不思議な体験をした少年 2
のどかな村の道を向けて向かったのは、見渡す限りの畑であり、収穫を控えた黄金色の小麦や野菜の葉の緑の広がる景色。
畑で作業している中の、中年の男へと声をかける。
「お、来てくれたか。助かるよ!」
「いえ、こちらこそです。」
手伝いがあるからこそお互いに生活が成り立つ。
ラビスはこの農家で既に10年の経験があり、すっかり慣れた作業となった。
それほど子供の頃から、大事な商品任せてくれたことにも頭が上がらないだろう。
朝から夕方まで、照らす日の下で汗を拭いながら仕事に精を出した。
「ラビス!これ持っていきな。
取れたてのジャガイモに、キャベツだ!」
「ありがとうございます、美味しくいただきます!」
報酬代わりに、取れたて新鮮そのものの野菜をもらい。老婆の元へ寄って改めて食材をもらいつつ、ラビスからもお裾分けを渡す。
もらった食料を持って、20分かけて坂道を上がった。
「ただいま。」
帰ってまずは写真に向かって手を合わせてから、一人で風呂を沸かし、料理をし、洗濯物を畳む。
一人暮らしの歴も長いが、母親が仕事に行くようになれば家事を役割としていたラビスには、1人になった月日以上に慣れていた。
一連の生活を終えたあと、彼は特有の習慣を持っていた。
銃刀の犯罪もないこの農村では、所持に規制もない。古びるその年代と相応に重いピストルを装備して、霧の立ちこめる森の中を歩いていく。
すっかり通い慣れたといった様子の彼には、念のためと持った地図も方位磁石も必要ない。
森を突き進みついたのは、18年前に野犬に襲われ命を落としたと思った場所。
「今日も、こうしてこの場に来れたことに感謝します。」
崖を落ちていったあの日。
意識を失っている間にヘリコプターや小型飛行機などが飛行していても、どのようにして落下している人間を助けるのか。
それらが飛行していた事にもまったく見覚えがなく、崖から落ちてほぼ無傷で助かるなど、人工的には思えなかった。
ラビスは神の助けと思い、ここに毎晩訪れてはこうして祈る。
当時の感謝と、こうしてまた祈れる命があることを。
そうしてラビスの1日は終わり、眠りにつき翌日を迎え、日々を重ねて来たのだった。
そんな毎日を過ごしていたある日。
その日も変わらず、祈りまでの1日を終えて眠りについていた時。
突然大きな爆発音が響いてラビスは飛び起きた。
「な…っ!」
その衝撃に、古びた家が揺れる程だ。
それが近いものだと悟り、ランプを片手に外へと飛び出すが、深い霧の中を見渡したところで異常はない。
だが、聞こえてくる音は違った。
いつもなら動物達もが静まり返っているはずの深夜だが、森の中から葉を掻き分けるような音、鳥の羽ばたく音、そして鳴き声もが無数に響いてくる。
これほどまでに森の中の動物達がザワつくとなれば、おそらく爆発は森の中からだったのだろうと自然に行き着く。
しかし今行ったとして野犬に会ったりすれば、自らの命も危ないだろう。
だが、もしも何かあったとするのならと、ラビスは決意を固め。
慌てて地図や方位磁石、そして護身のピストルを持って森の中へと飛び込んだ。
つい2時間くらい前も通った道を再び辿りながら警戒するが、そこは既に不気味な程に静まり返って感じながら足を進める。
深い霧に目を凝らして見渡しても人の姿は伺えない。
「……崖までは行ってみよう……。」
ラビスが通い慣れたのは森のほんの一筋の道だ。森全体を把握できている訳ではない。
くわえてこの霧の深い深夜に深追いは危険だと、慣れた道のみを進もうと決めたその時。
「えっ……!」
ラビスの持ったランプは足元を照らすだけで、霧はまるで光を通さないと言うのに、その光は強く、凌駕するほどの光を一瞬だけ放った。
ラビスは歩調を早めてそこへ向かうと、地面があると思っていた場所の地を踏めずに体が浮く。
「うわっ!」
18年前。同じような体感を覚えた瞬間を鮮明に思い出し肝を冷やしたが、体の倒れた場所は、打ち付けるくらいに固い地面の上だった。
「……え、嘘……。」
半分呆然としながらも痛みの響く体を起こして、状況を把握する為にランプを辺りに翳せば、すぐ周辺は隕石でも落ちたようなくぼみがあり。
人一人が横になる余裕もありそうな抉れた中にラビスは座って居た。
染み付いた体は、いつもと同じ道を辿って来たと信じてやまない。だがつい2時間前にここに来た時には、そんな窪みはなかった。
「こんなとこで、爆発?」
辺りを見渡してもそれ以外の異変は見当たらず、夜更けの時間に深い森の中で、一体誰が、何故こんな傷跡を残したのか。
何一つわからないままだが、ラビスは今ここに何もない以上、帰らざるを得なかった。
翌日、爆発の地が気になり再度足を運んでみれば、深夜の霧の中よりは辺りが見える。
「なんで……。」
だが、視界が開けても同じことだった。
そこには昨日ラビスが転んだくぼみだけが増えただけで、他には変わりもない。
爆薬の残骸なども全くないのだ。
18年前自分が落ちたはずの崖は、先を見れば目に見える程に近い。人生で二度目、それもこの一部で起きる出来事に、ラビスは胸のザワつきを感じる。
ここには不思議な何かがあるとしか思えなかった。
ラビス自身も無意識に記憶を辿り、何故か自分の助かった川沿いに何かあるのではと、一心で坂を降りていき。
村との別れ道で渓谷の方角に出て、川沿いを歩いて行く。
目を覚ましたラビスが居たのは、落ちたはずの崖の直線上。それも、ヘリコプターなどの可能性を薄めるものの一つでもあった。
流れで自然に蛇行した川と、川沿いに茂る植物の間。道とは言えないが、二人程なら並んで歩ける砂利道を一歩一歩進んでいき。
茂った葉の隙間に、もう1つ曲がった先のその場所が見えた瞬間……ラビスの足が勝手に止まった。
「っ……!大丈夫ですか!」
ハッと我に返り、石に足をとられながらも急ぐ。
かつて自分が倒れていた場所に、またしても人が倒れていたのだ。
漆黒の背まではあるだろう長い後ろ髪を石の上へと広げ、それとは反対に透き通るような白い肌が栄える女。
少々土に擦れたような痕が肌に残っており、気絶でもしているのか、呼び掛けても長い睫毛を伏せて目を閉じたまま動かない。
体には柔らかそうな生地の黒いワンピースを着ているが、傷んで多少切れたところもある。
衝撃なり受けたような印象だが、肌に外傷はないようだった。
どこか人間離れして見える程に美しいその女にラビスは言葉を無くす。
「っ、それどころじゃない!」
見とれていた意識を戻し、微かに息があるのを確認すると、その女を背負って自らの家まで背負っていく。
綺麗とは言えない使い古した布団へと寝かせてそっとかけ布団をかける。
多少変形した桶に水を溜め、タオルを絞って額へと乗せる。
「もしかしてこの人も、僕のような体験を……。」
昨夜の爆発、そして自分と同じ場所に倒れていたことがとても偶然で片付けられない。
ラビスはその女が目を覚ますまではと、農家に休みの連絡を入れ、何度もタオルを取り換えながら目を覚ますのを待った。