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悪魔という存在 3


「私の居た所は、酷く荒れた荒野が続くだけの場所。木も点々と、何故立っているのかもわからないくらい干からび、広い幅を取る山の頂上にはマグマが湧いている。それが空を赤く染めた灼熱の地帯。


そこには朝も夜もない。時間の感覚などなく、老いることもない。いくら傷付け合おうと、その傷は癒えて死ぬ事もない。

何一つ終わりもなく、果てがない……それが私の居た場所。

それを地獄と言わず、なんと言えばいい?

この力を悪魔と言わず、なんと呼べばいい……。」



異常な環境、異常な力。少なくとも村の人間達とは違う事をセルリアは知っていった。



「それ以前の記憶はない。だが、そこが地に堕ちた者の場所ならば、私は……それに値するのだろう……。」



"善人は天に昇り、天に遣う天使となり。

悪人は地に堕ち、悪魔と化す"


そんな一文が本当かどうか定かではなくても、存在する意味も持てない時間だけが流れていたのは事実であった。



「で、も……っ。ここに、僕らの前に居るじゃないですか!」



なんら変わりない、人間の姿で。

そうラビスの必死な訴えが、言わずとも聞こえるようだった。



「私にもわからない。だけど……鏡、時々光ると言った。そうなった時、気付いたら私はあの森に居た。それも、二度。」



純銀の手鏡が、地獄と現世とを繋ぐ扉。

セルリアですら、わかるのはそのくらいだった。



「……セルリアさん。18年、いや、もう19年前。僕が崖から落ちた時に助けてくれたのは……貴女、ですよね?」



ラビスはどこか確信すら持った真剣な眼差しでセルリアを見て、ジャルは目を丸くしてセルリアを見る。



「夢でも見たようなのに、ずっと残っていた。黒く長い髪に白い肌。そして、瞳孔だけが残るような白の多い瞳。

朝、貴女のその目を見て、気が遠くなりながらも思った。この人だって。」



更に言葉を続けながら、ラビスはセルリアの返事を待つ。しかし頷くだろうと、妙な自信さえ感じる。



「そう。それも、私。」



セルリアもまた頷いた。



「その前に、鏡の光に釣られるように手にした。

その鏡には、覗いている私ではなく少年が映っていた。変わらないあの部屋で、父親と母親と笑う少年……。」



「……え、」



「それがまさか……ラビス?まさか、ずっと見てたってのは。」



疑問ばかりだったセルリアの発言の意味が、紐解けていく。



「そう。あの鏡が私に見せていた。ずっと……少年の頃助ける前も、こうして出会うまでも。

私には何も変化しない日常があるだけだ。自然と鏡に目が行った。気付いたらその成長を見ていた。」



セルリアにはあっという間だった19年の月日。

鏡を通して父親が帰らず母親と生活が変わった時も。母親が亡くなった時も、ひたすらに家事と仕事に励む日々も。深夜の森の中、野犬で危険な目に遭った時も。



「これもまた、すぐ戻るのかと思っていた。だけど、鏡も取られた。私が来た時の爆発、あれは人間のものじゃない。

おそらく私と同じ……鏡に送られた悪魔が居る。」



「なっ!他にも!?」



セルリアの発言に、ジャルはゾッと血の気を引かせる。



「どうして、黙っていたんですか!なら、鏡は……。」



「どうしたかは知らない。それでも、悪魔を追うよりマシだろう。」



それに関しては、ラビスやジャルに悪魔相手をさせない為に言わなかったのだろう。



「騙すつもりはなかった。でも、最初こそ構わず言えたものの、詳しく言うのが怖くなった。

毎日が巡る。私まで生きてると思える場所になったから。」



「セルリアさん……。」



「そうゆうことだ。鏡は一人で探す。

いろいろとありが……、いや。


えっと……。」



唐突に悩み出しただろうセルリアに、ラビスとジャルは疑問を浮かべ。

セルリアが指で頬を押し上げたりを始めて、より疑問が深まる。



「こう……。


すまない。笑うとはどうしたらいい?」



「は?」



「え?」



ついに根を上げたというような問いに、ジャルとラビスは呆気にとられる。



「笑って欲しいと言っただろう。

笑うというものも、わかってるつもりなんだが、まだわからない……。」



返すのは笑って欲しいと言ったラビスの言葉を実践したいようだが、顔の筋肉の動かし方がわからないのか。

物理を試したようだ。



「いや……笑おうと作って笑われても、嬉しくないよ?」



「まだまだ、帰せないってことだな。」



そんなセルリアにラビスの方が笑ってしまい、ジャルも挑発するようにニヤニヤと笑い始める。



「地獄に堕ちる程の悪人なはずなんだ、私は。あるべき場所に、帰らなくてはならないと思う。」



居場所がある喜びを知ってしまった以上、もう遅いかもしれない。

舞い戻ったその場所で、嘆くかもしれない。

それでも存在そのものが違う以上、あるべき場所へ帰らなくてはならないのではないかと。

セルリアが必死にもがくかのようだ。



「全っ然悪魔っぽくねぇ……。何真面目なこと言ってんだ。」



「お前、私をバカにしているのか?また意識を落とすぞ。」



ジャルが驚くような声にするとセルリアから悪魔らしいだろう台詞が返って来た。



「いや、だってそうだろ!悪人つぅのは、自分がやってもシラ切るなり、開き直んのが十八番じゃねぇの?」



「他がどうかは知らない。」



「俺も知らねぇよ!!」



また返されてもジャルのはあくまでイメージであり、実際がどうかなど知るよしもない。



「一緒に過ごして来たセルリアさんも、ちゃんとセルリアさんだよね。」



ジャルとのやりとりを見ながらラビスは微笑む。

共に飯を食い、共に働いて来たのもまた、セルリアに違いない。



「やっと面と向かって言える。ありがとう。あの日助けてくれて。それに、見守っていてくれて。」



ラビスは変わらず微笑みながら、今までに感謝を。そしてこれからも。と雰囲気が語っている。



「……何故受け入れてる。」



「無駄無駄、コイツそうゆうの菩薩並みだぞ。」



「お前もだ。」



いたって普通に話かけているジャルにもセルリアの声がかかる。



「俺はコイツとは違う!でも、俺らの知ったセルリアはセルリア。も事実だろ。」



ラビスもジャルも変わらず、ただ真っ直ぐにセルリアを向いていた。



「おかしな奴らだ。見知らぬ女を拾い、それが悪魔と知っても逃げないのか。」



呆れて、呆れて。セルリアの表情に力が抜け、どこかそれは微笑んだように見える。

ラビスとジャルは目を丸め、顔を見合せ、そしてまたセルリアに戻る。



「なんだ?」



「なんでもないよ。」



「なんでもねぇ。」



意外とそれが笑顔になるまでは遠くないのではないかと思えば、ラビスとジャルは心を決めただろう。

再びお互いに目配せをして笑った。



「ただいま。なんだ、今日は飯遅いな。」



話が長引いてすっかり遅くなった夕飯をとっている頃にジャルの父親が戻り、数を追加して食卓を囲む。

なんだかんだ、一緒に食べられる事を喜んでいるように見える。



「そうだ、手鏡のことなんだがな。」



セルリア、ラビス、ジャルは、喜びたくても複雑になってしまった心境で父親の言葉の続きを待った。



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