいのか?てか、婆さんと母さんどこ行ったんだよ?上げといて放置か?」
ジャルはそういえばと、上げた張本人達の姿を目で探すが居ない。
「いや、ちょっとお願いがあって来たんだけど。本当に快く手を貸してくれて……、」
ラビスが状況を説明しようとした時だ、奥の扉が開いて3人が戻る。
「これから買い物でしょう?ちょっと大きいけど私のお古、仮に着てもらっててね。」
そう連れられて来たセルリアは、落ち着いた紺色のワンピースを着込んでいる。
少々布の余る印象はあるが、ラビスの服程ではない。腰に結ばれた紐が体の細さを強調していた。
「買い物も手伝いましょうか?」
「そんな。お店の人達にも頼ろうと思います。ありがとうございます。」
クレッサは買い物にもと申し出るが、十分過ぎるとラビスは感謝する。
「え?お、おいっ、ラビス。
お前、なんだよ?この人……。」
当たり前に進む会話に呆然としてたジャルが口を挟む。
「昨日、川沿いで倒れてたのを見つけたんだ。でも記憶をなくしてるみたいだから、しばらくは泊めて様子を見ようと思って。
だけど彼女は女性だし、僕じゃわからないこともあるかとお願いに来たんだ。」
ラビスはし損ねた説明をジャルへ話すと、呆然としつつまたセルリアを見る。
長い黒髪は光に当たれば艶めき、露出した白い肌は紺色のワンピースで引き立ち、スタイルも良いと見てすぐにわかる。
ジャルもまた、セルリアの美しさに魅入られていた。
「……なら、家でもいいだろ。なぁ、母さん!」
我が家を推すジャルが知る人々には意外だったようで、老婆も女も、ラビスも一瞬呆気にとられた。
「そう言ってみたけど、ラビスの元がいいんですって。信用できるんでしょうね。」
どうやら服のサイズを測って居るときに持ちかけた話のようだが、セルリアの答えはノーだったようだ。
「すみません、気を使っていただいて。」
「いいえ。ラビス、貴方も大変でしょう。無理しないで頼って来なさいね。」
「はい。ありがとうございます。」
我が子のように親しみ受け入れてくれる。この村は栄えてるとは言えず、不便を感じることも多い。
だが、小さな農村だからこその温かさを噛み締めて、一礼してその家を出た。
「セルリアさん、本当にいいんですか?
見てわかったと思いますけど、僕では……毎日が精一杯ですよ?」
家を見ても、豊かさは一目瞭然だろう。
いくら記憶を失っているとは言え、それほどの差はわかるだろう。
「知ってる。いつでもじっとしていないことなら。」
まるで落ち着きのない子供のような言い方に思わず呆けたラビスだが、次には笑ってしまう。
そんな子供のように言われたのはいつぶりだろう。
じっとしていない、などと表現されるのは予想外過ぎた。
「あ、ごめんなさい。確かに、じっとしていないなって今気付いた。」
じっと見てくるセルリアは一体何を思っているのか。ヒントになる表情や言葉もないのでわからない。
しかしラビスは妙に納得してしまった。
母親と二人の時でさえ、支え合うのに必死で家事をこなしていた。
それほどに追いかけて余裕がないのだと、自分が無意識にも根詰めているのだと気付かされ、心なしか楽になった気もする。
そんなにも根詰めずとも、支えてくれる人達がいる。
こんな風におかしくて笑ったのはいつぶりだろうと、ラビスは実感した。
「ありがとうございます。なんだか、気が晴れました。」
晴れ晴れとして笑ったラビスだが、セルリアは様子を黙って見ている。
まっすぐに見つめられていることに気付くと、ラビスは少しばかり戸惑う。
その瞳はどこか影や重みがありながらも、惹き付ける何かを秘めるようで、不思議な高ぶりを感じるのだ。
「……戻った」
「え?」
突然の指摘ととれる言葉に、ラビスはつい逸らしてしまった視線をセルリアに戻すと。
「言葉。一瞬、抜けた。」
最低限の単語を繋げた会話に、ラビスは何を言わんとしてるのか考える。話す上で何かが抜けたとなれば、まず気になったのは何か言うべき言葉が間違っていたのかと考えるが、思い当たらない。
「話し方。堅くする必要はない。」
悩んでいることがわかったのか、セルリアが言葉を続ける。
ラビスの敬語に対して向けたことだったと合致する。
「ありがとう、そうするよ。」
ラビスが敬語を使わない人物は限られている。大人達には基本的に敬語で慣れてしまい、時折同年代や年下にも混ざってしまうくらい。
変わらずあれる少ない中の一人が、先ほどのジャル。
そして今またセルリアが内の一人となったことだろう。




