ラビスとジャル
それから数日が経つ頃には、荒らされていた日々が悪い夢だったかのように止んだ実感を得る事となる。
「ラビス!」
そんなある日にジャルがラビスの家に血相を変えて駆け込むと、部屋の奥で壁に寄りかかって座り、声に向きもしない。
脱け殻のようなラビスがいた。
「おい!何やってんだよ!何日も連絡つかねぇっつぅから、来てみりゃっ……。
っおい?聞いてんのか、ラビス!」
療養中の足も慣れた松葉杖と治りかけもあり、ジャルが寄っていく。しかしラビスは何も喋らず、ぴくりとも反応もない。
生きているのかも不安になる程に虚ろな様子で顔色も悪く。まるで動かし手のない、ただの人形のようだった。
「っ……セルリアは!」
そうジャルが怒鳴っても、やはり何の反応も返さない。
しかし部屋の中を見てもセルリアの姿がない事ももちろん、ラビスが居ても生活をしている気配が感じられなかった。
ジャルは松葉杖を置き、コルセットも取れた足は庇いながらもラビスのすぐ側まで這う。
「まさか、あの子ブタのとこ行ったのか?
っおい!どうなんだよラビス!!」
そう胸元を掴んで荒く怒鳴った瞬間だった。
ラビスの曇りきった目が鋭くなって向き、ジャルの手を叩いて離される。
「は……、」
「その通りだよ。何驚いてるんだよ……?
そうしたのは、そっちだろ!!」
ラビスは声を荒げて怒鳴る。
人を疑うこともしなかったラビスが、あからさまな敵意を向けて。
「誰にも会いたくないんだ……。出て行ってくれ。」
「おい……っ、」
「出て行ってくれ!!」
眠ってもいないのか酷いクマと共に瞳もぼんやりとしながら据わっており、支えがなければ座ってられないように壁に凭れに戻る。
そんなラビスの姿を見たまま、ジャルは唖然としていた。
ただその脳裏には記憶を辿っていた。
畑の中で埋もれるような子供の姿で作業するラビスもまた、セルリアのように一切が消えたような無表情な瞬間や、目元を酷く腫らしていた昔がよぎっていた。
「ラビス……、」
それでも、ラビスなのだろう。
呼び声によって怒鳴っていたのが嘘のように、次には自らの膝を抱きよせ、怯える小さな子供のように身を丸める。
「セルリアさんは……っ、いくら皆が嫌悪しようと、皆のことを思って行くような人だったんだ。
でも……っ、優先順位を付けなきゃならない事も、わかってるんだ……っ!
でももうっ、何を信じたらいいのか、わからなくて……っ!僕は、何も守れなくてっ……!」
ラビスは怒りの表情を浮かべながら、似つかないくらいに涙が滲み出し、押し出されるままというようにボロボロと落とし始めた。
ジャルはそんな姿に視線を泳がせ感化されたのも一瞬、睨むような視線を上げた。
「……そんだけかよ。言いたいこと、そんだけか?」
ジャルはラビスを睨み挑発する。
「気の済むまで怒鳴れよ。俺だけだっていくつもあるだろうが。
あの子ブタに出くわしたのも、俺が余計なこと言って立ち止まらせて、目ぇつけられたせいだって。
セルリアに惚れたとか言いながら投げ出して、結局口ばっかで使えねぇとか!結局自分が可愛い奴らしかいねぇって!!
はっきり言ってみろ!」
ジャルは煽りラビスを睨むが、ラビスの口からは何も言葉は出てこない。
「なんで言わねぇんだよ。喧嘩の1つくらいしてみろよ!!そうやってなんでも1人で飲み込みやがって!」
「そんな事、思ってないよっ!!
僕は、僕が怖いんだ。弟も、父さんも母さんも居なくなったのは、僕にあるのかって……っ。セルリアさんの事だって、僕の側だから……!」
ラビスの言葉の途中だった。しかし、ジャルが拳を握り、何の迷いもないようにラビスの頬を殴った。
「お前、一番最悪なセリフ言ってんじゃねぇぞ……っ!!
偶然で済ませられないくらい悲しいだろうよ。引きずって当たり前だろうよ!でも、お前が何したんだよ?
むしろ自分の勉強捨ててまで、一緒に生活背負ったろ。ちゃんとセルリア笑わせただろ。居場所にしただろ、最後まで守っただろ!
それが誰にでも出来ると思えんのか?お前がバカにすんじゃねぇよ!!」
ジャルも怒りに涙を溜めながら、怒鳴る勢いで涙が落ちる。
「俺は!!お前と噛み合わないからこそ、出来ると思わねぇからこそすげぇと思ってた。それでもやるしかねぇって、ひたすらに向き合ってると思ったから。
それを……っ人の不幸が自分のせいだから、人には怒鳴る事がないだ?そんなモン、八つ当たりされてた方がよっぽどマシだ!!」
ジャルにひたすら本気の目で睨まれながら、ラビスは痛む頬を抑えたまま見入る。
「それもどうせ噛み合わねぇだろ。けど、お前自身はそんな奴だと思ってても!お前を選んで居る奴、バカにしてんじゃねぇぞ。」
ただの一度も逸れないジャルの視線を受けながら、ラビスは先程よりもずっと感情を表して涙が溢れる。
「セルリアだってそうだろうが。納得いかねぇなら、奪い返して来い。あの子ブタに、敵わないって言わせて来い!」
ジャルが尚も声をあげる。
しかし、ラビスは視線を落として逸らした。
「それは、できない……」
ラビスは歯を噛みしめてうつ向き、呟くように口にする。
「セルリアさんが行くとなって、気付いた……。離れたくない。他の男の所になんか、見送れない。彼女と一緒に、生きてたいって。」
「っだったら、尚更……」
「できないんだよ!
精一杯引き止めた。それでも、セルリアさんは行ったんだ……。もう、終わってるんだよ……っ!」
夢中で抱き締めて、共に居たいと気持ちを告げてもそれが実ることもなく姿すらなくなった。
ラビスにとって、これ以上の答えはなかった。
「はぁ……っ?一回で終わらす程度か?それも、村人全員人質に取られたもんで。それで終わっていいのかよ!
セルリアがあんな子ブタんとこで笑えると思うのか?アイツが気に入ったのは、お前とこの村で暮らしたモンだろうが!!」
ジャルは再び手を伸ばしてラビスの肩を掴む。だが今度は払われずにラビスの視線が向く。
「お前、そんなんで納得する奴じゃねぇだろ。幸せであってほしいとか思う、甘ったるい奴だけど!本当にそうなのかくらい、テメェの目で確めて来いっ!!」
セルリアが笑えるかどうか。
ラビスは考えるように下を向き、視線が泳ぐ。
「でも、ジャル……、」
「あ!?まだなんかショボくれてんのかよ!」
既に怒りを振り撒くのはジャルという関係値に戻りつつも、聞く耳は持っている。
「いや、そうじゃなくて。ジャルだって、セルリアさんが……。」
ラビスが悲しむ様子にさえ見え、ジャルの表情が歪む。
「お前は、ほんっと……!言ったよな。他はね除ける度胸もてって。怖じ気づくな!
俺だって、最初から最後まで大事にしたお前だからに言ってるに決まってんだろうが!
ここまで言わせて、まさかまだ引きこもってる気じゃねぇだろうな。」
ジャルは怒りでありながら、静かに睨む。
「……うん。ありがとう、ジャル。明日、行く。」
ラビスの瞳だけは確かに光を取り戻し、改めて覚悟を決める。
「十分おせぇんだよ、このバカっ。」
「あいたっ。
ごめん……。ジャルには、励まされてばかりだね。」
ジャルがラビスの頭を叩くと、痛みの声だけ上げて。ジャルを見上げて微笑む。
「お前が呑気過ぎて、ケツ蹴りたくなんだよっ!シャキっとしやがれ。」
「そっか。ありがとう。」
ようやく戻ったラビスの雰囲気に、ジャルはやっとかとばかりに息をつき、どっかりとその場に座った。




