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手鏡の扉


翌朝、ラビスが目覚めて変わらず朝飯を食べた後。セルリアはつい数時間のことを話しに口を開いた。


同類の存在であるその女の話と攻撃した理由。

そして届けられた鏡を出す頃には、ラビスは固まってしまっていた。

様々な思いが渦巻く感情は、ラビスが目を泳がせて言葉も出せない間が語った。



「ちょっと、思ったより早い、かな……。」



ラビスは無理矢理に歪に笑う。

その内では、セルリアを送るべき使命感と、引き留めたい欲望が激しくぶつかり合っていた。



「すぐに、行ってしまうんですか…?」



まるですがるようにも見えるラビスの悲しげな様子に、セルリアもまた言葉を躊躇う。

セルリアにしても、短すぎる気がしていた。


しかし別れを先に伸ばせば伸ばす程、辛く苦しくなることを嫌でも感じていた。



「……3日。

突然消える訳にはいかないだろう。それで、準備を整える。」



セルリアは自分にも言い聞かせるように、その期限を決めた。

それまでに村の住人達に事実は告げられずとも、ここから離れることを知らせようと。



「……、はい……。」



ラビスもまた、それを受け入れるしかなかった。

誰よりも辛いのはセルリアだろう。それでも言い切って自分に課す姿を見て、引き留める言葉は出せなかった。


まずはと向かったのは、ジャルの元。

部屋に上げてもらい話せば、ラビス同様に固まった。



「っマジ、かよ……。」



その鏡を見せられたら、嫌でも現実だと飲み込むしかない。



「けどっ……!帰れなんて決まりも、それがすぐにって決まりも、ある訳じゃねぇんだろ!?

本当に帰りてぇのか?ここに居られねぇのかよ?」



ジャルはラビスが飲み込んだ引き留める言葉を口にする。

苦悩を増やしたいのではないだろうが、セルリアの気持ちを思ってのことだろう。



「例え望まぬとも。私は、一度は地獄に堕ちた悪魔だ。」



少しずつより表情の見えるようにセルリアが歯を食いしばる。


それには反対していたジャルも、それを押し込めているラビスも、かけるべき言葉が見つけられなかった。



「帰る……?」



それから衣類等の面倒を見てくれたジャルの家族。何度も働きに通った農家の主、アギアスとシンシアや。手伝いに行った他の農家。

パノスの一件で立ち会った村役場に村長。


ウィークトリア村人達へと告げる。帰るべき場所の記憶が戻り、そこへと帰るという知らせを。


セルリアが人ではないという事情を知らない村民達は、別れに悲しむ。

しかしその先でもどうか元気でと、最後まで心優しくセルリアを見送った。



そして、あっという間の3日だった。

セルリア、そしてラビスとジャルは最後まで見送りにその場に立ち会う。


セルリアが帰る場所として選んだのは、幼いラビスを助けた森の奥。未だ攻撃の窪みも残るその場所だった。



「セルリア。今度は、ラビスばっかじゃなくて村の奴らの姿も見ろよ!」



ジャルは明るく笑ってセルリアを送る気なのだろう。

茶化すような言葉をあえて言う。



「鏡が映すのなら……いや、映させたいものだな。」



セルリアもそれに落とすように笑う。

この世界に来なければ知ることのなかったこの村全体、一人一人の温もりは、2年でも十分過ぎるくらいに知った。

皆が生きる姿を、見たいものだと。



「つぅかっラビス、いい加減にしろ!お前がそんなんじゃ、セルリアが帰れねぇだろ!」



ジャルが怒りを含んで向いた先には、ボロボロと落ちる涙を何度も拭っているラビス。

拭っても拭っても、何度となく溢れ出して止めどなく。ハンカチも絞れそうなくらいだ。



「っ、ごめ、でも……っ、止まらなくて……っ!」



そんな感情的な様子もラビスらしいと言えばらしいのだ。

ジャルはため息つき、セルリアは小さく笑う。どちらも仕方ないと許すように。



「その一生、見守り続ける。

お前達は、こんな存在に堕ちてくれるなよ。」



共にいた日々の思い出を噛みしめ、寿命が尽きるまでもセルリアは鏡を通して見ているだろう。

どうか、自分のような存在にならないようにと願いながら。



「おぅ。約束するよ。」



「っ僕も、です……!」



そろそろ堪えるのも限界なのか、涙を浮かべて鼻を啜るジャルも。

泣いたままの濡れた目でも、しっかりと意思を持ちラビスも頷く。


セルリアもその様子に微笑んだものの、そのまま数秒2人を見つめる。

しきりに目を伏せ押し出された涙が頬に一筋の跡を残しながら落ちる。



「元気で暮らせ。」



セルリアは袖で拭い去りながら、力を解放して鏡を見つめる。

そこに映るのは色素が薄く、瞳孔の輪郭をハッキリと描く白い瞳。

痛みは混じるが、戻る為にと堪える。



「セルリアさんっ!貴女に会い、暮らした日々は……っ絶対に忘れません!

っ貴女が、好きです!ずっと……!」



ラビスは留める事も投げ出したように、ただ思うままを言葉にする。


ジャルはぎょっとしていたが、セルリアはふと小さく笑うと、おもむろに手を胸辺りまで上げる。


その中指には、ラビスからもらった指輪があった。

もらってから、畑仕事以外はつけていたそれを指ごと顔まで持って行き、輝かずとも主役を飾る赤い石に唇をつける。


その返事は、同じ気持ちを表しているということか。ジャルは目を丸めてから吹き出すように笑い。

ラビスは、ただ喜びで更に涙を浮かべながら笑った瞬間だった。


手元で淡い光を浮かべていたはずの鏡が、突如重く黒い煙を浮かべ始めた。



「っな……!」



それにはセルリアも、見ていたラビスもジャルも、目を見開いて驚き。

ゾッと身の毛がよだつように禍々しいと本能で悟る間にも、鏡を持つセルリアの手から飲み込むように侵食していく。



「……っ!逃げろ!!」



セルリアがそう声を張り上げるや否や、禍々しい煙はあっという間にセルリアを包んだ。



「せ……っ!セルリアさんっ!」



ラビスはただ夢中で駆け寄ろうと踏み出したが、その足は一歩で止まる。

ラビスの腕を捕まえ、ジャルが行かせまいと引いていた。



「っバカ!よせ、ラビス!!」



「ジャル、離し……っ!セルリアさんっ!!」



その場で人を覆う黒い塊となっているが、まだ中にセルリアの姿はあるはずだろう。

ラビスは夢中で行こうとするが、ジャルは力ずくでそれを止める。



「お前に何かあったら、セルリアどうなんだよ!!」



そう鼓膜を破りそうな程で怒鳴るように言ったジャルの言葉に、ラビスは我に返る。

今誓ったばかりで、セルリアとの約束を破ることになるかもしれない。

それが、微々たる差ではあるがラビスを押し留めた。


何が何だかわからないまま、力が抜けて、ジャルに支えられながらその場に崩れる。



「セルリア……っ!」



ラビスが動きを止めたことで、ジャルは黒い塊となっているそれを見つめる。

一体中で何が起きているのか、引き摺り出しに行くとしたら、どうなるのか。


何もわからないからこそ、歯がゆくともその場に居るしかない。



必死に意識を落ち着かせて考えようとしていると、1分経ったくらいだろうか、黒い煙のようなものが引いて鏡へと消え。


その場にセルリアの体と鏡が、繁った草の中に落ちる。



「っセルリアさん!」



「セルリア!」



一体何が起きたのかはわからないが、セルリアがそこに居る以上、ラビスとジャルも慌てて駆け寄る。

セルリアは気を失っているらしく、まるで力が入ってない。


とにかく今はと、ラビスがセルリアを背負い家まで戻ろうとすると。



「っあれ……、か、鏡……!?

おい、鏡、この辺だったよな!?」



「うん、ないの……!?」



ジャルは鏡もまた持ち帰ろうとしたが、落下しただろう周辺の草をいくら掻き分けても姿形がない。


ひとまずセルリアだけでもと、ラビスの家へと戻ってセルリアを布団へと寝かせた。




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