魂の選定
「どうゆう、ことだよ。失敗したのか?」
「なのかな……?セルリアさん、来るときは鏡が光るって言ってた。あれは、光……じゃないよね……。」
悪魔の事情など知るよしもないジャルとラビスが話合ったところで、答えは出ないかもしれないが、セルリアに聞いていた様子と違うのは確かだった。
ラビスも恐らくではあるが、森の中で霧にも通る強い光を見た。そうなるかと思えば、まるで真逆。
禍々しく、闇に引きずり込むような何かが現れ、結果セルリアを気絶させただけ。
まるで意味がわからなかった。
それからセルリアが目を覚ましたのは、1時間が経った頃。
セルリアの横たわる布団を2人で囲むようにして、心配を映した顔で待っていたその時。
睫毛の長い目が一度強く瞑られ、その瞼がゆっくりと上がる。
「セルリアさんっ!よかった……っ!」
「大丈夫か!?」
ラビスとジャルがすかさず声をかけるが、まだ意識が覚めきっていない様子に静かになる頃には、セルリアの目にはっきりと意識が戻り、勢いよく布団を起き上がる。
「うぉっ!?」
頭突きでもされそうなその勢いに、ジャルもラビスも咄嗟に上体を逸らし、何事かとセルリアを見れば。
胸元まで上げた手のひらに何かあるかのように、必死な雰囲気で見つめている。
「セルリアさん……?」
ラビスが尋ねるが、セルリアには届いていないようだ。
ただ必死に自分の中で葛藤しているだろうその姿に、ラビスとジャルは疑問顔を合わせつつも待っていると。
今度は布団から立ち上がり、全身で慌てながら、飾られた家族写真の近くに合った机上の鏡を手にして、それを見つめている後ろ姿を見守る。
そして……恐る恐ると言った様子で、ゆっくりとセルリアが振り返ると、その表情は呆然としたものだった。
「セルリア?」
ジャルもラビスも、何がなんだかわからない。静かな声をかける。
「力、が……、消えた……」
ポツリと呟かれたその言葉は、掻き消されそうな程小さかったが、ラビスとジャルの耳に届いた。
しかしそれを飲み込むまでには、数秒かかった。
「え?ち、力が消えたっ、て……えっ!?」
信じきれずに動揺が声にも現れているラビス、ジャルは何も言葉が出ずに口を開けたまま停止している。
「誰、かは……見えなかった。
しかし、確かに……『力を寿命へ変える。魂を解放する。』と……言われた。」
鏡の闇に包まれた時か、気を失っている間の夢の中なのか、その辺りはセルリアにも定かではないが、言葉を確かに聞いた。
ただ願望のように見た夢のよう。しかし、力を解放する術というよりは、あるはずの感覚が無くなったと言うべきか。
今のセルリアには、抜け落ちている自覚が出来た。
「ちょ、ちょっと、待て。力がないって……寿命って、それってつまり人間、てことか?
お前……っ、人間になったのか!?」
ジャルは言葉にしながら自分の中で整理し、ある答えへと辿り着く。
異端な力もなくなり、それが寿命へと変化したというのなら、自分と何も変わらないものではないかと。
「わ、からない。だが……、」
「っセルリアさん……!」
いつの間にかまた泣き出していたラビスはただ夢中で、セルリアを抱き締めていた。
ジャルもセルリアも、話はしていたがまだまだ自分の中の思考でいっぱいいっぱいで気付いて居なかった。
「きっと……っ、きっと、罪を許されたんです!生きて、いいんですよ……っ!」
セルリアは誰よりそれを噛み締めていそうなラビスの肩元に埋もれながら、すぐ側で涙声のその言葉を実感していった。
人にはない異常な力、死による解放すら許されない不老不死。
それはセルリアの記憶にすらなくなったかつて犯したであろう罪からの罰なのか、どれだけ移り変わることもない果てのない地獄の世界にいただろう。
人の中に移り暮らそうと、別の存在であった。
それが今、憧れにも似た人と同じ存在としてあることを、時間と限りのある世界で生きることを許されたのだと。
セルリアは沸き上がる何かが抑えきれず、気付けばラビスの背に手を回し、涙が溢れ落ちていった。
そんな抱き合って泣くラビスとセルリアに、ジャルは呆れたように、しかしただ嬉しそうに。涙浮かべた目を細めて笑った。
これでセルリアには、村以外の居場所はない。
ラビスとジャルが考え。日を空けて、戻るべき家がなくなっており、やはり戻って来たという理由をつける。
村の人々に嬉しそうに笑われながらも歓迎され、村に暮らす人生が始まった。
「ラビス。やはり、生きるのなら尚更、お前と共に生きていたい。」
「僕もです。」
悪魔という存在であったことを忘れた訳ではない。だからこそ、またそんな存在に堕ちない為にも懸命に、そして幸せに。
命の時間を刻んだ。
抱えきれない程の毎日の思い出を増やしながら、長くも儚い寿命という時間。
老いたセルリアもまた、ようやく死を知った。
ーーーー
『よくぞ、立ち直ったな。』
その声には聞き覚えがあった。
忘れられるはずもなかった。
存在が変わるその瞬間に聞いた、導きの声を。
『ほぅ、私を覚えていたか。
ならば、つかの間の記憶だろうが教えてやろう。
あの鏡はかつて私が使用していたものだ。それ故に、力を宿してしまったようでな。
奴は地に潜り、獄所より受験者を選定して現世へと導くのだ。
その先で触れる魂との相性も見てな。』
その声は低く、重低音で響き渡るような声色。
その声が語るのは、不思議な力を持ち合わせた曰く付きの手鏡の真相だった。
『力とて、その主の心を写すもの。
使用し続け、更なる罪を重ねれば鏡に吸い込まれ、永久の監獄となり。
罪の維持ならば、また無限の間へと戻る道となり。
そしてその魂が懺悔するならば、今一度、生のチャンスを生む。』
更なる罰と救いを選定する鏡。
それがセルリアの手にした手鏡であり、その鏡を手にした時点から試されていたのだ。
魂が見せる行動を見極める為に。
『身内ではそれを私の名を取り、"閻魔魔鏡"と呼んでいるそうだ。』
閻魔とは、魂の選定人。
その魂の人生を見て逝く先を振り分けることを許されたその人物。
その力を宿した鏡もまた、同じ力をもって選定を行うのかもしれない。
『一度は堕ちた存在でありながら、罪と闘い、背負い、懸命に生きたその姿。目を見張るものであった。
よって、天へと昇ることを許可する。
転生果たすその時まで、精進を重ねて待たれよ。』
目前にいる今でさえ、その姿は見られなければ、返事を返すことも、質問することもできない。
何せ今、声を聞いているその姿は、小さな魂の球体。肉体があっては入れない、また特別な世界だった。
その球体は光を増して発光し、そしてその光が止む頃にはその場所から消えていた。
『神をも恐れぬ諸行があったと言え、無限は重かったのかもしれんな。
あんなにも、美しい光を放つ魂だったとは。
いいものを見せてもらったぞ。』
きっと魂には聞こえていないだろう独り言。
しかしその低い声はどこか穏やかで、微笑んでいるようにも聞こえた。
End




