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悪魔という存在


街につき、ジャルの父親の暮らす借家で一夜を明かして鏡探し本番ではある。

しかし、街が堪えると覚悟をしていたジャルも既に疲れたような顔をして、ラビスは更に顔色が悪く体調を崩している。



「おいおい、大丈夫か?まだ起きたばかりだろ。」



「やっぱキっツイ……。」



ジャルの父親も二人の様子を前に苦笑いも浮かばないくらいの見た目。

朝食は一人無事なセルリアが用意し、先に食べた父親は会社へと出掛けた。



「私一人で行くぞ。」



「大丈夫だ、行く……。」



「うん。せっかく探しに来たんだもん、行くよ。」



ジャルもラビスも、重そうな体をソファーから起こして動き出す。

立ち上がりながらふらつくようだ。



「……何故そこまでする?

私を拾っても、助けても、何にもならない。」



セルリアは見るからに体調を崩している二人へと問う。



「なんだかんだ、ここまで付き合って来たんだ。なんとかしてぇだろ。」



「そうだね。僕も、ほっとけないだけだよ。」



ジャルもラビスも、無理矢理ではあるが笑いながら、若干フラつきながらも立ち上がる。

そんな視界の隅で、今まで無表情だったセルリアの表情がわずかに歪んだことに、ラビスもジャルも驚く。



「そんな体で、何ができる。お前達がそんなことをしても、私には……っ、何もできない。

与えられるものなど、持っていない!」



セルリアの視線と共に声が荒れて揺らいだ。



「やっと、感情現しやがったな。」



「そうだね、怒られたけど。」



ジャルとラビスは間をおきながらも、嬉しさも浮かべて笑ってしまっている。



「別に見返りなんか求めてねぇよ。」



「そうだよ。僕らも好きでやってることだよ、セルリアさん。だから、そんなのいらない。」



自分の好きに、やりたいたからやっていること。

ジャルもラビスも、同じ想いを語る。



「あ、でも。そうだな。せっかくだから……いつでもいいよ?笑って欲しいかな。」



「ぶはっ、そりゃいいな。」



やはり見返り付きでとラビスが付け加えたのは、セルリアが笑うこと。

ジャルもまさかの提案に吹き出して笑う。



「おい、ここ。今。笑うとこだろ?」



今だと言わんばかりに誘ってくるジャルだが、そのセルリアは止まっている。



「え、笑えた?僕、結構真面目だったんだけど……。」



「嘘だろ?お前よくそんなサムイこと言うな。」



「え……。」



だいぶ真剣だったらしいラビスに、ジャルはわかりやすく退いてみせるというより、本気で退いているようだ。



「……やめてくれ、」



「「え?」」



お互いに夢中な上に、あまりに小さい声で聞こえず。ラビスとジャルはセルリアを向くと、うつ向いたことで前髪や横の髪が顔を隠している。



「帰りたくなくなる。

きっと、何かの間違いなだけだ。帰らねば、ならない……っ。許されないだろう……!」



「セルリアさん……?」



その声は胸を締め付けられるように重く響き、空気が冷えてラビスが呼び掛けたその瞬間。

顔を上げたセルリアの瞳の虹彩部分が白に近く変わった姿を見た途端、ラビスもジャルも急激に意識が遠退き、一切の力がなくなるようにして体が崩れる。


セルリアはトンと踏んだ一歩で異様な距離を縮めて、ラビスとジャルをそれぞれ腕一本で難なく支え、ソファーへ寝かせる。



「すまない。」



自らの力を使い、意識を飛ばさせたにも関わらず愁える面持ちで倒れた二人を見て、一言を置いてセルリアは外へと出た。



「……っ、この状態じゃ、日の下は無理か。」



外を歩き出すが、セルリアは激しくよろけながら膝からコンクリートに崩れ落ちて顔を手で覆う。

再び目を開けば黒い瞳へと戻る。

今の一瞬でさえ息は荒れ、冷や汗のような気味の悪い汗が流れている。



「あの女……っ鏡を奪って、一体どこに……。

そもそも、何故悪魔と呼ばれる存在がこの世にいる。

一体、何が起きているというんだ……!」



すぐ回復を辿ったらしいが、まだフラつく足取りでセルリアは街の中へと向かった。



ーーー


遡ること8ヶ月前。



そこは広大な荒野の景色だった。干からびたようにひび割れて荒れる地面が見渡す限りに広がり、空は夕焼けよりも濃い赤色。


他に視界に映るとすれば、葉が茂るどころか形を残しているのが不思議なくらいの干からびた枯れ木。

遥か遠くの等身程度の岩も、近付けば山など目じゃないくらいの高い塔のような岩。


そしてどこまでいっても映るものが、幅を広く取っている山。てっぺんは目を細める程に光輝き、熱をもたらす溶岩が湧いている。



蜃気楼も漂う空気はとても人の住める環境ではなく、朝と夜が巡るでもない。この世のものでは説明のつかない場所。

名を借りるならば、地獄。

セルリアはその地に存在していた。


生物にあり得ない環境だが、ポツポツと人の姿はあった。

回りで気が狂ったような叫び声を上げ、ひたすら殴り殴られと争う者もいれば。どこまでもと言わんばかりに歩き回るもの。

地面に寝そべる者、座っている者。


それらの行動や、体格なども様々なものであるが、皆共通していることが1つ。

瞳の虹彩も肌も色を失ったように、ほぼ白に近い色をしていた。


そして彼らが殺し合いに争っていようとも、終わりは一向に来なかった。

移り変わる色もなく時間を認識しない。

その上、肉片になるようなダメージを受けたり、溶岩へと飛び込んだとしても、いつの間にやら何事もなかったかのようにまた存在している。


食事、水、睡眠なども物がなくても違和感さえない。終焉を見せた者もまた一人としていなかった。


果てない時間、終わることのない無限の地。

それはいつから、そして何故自分がそこに存在しているかも見失う、何もない地獄だった。



しかしセルリアは見覚えのない物に手を伸ばして拾って持っていた。

それが純銀で作られ、細部まで見事な彫刻の施された縁で飾られた手鏡だった。


セルリアが顔の正面に持っていくと、そこには一人の青年が映し出される。

鏡面は正面に見るセルリアを映すことはなく、この地獄の景色ですらないものを映した。


暗闇と霧の深い森の中を、警戒や視界の悪さから顔を強張らせながら歩いていく青年。

ランプを片手に、ピストルを片手に。

その先で足を止めたかと思えば、手を合わせて祈る。


それは、深夜の森へ向かい祈っていたラビスの姿だった。

あいにく鏡は映し出すだけで、声までは伝えない。



「あの少年……。ここまでよく飽きないものだ。」



母親が亡くなってしばらくして、ラビスがその場所へと通い、祈り始めた事も知っている。

むしろそれ以前から知っていた。不思議なことに、セルリアは一度鏡の中に映る景色の中へ行き、崖から落ちる少年を助けて川沿いに寝かせていた。



手鏡を持った頃には、人間界では普通の日々を送る少年だった。よく笑い、よく遊び、母の居る家へ帰り。暗くなる頃には、父が帰って来た。

しかし、やがて父が帰って来る事がなくなり、変わりに母が家を出る事が多くなった。

少年は母の帰りを待ちながら家の中を動き回り、母の腕に抱き締められれば隠れる程だった。


そうした光景にセルリアは何を感じるでもなかったが、存在する場所で何がある訳でもない。目を向けていくようになった。

そんなある時、少年が獣に追われている場面で鏡が光り、セルリアが眩さに目を瞑った合間に、霧の深い森の中へと立っていた。

少年の悲鳴が届き。セルリアは迷う事もなく、背中からメキメキと音がしそうに羽を伸ばし。気絶して崖から落ちている最中の少年を抱えて、落下速度を緩めて川沿いへ寝かせた。


その時鏡も持ったままで支障がなく、また気付けば鏡が光って地に戻っていた。


また鏡の中の世界に戻りながら見ていると、母が布団に倒れ、家事や看病、畑仕事と。背景がコロコロと変わる程に動き回り。

布団から動く事がなくなった母の姿もなくなり、少年は1人になっても動き回った。


鏡面の中の昼には人影も見切れながら笑い、夜には小屋で疼くまっていたかと思えば、サイクルを変えて祈りに出掛け始める。

そうして幼く小さかった子供が青年までの成長を歩む姿を見ていた。


無限の時間の中に慣れたとさえ感じるセルリアには、あっという間の出来事である。



だが再びそれは起きた。あれからどれだけ時が経ったかなど、セルリアには知る由もない。

鏡が自ら発した強い光に照らされ、反射的に目を閉じた一瞬で、またしても霧の深い森の中。

ついさっきまで鏡の中に見ていた景色の中に自分が居る。


そう、思った瞬間だった。



「その鏡を渡しなさいっ!!」



突如どこからか、恐らく女の怒りを含んだだろう声が聞こえ。強い力を体に感じて、セルリアの意識は切れた。


攻撃だろう衝撃に爆発が起こり、気を失ったセルリアは崖の向こうへと放り出され。渓谷を川沿いまで落ちた。

しかし死を知らない体だ。ラビスに見付けられた時には既に外傷はひとつもなく。ただ気を失った状態となっていた。



ーーー



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