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女の戦い


街へ出る為に金銭も貯める目標を持ちながら毎日を過ごすある日。セルリアは畑仕事に出て間もないが畑から踵を返して離れて行き、更衣室へと戻る。


ドアノブを回して扉を開くと、狭い部屋の中に細長い個別のロッカーが整列している。

しかし基本内仕事が多い女性は余程手が足りなかったり、倉庫の確認などで着替える程度でそう頻繁に使われて居ない場所である。

その場所に手伝いの娘たちが三人。

一つのロッカーを開けて床に座り込み、セルリアの私服を持ちながら身を固め、怯えるような視線を送る姿が正面に現れる。



「あっ、えっと……!」



「気付いてないと思っていたのか?」



ラビスの負担になると会話したあの日から、セルリアと娘たちの溝が埋まる事はなかった。

むしろ悪化していると言っていい。


調理台で作業しながら、形の違う切り方や歪に切った野菜をセルリアが借りているボウルへと入れたり。

調理台の通路を通っていてぶつかられ、セルリアはよたつきもしないが、接触の力と合わずに転ぶように避け、押されたという言葉を選ばれたり。

自らのボウルに手をかけていながら、セルリアの通り際に落とされたと言ったり。

セルリアが畑にも出るようになって、作業中に女子更衣室へ向かう女達の姿を見かけたと思えば、服が破けていたり汚れが付いていたり。


半年の間にセルリアは既に見ていた事だが、ついに口に出した。



「私に負担になるなと忠告しておきながら、材料の無駄や調理の出来上がりの迷惑を生み、服を直す手間もかけさせる。お前達は何がしたい。」



淡々と問うセルリアに、女達は歯を見せて表情を怒りに歪めて露わにする。



「っ、いつまでもラビスに甘えて、周りに甘やかされて!あなたが迷惑なの!」



「そうよ!」



「世話をかけている人々に言われたならともかく、なぜお前達に言われなければならない。」



声を荒げていた娘たちだが、セルリアの一言と共に鋭い視線が定められ、ビクッとして血の気を引かせる。



「次は頑張れ、働きによく動く証だと、笑って許す人々に何故、余計な手間まで割かせなければならない。お前達に、それほどの理由があるんだろうな。」



一人立ったままで見下ろすセルリアの刺すような視線と声の圧の強さに、女達は身を凍らせて震え上がる。

女が手に持っていたカッターがカラカラと音を立てて床に転がる。



「どうした、答えろ。」



尚も追い立てるセルリアの迫力に、娘たちは泣き出した。



「セルリアさん?どうしました?」



更衣室の扉を開けたまま立っていた為に、たまたま近くを通った作業員へと声をかけられる。



「少し時間をもらいたい。」



「え。あ、ええ、それは全然……。


って、え?

それ……セルリアさんの服に、カッター……!作業着とか切れてたの、君達が!?」



歩み寄るうちに室内を見た男は、見つけてしまう。

三人の女が手元にはセルリアの服を持ち、膝元の床に転がったカッターと声にもする頃には、女達は咄嗟とばかりに自分の身に隠す。



「っや、ちが……っ!私達は……っ!」



「どうせセルリアさんを妬んでやったんだろ!最低だな!」



怯える女達に男の怒声が響き、比べるまでもなく一気に消沈するようにボロボロと涙を落とし始めた。



「やめてくれ。どうやら、私が言うのとでは違うらしい。」



セルリアは男へと顔を向け声をかけるが、男がセルリアの顔を見るのは一瞬。



「カッターなんて持って、危ないですよ!」



女達を睨み、セルリアを下げようとする。



「悲しみに暮れるように泣き、手を震わせている彼女達のどこを見て危ないと言う。」



「で、も……。」



「問題ない。私も聞きたい事があるだけだ。

それに、私を切るなり刺したかったらとうに刺してるだろう。」



「え……。」



男は淡々と告げられた事件性に引きつりつつ、気にしながらもその場から去っていった。


再び四人に戻った場は静かなもので、彼女達のむせび泣く声が大きく聞こえる程だ。



「私達だって……っこんな事、したくなかった!

アンタなんかより、私達の方がラビスと付き合い長いの!村の男の人達だってそう!

それも、全部持ってくみたいに……っ!なんで……っ!」



「何を言ってる?私はお前ではない。」



「っアンタみたいな美人じゃないって、バカにしてんの!?」



「そんなものは知らない。私にとってお前達は、面倒を見てくれる人達を余計に煩わせる害だ。」



セルリアの言葉に、涙を零す目が険しく変わる。



「そんな評価を得て、お前の何になる。人に責められ、そんなにも涙を落とす事を続ける意味があるのか。」



涙で頬が濡れ切るような女達と、セルリアはただ対面していた。



「そんなの、言われなくてもわかってる!!私だって……っ!アンタみたいな美人に生まれたかった!!」



「知らん。だがこの村に暮らす家族の元で生まれ、育ち。お前達はよそ者じゃないんだろう。ラビスや村人とのこれまでの時間もあるのだろう。無下にしたいというのなら、好きにしろ。


ただし。私にやりたいのなら土汚れなどにしてもらおう。洗濯なら、時間かけるのは私だ。裁縫は出来ない、野菜も作って返せない。お前達も、村人へ影響及ぼしたい訳ではないのだろう。」



セルリアに問われ、女達は口元を引き締めて黙って、涙を服で拭ったり鼻を啜る音しかない。



「私にはまだ、理解出来ない事のようだ。出直す。」



そうしてセルリアは更衣室から離れた。


それから10日程が経過する。

セルリアが見ていた限り、対面した3人からではなくなったものの、出来事としては終わっていない。

元々複数犯。そして、アギアスの農家に限った事でもない。



「セルリアさん。女性達の間で、何かありますか?」



「なぜ?」



「エプロンしていて、汚れようがない場所だよね?

それに、カッターを持った女性達と揉めていたと聞いて……。」



10日程前の一件が回り回ったのか、ラビスの耳にも入ったのだろう。

家までの道のりを歩きながら聞く。

今日もまた、セルリアの服にはオイルのような汚れが胸元についている。



「これはその3人ではないだろう。」



「どうゆう事……?今までのも、そうだったの?服が切れたり、汚れていたりって……。」



ラビスも目を見開いて足を止め、セルリアへと問う。

セルリアも続けて足を止める。



「理由が同じかは知らないが、美人であるとお前や村人との時間を取られたような気になる。と彼女達は言っていた。」



「なんでそんな事……。」



「お前にもわからないのか。私だからわからないのではなく。」



セルリアが淡々としている姿に、ラビスは唇を噛む。



「すみません、気付かなくて……っ。

戻りましょう。アギアスさんのお家に。」



「なぜ?」



「シンシアさんに相談しましょう。ティスさんやクレッサさんがせっかく作ってくれた洋服を傷めて、直してもらったりまでしてるんです。そんな迷惑までかける訳にいきません。

セルリアさんだって、どうして言ってくれなかったんですか。」



ラビスはまるで何かを堪えるように歯を噛みしめる。



「わからなかったからだ。それが何を意味しているのか。まだ聞いてもわからなかったようだが。」



セルリアは淡々と語るが、ラビスは顔を歪めて涙が溢れ、袖を当てながら鼻を啜る。



「なぜ泣く?」



「セルリアさん……。僕は、貴女が思うほど、貴女は心のわからない人ではないと思います。失った事は大きくても、そうして相手を考えてくれている人だから。

いきましょう。」



ラビスは声こそ歪みながらも涙を拭い、セルリアの手を引いて来た道を戻った。



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