尋ね人
セルリアが戻り、パノスによる村荒らしもなくなった。
それは、村の住人達にとって最善の結末だった。
一度はセルリアを疎ましく思ったことへの罪悪感は残りながら、また一人の村民としてパノスと出会う前のように家族同然な関係に戻るまでに時間はいらなかった。
それと同時に、セルリアに再び安堵を伝えるような笑みが戻ることにも。
「あっはっはっは!なんだ、漏らしたのか?あの子豚!やっべぇ、目の前で腹かかえて笑ってやりたかった!」
ジャルもラビスの元にフラリと遊びに来れば、まだ数日前のセルリア奪還劇を聞き。
セルリアが悪魔の姿を明かした時のパノスの様子を話せば、大口を開けて笑う。
「ジャル、そんなに笑っちゃ悪いよ。彼にしたら怖かったんだろうし……。」
ラビスは涙まで滲ませて大笑いするジャルに、パノスのフォロー……になってるのかは不明だが諭す。
「散々見下した俺らに、ゲラゲラ笑われてりゃいんだよ。なぁ、セルリア!」
「そもそも、そうならないお前達が私には不思議でならない。」
ジャルはいっそ清々しいほどに笑い飛ばしながらセルリアへと同意を求めるが、セルリアはまた別のところが気になって仕方ないらしい。
「滅茶苦茶に暴れる奴が更に悪魔だっつったら逃げるぞ、俺だって。」
「そうだよ。セルリアさんだから、安心していられるんだよ。」
相変わらず異常な力や悪魔という存在は認めながらも、ジャルもラビスも、怖がる素振りなど少しもない。
きっと何度聞いても彼らの答えは変わらないだろう。
セルリアももう、そうゆう2人なのだと受け入れて聞くのをやめて口を閉じる。
そんな2人がいてこそ、この場所を望む自分がいることはよくわかっている。
日々を過ごし、時は無情に感じる程に止まることなく流れていく。
セルリアがパノスの元から戻り、また1年になろうかという時。セルリアがこの世界に来てからは、2年が経過した頃だった。
「っ……!」
夜中、セルリアは布団から跳ねるように起きる。
当然睡眠は必要ないのだが、眠るということは覚えたセルリア。しかし寝ていたにも関わらず、寝惚けるということもなく、上体を起こして息を詰めたと思えばすぐに立ち上がり。
寝ているラビスを起こさぬように、足音も立てない一歩で、飛ぶように玄関口へとふわりと降り、静かに戸口を開く。
立て付けも悪く軋む戸を開け、隙間から体を滑り込ませるように出る。
そして力を解放した為に色素も薄い、鋭い眼差しで辺りを警戒するように視線を配る。
「ぐ……っ!」
しかし、そう経たないうちに目に痛みが走り。それを覆ったセルリアの手。
それが外れた頃には、瞳は黒く戻ってしまっていた。
ここのところ、悪魔たる力はロクに使えなくなっている。使用すれば痛みが走り、勝手に内に引っ込むのだ。
その答えは、未だに出せないままである。
「なんのつもり?力を解くなんて。」
そう聞こえた声は、まだそれなりに遠い気がした。
しかし数秒のうちに瞬間移動でもして来たかのように、一つの影が目の前に現れていた。
月明かりで見える程度の、影で黒に染まるその姿。だが、セルリアは力がなくとも夜目が利く。
その目が映したのは、肩より少し長い程度の髪に曲線的な細身の体、それに声からしても女のものだ。
そして、月明かりで白く光るような瞳。背中には、羽がシルエットに加わっている。
言わずともセルリアと同類の存在だということを現していた。
「それに、ずいぶんと力が弱ってるみたいね。最初からそうだったかしら?」
その口振りに、セルリアは違和感をもつ。
同類として、以前は同じ空間に居たかもしれない。しかしセルリアに、その女の覚えはまるでない。
だがその声色は……どこかで聞いたような気がした。
「お前、鏡を奪っていった女か……?」
今にすればもう2年も前で、すぐには思い当たらなかったが、この世界に来た瞬間に攻撃で爆発をおこしてセルリアから鏡を奪った人間ではない女。
「そうよ。」
その女は悪びれる様子もなく、ケロリと返事を返す。
「鏡は。あの鏡は、どうした。」
「壊したわ。」
またもあっさりと言ったその女に、セルリアは一瞬理解が追い付かずに言葉が出なかったが、次の瞬間には歯を噛み締める。
「な、ぜ……っ。何故道を断った。私達は人ではない。ここに居るべき存在ではないはずだ。」
共に暮らす人々の中で、差は嫌でも目につく。
いつまでもここで暮らすことなど許されることじゃないと、セルリアが自身を咎めていたというのに。
きっかけとなる鏡がなければ、戻ることなとできないのではないのかと。
「おかしなことを考えるのね。この力があれば、この世界をどうにでも出来るし。なんの代わり映えもない向こうより、遥かにマシじゃない。」
セルリアが理解できないと言わんばかりのその女は、存在が違えていようがこの世界から戻ろうとは考えていないようだ。
「まぁ、いいわ。どうしようが勝手だものね。でもアンタ、勘違いしてるわよ。」
「何をだ。」
女がおもむろに手を背に回し、セルリアが何か仕掛ける気かと警戒を強めると。
正面に戻って来た手が持っていたのは、つい今さっき、女の口から壊したと聞いたはずの純銀の縁を纏った鏡。
「な……ぜ、」
細かい細工、一点の曇りも、傷もない鏡面。
正にセルリアがラビスの成長を見守りながら眺め、この世界とを繋いだその鏡だった。
「どれだけ粉々にしたと思っても、じきにどこかしらから姿を現すのよ。まるで追われてるようで気分が悪いわ。アンタだって、鏡現れるでしょ。」
尋ねた女の言っていることが、セルリアには意味がわからなかった。
「お前が持っていたからではないのか?
私は、あの日鏡を奪われてから今まで、その姿を一度も見てはいない。」
範囲として世界のごくごく一部といえ、質屋などを回って探した事まである。
目の前に現れるには十分だとも思えるが、その時でさえ見かけもしなかった。
かろうじて目にしたのは、ジャルの父親がネットワーク上で見つけた『曰く付きの手鏡』と、物を印刷された紙くらいなもの。
今度は女が驚く番であった。
「どうして。確かに壊したの、それも3度!でもこうして、私の手にあるのよ!?」
一体この鏡はなんなのか。
まったく別物の情報があるからこそ、そんな謎が深まった。




