嵐の襲来
セルリアが村に来てから1年が過ぎた。気候は再び温かくなり、緑も増えて春を祝うように花も咲く。
穏やかに平和に、時は流れていると思っていた。誰もがその時は。
年期も入った平屋の施設。そこにはこの農産物地域で数少ないコンピューターが稼働している。村の支出、住人管理などを管理する役所であり、職員は20人程度で回している。
キーボードを叩く音、書類を捲る音。そして仕事上の会話はあるが、同じ村の人間だ。内部の空気は和やかなものだった。
そこへ一本の電話が入り、近くにいた女が受話器を取り耳に当てる。
「はい。ウィーストリア村役場です。」
その一本の電話から
「……は……?」
悪夢の始まりを告げた。
電話から3日の時が変わらず流れたと思われたが、役場は嫌にバタつき。
それはじきに村の住人達も嫌でも気付いた。
「ヘリ……?」
「急病人でも出たか?」
プロペラを回し、機械音を立てながら近付いて来た3台ものヘリコプター。
代わる代わるに地へと降り、人を降ろしてまた飛び立つ。
敷地こそ広いがコンクリート舗装は少なく、森林にも恵まれて隙間も少ない。ヘリコプターが乗降出来るのは、一角に緊急用に作られたヘリポートで1台分である。
先の2台からはサングラスに黒スーツの体格のいいボディーガードであろう男達が速やかに降りては場を離れて整列する。3台目のヘリコプターがヘリポートへと留まる。
「なんとつまらない場所だ。街にも居られない貧民共め。」
最後に付いて留まったヘリコプターからぽっちゃりとした体型の影が降り立つ。
それは街でラビスとセルリアとジャルが出会った貴族。パノスであった。
「っ、なんてところだ!服は砂だらけ、靴も汚れたではないか!舗装くらいしておけないのか、使えない!」
ヘリコプターの風によって、周りの地面の砂も舞ったことに腹を立て、自然に溢れた地を虫けらを見るような目で見回す。
案内に来た役場の職員達も、神妙な面持ちである。
「おい!お前達はこの女と男だ。」
SP二人を残し、あと五人にその写真を渡して村へと向かわせる。
そこに写っていた1枚は、プロポーズを断ったはずのセルリアだった。
パノスは出迎えた職員に案内されながら村の役所へと付き、嫌悪を現して溜め息を付きながら建物の中へ入る。
受付窓口になってる正面から奥まで、役場の職員達を見下すように見た。
「さて。こんな村とは言え、村長くらい居るのだろう?名乗り出ろ。」
「私です。ウィーストリア村、12代……」
「余計な挨拶はいい。さっさと案内をしろ。そんなこともできないのか。」
星夜祭にも挨拶を務めた50代半ばと言った白髪交じりの男が手を上げ、自己紹介の最中にも関わらずまるで興味を示さずに、パノスが口を挟んだ。
職員達は怒りを押し込みながら、役場の応接室へと案内した。
「これが来客用の部屋か?建物から犬小屋ではないか、汚ならしい。」
どこまでも嫌悪ばかりなパノスは、同じく年季を感じるソファーに嫌々と言った様子でふんぞり返って座る。
「申し訳ありません。それで、こちらにはどのようなご用件で?」
村長を勤める男も、多少淀む様子を見せながら話を先に進める。
「この村に似つかない女がいるだろう?黒髪で、肌の白い。正に美女の名に相応しい女だ。」
きっと村の住人全員にそれを聞いても、まず浮かぶのはセルリアだ。
その上、パノスは先程命じる時にも使ったセルリアの別の写真を自分の元で翳す。
背景も村ではなく街。撮ったのはパノスとは限らなくとも撮られていたのだろう。
「彼女がなにか。」
「僕の妻に迎える。彼女を相応しい姿にするために。それが成立しない場合、この村の存続が危うくなると思え。」
村長は唖然とする他なかった。
「何を……。村とは別の話でしょう。彼女もまた、人生を共にする相手を選ぶ権利があるはずです。」
村長は注意を払いながら意見する。
「良いのか?お前も知らない訳じゃあるまい。金こそが通貨。僕が使えば、こんなちっぽけな村を絶やすくらい半日とかからない。」
貴族であるパノスにとっては、使って当然のもの。同時にそれは多くの人の動力でもある。
「村を見て尚更思った。彼女が居るべきところではないと。」
揺るがないパノスに、村長は頭を抱えて言葉が続かなかった。
一方、パノスに命じられて女と男を探すSP達はまた二手に割れた。
ズカズカと人の庭や家へと踏み込んで探していることで、いくつも悲鳴や批難の声が村に響き渡る。
恐怖のあまりに、セルリアの主な仕事場であるアギアスの畑を告げた者が現れ。足を向けた。
「……どうかした?セルリアさん?」
ほどほどにヒーターの音がするハウス内。既に畑も使い始めているが、温度管理の中で少量の生産する品種もあり可動している。
村の異変に気付いていないラビスは、手を止めたままハウスの向こうを見ているだろうセルリアへと尋ねる。
「さっきから、妙に騒がしい気がする。」
セルリアは空調の機械音の向こうに聞いている上に、今は特別な力は使っていない。
微かに聞こえる程度で、それが歓声なのか悲鳴なのかもわからない程度だった。
「そういえば、さっきヘリコプターの音したよね?誰かお客さん……」
「っおい!なんだアンタらっ!!」
ラビスが話している最中に、アギアスの大声と何かが割れるような、崩れるような音がハウス内に響く。
仕切りがあって向こうの様子は見えない。
ラビスとセルリアは何事かと顔を合わせ、向かおうとするが足が止まる。
行かずとも、明らかに村の住人ではないスーツを着た大柄の男が入って来た。
「っな、なんですか!アナタ達!」
ラビスは咄嗟に前に出て、いくら疑うことをしないラビスでも勘づく程に警戒する。
それほどそぐわない雰囲気を出していた。
「命令だ。その女を渡してもらおう。」
「……っえ?誰の命令だっていうんですか!」
「パノス様の命令だ。」
「パノス?」
その名前、どこかで。
ラビスは名前に迷っているようだ。
「街で会った者か。私と夫婦になれと言った。」
セルリアが凛としてそう言えば、ラビスもようやく人物に気付く。
街中で会った富裕層の親子。共にいた母親だろう女が呼んでいた名前で、宝石の店から出て来た時もSPをつけていた。
そしてセルリアに、その場でプロポーズまでした青年だと。
「外に出ろ。ここでは迷惑がかかる。その扉も、閉めていないといけないものだ。」
「っ、セルリアさん!」
「他の心配をしてやれ。」
ラビスに他の作業員を任せ、セルリアがハウスから出る頃にはSPが三人に付いていく。
ビニールハウス内から開けた外の光景に、セルリアの目が大きく開いた。




