ラビスとジャル 2
「はーぁ。あの子ブタが、セルリアの代わりに地獄行きゃいいのに。」
ジャルの独り言だろうそれは、恐らくほぼ本気の言い方だ。ラビスは苦笑いする。
「いや、それは言い過ぎじゃ……。でも、僕も初めてこんなに憎いと思ったかな。」
「お前がってことは、地獄堕ちてもおかしくねぇだろ。」
「え。そうかな……?」
「お前の気がどんだけ長いか、いい加減自覚しろ。」
ラビス自身はそこまで自分の甘さを理解していないようで、ジャルは呆れながらも笑う。
「でもセルリアさん、大丈夫かな……。やっぱり感覚違うなって思う時はあるし、スッパリ言っちゃうから。彼を泣かしてたりして……。」
ラビスは正気に戻ったおかげか、ハッとしたようにセルリアの心配が別角度にもなる。
「そりゃ拝みたいもんだな。ひっでぇ面でブヒブヒ鳴いて母ちゃんにすがるぜ、きっと。」
ジャルはいっそ清々しい程に笑うが。不意にそれがやむ。
「悪かったな。一人にしちまって。」
ジャルが真剣に、そして許しを請うようにラビスを見れば、表情を柔らかく微笑んで首を振った。
「どうしようもなかったのは、わかってるんだ。僕だって、家族を亡くしていくのが怖かった。
ジャルのお父さんは……仕事大丈夫?」
「どんだけ近いのか知らねぇけど、間違いだったようだから戻れ、とか連絡来たらしくて。それもあって、まさかと思って。
セルリアなら、村の修理や謝罪や元に戻せ。とか、言いそうだろ。」
「きっと凛とした立ち姿で、何の恐れもなく言うと思う。」
セルリアをよく知る二人で微笑みながら話す。
「とりあえずお前、動けんなら家来い。有り様が酷すぎんだよ。」
「あ、うん……。ごめんなさい……。」
ラビスは平に謝りながら素直に連行される。
数日働く事もなく消費した日々で、もらった野菜まで傷めていて生活になりそうになかった。
しかしラビスが立ち上がろうとするもふらついて、床へ戻る。
「あぁもう、床から動くな!電話借りんぞ。」
ジャルが電話で家にかけ、状況を伝えて母には粥を、父には迎えを頼み。
ラビスが頭が上がらない視界に、びっこを引きながら動くジャルの足が映る。
「ジャル、大丈夫?足……。」
「もうほとんど治りかけだ。山道だから一応松葉杖で来ただけで。水だけでも飲んどけ。」
「ありがとう。」
ラビスもコップを受けとり、数日のツケか飲み込みに苦労しながら飲む。
「一人暮らしでそれやられたらシャレにならねぇんだよ。ったく……。セルリアなら飛んで帰って来れんだろ。死体発見させる気かよ?」
「ごめん。いろいろ考えてたら、何も出来なくて。何もかも終わってしまったようで。」
ラビスも苦笑いで呆れた様子のジャルに答える。
「失恋でか?」
「それもあるけど……。久しぶりに思った。僕だけ1人なんだ。って。」
ラビスが零すと、ジャルはきょとんとした後に小さく笑った。
「なんだ。わりと置いてられたんだな。ほんと誰にも頼らねぇし、1人で生きてんのかと思ってた。」
「え?いや、ジャルやアギアスさん達が居てくれると思ってたよ。
さっきは……本当にごめん。そんな皆と僕は違ったんだ、なんて考えてしまってて。」
ラビスが真剣にジャルに謝罪する。
しかしジャルの様子は重くもならなかった。
「あれはすっげぇ腹立った。けど、お前から寂しいすら聞いた事なかったしな。ちょっとスッキリした。」
「ありがとう。ジャル。」
「よせ気持ち悪い。」
ラビスが微笑み、ジャルはため息付きながらも笑った。
「ジャル。ジャルは、一緒に行かないの?言ってくれたよね、その時には正々堂々って。」
尋ねるラビスにジャルは渋く表情を歪める。
「だから、お前と一緒に行けると思わねぇよ。俺も家族とってんだから。」
「それはだって、僕には居なくて。セルリアさんだけだからで……。」
「じゃねぇよ。セルリアをアイツに渡したくなかったんだろ?俺はそこで、あんなクソ豚にさえ譲る気になった自分が嫌だ。それも、悪魔だからどうとか言い訳にして。すぐそう、血ぃ上るからな。」
ジャルは自分に向けて深いため息を付く。
「ジャルでも、自分が信じられなくなる時あるんだね。」
ラビスが驚いたように言葉にすると、ジャルの眉がピクリと上がる。
「どうゆう意味だ?嫌味か?」
「えっ、違う違う!ジャルはたくさん友達も居るのに、僕まで気にかけて。怒りながらも手を引いてくれて。憧れる程格好良くて、頼れる人だから。」
「そりゃお前の目が節穴だ。」
「え!?そんな事ないと思うけどな……。」
ラビスが真剣に考え出す姿に、ジャルは吹き出して声に出して笑う。
「え?なに、なんで?」
混乱するラビスにジャルはひとしきり笑っていた。
ジャルの父が到着し、窶れたラビスの姿に驚きながら背負われて山を下って、ジャルの家へと移動する。
「ラビス……っ!!ちょっと、やだ!こんなになって……!」
クレッサも心配だったのか家の外で待っており、ラビスの姿に悲鳴をあげた。
嚥下がままならずに水のような粥を少し食べてから風呂を借りて、ラビスは話の間ももたずに意識を失うように眠りに落ちる。
再びジャルの父によって担がれ、布団に寝かされた。
「ラビスにはもう、セルリアが家族だものね……。本当に申し訳ない事しちゃった。セルリアも大丈夫かしら……。」
一家がソファーに揃う中、クレッサが思い悩み深く息をつく。
「セルリアなら大丈夫だろ。生活には苦労させねぇだろうし。」
「そうだけど。嫁ぐ先によってはより大変なんだから。お金だけじゃないのよ。追い出すようにしてしまったのも、私達だけど……。」
「恨まねぇよ。セルリアは。ラビスと同じで、真面目だからな。あれで。」
落ち着かない様子のクレッサに、ジャルは含みながらも笑う。
悪魔に向けるとは思いもしなかった言葉だろう。
「とにかく、ラビスはお粥と、あと果物とかの方が食べやすいかもね。」
「そうですね。オレンジとかリンゴとか、剥きましょう。お水もいつでも飲めるように、水差し持って行っとこうかしら。」
ティスとクレッサでラビスの補助を話し合った。
しばらくの家族会議の後、ジャルが水差しとコップの乗ったトレーを持って、ラビスの寝ている部屋へと入る。
セルリアが着替えなどもしに使う、裁縫の物の多いちょっとした作業部屋である。
急ぎであった為に作業台が避けられた程度だが、ラビスが寝るスペースはある。
深い呼吸を繰り返しながら、ラビスが静かに眠っている。
「回復させる方が先かもな。」
ジャルはあえて家族にセルリアを迎えに行く話をしなかったが、ラビスの状態もあってすぐには不可能かとセルリアを信じるしかなかった。




