尋ね人 2
2年前、セルリアが二度目のこの地へと降り立ったその時に攻撃をしかけ、手鏡を奪ったと思われる女がセルリアの元へとやってきた。
セルリアは鏡を奪われてから、その姿を見かけていない。
しかし、同類であるその女の元には、壊しても尚手元に戻るという違い。
お互いに疑問が深まり、その鏡がなんなのか。それを知らない内に切り上げる気分には、どちらもなれなかった。
誰にも見聞きされないようにと場所を変え、見晴らしは良くない岩場の上に移動する。
「私も同じよ。鏡である男を見ていた。
ソコに飛ばされてから、3年とかになるのかしら?」
まずはお互いの差が出る原因を探る為に、身の上を語り合うことにした。
どうやらその女もセルリア同様、しばらくは鏡越しにこの世界を見ていたようだ。
そして導かれ、3年の月日が経っていた。
「その男は、またこの世界に来て1年足らずで死んだみたいよ。鏡の中と同じ、ただ見かけていたくらいのものだったけど。」
「1年……。」
「それからどれくらいしたかは覚えてないけど。そのうち、鏡が私の前に現れた。
もう死んだ男を映してた鏡に興味なんてないし。また何もない場所に戻りたいなんて思わなかった。だから、鏡を割ったわ。道を閉ざす為に。
それでも。またしばらくしたら私の前に現れたのよ。気味が悪くて、粉々にしたはずだった。」
それが鏡を見た2度。
現れたことで割って終わりかと思えば舞い戻られ、その異質さに、再び見たときにはただ夢中にその鏡が現れないようにとしたことだろう。
「3度目。壊しても戻った前例があるのよ。いい加減、鏡の気配に過敏になってるわ。ここがまた近場だったから、今度こそって力まで使って鏡を壊した……と思ったら。
まさか私同様に送り込まれたのがいるなんて思わなかったわよ。」
話の限り、標的にしていたのは鏡。
セルリアを狙って攻撃した訳ではないようだ。
「しかもその後、誰か来たんだもの。鏡を持ち去って改めて粉々にしたはずなのに、またこうして手元にあるのよ。」
恐らくその人物は爆発音で飛び起きて何事かと見に来たラビスだろう。
その女もただ鏡を壊して振り払いたいが一心だったようだ。
しかし3度砕いても甦り、そしてまた手元へ戻りもて余しているのだろう。もういくら砕いたところでいずれまた帰ってくると。
「……鏡からは離れるが、一つ聞きたい。人にはない力に、衰えを感じたことは?」
セルリアは女が鏡にしか興味のないことを知り、力のあり方を尋ねてみる。
その質問は、ラビスやジャルには話せるものの、セルリアでさえわからないものの答えなんて知る由もない。
同類、それもこの世界での先輩にもなるその女なら、何かを知っているかと。
「はぁ?それって、この力のことよね?ないわよ、そんなこと。」
あるべき場所を離れたことで、誰もが一時的に訪れるものかと思えばそうでもないようだ。
3年いるという女はそんな経験などなく、今もなんら支障なく、かつてのセルリアのように自由に使っている。
そんなことありえないとばかりに。
「そうか……。」
セルリアはまた一つ選択肢が消えたものの、核心には迫れた気がしない。
同類でさえその現象を知らないとなれば、元の個人の力量差か、使用に関してのものなのか。まだまだ、疑問は片付きそうにない。
「衰えてるの?早々解いたのも、まさかそれで?」
「力を使う負担か、視線ならば目。聴覚ならば耳……それぞれに痛みが走る。近頃は意思関係なく、じきに解けてしまう。」
女はそんなセルリアの現状を、信じられないといった様子で聞く。
そんな状態が自分にはないものであった。
「鏡が出ないことと関係あるのかしら?」
「私にもわからないことばかりだ。自分の体だというのに。」
疑問がまた新たな疑問を呼び、セルリアは答えも見つからない途方にくれるしかない。
「……まぁ、いいわ。私が来たのは言うまでもない。鏡、もらって欲しいの。
また私のとこに来てしまうのかもわからないけど。」
女がセルリアへと手鏡を向ける。
「戻る気はないのか?」
「ないわよ。あんなとこ、好き好んで戻りたいなんて思わないでしょ。アンタだって。」
セルリアは俯き、言葉も出て来ない。
女はそんなセルリアを観察するように視線を動かした。
セルリアはようやくの間を挟みながら、その女から手鏡を受け取った。
今はまだ鏡面を伏せて。
「戻るんじゃないの?」
その女は消沈したような姿に鼻で笑う。
「ちゃんと別れなければ、心配させる。」
セルリアの表情がふと緩む。
隣で、愛しさも含め落とすように笑うセルリアに、女は違和感を感じていた。
その姿、雰囲気はまるで人のようで、同類には見えなかった。
「鏡、私の元に来られたくないし。ちゃんともってなさいよ。」
「えぇ。ありがとう。」
ただ自分の為に持って来た女だ、礼を言われるのは予想外だったが、目的も済んだ。
羽を広げて一瞬にして飛び上がり、瞬く間にその場から去った。
「まさか、こんな形で戻るとは……。」
冷たく、重みのある純銀。
存在感を嫌でも感じつつ握りしめながら、セルリアもラビスの家へと静かに帰った。




