悪魔という存在 2
広い街の中、質屋の印のついた地図を片手にセルリアが歩いていれば、見たものは振り返り、そして見惚れる。
美貌が人を惹き付ける。
「質屋という場所を探している。知らないか?」
「そ、それなら、その角を左に曲がって少し歩いたら左側に!」
「ありがとう。」
美貌があって収穫が大きいのも、紛れもない事実であろう。
手当たり次第に質屋を当たり、中を見て見るが……鏡はあれど、セルリアの探す手鏡は見つからないまま。
疲れを知らないセルリアは30件程の質屋を回りながらずいぶんと歩いて来てしまったようだ。
ふと見上げれば時計台があり、刻まれていたのは午後3時。
冬間近な季節だ、じきに暗くなり更に冷え始めるだろう時間だった。
最もセルリアの体には何の支障などないのだが。
「奴らは……私を探すだろうか。」
8ヶ月を共に居たが、初めてラビスとジャルに姿を見せた。
ひとまずは目が変わるくらいのものではあるが、意識を落としている。
気味悪がって、顔を見れば逃げるかもしれない。
いや、逃げるだろうと。
セルリアは更に足を進め、聞いては新たな質屋を書き込んでそこに向かい。
あっという間に、夜が来た。
「明るい……。」
点々と家の灯りが灯る程度の村とは違い、街はネオンの光に溢れており、夜と思えないくらいに歩く道端は明るい。
人工的な光に初めて苦手を覚えながら、暗がりへと逃げるように狭い路地に入る。
夜目の利く目であり、入り組んでいても配管などが突出していても迷いなく進んでいく。
すると、異常なくらい痩せ細った人々の姿がポツポツとあった。
隙見せれば飛び付いてきそうな狂気すら孕んだ目で、セルリアを観察するように見る。
しかしセルリアがそれらに動じる事はなく、通り過ぎながら路地を進む。
「オンナぁっ……!」
まるで獣じみた声をあげ、背後からダカダカと足音を立てながら男がセルリアに掴みかかろうとする。
だが、腕の距離に入った男には消えたようにさえ見えただろう。セルリアは半身を回しながら腰を落とし、肘を曲げて立てると背後の男の顎を瞬間で打つ。
セルリアが凛と立ちに戻っても、最早男の体は勝手にぐらぐらと揺れながら掴まれる事もなく建物の壁へぶつかり、そのままずり落ちて座り込んで動かない。
まるでそうした心得があるかのように、セルリアの動きは無駄のない戦闘術であった。
セルリアは半身振り返ったまま通って来た道を見ると他にも男が数人居たが、腰が引けていて向かっては来ない。1人伸びた男も足を伸ばして気絶し、狭い路地の障害物にもなっている。
セルリアは向かう先を戻し、再び歩き出す。
そして人の気配もないことを確認すると、そこで再び力を解放し、服の背も破きながら骨ばったコウモリのような翼を出して、一気に上空まで飛び上がる。
「街というのは、厄介だな。
この姿は見せるものではないのだろう。」
灯りが届かない位置は、村では考えられないくらいの上空での話だ。
村にいた人々の中でそうした力のなさも学び合わせていたが、夜中の1人の散歩などは気ままにしていた。
「手鏡、純銀。探せ。」
目を閉じて鋭く耳を済ませ、広範囲の音を一気に拾ったが、一瞬で閉ざす。
「うるさい……。」
そう悪態付くが、ここまでなんのヒントもない。騒音となる雑音の数々に耐えながら鏡や純銀などの単語を探すが、ない。
「……少し戻るか。」
ヒュ、と風を切るような音を立てて飛べば、何時間と歩く距離を簡単に戻り。
そして再び耳を済ます。
溢れる人の声の中、意識を集中して聞き入れていると。それとは別の単語を、聞き取ってしまった。
『っ、セルリアさーんっ!!』
『どこだっ!セルリアーっ!!』
ハッと目を開くと同時に、聴力が解ける。
セルリアが目を見開いたのも一瞬。顰めて歯を噛み締める。
「もう二度と、呼べなくしてやる。全てを知り、もう二度と……っ。」
セルリアが決意を固める。
声のする方角へと飛んで戻りながら、近場の路地を注視しながら地上へ降り、明るい街へと歩み出る。
「……っジャル!
セルリアさんっ!!」
ネオンの灯りあってこそセルリアを見つけられ、共に近くを探していたジャルを呼んで、ラビスがセルリアの元へと駆け寄る。
「良かった、見つかった。」
上がった息の合間に、安心したと言うようにラビスが深く息をつく。
「っセルリア!お前一体、なに……っ!」
「ま、待ってジャル!戻ってから!ね!?」
すぐさま駆け寄ってきたジャルはかまわず街中で話出しそうな様子をラビスが止めると、ジャルも素直に口を結ぶ。
「ひとまず帰りましょう、セルリアさん。だから……出てきてくれたんですよね?」
「後悔しても、知らないぞ。」
そしてこれが最後になろうとも。
セルリアは自らの存在を改めて口にすることを決意し、ジャルの父親の住む家へと戻った。
「結論から言う。まだ村について間もない頃に、言っているが。
私は……悪魔という存在だと思う。」
ソファーに座り、そしてこの為に来たと言わんばかりに早速セルリアが口を開いた。
自分に名を借りたとするならば、悪魔という存在だろうということ。
ラビス、ジャル共に、サラリと言われた非現実的なその名前に固まった。
「え……。あ、あく……悪魔?
え、っ……!?聞いた、っけ……!?」
「っき、きいてねぇよっ!!」
セルリアの言ったという発言には、二人ともが聞いてないと反応する。
「そんなはずはない。ジャル。お前に悪魔という話をされ、私の存在がそうだと知った。
ラビス。その後にお前にも言ったはずだ。」
セルリアの言葉から、それがいつのことなのか思い返す間を2人が挟む。
「も、もしかして。最初にコクった時か?
あっ、ありゃ言葉の文だ!お前が俺のことなんて、全然考えないからっ!」
「違う。その前だ。」
思い出したところは近いのだが、ジャルの気持ちを考えず切り捨てた上で、セルリアを悪魔だと罵ったことではない。
「私が、場所も時間も果てのない地だと言った時、悪魔という存在だと言っただろう。
そして知った。自分の存在がそうであると。
あれは、何かで見た訳でも聞いた訳でもない。私が実際に……村に行く前に、居た場所の話。」
確かに聞いた当時、妙にリアルで違和感を持ったことをジャルは思い出す。
記憶を忘れていると聞いたわりに細かに覚えている。
だからこそ忘れたのではなく、元々感情などがないのでは?とその後のラビスに話したくらいだ。
「元々、私とお前達では違う。
お前達に、目の色を変えて気絶させることや、半催眠状態にすることができるか?
背に羽が生えて空を飛ぶことは?攻撃して、爆発を起こすことは?
無理だろう。見てる限り……絶対に。」
つい数時間前、ラビスとジャルを気絶させたこと。街へ着いた昨日、半睡眠状態にしてついてきた男達を散らしたこと。
今さっきまで羽を生やして飛んだことも、セルリアの鏡を奪った女のように攻撃をすることも。人間には不可能である。
「ま、さか……悪魔だって言って、そのようだって言ったのは、そのままの意味か!?」
「じゃあ僕に、ジャルに悪魔って言われたって平然としてたのも……!!」
「疑ってもなかったのか。」
ようやく合点が言った様子の二人に、セルリアは息をつく。
「わ、かる訳ねぇだろ!居るとも思ってなかったよ!!」
ジャルは基本的に神などの系統を信じていない。突然悪魔だと宣言したところで、言葉の文としても活用されてしまっている以上、そのままの意味ではとる事が難しい環境でもあった。




