街 2
丁度出発直前の目的のバスに乗り込んだが、数人が後をつけるように乗り込んで来る。
その上車内でも、新たな視線をセルリアが集めていた。
「どうしたの、ジャル?」
焦る険しい顔をして回りを気にしているジャルに、ラビスは何の疑いもなく訳を聞く。
「いいからっ、ついてこい。」
市場からは路線バスで移動し、降りればやはり市場から乗った数人は一緒に降り、車内でまた一人二人と増えた。
このまま父親の家に行けばきっと引き連れることになるだろう。
ジャルが道案内も出来ず止まっていると。
「何か用か?」
セルリアが振り返り、共にそこから動かなかった男達へと尋ねる。
「えっ。あ、いや……。」
ついてきた男達も、言葉に迷っている。
「付け回されるのは気分が悪い。去れ。」
セルリアが振り向き様にそう一喝した瞬間。セルリアの艶のある黒い瞳が、瞳孔以外、脱色したようにほぼ白に近い灰色まで変色する。
それを正面に受けた男達は、突然何かに操られるように、何も言わずにその場を去っていく。
「せ、セルリアさん……。」
「キッツイなぁ、助かったけど……。」
「え?」
セルリアは白く変わった目を瞼で深く覆い、再び開けば艶のある黒の瞳に戻る。
その間に、疎いラビスにジャルが説明している最中に、背中側になっていた二人へと向き直った。
「とにかく、帽子なりで顔隠した方がいいな。」
たまたま服屋も近い。ジャルの提案でそこへと入り、深く被れる帽子を見るが。
「え、高っ!」
「だから言ってたろ、物価全然違うって。」
通貨は変わらないが価格帯が違う。ラビスはその額を呆然と見てしまっていた。
「よし、んじゃ行くか。」
「帽子が……3ヶ月分……。」
「おい。戻ってこい、ラビス。」
思わぬ大きな出費にラビスは少々意識が遠くに行った。
以降はまだ問題なく街を歩き見て、数々の種類が並ぶスーパーへ寄り。無事にジャルの父親が住むという家につく。
こじんまりとしているが、一人には広いだろう貸家で平屋の一軒家である。
「っはー。街歩くと妙に疲れる……。」
リビングが広く、キッチンとダイニングテーブルもあり、風呂とトイレと寝室は別室。
一人では使わないだろうコの字型の広いソファーまであるリビングで、ジャルがまず腰を沈めて、幅を取りながら背もたれにぐったりと身を預ける。
「いろいろと凄かった……。」
ラビスも疲れた様子でジャルと同じソファーの隅へと座り、セルリアは余っていた一人がけのソファーへと座った。
「まさか普段もらってるものがあんなに高価なんて。2人分の半年で貯めたお金が、もう半分近く……。」
ラビスとセルリアで稼いだ半年分の給料。野菜そのものをもらい抜けた日もあるが、ベテランの域のラビスと、調理と畑の両者に出るセルリア。
もらう額も多少高くても基準がより高い。
「村が特殊な方らしい。親父が言うにはこれが普通だってよ、ここ以外も。」
「僕、あの村に産まれて良かった……。」
「いや、その分給料も違うっつぅの。」
どこまでも沈んでいきそうなラビスに、ジャルは呆れつつも一応フォローをしているようだ。
「それに、なんか息苦しいね。」
「空気全然違うよな。俺初めて来たとき熱だしたってよ。3歳くらい?覚えてねぇけど。
今でもどうも合わなくて。親父にも、家の奴らにも悪いけど、俺はこっちで後釜なんて入れねぇよ。」
祖父、父と受け継がれてこの街で生活しながら仕事をしているが、ジャルは空気が合わないのか街での長期間滞在が辛い。
今まで二代に渡って村で比べるまでもない給料をもらって、ほんの少しの仕送りをすれば村ではそれなりに裕福に暮らせる。それが今のジャルの家だ。
その仕送りがなくなれば、嫌でも変わってしまうことだろう。
「でも、整備の工場内もキツくない?」
「一応慣らそうとしたんだよ。こっちに多少近いかって。でも、全然ダメだ。工場から出たら空気がうまくてうまくて。ここにゃそんなんもないしよ。」
ラビスが尋ねれば、それはジャルなりに家族のことを考えて、こちらに近い環境に慣れようとしてのこともあったようだ。
しかし、外に出れば澄んだ空気がある。それを体に取り込めば、妙に安心してしまうのだ。
そんな憩いが、栄えたこの場所には存在しない。どこに居ても、息苦しさがつきまとうのだろう。
「ずいぶんと、栄えるばっかだから。余計あの村から来んのは辛い。ほんと、数ヶ月来ないと知らない街って程だ。
気を付けろよ、油断してっと体調崩すぞ。お前、村しか知らねぇんだから特にな。」
ジャルはラビスに向かって警告する。
何度来ても慣れない体質なだけかもしれないが、やはり初回。それも20年以上村しか知らないラビスもまた例外ではないだろう。
「うん、なんかもう体重いよ……。」
「はえぇよ。聞いて滅入んな。」
まるで重力がのしかかるように沈み出すラビスを横目で見つつ、ジャルはやはり呆れる。
ここまで素直な事もある意味面倒だろう。
「セルリアさんは?なんともない?」
「えぇ。でも、違いはよくわかる。」
「なんでそんな頑丈なんだ?」
ラビスはもう一人の上京者に聞くが、本人は至って平然。表情がまだ変わらないからそう見えるかとも思うが、やはり変わりない様子を見れば何事もないのだろう。ジャルはむしろ不思議なくらいだった。
それからしばらくソファーを陣取り、食事の支度をし、それを3人で食べ。
風呂も順番に入って済ませた頃、ジャルの父親が戻る。
「おかえり、親父。」
「おかえりなさい、お邪魔してます。」
「…おかえりなさい。」
3人で出迎えると、驚いたようにしたのも一瞬。子供が増えたようだと楽しそうに笑って家へと上がった。
「そうか、そんなことが……。大変だったね。」
久しぶりにセルリアの現状を話し、そしてその時に持っていた純銀製の手鏡を探しにここへ来たことも続けて話す。
「純銀製か。難しいかもしれないが、質屋なんかを回ってみたらどうだ?貴族に買われてしまっていたら、どうしようもないが……。」
拾ったものが質屋に売って金を手にしたのなら、まだ見付けられる可能性もあるが、この街とも限らない。
それに個人の家で保管されたままなら、見付けることは困難だろう。
仮に売られたとしても、純銀製であるそれを買えるとすれば富裕層くらいなもので、厳重に保管されているに違いない。見付けられる可能性など、一桁あるかどうかという印象が強かった。
「そうなんだよな。こっちじゃ喉から手が出る程欲しがられる代物だろうし。」
「確かに、向こうではそのまま手鏡として使うくらいかもな。」
価値の違いと、人々の対応の差。
それが手鏡の発見をより困難にしていた。
「最近はIT社会だからな、情報がないかネットワークでも検索してみよう。オークションなどもあるしな。」
「頼むよ、親父。」
「すみません、よろしくお願いします。」
「お願いします。 」
ジャルの父親は快く引き受け、地図を広げて思い当たる質屋の場所も割り出す。
明日、ラビス達はそれを巡ることが出来るだろう。
鏡が見付かることを祈りながら、明日に備えてベッドやソファーなど寝具には欠けるが、皆で眠りについた。




