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不慮の別れ


ジャルの姿を見られた後は荒らされた村の後始末を手伝い、嵐が過ぎたと思った。

しかし、そう簡単には行かなかった。



目的はセルリアだと告げながら、刺客は何度となく村を荒らしにやって来た。

それによって村人達の心が一人、また一人と離れていくようになり、セルリアへいとわしい感情を混ぜた視線へと変わっていく。


当然ラビスとジャルはそれを黙って見てはいなかった。

村人達もセルリアが悪いとは思っていないだろう。しかしここに居ることで被害が続くのもまた事実。

疎ましさにならざるを得なかった。



「ラビス。こんなこと言えた事じゃないが……、これ以上荒らされちゃ、商売危ういんだ。」



「セルリアが悪い訳じゃないのは、わかってるんだけど……。」



働く場である畑の主、アギアスとシンシアもついにその言葉を口にした。



「……そう、ですか……。」



ラビスももう、何も言うことはできなくなっていた。

これまで必死で訴えてきたことだ。それでも心苦しくも言われてしまったとなれば、返す言葉がない。


セルリアはとうに家を出ずに避けていても、村の暮らしへの荒らしが変わる事はなかった。



「どうして……。

これが、一度でも地に堕ちた者への試練だとでも言うのですか……っ。」



ラビスは夕焼けの空へ吐き出すように問いかけたが、ただ空気に消えたと思った。



「悪魔を匿った、罰……かもしれねぇぜ。」



そんな声に振り返る。

そんな返答の言葉は一人しかいない。ラビスは呆然とした。



「ジャル……。」



ジャルが松葉杖を付きながら、神妙な面持ちでそこに立っていた。



「親父、クビ切られたって帰って来た。

たぶんそれも……あのクソブタの仕業だろうけど。」



「そ、んな……。」



街で働いていたジャルの父親は、突然会社からの通知で退社することになり、村へ戻って来たようだ。



「家ももう、ダメだ。セルリアを……庇えねぇ。」



まるで孫や娘のように親身だったティスやクレッサも、度重なる事に耐えられない。

ジャルが家の中で騒ぐことで引き延ばしていたが、もう手に負えそうになかった。



「なぁラビス。俺も、これ以上たえらんねぇよ……。セルリアは悪い奴じゃねぇ、それはわかってる。でも……悪魔って存在は、周りに不幸運ぶんじゃねぇのか?」



ジャルの言葉に、ラビスは酷く困惑する。



「な、に……っなに言ってるんだよ、ジャル!そんな訳ないだろ!?セルリアさんだって、人一倍苦しんでるんだよ!そんなこと……っ!」



「ない、って言い切れるのか?俺らが悪魔の何を知ってる……。」



声を荒げたラビスだが、ジャルの言葉に言葉を失う。


セルリアが悪魔だと知っても、悪魔自体を詳しく知った訳ではない。

ただ、悪魔の中にもセルリアのような人らしい存在がいるということくらいなのも、事実だった。



「わりぃ。けどもう、俺は……。」



「ジャル!」



ラビスの呼び掛けにも答えずに、まだ右足を引きずって歩くジャルをひき止めることもできなかった。


ラビスは足が重く、ただただ長い帰路を辿った。



「ただいま……。」



ラビスが酷く落ち込みながら家に戻れば、飯の支度をして待っていたセルリアが居た。


“ 悪魔って存在は、周りに不幸を運ぶんじゃねぇのか ”


今さっき告げられたジャルの言葉が何度も蘇る。だがセルリアが居なくては、ラビス以外がこの家に居ることもない。

この現状が不幸だとはラビスは思えない。


しかしもう、共にしたジャルすら味方には居なくなった。



「ラビス……」



「あ、ごめん、なんでもな……っ。

っごめん……!」



気が付けば溢れた涙が止まらず、ラビスは謝ることしかできない。

涙を拭う姿を前に、セルリアは数秒を黙る。



「もう十分だ。

いや……決断が遅すぎた。私はここを出ていく。」



真っ直ぐにラビスを向き、一言を告げる。



「セルリアさん……!」



ラビスは涙もそのままに血の気を引かせる。

立て続けて、目眩がするくらいに絶望を覚える。



「壊すことしかできないと言うのなら、その方がどれだけマシか。

本当に、いろんな面倒をかけたな。ここに暮らした事は、忘れない。ありがとう。」



すっかり久しぶりに見たセルリアの落とすような笑顔に、ラビスは歯を食いしばる。

ただ夢中でセルリアへと駆け寄って体を引き寄せ、抱き締めていた。



「ラビス、」



「……っ行かないで。セルリアさん……!」



締め付ける程に強く抱き締めた。

パノスの元へと行けば世界が違う。そこで鏡を手に入れれば、尚の事だろう。

ラビスは精一杯で引き止める。



「私は、お前の母ではないぞ。」



今は亡きラビスの母親がしていた事を真似、そっと抱き締め返しながら片手で頭を撫でる。


ラビスはセルリアの肩で首を横に振った。



「違う……!母の代わりじゃない、あやして欲しい訳じゃない。

っ好きだ。貴女のことを女性として、好きなんだ……っ!」



「女性と、して……?」



セルリアにはその意味がわからなかったようだ。声が疑問を訴える。



「僕も、彼と同じ。セルリアさんと夫婦になりたいって思ってる……っ!」



「……なにを言ってる?私は……」



悪魔だ、と。セルリアの言わんとすることは、ラビスにも言わずともわかった。



「人でないのもわかってる!でも、貴女だから好きなんだ!帰るまででいい……っ。地獄が貴女に課せられたことなら、それまでで……!


でも、その時までは……!一緒に、過ごしていたいっ!」



ラビスはただ真剣に胸のうちを打ち明ける。そして願うのは、この腕から逃れないようにと。



「……それは、できない。」



セルリアはラビスから手を引き、腕を掴んで体を引き剥がすと愕然としたラビスと目が合う。



「だからお前は、甘いと言うんだ。」



セルリアは悟られないよう俯いていた顔を上げれば、白く変色した瞳。

それは目を通して、脳に直接作用する。



「……っセルリア、さん……」



ラビスは意識を無理矢理に切られ、その場に崩れ落ちる体をセルリアが抱き止め、そっと床へ降ろす。



「地獄へは見送るのに、おかしな奴だ。」



セルリアも落とすように笑いながら、綺麗とは言い難い布団を広げてラビスを寝かせると毛布をかけ。

部屋の隅、飾られた家族写真を前にする。



「すまない。悪魔である私ではやはり傷付けただけのようだ。もう立ち去る。だからどうか、見守ってやってくれ……。」



そう写真に手を合わせて、火や灯りを全て消すと、セルリアはラビスの家を出る。



「ジャル。村の皆も……どうか元気で。」



セルリアは背に羽を開き、闇夜へと飛び上がり。灯りの少ない村をしばらく見下ろして眺めていたが、未練を振り切るようにそこから消えた。



翌日の明け方近くになり、ようやくラビスが目を覚ます。

寝かされた布団を飛び起き、ハッとしたように部屋の中を見渡すが、もう誰の姿もない。



「……っセルリアさん……。」



ラビスはもう戻ることはないだろうその姿に、涙が溢れて止まらなかった。



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