残りの時間 2
規律を守り花道を作るように建物が立ち並び、ショーウインドー越しに洋服や小物などが店舗で飾られている。
機能重視、汚れても良い格好としてシンプルな衣服の多い村とは、毛色がまるで違う。
「なぁ、セルリアってこうゆうの似合いそうじゃねぇ?」
ふとジャルの目についたのは、宝石店のショーウインドウに飾られた、しっかりとした赤色で透き通る大きな宝石が埋まったネックレスである。
「あ、うん!似合いそう。綺麗だね。」
ラビスもまた続き、セルリアにつけた想像をしつつ、こぼれ落ちそうに大きく輝く宝石を見る。
「ピジョンブラッド?
名前か?ハトの血って……。」
「なんか怖い名前だね。
え、……いち、じゅう、ひゃく……、」
「桁数えるなよ。絶望しかねぇぞ。」
宝石に縁も興味もさほどない二人だ。そんな少々脱線したところで話をしていると。
「ピジョンブラッドというのは、その名の通り鳩の血ですが。主には色合いを指し。
高い透明度による事から、ルビーと呼ばれる宝石のうち最高質の名とも称されております。」
静かで穏やかな、少々しゃがれたような男の声に、ショーウインドウを覗いていたラビスとジャル、そしてただ眺めていたセルリアも振り返る。
そこには路上に停めた光沢ある黒い車の元に背筋を伸ばし、タキシードを着込んだ老人がいた。
「突然口を挟み、失礼致しました。私が存じ上げる事柄でしたので、ささやかな知識の一つとして受けていただければ幸いです。」
老人はシワを深めて穏やかに笑い、丁寧な言葉同様に一礼した。
「ご丁寧に、ありがとうございます。勉強になりました。お詳しい方なんですね。」
「ご縁のあるものでして。」
ラビスは老人へと微笑み、まるで既に知り合いのように話している。
似た者同士と、ジャルが少々いたたまれなさを感じるくらいに。
「ありがとう、ママ!」
「いいのよ。私に似てお洒落だものね、パノスは。」
若そうな男の声としとやかな女の声が微かに聞こえたと思えば、ジャルのすぐ後ろで店舗のガラス扉の一枚に背中を押される。
「ぅおっ!」
あわや転倒しそうな先にはセルリアがおり、細くも力強い腕に庇われて転倒は免れた。
「いってぇな!」
ジャルは背中に残る痛みに扉を開けた方を睨めば、その職だろうスーツの上からでも体格の良さのわかるボディーガードの男。
「なに……?誰に向かって口を聞いている、貧民風情が。」
その男の向こうでは、少々年下…18歳程度に見えるふっくらとした男が虫でも見るような目で睨み。母親らしき女同様、服は実に上等で派手め。
富裕層の類いだと張り紙でもしてるくらいにわかりやすかった。
姿を見たジャルもまた心底めんどくさそうな顔を隠しきれず、相手にしないことを選んだ。
「さんきゅー、セルリア。」
「えぇ。」
ジャルは再び首を戻して、庇ってくれたセルリアへの礼をする。ジャルの体重と勢いとがあっても、片腕でブレもせずに止めきる辺り常時も異常ではある。
「大丈夫?ジャル。ちょっと今のは……!」
「やめろって。行くぞ、ほら!」
「でも……!」
ラビスは抗議の声を上げるが、ジャルが腕を回して、力でラビスの向きを変えさせる。
「次行くぞ!次!」
ジャルがラビスの背を押しながら進み、セルリアもついていく為に向きを変えたその時。
動作と共に顔を覆っていた髪が揺れ、富裕層の青年の目にセルリアの横顔がはっきりと映る。
「っ、ちょっと待て!そこの女!」
男の声にジャルとラビスの方が先に振り返り。呼ばれただろうセルリアもその声に向いてしまえば、男は落ちるように惹かれるしかなかった。
「お前、僕の妻になれ!」
一目惚れが、直通でプロポーズとなる。
ラビスやジャルは唖然。回りにいた者、行き交う者も何事かと足を止める中、セルリアは何も動じず男を見返す。
「ぼ、僕と結婚すれば、貴族だぞ!好きな服、宝石!お前の望むものをなんでも用意しよう!」
見た目から卑金属も目立ち、財力には自信もあるだろう。何でも買い揃えてやれるという自分の特典を高々に語る。
「パノス、何を言ってるの!?あの女は庶民でしょう!庶民と結婚なんて、気品を失うわ!」
まずそれに答えたのは、共に買い物をしていただろう母親だった。
制度としての貴族は終わっているが、敷地や産業の名残を元手に栄えている家も少なくない。領地としての信頼は希薄となり、金の一つ柱となった事で、貧富の溝が生まれている所が国の現状である。
献上でなくなった分、事業力として相応の知力やたしなみなどの教養を持った、格式のある者と結婚するのがこの国の主流。
事業を踏まえた政略結婚は引き継がれており、有数の血に限ることで気品を保つ役割を持つもの。それが富裕層に多い思考である。
「しかしママ!彼女は美しい。そしてその姿に気品もあるではないですか。教養ならばこれからでかまわないでしょう?お願いだ、ママ!」
「パノス……。」
二人の世界に入っている空気を出している様子を、ラビスやジャル、たまたま気にした通行人達も数人見ている。
ただ立っていたセルリアが、背中側になったラビスとジャルに向く。
「結婚とはなんだ?」
「そっからか!?」
当然セルリアの居た地獄にそんなものはなく、村でもここ8ヶ月でそれらの話はない。
わからなくて当然かとジャルとラビスはすぐ思えたのだが、見物人達はまさかの疑問に注目が変わる。
「つまり、夫婦になるってことだよ。
夫婦はわかるよね?旦那さんと奥さん。アギアスさんとシンシアさんのような関係になる約束事が、結婚。
順番を正すと、結婚する事で夫婦になってるんだ。」
ラビスがセルリアへと身近で説明する。
「そうか。夫婦には過程があるのだな。」
セルリアの答えにラビスもジャルも頷くが、ジャルの顔が変わる。
「いきなり道端でプロポーズすんのはどうかしてんだよ、乳離れもできねぇ子ブタが。」
「ジャル……。実は相当怒ってたんだね。」
近くにいたラビスくらいにか聞こえないくらいの小さな声に潜めているものの、ジャルは悪態つき。
ラビスもさっきまで怒っていた手前、いさめる言葉は出せなかった。
「そうゆうことなら、私は行かない。元気でやれ。」
セルリアは難なく答え、ラビスとジャルの方へと歩みを進める。
「なっ……、なぜ!金ならある!服も宝石も、何でも買ってやると言っているんだ!豪勢な暮らしに、食事もだ!それがどれだけのことかわからないのか!?」
「わからないな。私は気に入った場所を見つけた。」
吠えるような男にセルリアはかまわず答え、終わりだと言わんばかりに再び向き直る。
「悪魔は田舎好きか?」
「他がどうかは知らない。」
「言うと思った。」
ジャルは少々上機嫌で、噛み殺しながらもおかしそうに笑いつつ歩き出し、セルリアもそれに続く。
ラビスは慌てたように一礼して、二人の後を追った。
「格好いいね、あの子。」
「それに比べ……、」
「ちょっ、笑わないの。」
再び足を動かし始めた通行人達も、その差に呟きが漏れている。
「結局金のことしか言わないもんな。」
「あるもんだからな。いいご身分だよ。」
街中で湧いた反応に、母親は荒く咳払いして、タキシードを着た老人が早足で回り後部座席の扉を開く。
「パノス!はやくお乗りなさい!」
母親が一足先に高級感溢れる車のシートに座り、立ち尽くす息子を呼ぶ。
「……っ、許さん。許さんぞ……っ。」
険しい顔をしたパノスの表情を、もう遠く離れた三人が知ることはなかった。




