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帰る場所


いくら暴行されてボロボロだとは言え、女性にお姫様抱っこされて街中を歩かれるのは気が引けるラビス。

街に出る手前でひとまず降ろしてもらい、木に体を預けて座る。



「いたた……。」



暴行された箇所の皮膚の色も変わり始めている。結構な力と数であり、ラビスの全身に痛みが響き渡っていた。



「手当ての場所はどこだ?」



村にも小さな診療所はある。セルリアはそれを尋ねたいのだろう。



「大丈夫。ありがとう、セルリアさん。

1週間ぶり……、だね。会ってからずっと一緒だったから。なんだか、すごく長かった気がするよ。」



ラビスは変わらず穏やかな笑顔……とは、傷の痛みでならないようだ。



「あ、えと……、いろいろ話したいこと、あったはずなんだけど。おかしいな。」



そんな静かな間をソワソワと落ち着かないラビスを見ていたセルリアは、ふと……息をつくように小さく、口元が緩む。



「必要ない。また……時間はあるだろう。」



「そうだね。」



ラビスも確かにと実感しつつ、セルリアの落とすような笑顔を見て、安心と喜びを抱きながら微笑む。

それは離れていた1週間だけでも済まない、村を荒らされていた時から互いに曇っていた表情に晴れ間が差しさ瞬間だった。



パノスとも縁が切れ、後は村まで戻るだけ。しかしそれには最短は夜まで待たなくてはならなかった。

方法は、セルリアの羽に頼り上空を戻ること。そうでなければ、夜中と言うべきか早朝というべきかの運搬に乗り合いするしかない。


しかし今、肝心なセルリアの力が安定していない。

痛みが現れるのも、意思と噛み合わなかったことも確かだ。もう何事もないと結論を出すには早い。



「そんなことが……。大丈夫?まさか、この世界が体の負担になってるんじゃ…。」



ラビスに力の変化を話し、送りも夜の調子次第と告げれば、そんなことよりもとセルリアの身の心配を始める。



「原因もわからない。だが、体は大丈夫だろう。どうせ死にはしない。」



地獄の中で体全体を形なきまでにしようと、死を見せた者はいない。重度で時間はかかっているのかもしれないが、時間の流れなど知らない場所では何事もなかったかのようにいつの間にか戻っていた。

そしてセルリア自身も、攻撃の一種だろう爆発を受け、森の終わりの崖から落ちてもこうして命が繋がっている。


それはまるで、身と魂を縛る終わりのない呪縛のように。



「でもそうでなかったら、貴女に助けられた僕は、子供の頃に死んでるはずだよ。

それに、セルリアさんにこうして会うことも、過ごすこともなかったと思うと。その方が怖い。」



「私は、逆だ。」



「え……」



セルリアはいっそラビスと何もなかった方が良かったと言うようで、絶望すら覚えてセルリアを見る。



「強いて言えば、だ。どうしたって、私が残るだろう。」



「セルリアさん……。」



「だがもう遅い。そうと知りながらも、望んでしまう。あの村を。そして、お前を見守る日々を。」



セルリア自身にもどうにもできない。しかしその表情は、笑みで語った。



「お前は、こんな存在に堕ちてくれるなよ。」



「ありがとう、セルリアさん……っ!」



ラビスは涙を落としながら、精一杯の感謝をした。



「あ。そうだ。セルリアさん、これを。」



鼻を啜りつつ、ラビスは荷物の中に入れていた小さな箱を取り出し、セルリアへと手渡す。

暴行されたせいか、外の箱は少々潰れていたが、見た目ならば中までは被害がなさそうに見える。



「なんだ?」



リボンをほどいて箱を開けると、中にはアクセサリーを入れる固めの小箱。

さすがに上質なものではなかったが、それがあったからこそ大して潰れなかったのだろう。

開けば、赤い石の埋め込まれたシンプルな細身の指輪。



「パノスさんの家がわからなくて、出会った宝石店に聞きに行ったんだ。

ガラスケースに並んだ物はとても手が出せない僕に、お店の人が譲ってくれて。」



そう説明しながら、指輪を眺めるセルリアへ手を出して指輪を借りる。



「指輪なんて買ったことなくて、サイズが合うといいんだけど……。手を、貸してください。」



セルリアの前に手を出して促せば、手が差し出され指にはめる。



「えっと、この指くらいかな……?」



大きさから予想して、薬指へとはめてみるが大きい。

これでは抜けると隣の中指へと移り、指輪がはめられた。



「きつくないですか?」



「問題ない。ありがとう。」



自分の指についたシンプルな指輪を見つめるセルリアに、ラビスは嬉しそうに微笑んだ。


結局セルリアの身を案じて帰りは車。

再び市場から村へ食物の仕入れや出荷などを行う運搬車に乗り合わせることに。

夜中頃に市場を出発、そして朝方に村へと到着する。



「セルリアっ!?」



そこには、村の食物を支える柱の一つ。

ラビスやセルリアがどこより手伝いの多い農家の主、アギアスも手伝いに来るなり。

車酔いで倒れているラビスと共にいるセルリアに声がかかる。



「どうしたんだ、逃げて来たのか?」



「いや。本人と合わず帰されました。」



淡々と語るセルリアに、アギアスは顎が外れそうなくらいに口を開けてポカンとしつつも徐々に顔が笑う。



「そうか、そうだったかっ!じゃあもう、何もなく帰って来れたのか?」



「えぇ。また、居て良ければ。」



「そりゃ、当然だろ!!むしろすまなかったな、追い出すようにしちまって。本当に悪かった!」



アギアスは深く頭を下げて、セルリアに真っ直ぐに詫びる。

セルリアは笑み、首を横に振る。



「私の存在があったことで、ずいぶんと迷惑かけました。」



セルリアもまた、マナー講座を受けて丁寧になった礼をする。



「セルリアが謝ることねぇ!むしろ、感謝しなきゃいけねぇ。行って、村から遠ざけてくれたんだろ?

ありがとうな。辛くはなかったか?」



アギアスはセルリアに頭を上げさせ、まるで親のようにセルリアの身を案じている。


ラビスは瀕死状態だが、そんな光景を嬉そうに微笑んで見上げた。



「じゃあな!また頼むぜ!」



「こちらこそ、お世話になります。」



長引きながら出荷の仕事も終え、アギアスは手を振りながら帰る姿をラビスとセルリアは見送り、そして坂を上がって家に戻ると。



「え……っジャル!?」



ラビスの家に上がり込んで、ジャルが床に倒れている。



「大丈夫だ。寝てるだけだ。」



ラビスは駆け寄ろうとしたが、セルリアには寝息が聞こえ。ラビスの腕を引いて止めた。



「でも、セルリアさんが帰って来たんだもん。起こした方が喜ぶ、きっと。

ジャル、起きて。」



「んぁ……?んだよ……。」



ジャルは寝不足なのか、眠気を引きずりながら不機嫌そうに起きるが。



「うっわ!お前、ボロボロじゃねぇか!!」



しかしラビスも顔が腫れたり痣になったりと酷い有り様になっており、ギョッとしながら飛び起きる。



「え、あ、うん……まぁ……。

でも、セルリアさんも帰って来たよ。」



「え?っマジか!?

おかえり、セルリア。」



「えぇ。ただいま。」



ようやく三人が再会を果たした。




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