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それぞれの思い


山道を辿って小屋に着くと、洗濯物の荷物を置いたラビスはすぐに踵を返す。



「セルリアさん、僕、少し出掛けて来ます。」



「えぇ。」



慌てるように出ていったラビスを見送り、一人になった静かな部屋の中。

セルリアは部屋の奥へと歩き、ラビスの家族写真の前に座る。



「ただいま。」



それを日常として覚えたのか、手を合わせて一礼して写真を見つめる。

ラビス以外の三人はこの世に居ない。部屋も簡単にもぬけの殻となって静まり返る、たった一人の住人となってしまった。



「私は死神と同じか?私が見ていたことで死んだのか……?」



セルリアが写真に向かって問い掛けるのは、彼らが死んだ理由。もちろんその返事が返ってくることもない。

それでもセルリアは写真を眺めていた。写真に緊張した面持ちで映る三人と、生まれて間もない赤ん坊の姿を。


しばらくそうしていたセルリアだが、唐突に立ち上がり。躊躇うこともなく外へと出ていき、部屋の中は空になった。




その頃。ラビスは来た道を戻り、拒むジャルの部屋に多少強引に入ったところだった。



「ジャル。どうして、セルリアさんに悪魔なんて……。」



「……っ、関係ねぇだろ!お前に!」



ラビスはジャルに尋ねるも、酷く感情的に怒りを現しており、怒鳴る返事が返ってくる。



「俺が勝手に怒鳴ってるとでも思ってんだろ。あの女、大して覚えてねぇんだもんな!そりゃ庇いたくてしょうがねぇよな!お人好しなお前はよ!」



「違う!だからこうして聞きに来てるんだろ!?」



「何が違う!?」



ジャルはいきり立つままにラビスの胸元を乱暴に掴み、体を引きずり寄せるように近付いて睨む。



「お前見てるとイライラする……っ!へらへら笑って、街の奴らに可愛がられて。どうせ影じゃ、気に入られる為なら口裏合わせて陰口でも言ってんだろ!」



「っそんなことしてない!そんな人は居ないよ!」



掴まれた胸元が締まり、息苦しさを感じながらラビスはジャルに返す。



「そのどこまでも善人ぶってんのが勘に障るって言ってんだよ!」



「そんなことしてない!落ち着いてよ、ジャル!」



ラビスもまた畑仕事をしている成人だ。

掴まれた服のボタンは弾けたがジャルの手を引き離して、肺に空気を十分に取り込む。



「セルリアさんは……たぶん、心も忘れてしまっているから。傷付けても気付けないんじゃないかと思った。

ジャルだって!それほどのことがなければ、悪魔なんて言わないって思ったから!だから聞きに来たんだよ……っ!」



ラビスもまた精一杯で伝えると、ジャルは歯を噛み締める。

ラビスの訴えに怒りは削がれていくようだった。



「……セルリアを一目見て、なんて綺麗な女だって、思った。お前から奪うことになっても、欲しいと思った。」



手を外されただけの至近距離で、ジャルはうって変わって静かに、俯いて本音を漏らし始める。



「お前をずっと見てるとか言ってたから、それを俺にする気はないかって……。でもセルリアは、俺の気持ちなんか簡単に切り捨てた。

そんなことでなんとも思わない、って、あの無表情に言われた気がして……。悪魔って言葉が、口に出た。」



「ジャル……。」



「言ってから、さすがに言い過ぎたと思った。でもあの女は、そのようだ、なんて言いやがったんだ!

知ってて、なんとも思わねぇんだよ……っ!」



ジャルは歯を噛み締めて、絞り出すように言葉にした。



「そっか……。

でも、セルリアさんが僕を見てるって、それはどうゆう……。」



ジャルがセルリアへと求めるものが、ラビスへと向いているということなのか。

意図が掴めないラビスが尋ねる。



「知らねぇよ。でも、見てて飽きないんだとか言ってた。お前も知らないとこで見てたとか。」



「え?それ、どうゆう……。」



「だからっ、知らねぇよ!」



俺に聞くなと、唖然としているラビスにジャルが怒鳴る。



「とにかく、そうだね……。セルリアさん、やっぱり心を忘れてしまっているんだと思う。きっと、ジャルの特別な想いに気付いてないんだ……。悪魔と言われた、ってことを僕にも淡々と語るくらいだから。」



そのまま唸り声でも上げそうに悩むラビスに、ジャルは落ち着くというよりは、表情が呆れ出す。



「……お前、俺のことで悩んでていいのかよ。お前は何とも思ってねぇのか。」



きっとセルリアにジャルの気持ちを説明して、すれ違った仲を取り持とう。と考えていることが筒抜けなのだろう。

ジャルが呆れたように聞き返す。



「え?いや、僕はそんな。確かに綺麗な人だけど、いや、綺麗だから……僕には釣り合わないよ。」



力を抜いて笑うラビスに、ジャルの眉が上がった。



「じゃあ、どんなんが釣り合うってんだよ。とんでもねぇイケメン?だったら俺も諦めろってことか!?」



「え!?いや、そんなつもりはないよっ!」



また盛り返したジャルに気圧されつつ、ラビスは困惑する。

そんな意味を含んだつもりは全くないのだ。



「お前も男なら、他はね除けるくらいの度胸持てよ!だからイライラすんだよ!」



「え!?でも……っ、」



「でもじゃねぇよ!!」



「は、はいっ!?」



怒涛で怒鳴られ、ラビスは完全に勢いに負けている。



「惚れたなら惚れたでシャキッとしろ!知らぬ間に奪ってやろうとしたのがそもそも違った。堂々奪ってやる!」



「ジャル……、」



先程まではとにかく怒鳴っていたジャルだが、その目はいつの間にか正気で、強い光を放っていた。



「……僕、惚れてないよ?」



ラビスは挟む暇がなかった言葉をようやく告げると、ジャルが固まる。



「っはぁあ!?

お前、それでもほんとに男かっ!」



「え、そんなに?」



一気に退いたような、信じられない物を見るようなジャルに、ラビスが戸惑う。



「絵に描いたような綺麗な人、ってこうゆう事かな。はあるけれど。同じような体験があって、他人事に思えないが強くて。戻れるまで、って。」



見えない縁だとラビスは微笑む。



「でももしそうなったら……僕も精一杯努力する。ありがとう、ジャル。」



張り切って宣言したジャルだが、うって変わって口を噤むように言葉が出なくなり溜め息をついていた。


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