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残りの時間


セルリアの正体を知ったことで、鏡を見つければ世界すら違う別れが待つと知ったラビスとジャル。

しかしその世界がセルリアに課された試練ならば、帰るなと言うこともできないだろう。


あわよくば見つからないままで。

そんな思いを8ヶ月もの期間が確かに育ててしまっていた矢先。

ジャルの父親が仕事鞄を漁り、2つ折りにした紙を一枚セルリアへと渡す。



「これ、なのかな?」



畳まれた紙を開けば写真で物が載っている。

楕円の鏡面の周りに、ひし形に近い飾りから伸びる柄まで、美しく輝く純銀と繊細な細工の施された手鏡。



「これだ。」



セルリアは長年見ていたその鏡を見間違えるはずがない。



「すげぇ……、」



「綺麗だね……」



見事の一言に尽きる鏡に、ジャルもラビスも口を開けて呆けていた。



「そう、なのか……。」



それを聞いたジャルの父親は、苦虫を噛んだような顔で何かを渋っているようだ。



「親父?」



「その手鏡はずっと古くから貴族のオークションなり、表までも顔を出しているらしいんだが、都度消えているらしいんだ。

毎度誰かしらが取っているとの揉め事必須で、一向に見つからない。現れては消えて揉める。

曰く付き、なんて話にある代物だそうだ。」



ラビスとジャルが伺うようにセルリアを見ると、紙の中の鏡を眺めている。



「それが君の手元にあったのか?」



「えぇ。落ちてた。」



「落ちてたのか!?そんな手鏡が!」



素直なセルリアにジャルの父親が驚愕する。



「あれだよ!セルリアの親戚の蔵で探し物しながら、って話らしい。」



「あぁ、なるほどな。一瞬道端で想像した。そんなはずないよな。」



ジャルの父親も納得した様子に、ジャルもラビスもへらへらと笑って頷く。



「銀細工として、職人さえ可能なのか?と言わしめる技術があるらしい。そうゆう意味でも引く手あまたになるようだ。

仮に見つけても、価格の問題もあるだろうな。」



手鏡の見た目や現代での話を手に入れ、各々風呂に入り眠りにつく。

ジャルの父親は仕事疲れ、ラビスとジャルもすぐに眠りに落ちたようで静まった中、セルリアは一人起きて外に出る。


屋根のない場所へ出るとおもむろに地面をにじるように踏み、トンッと片足で地面を踏む。

軽い音に合わず、セルリアの体は等身の2倍以上に浮き、そのまま平屋の屋根の上へと羽でもあるかのように軽く、長い髪を辺りに広げながらフワリと着地する。



「月夜が薄い。」



見上げた空はネオンの明かりが闇を薄めて月をぼやけさせるどころか、場所によっては建物で姿すら隠すだろう。

吹き抜ける風もどこか固く、人工的な臭い。住み慣れた村とは何もかもが違う。


セルリアが月夜を見上げるのも、何度目か。

村でもよくラビスの元を抜け出しては、澄んだ空気の中で見上げていた。

天には届かない、自分の存在を見直す為に。



「帰りたくないと思うことが、罪ではないのか?」



ただただ遠い月に向けてセルリアは問う。

何の為に鏡はセルリアの手元に留まり、ラビスの姿を映し。地獄にいたはずのセルリアが、現代に居ることを許されるのか。

その場所は酷く居心地がよく、思いが芽生えるには十分だった。


それこそ罪を重ねさせる為に送られたのではないかと勘繰りたくなるくらいに、セルリアは自分が求め始めた気がしてならない。

それとも、それほどの居場所を作らせて絶たれることも悪人の課題か。



「鏡が戻るまで思い知るべきなのだろうか……。」



二度と立ち直れない、焦がれて仕方ないと心が打ちのめされるくらい。

果てしない事に値する罪を背負っている身ならば尚更もあるだろう。


そうとわかっていて心を開く事は難しくなるはずだが、セルリアには制御できるような余裕も持てそうになかった。



「……いいだろう。

いくら悔やむことになろうとも。私は、許される限りに生きよう。あの村で、彼らと共に。」



セルリアも考える事は捨て、今をただ刻もうと決意を固めて月夜に浸った。



翌日もジャルの父親は仕事へと行き、セルリアとラビスとジャルはリビングで地図を開く。

二人も万全とはいかなそうだが、昨日よりは体調もいいようだ。



「昨日こんなところまで行ったの!?」



「朝から歩いたら、そこまで行った。」



回った店は計35件。ジャルの父親に聞いた質屋の4倍近い数をセルリアは巡っていた。

この街では需要があるのか、それ程の質屋が存在していた。


一日にして情報を集めながら回ったセルリアには脱帽の2人。

そしてラビスとジャルがついて、更に先まで行けるとも思えない範囲であった。



「しかしすげぇ鏡だよな。こんなんだとは思わなかった。手鏡には重そう……。」



「10kg程度だ。」



「えっ、それは……手鏡としてどうなんだろう?」



物は立派でも手鏡として使うには不便だろうとよぎったジャルだが、セルリアには大したことはないようだ。

ラビスは手鏡の用途に疑問を持っている。



「見つけたとしてもこれじゃあ。セルリアのだって言ったとこで、信じて渡す奴もいなそうだよな。買うなんて、俺らじゃ一生働いても無理そうだしよ。」



下手すればその鏡と豪邸一軒、どちらが安いかなどという話にまでなりかねない。それがいかに芸術か、ジャルやラビスのような素人にでも思う代物。

先が見えないとジャルは落胆をみせる。



「そう思い詰めなくていい。手元に来たのも偶然だろう。いずれまた現れる気もする。気長に待つつもりだ。私は。」



セルリアは既に吹っ切れている。



「そうだね。急ぐこともないよね。」



ラビスもジャルも2人の顔が綻ぶ。



「んじゃ、観光がてらってことで!いろいろ寄ってみてこうぜ!」



「そうだね。せっかく来たんだし。見に行こう!」



村にはない活気、そして圧倒の品数。見たこともないものにありふれた街へ繰り出す。



「やっぱ帽子持ってくるんだったな、セルリア。」



ほぼ注目を受けるような視線が向く。

その姿は人を惹き込むように魅了するのだと語るようだ。



「いや。私一人なら簡単に撒くこともできる。遮るものはない方がいい。」



凛としたセルリアに、ラビスもジャルも顔を見合わせ。

自然に通じあうように笑ってセルリアの側を歩いた。



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