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想いの形


ハウスから出たそこには、街の住人も表に出て顔も体も恐怖に固めている。建物などは壊れて居なくとも、小物などをひっくり返しただろう跡が残り、片付けている者もいる。



「私が逃げるとでも思ったのか?何故荒らす必要があった。」



後についてきたSP達へと振り向き、セルリアが声を荒げた。



「パノス様の命令だ。少々手荒く荒らして力を示せと。」



「なんだと……っ?」



「それと。その男もな。」



セルリアは斜め後ろ程から来る足音に気付いていたが、SPの視線と言葉に振り向き、目を見開く。


そこには二手に別れていたSPの二人の間で引きずられながら連れられている男。

土まみれで、肌の色も点々と赤や紫へ色味が変わっている様子で、ボロボロといえる姿のジャル。



「その男は以前、パノス様に暴言を吐いた。その報いだ。」



セルリアは歯を噛み締めたと思えば、次の瞬間には目を鋭くして無表情へと変わり。

一歩ずつ、動かないジャルの元に向かって歩く。



「今すぐ解放しろ。」



「できません。そんなことよりも早くパノス様の元へ。役場でお待ちです。」



変わらず歩み寄りながら、唸るように低い声のセルリアの言葉にSPは聞く耳を持たない。

しかしセルリアの足も止まらず、一歩一歩と距離を縮め。



「心配せずとも行く。こんな真似をして、おちおち帰すものか。」



目前の男を睨み上げると同時。

地面を踏んで飛び上がり、膝を曲げ。ジャルの片腕を持つ男の1人の顎へ下から膝が当たる。

その男は意識を飛ばして倒れるまでに、セルリアは着地した片足から一歩進んでついた足をそのまま軸に、蹴りを突き出す。

身をもたげるジャルの上を通過してもう1人の男の肩に当たると、ガタイのいい男でさえ突き飛ばされたように足をよろめかせた。

そんなわずかな隙に片手ではジャルの肩を掴み支えながら、拳を握って鳩尾に打ち込む。


巨体の男達が2人、ドサドサと音を立てて地面に横たわり動かなくなった。



「う……っ!」



微妙な衝撃でも傷の痛みからか、ジャルが唸って意識を戻したらしい。



「目が覚めたか。」



「っい、つ……ぅ!セル、リアっ?」



意識が戻っても力が入らないようだ。

セルリアはそっと、ジャルを地面へと降ろして座らせる。



「っ、そんな……。」



性別の差、明らかな体格さすら持ちながら、屈強な二人があっさりと伸ばされ、残った三人が信じられないというようにセルリアを見る。


一連の動きはどれだけ鍛え上げても届かないと思う程の速度で、的確なもの。肉体を使うボディーガードなら尚更、セルリアの異質が測れるだろう。



「こんなことをするのも久しぶりだ。なぜかわかるか?

ここには、心優しく温かい人ばかりなんだ。見も知らぬ女を迎え入れてくれる程に。」



セルリアはそう言いながら、残り三人のSP達に向かって歩き出す。


SP達はかまえながらもたじろぐ。見た目から一般のか弱い女としか思えない。しかし対面している彼らにはそう見えなくなっていた。


まるで野生の熊にでも出会ってしまったような。呼び起こしてはならないものを起こしてしまったような殺気、恐怖を肌に感じる。



「わからんだろうな。かまわず荒らすような奴らには到底。この落とし前、身を持って詫びてもら……」



「っ、セルリア!!」



今にも飛び出そうとしたセルリアが、背に受けた声に留まる。



「なに、血ぃ上らせてんだ。こんくらい、何ともねぇっての……!」



ジャルは血に濡れた顔で無理矢理に笑いながら、這いつくばるようにして何度か立とうと試みるが、その足は引きずるばかりで立てそうにないらしい。



「っい……つ!やっぱお前程頑丈じゃねぇか。」



笑いながらのジャルの姿に、セルリアの闘志も冷えたのか、踵を返してジャルの元へと戻った。



「一緒にする奴があるか、まったく。」



呆れながらも落とすように笑ったセルリアに、ジャルも息をつく。



「セルリアさ……っ!

ジャル!?大丈夫!?」



ハウスの中から駆け出てきたラビスはセルリアの姿を探し、共にいた傷だらけのジャルにも気付いて駆け寄る。



「頼むぞ。」



「え、どこに……!」



「奴のところに決まっている。」



ラビスと交代するようにジャルの支えから引き、立ち上がり。

セルリアは歩き出し、SPも意思を合わせるように目を配るとその背中について行った。



「行かないのか?」



「えっ?でも……!」



ジャルはセルリアの背中を何度も振り返るラビスに声をかける。

その表情は、ついて行きたいがジャルを放っておけないと、そのままを物語るような焦った様子が滲む。



「行け。大丈夫だ、死にゃしねぇ。あんな野郎に、セルリア連れていかれていいのかよ?」



痛みに呻きながらも告げるジャルの言葉に、ラビスは迷う。

たっぷり迷って……もう彼らの背中も遠くなってから、ようやく決断する。



「行ってくる!」



そっと、ジャルが倒れないかとゆっくり手を引いて、ラビスは動き出した。



「あのバカ。迷ってんじゃねぇよ。

いっ、てぇ、くそ……。」



ジャルは地面で汚れようともかまわず、その場で横になった。


一方のセルリアは役場につき、応客間の扉をSPに開けられ、村長とパノスのいる部屋へと入った。



「おぉ、来たか。

なんとみすぼらしい格好だ、可哀想に。僕が来たからには安心しろ。すぐに連れ帰って華やかな服を……」



「ふざけるな!」



パノスはセルリアを見るなり歓喜の声を上げたものの、セルリアはその言葉さえ遮った。



「何故村を巻き込んだ。私に用があるのなら直接来い!あんな真似する必要はないはずだ。」



「あんな真似……?まさか村を!」



怒鳴るセルリアの言葉に、部屋にいた為に状況を知らない村長もまた、目の前のパノスを信じられないという顔で見る。



「少々警告してやっただけだ。危機感をもってもらわなければ。お前の返事次第で、どうなるかと言うことを。」



パノスはセルリアと村長の怒りも見下し、力を振りかざす。



「っそんなの間違ってる!」



そう言ったのはこの部屋いにいた誰でもない。滑り込むように入って来たラビスだった。

しかし、その場に立っていたSPに取り押さえられる。



「人を傷つけない方法だっていくらでもあったはずだ!どうして、そんな風にしか使わないんだ!」



「耳障りだ。連れて行け。」



ラビスの必死の訴えも、耳元にハエが飛ぶかのように鬱陶しそうに手を払い、ラビスを押さえたSPが力で引き始める。



「こんなことして、セルリアさんが悲しむのもわからないような奴に、セルリアさんは渡せない!!」



ただ夢中で、ラビスはSPの腕の中をもがき声を上げる。

こんなやり方しか知らないというのなら、見送ることなどできない。



「黙らせろ。」



どれだけ訴えようとも、パノスの耳にラビスの言葉は言葉として届かない。

無情に命じ、取り押さえていたSPの一人がラビスの腹目掛けて膝を振り上げるが……届かない。


バンッとぶつかるような音を立てながらも、割り込んだセルリアの片手の手のひらで大の男の膝蹴りが止められていた。



「……っ……!」



難なく受け止めた光景を見ている者達も信じられないと表情が語るが、止められている男が誰より戸惑う。

まるで壁でもあるかのように、膝を押し込もうともまるで先には進まない。



「ジャルだけでなく、ラビスまでも。傷付けることは許さない……!」



セルリアが目を見開き、力を使って部屋に居る五人の男の意識を奪う。

ラビスは咄嗟に目を瞑った為に気絶を免れて、男達の腕が取れたことで体の自由を得る。



「セルリアさん……。」



「っ……。」



セルリアは不意に目に痛みが走り手を翳す。

痛みとしてはそう強くはなく、一瞬だけ。力を抑え込んで手をどければ、瞳は元の黒へと戻っていた。



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