街
対峙からまた2ヶ月程が過ぎて、セルリアの服の破れや汚れは落ち着きを見せている。
気温が下がり始め、収穫もだいぶ落ち着いて来た頃合いである。
「何も植えないのか?」
「うん。冬は寒いからね、その気候じゃ植物も育たないんだ。日光、気温、水、肥料。それらを管理できれば、その分植物も恵みを与えてくれるし。
この地域は、四季折々の物が採れるいい場所なんだって。」
すっかり葉の緑もなくなった畑を見ながら会話する。
それらを十年以上間近で見た来たラビスは迷うことなく朗らかに答えた。
最後の比較は、他方から来た者から聞いた情報だろう。ラビスは村を出たことさえない。
「あれからまた少しお金も貯まったし、大丈夫かな?僕も街の物価とかわからないんだけど……。唯一の持ち物だった手鏡、見つかるといいね。」
セルリアが唯一持ち物と言える手鏡を探しに街に出るのもじきになるだろう。
ラビスは励ますような笑顔だが、セルリアは一度黙る。
「セルリアさん。手鏡が見つかって、帰る場所もわかっても。居たかったら、ここに居ていいんだよ。」
黙ったセルリアの様子は変わらないが、ラビスは明るい笑顔を続けながら口を開いた。
「僕はもちろん村の皆も、すっかりセルリアさんを頼りにしてる。シンシアさん達が嫌がらせも収めてくれたし。元の場所へ帰りたいのなら皆で見送るよ。
だから、セルリアさんの好きに。居たいと思う場所に、居ていいんだよ。」
「……私の、好きに……。」
「うん。それに、見送ったからって終わりじゃない。遊びに来てよ。ここはもう、セルリアさんのもうひとつの居場所でしょう?」
微笑むラビスをセルリアはただただ眺めた。
「……その言葉、覚えておこう。
ありがとう。」
セルリアも受け取り。ラビスは照れくさそうにも、嬉しそうにも見える笑顔で笑った。
「うし、手伝いがてら行くかぁ!」
街に出るには自家用車でなければ、村から輸出する作物と共に乗り込む必要がある。
トラックへの積み込みを手伝い、乗る場所も荷台で移動する。
「うわ、すごい道だねっ!」
「舗装なんかされてねぇからな。舌噛むなよ!」
舗装もされていないガタガタの道で山を越えなければならないのだ。激しく揺れ、時には跳ねて尻餅つき、トラックの荷台の淵を掴んでしがみつくようにしながら行くが。
「うっ……!僕、気持ち悪くっ……なってきた……!」
ラビスは初めての車。それも激しく揺られる山道の走行に顔色は悪くなる一方で、ついに吐き気を訴えて口を押さえる。
「マジかよ!あぁもう、そのまま頭出して道に吐いちまえ!」
「えっ!?あ、も、無理っ……!」
車外に放り出されないよう、ジャルにベルトを掴まれながら、荷台の後ろへと吐き。
それを何度か繰り返しながら、2時間の間に。
「なんか、俺まで、気分悪……っ、」
嗚咽を繰り返すラビスのせいか、ジャルも続いて吐き気を催してセルリアが2人の押さえをしながらようやく山道を抜けた。
「大丈夫……ではないか。」
まともな道路に出たと言え、治る以前の問題だ。
平然としているのはセルリア一人。視線の先の二人はもう、荷台に寝転んで死相すら見えるくらいにぐったりしていた。
街に行くだけで酔いと嗚咽に体力気力共にごっそり持っていかれながら、市場へと到着する。
そこは大きなマーケット会場である。広いスペースを何百人もの売り手がビニールシートに収まるような小スペースで並べて売り場を開いている。
この市場へ品物を求めた人の出入りも多く、交通手段は十分にある。
「うっ……人にも、酔いそう……」
「やめろ、俺までもらうだろうがっ……!」
既に瀕死のラビスとジャルは、人で賑わう市場に入る気にもなれずに、道端の隅の方へと移動して座り込む。
「セルリアさんは、大丈夫……?」
「まったく問題ない。」
「前から思ってたけど、たくましいよな、セルリア……。」
一人何の問題もないセルリアは、少々回りを見渡す。
村とはまるで違う景色が上にも左右にも広がっていた。
地面も建物もコンクリートや鉄の灰色が目立ち、見上げなければ視界に入りきらないビルが建ち。見下ろされ、圧迫されるような気分を味わう。
人口も膨大な差だろう。市場に賑わう人のみでさえ、村の比ではないと見える。
「少々見てくる。」
「迷子になるなよ?人多いし、結構入り組むから……。」
「えぇ。」
ラビスとジャルは体が思うように動かず、見送るしかできなかった。
セルリアは辺りを見回しつつ人の波へと近付くと、流れが微妙に止まる。美しさに立ち止まる者が居るのだ。
セルリアはそうした様子を特に気にしていない。
「……わからん。」
村で採れるものはおおよそ覚えたはずだが、ズラリと並ぶ市場の中には見知らぬ物もありふれていた。
魚は調理場でごく稀に見たくらい。
それに他方の気候ならでは育つ食物も、そこに輸入されている。おそらく長年畑を目の前にしているラビスがわからない物も多いだろう。
「おっ、お嬢さん!何か欲しいもんでも!?まけるぞ?」
「まける?」
商品の並んだ棚の奥にいる辺り、おそらく場の店主だろう。
見惚れつつ興奮した様子で言われた言葉が、セルリアにはわからなかった。
「あ、他方の客かい!?安くするってことだ!」
他にもその言葉が聞きなれない客でもいたのか、店主は自然に言い直す。
しかし。
「私は金を持っていない。」
同じ行動をする予定であり、セルリアの資金もまとめてラビスが持っている。
安くても出しようがなかった。
「それと、一つ尋ねさせてもらいたい。
車に乗って来たのだが、気分が悪くなったのが2人居る。どうしたらいいだろう?」
セルリアでは検討が付かずに尋ねる。とにかく2人をなんとかしなくては金もなく、これ以上動きようもない。
「あぁ、じゃあ水飲ましてやった方がいいな。あと酔い止めか。ちょっと待ってな!」
店主は張り切った様子でどこへやら消えてしまう。
待てと言われた以上、セルリアはその場で立っていると。
「なぁ、一人かい?どっから来たの?」
実際に声をかけてくる男もいれば、
「すごい美人だな……。」
取り巻いて姿に見惚れて呟く者もいる。
それらであっという間に、囲まれるようになっていた。
「2人だったな!水と薬だ、持って行ってやりな。お嬢さんに免じて、お代はいらねぇぜ!」
「いいのか?ありがとう。
通してもらえるか?」
「は、はいっ!」
店主から水の入ったボトルと袋に入った薬を2人分もらい、取り巻いていた男達に声をかければすらりと道が開く。
セルリアの歩いて行く姿を男達は無意識にも見送ったが。
「なんだよ、男連れかよ……」
「しかも、2人?」
その先でへたり込むラビスとジャルへと分ける姿に、男達は見も知らない2人を敵視してしまっていた。
「え、ありがとう、セルリアさん……!」
「助かった、さんきゅ……!」
それを知る余裕もないラビスとジャルは、セルリアが持って来てくれた水を飲み、そして薬も流しこむ。
「でもセルリアさん、お金は僕が預かってて……。」
「店の男がお代はいらないと。分けてくれた。」
ラビスは迷いなく手を合わせて感謝を祈っている。
「嘘だろ?街ってそんな感じじゃ……。」
ジャルが市場を見に顔を上げると、セルリアを注目している集団に気付く。
見惚れている者や敵意をもって見てくる者。
ジャルはその視線から逃げるように顔を逸らした。
「と、とりあえず……早く、親父んとこ行って休もうぜ!」
「もう薬が効いたのか?」
「おかげさんで!!」
ジャルはまだぐったりしているラビスも引きずるように強引に引連れた。




