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残りの時間 3


つかの間だが街の見学をして戻り、ジャルの父親の為にもと部屋の掃除をして四人前の飯を作り、帰りを待った。



「なんだ、もう帰るのか?」



飯を同時で食べながら、ジャルの父親へ帰郷を伝える。



「見つかっても、とてもこっちじゃ買えないしな。って。」



「そうだな……。無くし物を買い戻さなくちゃならないのもやるせないが。仕方ないな。」



ジャルの父親も納得を見せる。



「そうか。帰って迎えられるのもつかの間だったか……。」



「本当にお世話になりました。」



「いや、こっちこそ。飯も美味かった。気を付けて帰りなさい。」



挨拶も済ませ、夜にはジャルの父親は眠りにつき。三人は起きていた。


夜の最終の路線バスに乗って市場へ戻り、開いてもいない状況下で凍えながら4時間を待ち。出荷に来た車の帰路に乗せてもらい、村へ戻る事になる。



「あぁ……また車……。」



「今から滅入るなよ、だから。」



ラビスにとってはそれが最大の難関である。またあの山道を2時間も揺られなくてはならない。



「送れるぞ。飛んで。」



そこまで嫌ならと、セルリアはもう1つの帰路を提案する。

自らが飛び、ラビスとジャルを連れて帰ることだ。



「マジで?やべぇ、ちょっと飛んでみたい。」



「だ、ダメだよ!見つかったりしたらまずいでしょ!」



ジャルは体験を前にして惹かれてしまうが、ラビスはもし他の人の目についたらと考えてしまう。



「でもよ。最終バスで向かって、寒い中開いてない市場で待たなきゃなんだぜ?俺はそれが嫌だ。」



「そんなこと言っても……そのつもりだったでしょ?」



「そりゃそうだけど。堅いこというなって!飛んでみたいと思わねぇのか?」



止めに入ったラビスも悩み出した姿に、ジャルは笑う。



「セルリアさんは、大丈夫なの?男2人提げて行かなきゃならないよ?」



「提げるのは問題ない。しかし、2人持って飛んだことはないな。」



「ないのか。」



「そもそも同じ力を持っている。」



機会がない。の一言に、ラビスもジャルも確かに、と呟いた。



「1人ずつなら行ける。空は直通だろう。そうかからないと思う。」



「速度とかも、ものすごく早い?飛べない体で大丈夫なのかな。」



「確かに。鳥じゃねぇんだから、高過ぎても厳しそうだよな。」



「そうか。言えば都度変えよう。」



そうしてまさかのセルリアの飛行で帰ることにした二人。ジャルは暖炉の後始末をし、ラビスが先にセルリアに運ばれることが決まる。


既に一度羽を開いた時に破けた服に着替えた後、家の影になる場所で力を解放すると同時に、背中からコウモリのような羽を生やして開く。



「す、ごい。本当に、悪魔なんだね……。」



瞳孔を残してほぼ白く脱色した瞳も、背に開いた羽も異形な姿だ。

目の当たりにして、ラビスは言葉を無くす。



「恐れるか?」



「いや、むしろなんか……綺麗、かな?」



異質な姿でも何故か神秘的で、妙な感動すら覚える。

もちろん、危険などと思った事がないセルリアもありきだろう。



「おかしな奴らだ。本当に。」



セルリアがラビスに寄り、膝裏と背中に手を入れて横向きに抱く。



「女性にお姫様だっこされるって、変な感じだね……。」



「行くぞ。十分上がるまでは堪えろ。」



足で踏み込み、飛び上がりから続けるようにバサッと羽が鳴く。

光の届かない真っ暗な上空へと上がったことで、今まで居た家が宙に浮く足と同じくらいのサイズになって遠くに見える。



「うわっ、ほんとに浮いてる!」



「早かったら言え。」



セルリアは羽を動かし、ラビスはネオンの街を遠くに見下ろしつつ、冷たい風を受けながら割り開くように進み、過ぎて行く景色に心が踊る。



「すごいっ!すごいよ、セルリアさんっ!飛んでるんだ……っ!」



決して自分じゃ味わえない身を晒して大空を飛ぶ感覚。

ラビスは子供にでも戻ったようにはしゃぎながら、空を進むことでネオンが次第に少なくなっていき、山の上をも裕に越えていく。


邪魔する物など何もない直線距離は、一時間とかからずについたようだ。

羽を細かくバタつかせてラビスの家の前へと降り立つと、抱いていたラビスの足から地面へ降ろす。



「ありがとうセルリアさん。温かいスープでも作っておくから、ジャルも家でいいよ。」



「わかった。」



再び飛び上がったセルリアは、1人では速度も別物。

灯りも少ない村では姿は闇に紛れて、羽の音もすっかりしなくなっていた。



「これは、しばらく興奮で寝られそうにないや。」



冬の時期もあって、風を切って来た体は冷えきっていたが、興奮からか妙に寒さも感じず。

ラビスは一足先に家へと戻り、これから戻る2人の為に火鉢をつけて部屋を温めながら、スープを作って待った。



「うっはー!すんげぇ楽しかったぁ!」



しばらくして、遅れて戻って来たジャルとセルリア。

ジャルもまたラビス同様、興奮した様子で家の中へと入って来た。



「おかえり。スープあるよ。」



「お、さんきゅ!確かに体は冷えた!」



火鉢を囲んでスープを飲みながら、ラビスとジャルは初の飛行体験に興奮冷めやまず、楽しそうに話が盛り上がる。


2人の様子を見て聞いて、セルリアも眺める間に表情が緩む。



「せ、セルリアさん、笑った……!

今、笑ったよね!?」



「だよな!?ちょっと笑ったよな!」



ラビスとジャルは顔を合わせながら、身を乗り出すようにして自分のことのように嬉しそうな顔を向ける。



「なんとなく、わかった気がする。」



セルリアもまた、ささやかでわずかな笑みを浮かべ。

そのまま夜が更け、ジャルは帰ることも忘れてラビスの家で夜を明かした。



「ありがとうございました。戻りました。」



「おぅ、おかえり!待ってたぞ!」



肌に寒さを感じるまでになり、温かい温度の保たれたビニールハウスの中で、更に寒さを吹き飛ばすように元気なアギアスがラビスとセルリアを迎える。



「お前が休みなんて稀だからな、ラビス。ありがたみを思い知ったぜ。

それにセルリアまで欠けられちゃあな!」



ラビスは経験の面で、セルリアはまだ詳しくはなくとも力も体力もある。

二人が抜けた穴は思いの外大きかったようだ。



「これからもお世話になります。」



「こちらこそ。よろしく頼むよ!」



たった数日ぶりにも関わらず改めた挨拶をするやりとりに自分達で笑いながら、また村での日常へと戻る。

畑仕事を終えて暗くなった夕方、家までの山道を上がる。



「森に寄って行ってもいいか?」



「え、どうかした?」



「いや。なんとなくだ。」



「じゃあ、ちょっと待ってて。ピストルをとって来る。」



「必要ない。力をちらつかせれば奴らは逃げる。」



「え、そうなの?」



野生の勘たるものなのか野犬は即座に逃げる。

セルリアも何度も見ている様子であった。



「覚えてないのか?爆発の穴に案内してもらった時も逃げただろう。」



「あれセルリアさんだったんだ。

って……。もしかして、今まで1人でも通ってたの?」



「時々だ。森では霧だが、月夜も美しい。街ではがっかりした。」



皆は寝静まった夜中。数日滞在した街でも月夜を見上げたものの村とは違う。

セルリアはこの村で見る月夜が気に入っているようだ。



「確かに、空気も景色も違ったもんね。でもいつの間に……。」



「お前が寝ている間だ。今更だが、私に睡眠や食事も必要はない。」



「そうだったの!?」



食事も出来て入眠と覚醒も出来る。ただし人間のように影響が出る事がなく、必須ではない体である。



「最初、粥の時。必要ないと言ったはずだ。」



「そうゆう意味だったんだね。」



ラビスが渓谷で倒れていたセルリアを看病し、初めてセルリアが食事をした時に確かにそう言った。

気分が優れないや、空腹ではないと取ったそれも、取り違えである。



「しかし味はわかる。美味いとも思う。食べられなくなるのは、惜しいな。」



セルリアは淡々としたものだが、現れる事が薄いだけで言葉通りな事だろう。



「必要ないからって、誰も取り上げたりしないよ。美味しいと感じるてくれるなら、お腹いっぱい食べてよ。」



「満ちる感覚も今の所感じていない。」



「満腹もないんだ。それはー……僕には厳しいか。」



ラビスはおどけて笑ってみせる。



「じゃあ、このまま寄っていこうか。無事に過ごせた事、皮肉にはしないよ。」



この8ヶ月で変わったのは、セルリアだけではない。

ラビスも晴れやかに笑い。

二人はそのまま、草を踏み分けて森の中へと入っていった。



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