手鏡の行方
セルリアがこの村に現れて、ラビスと共に暮らしながら半年の月日が流れた。
この村の季節は過ごしやすい春を終え、日光強く暑い夏も下降、終わりを匂わせていた。
「セルリア、そっちのお願いね!」
「えぇ。」
日の高いうちには調理場へ。婦人達との知識の差も詰めながら、立派に一品を作れるようになっていた。
そして作業には髪が邪魔だとヘアゴムを教えられ、後ろで縛る姿も定着している。
特に自然の恵みが多い秋。別の農家の畑では別種の野菜を育てていたり、稲作もあり。ラビスは手伝い要員で点々とする事もある。
そこへセルリアもついていくことで村の住人の1人として認識され、美しいと絶賛される顔を広めていた。
「畑の方を見て来ます。」
「はい、いってらっしゃい。」
慌ただしい昼食の時間を終えると安堵の息をつく婦人達の中、セルリアは1人平然とした様子で頭を下げて、調理場を出ていく。
「頑張るわね、セルリアさん。」
「ほんと。どうしたら良いかしら……。」
崩れることのない凛とした姿を見送り、婦人達、そしてシンシアは小さく溜め息をついて悩ましい顔付きであった。
セルリアは畑の倉庫に取り付けられている女性用の更衣室へと向かう。
調理場で着るエプロンを脱いで、繋ぎの作業着へと着替え、ヘアゴムの位置を縛り直して麦わら帽子を被って日の照る外へ。
「お手伝いします。」
「あ、セルリアさんっ……!いや、大丈夫です!」
籠に収穫された作物を運ぶ役を代わると申し出るが、慌てながらも断って、男は逃げるように籠を持っていく。
美貌のせいかその態度も珍しくはなく、セルリアは気兼ねないラビスの元へと向かう。
耕し、果てまで伸びていそうな育った葉の列の間を歩いて行き、ようやく辿り着く。
「昼の支度で大変だったでしょう?セルリアさんの体力はすごいな。」
「みくびるな。」
畑での仕事は目利きも必須。ラビスの補助として大量の野菜を収穫した。
「お疲れさん!野菜はまだあるか?」
「あ、はい。ありがとうございます。いただきます。」
この時期野菜のお裾分けは多い。働いた分は金に変わり、受け取って家路につく。
「セルリアさん。お金もちょっと貯まってきたし、街に出てみましょうか。」
給料というには少ないものの、ここでは物価もそう高くはない相応の額。ある程度貯めて来たラビスは、街まで出る話を持ちかける。
「街?」
セルリアは街というものの指すものがわからずに、ラビスに聞き返す。
「僕もこの村から出たことはないけど、栄えたところ、かな。ジャルに時間があれば付き添ってもらって、手鏡を探しに行こう。」
セルリアの唯一の持ち物であっただろう純銀製で、時には光るという手鏡。
村の人々に聞いてはみたものの、見つけたという報告も一向にない。物に惹かれて隠してるなどの可能性もなくはないが、そこはラビスは信じて疑わない。
巡っているとすれば、貴重な代物として街に流れ出てている可能性の方が高いという印象がある。
「……セルリアさん?」
返事がなくラビスが隣に歩く姿を見れば、セルリアは正面ではなく、少々視線を下げてじっと見つつも歩いている。
「いや、なんでもない。頼む。」
「大丈夫?疲れたんじゃ……。」
「問題ない。」
セルリアは視点を正面へと戻し、いつも通りの雰囲気へと戻り。ラビスは心配を引きずりながらも、慣れた道を戻った。
「あん?街に?」
「そう。この村にはないみたいだから、手鏡を探しに出てみようと思って。
ジャルは出たことあるだろ?だから頼めないかと思って。」
日を改めてジャルの元に街の案内をして欲しいという話を持ち掛けに行く。そこはジャルの勤める整備工場。
見映えは大きな機械だか、何万もの細かいパーツで出来ている。それらの整備工場ともなれば、辺りは鉄や油の臭いが充満し、様々な器具が散らかっている。そんな印象の工場だった。
「この村での整備も限られてるからな。俺はいつでもいい……あ?あぁ。
けど今は、お前らの方が盛りだろ。」
ラビスがジャルの頬に黒っぽいオイルの汚れを見つけて、話を聞きながらも自分の頬を指す。
ジャルは気付いた汚れを同じく汚れた袖で拭ったが、付いた油が広がった。
「うん。収穫終わった後だから、まだ先だけど。一応聞いておいてもらおうと思って。
落ちてないよ、ジャル。」
今は猫の手も借りたい、というくらい田畑の収穫は大忙しだ。
繁忙期に抜けるというのはさすがに難しく、これから訪れる冬の期間は、屋内分に限られて手が減る。
その時に行くに限ると、早めに知らせを持って来た所である。
ジャルの頬に残ったまま、悪化した跡には笑ってしまう。
「いいさ、どうせまだ汚れんだから。
だったら、泊まり支度しとけ。往復で時間食うからな、日帰りじゃロクに探せねぇよ。親父に話つけとく。」
街へ住み、働いているジャルの父親の元へ泊めてもらいながら手鏡を探せれば自由時間は大きく延びる。
栄えた街全部とはいかずとも、探せる範囲も広がるはずだと。
「いいの?僕あまり面識ないし、仕事してるのに迷惑じゃあ……。」
ほぼ街で仕事をし、良くて月1戻るかどうかの顔見知り程度。お互いを知らないよりはいいが、それほど親しくもなれていない。
「なに、ちょい飯作るとか家事してくれりゃ、むしろ親父も楽だろうし。得意分野だろ?」
「それでいいの?ありがとう。」
ジャルの計らいもあり、街への手鏡探しがより現実的になる。
「っていうか、セルリア。また破けてないか?スカート。裾のとこ。」
セルリアがジャルの視線を辿るように見ると、中央近くに5cmにもなる切り込みがある。
「え、また!?
おかしいな。更衣室やロッカーとかが汚れてたり、釘が出てるとかはなかったって、見てもらったんだけど。」
「まぁ婆さんが暇しなくていいけどよ。俺も知らぬ間にどっか引っ掛けるし。」
ここの所ジャルの家には度々向かっていた。汚れや切れ目と言ったセルリアの服の事故が多く、汚れごとの対処の知恵を借りたり、縫ってもらったりとしている為だ。
「よく働く証だね、なんて何度も染み抜きや直してもらって。ありがとう。」
「いやお前、セルリアの保護者かよ。」
まるで小さな子供同士を遊ばせる親から聞こえて来るようなセリフに、ジャルもラビスも笑う。
「セルリアさん、ほんとになんでかわからない?」
「えぇ。」
「そっか……。」
ラビスは唸るように考えている。
「ラビスお前、先に家行け。お前ばっかセルリアと居るのはナシだろ。」
「え。そっか……わかった。じゃあ先にジャルの家行ってるね。」
ジャルにしっしっと手で払われ、ラビスは先に歩いて行く。
離れる背中を見送り、ジャルはセルリアを見る。
「セルリア。嫌がらせとかされてねぇの?」
「嫌がらせ?」
「そっからか。誰かに切られたり、汚されてねぇの?って事。婆さんはわからねぇけど、母さんとそんな話になって。」
「そうか。」
セルリアに判別出来る表情がなく、声も淡々としたもの。ジャルはセルリアを見つつ息をつく。
「なきゃいいけど。ラビスじゃまず疑わねぇだろうしな。でも、言いづらいとかはアイツも喜ばねぇよ。」
「いや。わからなかっただけだ。
……そうだな。すまない。ありがとう。」
「俺何もしてねぇ。」
直しているのは祖母と母だとジャルは笑う。
「奴を遠ざけたんだろう。疑わずに済むように。それくらいわかるようになった。
迷惑かけてもいられなかったな。」
帰ろうと身を返したセルリアに、ジャルは目を丸くする。
「まさか……わかってたのか?でも大丈夫かよ、悪化したり。」
「むしろなぜ服なのか。殴りかかられた方がよっぽど楽だ。」
「勇まし過ぎんだろ。」
ジャルは驚きでもありツッコミでもあった事だろう。
「邪魔をしたな。」
凛として歩いて行くセルリアの背中をジャルが見送りながら笑って、仕事へと戻った。
今はとにかく嬉しくも忙しい収穫の時期を乗り切らなくてはと、ラビスとセルリアも田畑へと通った。




